辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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42 手詰まり

「私にとって信頼できる人を紹介するけど、彼女があなたの知りたいことを知っているかは、わからないわよ」

「いいよ、それで。藁にもすがりたい思いなんだ」

「わかった。少し待っていて」

 

電話の向こうで、がさごそという音が聞こえた。

電話帳を繰っている様子だった。

データを電子化していないということに、どことなく吉中さんらしさを感じた。

しばらくして、声が聞こえた。

 

「西條美香子という女性がいるの。父が戦車道の票をまとめていた時に力になってくれていた人よ。小さい時にはよく遊び相手になってくれたわ。私が先に電話しておく。辻という人が電話するから、何を訊かれても素直に、彼が知りたいことを教えてあげて、と伝えておくわ。15分待ってから彼女に電話して」

 

僕は素早く、西條さんの電話番号を書きとめる。

 

「ありがとう。……もし、この件で迷惑をかけたとしたら申し訳ない」

「私にはもう、関係がないわ」

「吉中さん……」

「レン、私はもう本当に、あなたが何を探していて、何を知りたいのかなんて関係ないの。あなたが芹澤と関係を持った時点で、終わったのよ」

 

強い拒絶。

その言葉を残像のように残して、電話は唐突に切れた。

ガチャリ、という音。

それは僕と吉中さんをつなぐ糸が切断された音のように聞こえた。

僕は受話器を抱きしめた。

かつて彼女と頻繁に電話をしていたころ、電話が切れた後に残された暖かい余韻のようなものはもうどこにもなかった。

どうしてこうなったんだろう。

僕は自分なりに必死に生きてきたはずなのに、気が付いたら多くのものを失っている。

 

息を吐いて、電話のプッシュボタンに手をかけた。

その指が震えた。

狙撃された後、家に帰ると戦車道OG会の名刺があった。

そのことは、まるで狙撃が戦車道OG会からの警告であるかのように感じられる出来事だった。

吉中さんが知らないだけで、もしも西條さんという女性が、僕を狙撃した者あるいは団体とどこかで繋がりがある人物だったら。

僕は、あれこれと探りを入れていることが知られ、もっとひどい目に合うかもしれない。

そのことを考えると背筋に寒気が通った。

指先をプッシュボタンから離した。

もう少し考えなくてはならないと思った。

勢いで、吉中さんに戦車道のことに詳しい人の紹介を願ったが、いったいどのように何を訊けばいいというのだろう。

僕は刑事でも探偵でもない。

唐突に

 

「戦車道をやっていると銃が手に入りますか? まずいことがあれば狙撃しますか?」

 

とでも訊くのか?

そんな馬鹿な。

そんなことを訊かれて、素直に答える人間はいないだろう。

だから、何か、直接的ではない訊き方をする必要があると思った。

 

番号をプッシュすると、年配の女性の声が聞こえた。

 

「もしもし。西條です」

「唐突に申し訳ありません。辻と申します」

「辻廉太さんですね?」

「はい」

「吉中から先ほど電話がありました。いったい何を訊きたいのですか?」

 

柔らかいバターをナイフで切り取るような滑らかなよどみない話しをする女性だった。

 

「戦車道で使う武器・火薬類はどうやって調達しているのかを教えていただきたいんです。 そういった軍事用品類を取り扱う商店や工場と、生徒が直接交渉をするのですか?」

「いいえ。武器・火薬類は、学校に申請するんです。申請に従って学校から支給されます。もちろん、どんなものを手に入れたいかは、生徒が自分たちで頭を悩ませます。どのような装備で戦うのかというのは、戦車道の醍醐味の一つですから。けれど、生徒たちが直接買い付けに行くわけではありません。ただ……」

「ただ?」

「最近は、少し事情が違ってきています。大洗商工会議所の提案で、弾薬や一部の備品など、大洗の町工場で生産できるものに関しては、町工場と契約をすることになったんです」

「町工場と?」

「ええ。もちろん、町工場ですべてをまかなえるわけではありませんが。それでも、手に入るものに関しては、大洗の町工場から手配してもらおうということになっています。地方衰退を食い止めるためとか聞きましたが」

「あの、戦車道では、銃やライフルは、使用しませんよね?」

「使いませんよ。あくまで戦車と戦車で戦うスポーツです。個人を攻撃するものではありません」

「わかりました。ありがとうございます」

「いえ。もうよろしいのですか?」

「はい。大丈夫です」

 

僕は受話器を置いた。

そして、ベッドに寝そべった。

見知らぬ人に、これ以上訊くことはできなかった。

幾つか気にかかることはあった。

やはり、試合で実弾を使用しているとはいえ、武器・火薬の支給は学校側に管理されている。

そもそも戦車道では、ライフルや拳銃は使用しない。

僕を狙撃したものは、おそらくはスコープとサイレンサー付のライフル銃だろう。

それは普通に戦車道をしていても手に入れることはできないということだ。

だが一方で、商工会議所からの申請で町工場との契約で一部の装備が支給されているという情報。

こちらは面白い。

町工場でも、ある程度のものを作ることができるということだ。

僕は銃器に詳しくないが、優秀な旋盤工ならば、銃を製造することもできると聞いたことがある。

大洗の町工場に詳しいものならば、どこの工場が戦車道に提供する装備・部品を作っているのか把握できるだろうし、学校に管理された試合用の武器とは別に非合法に直接交渉に行く余地はあるだろう。

ただ、それは戦車道OG会でなくともできることかもしれない。

町工場にそれだけの技術があり、そこと非合法な交渉ができるものならば、逆を言えばだれでも可能だ。

そんなことをするのと、裏社会とつながって密輸することと、どちらが難しいのか判断が付かない。

 

手詰まりだった。

商工会議所がここ数年で急に町工場との専属契約を急がせたことには多少の疑惑を感じた。

芹澤が議会を通じて商工会議所の背中を押したのかもしれない。

だが、それも調べようがなかった。

僕は商工会議所とのつながりが全くない。

せめて父が生きていてくれたらよかったのだが。

 

負けた、と感じた。

僕の探偵ごっこはおしまいだった。

すべてが推測の域を出ない。

まるで茫洋たる闇のさなかに放り出されたようだ。

大洗にもう一度戻って捜査することはほとんど無理だ。

東京での日々の仕事があるし、狙撃の恐怖が、心から消えていない。

僕は目を閉じた。

あの時、僕は竹谷さん、湯川さん、瀬名さんと飲んでいた。

竹谷さんが僕を騙しているとは思いたくなかった。

彼女は、僕に対していつも気遣いをし、純粋な目を向けてくれていたと思いたい……。

僕は唇をかんだ。

そしてふと思い出した。

そういうと、僕たちが飲んでいる最中に声をかけてきた女性がいたっけ。

確か、内山だか内田だかいう女性だ。

もしも、彼女が、僕たちの会話を聞いてなにかまずいと思ったことがあったのだとしたら……。

だが、それもやはり推測の域を出ない。

何もわからない。

 

僕は立ちあがり、コルクボードに、戦車道OG会と書かれた例の黒い名刺を貼りつけた。

それが、僕が大洗に帰郷して持って帰ることができた唯一のものだった。

なんて馬鹿らしいんだ。

 

 

翌日から、また仕事の日々に没頭した。

大洗で起こったおかしなことを忘却したくて、ひたすらに働いた。

にもかかわらず、僕は疲れ果てて帰宅すると、毎日、決まり事であるかのように壁のコルクボードに貼りつけた戦車道OG会と書かれた名刺を睨んだ。

毎日睨むうちにいつの間にかそれは、僕の様々な悔やみややるせなさの象徴となっていくようだった。

 

この頃から、僕は自宅で恒常的に酒を飲むようになった。

酒に強くなったわけではない。

ハイボール1杯だけだ。

そのために、トールグラスを買った。

帰宅すると、一杯のハイボールを作り、それを飲みながらコルクボードの名刺を睨むのだ。

 

1年後の春に、母が死んだ。

父が亡くなってから、めっきりと年老いた雰囲気になっていた。

僕は、母の死をきっかけに、実家を取り壊し、土地を売った。

大洗に、僕の根っこは何もなくなった。

二度と関わりを持たないつもりだった。

僕の残りの人生は、東京で過ぎていくのだと思った。

 

続く

 




さて、これで地方政治篇はいったんの終了です。
真相はすべて闇の中、悔しさだけが残るという形になりました。
物語としてのカタルシスを追求すべきか悩んだのですが、あくまで、主人公は辻廉太という国家公務員。刑事小説ではないということを重視しました。この小説のテーマは、辻廉太が、なぜ大洗女子を憎むようになったか、というところにありますので、このような展開となりました。
次回は、時系列整理を行います。

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