「西出か……」
羽鳥がため息をついた。
「そうだな、彼に関してそれほど深く知っているわけではないが。だが、哀れな男だという印象はある」
「哀れ、ですか?」
「ああ。彼はもともと、例の自民党大洗町議員団の重鎮だった大林健人議員の子飼いだった男だ。
ずいぶんと可愛がられていた。
何度か一緒に飲んだが、根はまじめな男だったよ。
大洗出身ではなく、もともとは金沢の出でね、仕事の関係で大洗に来たんだ。
自分で小さな工場を持っていたな。
仕事の世話を焼いてくれたのが大林議員だった。
まぁ票になるとかそういった計算もあったのだろうが。
見どころがあるということで、彼に自民党に推薦され、議員になったんだ」
「それじゃ、大林議員には大きな恩義があったわけですね」
「そうだ。だから彼は、赤坂の人事はおかしいと内心で思いながらも、大林に入れてもらった自民党を裏切れなかった。人が良かったせいか、いつの間にか市民クラブの代表に祭り上げられていた。大林議員は大橋町長とズブズブだったから、そんな大橋町長を守るべく、与党の幹事長として奮闘していたが、本当にきつかったと思うよ」
「それは想像に難くないですね。内心を知っていたのですか?」
「ああ。一度飲んだことがある。がんじがらめの板挟みだと嘆いていた」
僕の中の西出議員像が瓦解していく。
僕は勝手に彼のことを、スポーツ団体を抑えていて、芹澤のコピーのような傲慢な議員だと思い込んでいた。
だが実際には、羽鳥の言うことが正しいとすればかなり違うようだ。
「西出さんは、確かその、自殺したんですよね?」
「そうだ。工場の方の経営がうまくいかなかったんだ。経営の方で大変なのに、町政が揉めていて、与党幹事長として右往左往していた。奥さんにも相当、議員を辞めて工場に専念したらどうだと、どやされていたらしい。そういう心労が募ったんだろうな。精神的に限界だったんだろう」
「戦車道はどうだったんですか?」
「どういう意味だい?」
「その、戦車道は、西出議員のものだったけど、うちの父親の応援もしていたと聞きました。それで、先日、実は、OG会の知り合いと会ったんです。彼女らは、父の応援は嘘だったというようなことを言いました」
「ふむ……」
羽鳥が、言葉を選ぶように言った。
「僕は、戦車道については詳しくはないが、そういうことはありうるだろうな」
「と、いいますと」
「これはある種のバーターだ。団体として生き残っていくには、強いものについていかなくちゃならん。これまでは、自民党のある議員についていきさえすればよかったのが、自民党が二つに割れた場合、こっそりともう一つの方にも尻尾を振っておくのは悪い政治的判断ではない。でも、内心は西出の応援をしているから、実際の票は入れなかったというようなところじゃないのかな」
「……そう、ですか」
だとすれば、芹澤はとんだペテン師だ。
僕の父親を助けるふりをして、実際には何ら票を稼がなかった。
なのに、僕の父を利用して、自分の選挙に利用したということになる。
考えてみれば。
西出が自殺をして、うちの父が引退をして。
すべてが、芹澤が選挙に出るための道筋を偶然作り上げているようにも見える。
これが運命というものなのか。
「あの。西出議員に、残された家族はいないのですか?」
「ほとんどいないね。さっきも言ったように、金沢から出てきた家系だから。奥さんも、彼が亡くなった後、しばらくしてなくなっちゃったしなぁ。唯一残っているものといえば、奥さんの姉夫婦じゃないか? 確か、その娘さんが君と同じ年ぐらいだよ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。僕は仕事柄、町の人たちのことはよく知ってるから。間違いないと思う」
「僕と齢が近い……。もしかして、知り合いだったりするのかな。なんていう苗字ですか」
「吉中だったんじゃないかな。娘さんも結婚したけど、離婚して一人で暮らしてるんじゃなかったっけ」
頭を打たれる思いがした。
吉中?
僕と齢が近くて、離婚歴がある?
それは、あの、僕の同級生だった吉中さんじゃないのか?
「まぁ。考えようによっちゃ、本当に西出はかわいそうだよ。いろんなことがあって、一家がぐちゃぐちゃになっちゃったわけだから。それに例の芹澤って男が選挙に出るときに、戦車道もなにもかも、後を引き継いでとっちゃったわけでしょ。完全に食われて消えちゃったって感じだなぁ」
言葉が頭に入ってこない。
僕は、朦朧とした気持ちになっていた。
続く
なんとか、消えたままだった吉中さんに話を繋げることが出来ました。この展開は非常に悩みました。あまりにも人と人の繋がりが出来すぎだという印象にならないかが心配でした。しかし、縁は異なものの精神で、こういった展開に決めました。