辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

35 / 100
いつも読んでくださってありがとうございます。謎解き篇のようなものに突入いたしております。


35 会派構成の謎

父の部屋には静謐ともいえる時間が流れていた。

そこにもう父はいないのだから当たり前だが、主を失った部屋は、まるで時間の流れからはみ出してしまったかのようだ。

机の上には、読みかけの本が開いてあった。

父は別段体が悪かったわけではなく、たまたま風呂上りに脳溢血で死んだ。

そんなことにならなかったら、夜にこの本を読むつもりだったのだろう。

本を持ち上げてみる。

ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」だった。

父らしいチョイスだと思った。

基本的に真面目な人なのだ。

父の椅子に座ってみる。

そこに座るのは初めてだった。

父は厳しかった。

僕が小さい時でも、自分の椅子には決して座らせなかった。

僕は、この椅子に座る権利を、父から譲り受けることができなかった。

主がいない椅子を乗っ取ることしかできなかった。

 

母から教えてもらった、棚の下段を開けた。

そこには、父の仕事関係の書類や、チラシのスクラップがぎっちりと詰められていた。

一束抜き出してみる。

市町村合併問題の時の審議議事録だった。

あまり関係がないので、机の端に積む。

次の一束。

大洗町の観光都市戦略のプロジェクト案。

これも違う。

まかれていた中傷ビラなどはさすがに残してはいないだろうか。

次の一束。

町議会での代表質問の原稿だ。

ずいぶんと古い。

色がすっかり黄ばんでいるし、パソコンではなく手書きの原稿だ。

これも関係がないだろう……と思ったが、原稿の最初の文字が目に付いた。

 

「お早うございます。辻誠一郎です。質問の機会を与えてくださった、行政、議会の皆様に感謝申し上げます。さて、それでは、私の、良政会を代表しての質問を始めさせていただきます」

 

良政会?

父は、党派で会派を組んでいたわけではなかったのか?

少し気になった。

僕は、市の広報を探すことにした。

広報は別の棚にまとめて置いてあった。

比較的最近のものを手に取る。

議員の代表質問のページを見ると、そこには良政会の名はない。

先ほどの父の代表質問は、いったいいつのものか。

もう一度原稿を見ると、実に20年も昔のものだった。

もう一度、今度は、20年前の広報を探す。

あった。

代表質問のある9月議会の広報を見る。

確かにそこには、良政会として、父の質問が載っていた。

代表質問とは、各会派の議員が、会派を代表して、行政に質問を投げかけるものだ。

父の質問は3点。

1、 不在である副町長の人事を今後どうするのか。

2、 公園施設における危険遊具の指定とその対応について

3、 道路舗装について

ということは、ちょうど赤坂が副町長人事で躓いたころの質問か。

不在のままの副町長をどうするのか問いかけている。

市の返答はそっけない。

現在調整中であり、他市では副町長を任命していないところもあるので、いろいろと研究し、検討する、とだけ答えている。

恐らくは、町長がレームダック状態で、何ら采配をふるえなかったのだろう。

僕は、他会派の名前をチェックすることにした。

代表質問を行った会派はすべてで7会派だった。

 

良政会

市民クラブ

大洗町政・改革の会

社会党大洗町議員団

公明党大洗町議員団

日本共産党大洗町議員団

 

あれ?

所謂、自民党や民主党といったものが存在していない。

どういうことだ。

会派構成がどこかに載っていないだろうか。

僕は、もっと古い広報を探す。

24年前のものが出てきた。

その代表質問をチェックすると、

 

自民党大洗町議員団

大洗町政・改革の会

社会党大洗町議員団

公明党大洗町議員団

日本共産党大洗町議員団

 

となっている。

ふむ……。

会派の人員配置は……おそらくは、委員会の役選時に発表されるはずだ。

春の役選の広報を見る。

24年前と、20年前とを見比べてみる。

すると面白いことが分かった。

 

24年前はこうだ。

 

自民党大洗町議員団

大迫 恵一、野田 儀太郎、西出 聡、辻 誠一郎、中橋 大輔、小暮 裕也

大洗町政・改革の会

酒井 光輝、中西 良治、宇治 耕三

社会党大洗町議員団

生野 大輔

公明党大洗町議員団

小道 博美、倉田 栄一

日本共産党大洗町議員団

菅 光代、羽鳥 浩紀、野口 洋平

 

ところが、20年前になると

 

良政会

辻 誠一郎、中橋 大輔、野田 儀太郎

市民クラブ

大迫 恵一、西出 聡、小暮 裕也

大洗町政・改革の会

酒井 光輝、中西 良治、宇治 耕三

社会党大洗町議員団

生野 大輔

公明党大洗町議員団

小道 博美、築地 由美子

日本共産党大洗町議員団

羽鳥 浩紀、野口 洋平、矢作 俊之

 

になっている。

 

公明党と共産党のそれぞれ一名が変わっているのは、単なる交代だろう。

人数も同じだから、議会運営に影響はない。

問題は、良政会と市民クラブだ。

20年前になると現れるこの二つの会派は、面子の上では、24年前の自民党とまったく同じだ。

つまり、自民党が分裂して良政会と市民クラブに分かれたといえる。

大洗町政・改革の会については、会派の幹事長である酒井の名前で検索をかけると、簡単に中身が判明した。

酒井 光輝は、大洗に大きな工場を持つ全国規模の企業の労組のお偉方として名を残していた。

連合や労組から出馬している議員団……まぁほぼほぼ民主系ということだ。

整理しなおせば、20年前の大洗の会派構成は

 

自民党A 3名

自民党B 3名

民主党  3名

社会党  1名

公明党  2名

共産党  3名

 

 

ということになる。

合計すると15名で、現在の定数よりも多いが、これは20年間の間に定数削減がなされただけだろう。

 

「…………」

 

僕は立ち上がり、居間の電話に向かった。

羽鳥の番号に電話をした。

しばらくすると、女性が電話に出た。

 

「はい。羽鳥です」

「あ、すいません、辻と申します。議員だった辻誠一郎の息子です」

「あら、辻さんの……。あの、このたびはご愁傷様で」

「あ、いえ。……その、ご主人はいらっしゃいますか?」

「主人はまだ帰っておりませんの」

 

時計を見る。

午後3時を少し回っていた。

 

「あの人、一度家を出ると長いから。今日は、水戸でぶらぶらすると言っていたから、夕方を越さないと帰ってこないかもしれません」

「……そうですか」

 

僕は、また夜に電話をしますと言って電話を切った。

竹谷さんとの約束は午後6時だった。

それまでに気になる部分を解明しておきたかったが、少し難しいかもしれない。

僕はため息をついた。

 

続く

 




だいぶ話がややっこしくなってきました。
自分でも、パズルゲームを説いている気分です。
近いうち、人物表と、時系列表を作って掲載します。
まぁたぶん、現代篇に突入直前ぐらいで。
ご要望があれば、今のこのガルパン本編の9年前編の時点で製作いたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。