辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

36 / 100
36 突然の襲撃

家を出る直前の17時半にもう一度、羽鳥に電話をしたが、やはりまだ帰宅していなかった。

仕方がないので、僕はジャケットを羽織り、家を出た。

待ち合わせ場所の駅前につくと、彼女と、他に2名の女性がいた。

一人は湯川美奈子さん、もう一人は瀬名芽衣さんと名乗った。

湯川さんは、冗談をよく言う剽軽な雰囲気の女性だった。

 

「年上なのに、みんなから『みっちゃん』って呼ばれてるんですよ」

 

と、竹谷さんが言った。

 

「あ、もしかして」

「どうしたんですか?」

「あ、いや。ずっと前……芹澤さんの選挙の時に、その名前を聞いたような」

「え? 本当ですか? あ、でも、確かに私も選挙の手伝いしてたから」

「ううん、そうじゃなくって、誰かの口から……そうだ! 確か、角谷さん! 赤ちゃん連れた女の人だ。僕は東京に帰る間際に、その人と事務所で会って」

 

湯川さんが手をポンと打った。

 

「角谷さんですか! 懐かしいなぁ。あの日、無理言って来てもらったんですよ。最近は忙しくてあまりあえてないけど」

「やっぱりそうかぁ。赤ちゃん……杏ちゃんだっけ。もう大きくなってるだろうね。あれから7年か」

「そうですね。今、小学生だったはず。小柄ですっごく可愛い子ですよ」

 

人生は不思議に満ちている。

人と人とのつながり。

 

「で、お店なんだけど」

 

政治家の話を聞くわけだ。

一瞬だけ、羽鳥の言うように、大洗を出た方が良いのかもしれないと思った。

だが、そこまで大げさな、という気持ちもあった。

そもそも、竹谷さんたちにしても、水戸まで出るとなると面倒だろう。

最終的にはそう考えて、近くの海鮮居酒屋に向かった。

 

「あれ?」

 

その場所には店が無くなっていた。

テナントそのものが消え、全く別のビルになっていた。

大洗に帰ることがめったになかったから、その間に店が移り変わってしまっていたのか。

気まずくなって僕がうつむくと、瀬名さんと名乗ったセミロングの髪の女性が

 

「あ、それじゃ、私がよく行くお店があるから。そこにしませんか」

 

と言った。

もう他に選択肢はない。

彼女の提案に従った。

海鮮居酒屋があったはずの場所から、10分ほど歩く。

寂れた商店街の一角に、二階建ての木造家屋があった。

古い民家を改築したのであろうその店の二階のベランダに、大きな看板が貼りだされ、『庶民料理 お酒と肴がおいしいお店 田井中』と書いてあった。

 

「わぁ~、ここかぁ」

「せっちゃん、ナイスチョイス」

 

竹谷さんと湯川さんが嬉しそうに声を上げる。

 

「よく来る店なの?」

「はい。昔から、OG会で時々打ち上げをやったりするんです。お魚が新鮮で、創作料理っていうのかな? ちょっと珍しい料理もあって。評判がいいお店なんですよ」

「へぇ~」

 

店の中はそこそこ込み合っていたが、ちょうど4名がけの席が一つ空いていた。

何はともあれビールで乾杯をする。

 

「「「「かんぱーい!」」」」

 

凄く豪華な刺身盛りと酒盗が運ばれてきた。

 

「ねぇ、廉太さん」

「え?」

 

ぐいっとビールを飲み干した竹谷さんが僕に問いかける。

 

「あれから、7年も経っちゃいましたよ」

「あ、えと」

「どうして連絡の一つもくれなかったんですか? せっかくアドレス、交換したのに」

「あ、いや、その」

「お~、なんか訳あり?」

「竹谷ちゃん、やるねぇ」

 

湯川さんと瀬名さんがはやし立てる。

 

「馬鹿。そういうのじゃないですから」

 

竹谷さんが二人をじと眼でにらみつけた。

 

「でも、ほんとに。メールの一つもくれないんだから……」

「ご、ごめん」

「もう、いいですよ」

「あの、実はさ。僕、もらったDVDはちゃんと見たんだけど、その。なんか、仕事とか忙しくって、気が付いたら日にちが経っちゃってて。そしたらもう、いまさらって気がしちゃって。電話とかメールと化する機会を逃しちゃったんだ……」

「……そうですか」

 

竹谷さんが、拗ねたように口をとがらせる。

 

「ま、いいです。もう」

 

そういいながら、刺身を一つ口に含んだ。

 

「謝ってくれたし、おいしいもの食べたら気が晴れました。それで、何か聞きたいことがあるんですよね? 先輩方に」

「あ、あぁ。そうなんだ。実は少し、教えてほしいことがあって」

「なんですか? 戦車道のこと? 何でも聞いてね」

 

湯川さんが胸を張る。

 

「うん。その戦車道といえば戦車道なんだけど。どちらかといえば選挙がらみで」

「選挙?」

「その、僕は、芹澤さんの事務所にも入っていた、辻誠一郎の息子なんだ。父のことは知ってるよね?」

「えぇっと、あぁ。あの元議員さん」

 

思ったよりも反応が薄い。

戦車道OG会は父の選挙を応援していたんじゃなかったのか?

 

「もしかして、あんまり印象にない?」

「いえ、印象にないわけじゃないけど。その、不思議な感じっていうか」

「不思議というと?」

「あの。私たち大洗戦車道のCG会って、基本的に西出さんっていう議員さんの応援をしていたんです。その人はもうだいぶ前に辞めちゃいましたけど。で、私も、ちょうどその人の最後の選挙の時に20歳になった頃ぐらいだったから、ちょっと手伝っただけなんですけどね。辻さんっていうのは、対立候補だったはずなんですよ」

「え、あれ?」

「そうですね。私も覚えています。確か、ちょうどその時、自民党が二つに割れていて。西出さんと、辻さんって対立していたんですよね」

「え、でも。その、芹澤さんが……」

「芹澤さんですか?」

「あ、あぁ……」

「そうですよね。芹澤さんは、西出さんの後援会の青年部長だったんです。だから、辻さんが芹澤さんの後援会で活躍するっていうのが、私すごく不思議で」

「え? え?」

 

芹澤が、西出議員の後援会の青年部長?

どういうことだ?

いや、もしかしたら、票をまとめられるぐらいの存在だ。

内部にいて裏切ったのか?

 

「だ、大丈夫?」

 

竹谷さんが僕の様子が変だと思ったのか、心配そうに顔を覗き込む。

「あ、あぁ、大丈夫……」

「あの……」

 

おずおずと、瀬名さんが手を挙げた。

 

「そのことなんだけど。私も実は、ずっと気になっていたことがあって」

「気になること?」

「西出さんの最後の選挙の時にね、急に芹澤さんが、私たち戦車道OG会の当時の若手を集めて、辻さんの演説会に連れて行ったの。選挙期間中だったと思う」

「あぁ、それは」

 

僕はほっとして、それは芹澤が西出を裏切ったからだと言おうとした。

だが、瀬名さんはさらに話をつづけた。

 

「それでね、演説会が終わったあと、家に帰ったら、芹澤さんから電話があって。『さっきは演説に連れて行ったけど、あの議員には投票しなくていいぞ。予定通り西出議員に投票するようにとみんなに言っておいてくれ』って。あの、辻さんの息子さんの前で、こういうことバラしちゃうのは、なんなんだけど……」

「あ、えと……」

 

僕は言葉が出なかった。

芹澤が、父の選挙を手伝っていなかった?

手伝うふりをして、マッチポンプの役目をしていたのか?

なんのために?

 

「私も、それ、覚えてます。ってか、今思い出した」

 

湯川さんが言った。

 

「あれっていったいなんだったんだろうって」

 

僕は、心を落ち着かせたくて酒を飲んだ。

話題を変えたかった。

 

「あのさ、西出議員って、今はどうしてるの?」

「あ、西出さんは……」

 

湯川さんが口をつぐむ。

 

「何かあったの?」

「その。まぁ、もうだいぶ昔の話ですけど。自殺したんです」

「自殺?」

「はい。なんか、本業の方の会社がうまくいってなかったみたいで。たぶん、西出さんが生きていたら、芹澤さんは選挙に出ることできなかったと思いますよ。芹澤さんのバックボーンの一つの戦車道OG会は、もともとは西出さんのものであるわけだから。私たち、芹澤さんの最初の選挙の時すごく頑張ったのは、西出さんの弔い合戦の意味もあったから」

「そ、そうなの?」

「はい。私たちは年齢的にはそこまで西出さんに思い入れはないですし、こういうことも言えちゃいますけど。もっと上の世代で、ずっと西出さんのこと手伝ってた人たちは、特にすごく張り切っていました」

「そういう人たちの中には、今の芹澤さんに不満持ってる人もいるよね」

 

瀬名さんが横やりを入れた。

 

「だって、結局、戦車道への交付金、何も取ってこないんだもん」

「せっちゃん、あれは芹澤さんが悪いわけじゃなくて、他の議員たちが悪いのよ。前のチラシにも書いてあったでしょ。『戦車道の交付金アップ案を提案したけど、ベテラン議員たちの妨害で否決された』って」

「それはそうかもしれないけど……でもさぁ、必修科目からも外されて、最近誰もやらなくなってきてさぁ、私むなしくってさぁ」

 

僕は頭を押さえた。

早くこの飲み会を切り上げたかった。

 

「あれ? 湯川じゃん」

 

大柄な女性が通りがかりに、声をかけてきた。

 

「あ、内山」

「知り合い?」

「戦車道のOG会」

「あ、そうか。ここってよく使うんだっけ」

「うん」

「なに、男1人囲んで3人で飲んでんの?」

 

内山が下品な笑いを浮かべた。

 

「いや、そういうのじゃないから」

 

湯川さんが手を振った。

 

 

そこからは、あまり話に加われず、僕は終始うつむいてちびちびと酒を飲んでいた。

時々気を遣うように竹谷さんが話しかけてくれたが、僕はあまり答えなかった。

それよりも、早く帰って羽鳥に電話したかった。

 

 

二時間ほどで飲み会が終わり、僕たちは店の前で別れた。

 

「あの、本当に大丈夫? 送ろっか?」

 

心配そうな竹谷さんに首を振り、

 

「大丈夫だから」

 

と別れた。

彼女は何度もこちらを振り返りながら、商店街の奥へと消えていった。

彼女たちが帰っていくと、僕はまず、自販機で水を買った。

少し、落ち着かねばならなかった。

酒の酔いが回っていては、頭が正常な判断をできない。

ペットボトルの水を2本飲み干して、ようやく少し頭が冷えた。

僕は携帯を取り出した。

時刻は、20時半だ。

そろそろ羽鳥が帰ってきているかもしれない。

コールしようとしたところで、ひゅんっ、という音が聞こえた。

僕の携帯がはじけ飛んだ。

 

「え?」

 

一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 

「お、っとと」

 

まだ酔いが残っていて、携帯を落としてしまったのか。

そう思い、地面に転がった携帯を拾う。

携帯には、弾痕が入っていた。

もう一度、ひゅんっ、という音がして、再び携帯がはじけ飛んだ。

 

「う、あ……」

 

僕はようやく事態を理解した。

狙われている。

銃で。

周囲を見渡す。

夜の大洗の商店はしんとしている。

人けが全くない。

どこから撃ってきたのか、皆目見当もつかない。

僕は両手を挙げた。

どれぐらい待っただろうか。

それ以上、ひゅんっという音は聞こえてこない。

僕は一か八か走り出した。

商店街を、一目散に走り、夜の市街地に抜ける。

ひんやりとした空気が肌を刺す。

市街地に抜けると、さすがに車のテールランプなどが見え、異世界から通常の世界に帰ってきたような気分になった。

僕は、携帯を置いてきてしまったことに気が付いた。

だが、戻るのは危険すぎると思った。

 

続く

 




どうするか悩みに悩んだんですが、やはり、サスペンス的なものを入れることにしました。ハードボイルドの定番で殴られて気絶イベントかなと思ったのですが、哲也の冒険で散々書いたような気もするので、銃撃に。違和感あればご一報ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。