頭がくらくらした。
理解が追い付かない。
吉中さんが西出議員の親類だというのか。
そんな馬鹿な。
僕は、羽鳥との電話を終えると、震える手で吉中さんの番号をプッシュした。
「はい」
聞き覚えのある女性の声が受話器越しに鼓膜に触れた。
何年振りだろう。
吉中さんの声だ。
「あ、あの……その。ぼ、僕は……」
言葉が先に続かない。
すると、吉中さんが言った。
「もしかして、レン?」
僕は言葉を失った。
すべてを見透かされているような気がした。
「ねぇ、違うの? たぶん、そうなんでしょ?」
「……どうして、分かったの?」
「どうしてって。唐突に電話をしてきて、口ごもって。でも声はあなたの声だし。なんとなくわかるわよ」
「そ、そっか……」
「それで、どうしたの? たぶん7、8年ぶりぐらいじゃない?」
「そう、だね」
僕は頷いた。
もう長い間、吉中さんから電話はかかってこなくなっていた。
そして、初めからそうだったが、僕の方から電話をしたことは一度もなかった。
これが初めてだった。
「あのさ、吉中さん。僕、君に訊きたいことがあるんだ」
「どうぞ」
「単刀直入に訊くよ。君は、元自民党の、西出議員の親類なの?」
「そうよ」
なんのてらいもなく、吉中さんが答える。
「僕は、そのことをちっとも知らなかった。苗字が違うし……。僕が、その、辻誠一郎の息子だってことは知っていたでしょ? どうして、言ってくれなかったの?」
「言ってどうなるの? 大洗町の人口を知っている? ほんの3万人程度なのよ。議員の親類なんて、町中にいくらでもいるわ。親類で選挙が成り立っているような議員だっているのよ?」
「あ、そ、それは、その……」
昔と何も変わらない。
吉中さんの会話は、冷静で冷酷だ。
「もしかして、お父さんとおじさんとのことを気にしているの?」
「…………そう、だね。僕は何も知らなかった。今日初めて知ったんだ。あまりにも、親のことを知らなさすぎた。大洗を離れて、東京に長くいすぎた。僕は家庭と、何一つかかわってこなかったんだと、今、凄く実感している」
「その方が良いわよ。その方がずっと」
「でも……」
「勘違い、しないで。私、あなたのお父さんにさほど恨みはないわよ。政治の上での意見の対立は当たり前だし、赤坂さんだったかしら? あの人は本当に犯罪者よ。いろんなものにがんじがらめになって、抜け出すことを選択できなかったおじさんにも非はあるの。
そんなことよりも、私がどうして、レンに電話をしなくなったか知ってる?」
「あ、いや。それは、わからない」
本当にわからなかった。
確かに、父のことを恨んでいるのであれば、8年前の時点でもうすでに、西出議員の自殺は起こっていたはずだ。
「あなたが、芹澤の応援を始めたからよ」
「ど、どういうこと?」
「あなたが彼と一体どういう関係だったのかは私には知る由もないけれど。彼こそが、私たちの一家にとっては……ううん、父や母は無自覚だから、私にとっては、仇敵なのよ」
「なにがあったの?」
「彼は、もともとは戦車道には何の関係もなかった。
本気で応援しているわけでもなんでもなかった。
それが、ふとしたきっかけでおじさん……西出の後援会に入って来て、気が付いたら、スポーツショップをやっているとかそういう理由で戦車道関係の取りまとめ役になってしまった。
そして、おじさんが亡くなった後は、あれこれと理由をつけて、おじさんの役員名簿とかを持ち出して。
自分の選挙に使ってしまったのよ。
おじさんの工場の人間から、役所で築いた人間関係から、戦車道から、後援会役員から。
すべて奪ってしまったわ。
私には、初めから彼が、いつか選挙に出るつもりでやっていたように見える」
「吉中さん……」
「この気持ち、わかる? 捉えようによっては、ただの被害妄想かもしれない。だけど、私にしてみれば、私のおじさんが持っていたものが、すべて奪われていった気分。そして、あなたまで。あなたまで私を裏切って、芹澤のものになった。そう感じたのよ」
「吉中さん。こう言って、信じてもらえるかどうか、わからないけれど。
僕も同じような気分を味わったよ。つい最近ね。
父が死んで、そして、気が付いたら、すべてを芹澤に奪われている。
父の葬儀は、芹澤の宣伝だらけだった。
花輪の配置や代表焼香の読み上げ順を決めたのは、町内会と、手伝いに来てくれた父の後援会役員だ。
彼らの一部はすでに、芹澤の応援をしているのだろう」
二人の間に、沈黙が下りた。
「吉中さん。戦車道について、少し、訊きたい」
「なに?」
「君は、西出さんの関係で、多少は戦車道につながりを持っている?」
「……多少は、ね」
「信用できる人を一人、紹介してくれないか?」
「…………」
また、沈黙。
たっぷり30秒ほどして、声が聞こえた。
「わかったわ」
続く