「そもそもなんですか、そのアンプラグドって」
「決まってるじゃないか。エレクトリックじゃないってことだよ。廉太君、ロック好きなんでしょ。君に合わせたつもりなんだけど」
「じゃぁ、これから、拡声器一つ持たずに名前を連呼しながら町中を歩くってことですか?」
「そういうことだな。さ、行くぞ。これ持って」
芹澤が、ポールにくくられた旗を渡してくる。
旗には、「大洗を新しく! 疑惑を許さぬ!!」と書いてある。
「な、なんですか、これ」
「名前の書いた旗も使用に制限があるんだ。俺たちはこれを使う。旗の色は俺のシンボルカラーに合わせてある。連想がいくようになっている」
「ひぇぇ……」
しょうがなく、旗を持ちながら芹澤の後に続く。
まるで桃太郎さんだ。
「芹澤です! 芹澤たかのりです! やる気溢れる男です!!」
芹澤が大声を張り上げる。
「そんなんやっても、聞こえませんよ」
路上にはほとんど人がいない。
地方都市などそんなもんだ。
「聞こえるよ。場所にもよるが」
芹澤が、道路わきの民家の窓に向かって大声を張り上げた。
「芹澤です! 僕はやります! 大洗を変えます! 芹澤です!」
民家の窓が開く。
「うるさい!!」
老人が怒鳴った。
「な。聞こえるだろう?」
芹澤は飄々としている。
僕は老人に向かって頭を下げた。
「ほら、さっさとお前も声を出せ!!」
芹澤が僕の背中をたたく。
……もうやけくそだ。
「芹澤をよろしくお願いします!」
「もっと!」
「芹澤をよろしくー!!」
「よろしくー!!」
二人で怒鳴りあう。
「いいぞ。その調子だ。どんどん行こうか!」
楽しげに芹澤が歩いていく。
「僕はやりまーす! 元気あふれている男でーす! こうやって自分の足で町を歩くのは僕だけでーす! ほかの議員は選挙カーに乗っていまーす! 僕だけは、自分の足で歩いていまーす! マイクも使いませーん!」
その言葉に、ふと気が付いた。
これも、イメージ戦略の一環なのか。
荒唐無稽、ともすればバカな行動に見えたが、もしかしたら、「若々しく元気で体当たり勝負な新人」という像を作る一環なのかもしれない。
「どうした。廉太君、暗いぞ!」
「は、はい!」
僕も、精いっぱい声を張り上げた。
※
途中、定食屋で天丼を食し、再び街へ繰り出す。
向こうの通りに、一瞬、戦車道OG会の女性部隊が見えた。
彼女たちは拡声器を使って芹澤の名前を連呼していた。
「まずいな」
芹澤がつぶやく。
「どうしたんです?」
「歩きが遅いんだ。選挙カーと場所が重なってしまう。ちょっと電話する」
「??」
芹澤が携帯を取り出す。
「赤坂さん。今、中原通りでOG会を見かけました。このままじゃ車と重なります。車に連絡いれて、場所ずらしてください」
携帯を切るタイミングで尋ねた。
「どういうことですか?」
「つまりだな、実は俺たちは選挙違反をしているんだ」
芹澤が嬉しそうに小声でつぶやく。
「はぁ?」
「いいか。エレクトリックを使えるのは、一陣営につき一班だけだ。つまり、選挙カーが走っている間は、歩いている連中は拡声器を使えないんだ」
「でも、OG会と選挙カーは並行して……」
「そうさ。だから、大洗の、端と端で同時に動いてもらってるんだ。バレにくいようにな。それが、歩いている方が足が遅くて、車に追いつかれつつあった。この時間に中原通りにいる予定じゃないんだ。地域が重なっちゃうと、同時に動いてるのがバレちゃうだろ。だから、引き離した」
「良いんですか、そんなことやって」
「バレやしないよ。わりとよくやる手法だ」
「はぁ」
それもおそらく、マニュアル化された「新しくする会」の必勝理論なのだろう。
口先で正義を気取りながら、やり方が狡い。
「まぁ、いいですけど」
僕はあきれ顔で言った。
※
それから、15時まで声を出し続けると、へとへとになった。
のどが痛い。
芹澤は余裕な顔をしている。
「そのうち喉つぶしますよ」
「それぐらいの方が、悲壮感を感じてもらえてちょうどいい」
「徹底してますね」
「あぁ。俺は、それじゃ、他のところに行く。オルグしてくる。事務所を頼むぞ」
「はぁ」
「旗を貸してくれ」
「え、自分で持つんですか?」
「たった一人で巨悪に立ち向かう勇者。そんな雰囲気が出るだろう?」
彼はうれしそうに、旗を肩に立てかける。
自分に酔っているのだろうか。
「じゃぁな」
自分の名前を連呼しつつ、駅の方へと歩いていく。
※
事務所に戻ると、15時30分になっていた。
「あ、廉太さん」
竹谷さんがいた。
「ちょうどよかった。私ももうすぐ、出なきゃいけないんです。事務所の番、交代してもらえますか?」
「あぁ、そのつもりで来たんだ」
「ありがとう」
「でも、16時30分には出るけどね」
「どこかへお出かけですか?」
「いや、東京へ帰るんだよ」
「あ、そっか!」
思い出した、と言うように手をたたく。
「じゃ、私このまま出ちゃうから。またしばらくお別れだね」
「うん」
「そうだ。せっかくだから、アドレス交換してくださいよ」
「え?」
「だって、この間渡したDVDの感想とか聞きたいですし」
「あぁ、戦車道の」
「はい」
「わかったよ」
アドレスの交換をすると、竹谷さんが事務所を出て行った。
一人きりになると、しんとした気分になる。
僕は何をやっているんだろう……。
ふいにそんな思いが頭をよぎった。
故郷に戻って、訳の分からんことをやってるよなぁ……。
でも、若い女性のアドレスをゲットしてしまった。
別に竹谷さんと何かあるわけではないが、そのことに妙に高揚感を感じた。
20代前半の女性のアドレスなんて、仕事のじゃない関係の人のなんて、この携帯初じゃないいだろうか。
一方で、そんなことで興奮する自分が情けなくもあった。
これが36歳ということか……世知辛い。
そんなことを考えながら、ぼんやりとしていると、急に事務所のドアが開いた。
「あ、はい。どちら様ですか?」
僕は反射的に立ちあがった。
入ってきたのは、若い女性だった。
20代の半ばぐらいか?
竹谷さんよりはやや大人びて見える。
「あの。角谷と申します。この時間、事務所に誰もいないから、少し番をしていてほしいと頼まれたのですが」
女性が頭を下げる。
と、背中で泣き声が聞こえた。
「あ、す、すいません。赤ちゃんを連れてきちゃったもので」
よくよく見ると、背中に赤ん坊を負ぶっている。
「どうぞ、座ってください」
「ありがとうございます」
席に座ると、赤ん坊を背中から離し、腕の中に抱きしめてあやし始める。
赤ん坊はすぐに泣きやんだ。
「おとなしい子ですね。もう泣き止んだ」
「はい。母親としては、手がかからなくってありがたい限りです」
「男の子ですか? 女の子?」
「女の子です。杏っていいます」
「かわいい名前ですね」
「ありがとうございます」
褒められたのが分かったのか、杏ちゃんが顔をほころばせる。
「そういうと、番って、ここで待っていればいいだけですか?」
「たぶんそうですよ。僕も急に頼まれたんです。誰もいないから、って。みんな選挙戦で走り回ってバタバタしてるから、情報が錯そうしちゃってるんでしょうね」
「きっとそうですね。私は、友達に頼まれたんです。友達が、戦車道のOG会で。すっごく仲がいいんですよ。その娘に、どうしても今日、事務所に顔だしてほしいって」
「あはは。僕も、同じようなもんです。無理やり頼まれたようなものでして」
「でも、選挙事務所って初めて見ました。こんな感じなんですね」
角谷さんが部屋を見渡す。
「なんだか、不思議な感じの場所ですよね」
「ええ」
お互い、顔を見合わせて笑いあった。
「戦車道、お好きなんですか?」
普段、自分から他人に何か問いかけるのは苦手なのだが、角谷さんには、なぜだかするっと言葉がかけられた。
彼女にはそんな雰囲気があった。
「そうなんです。私自身はやりはしないのですけど。見るのが好きで。例の友達がやっていたっていう影響も強いですけど、戦車そのものも結構好きなんです」
「へぇ。良いですね。僕も、見るのは結構好きなんですよ」
「この子も」
「え?」
「親に似るのでしょうか。この子も、戦車道のテレビ放映とかがあると、じっと画面を見てるんです。将来、もしかして戦車に乗ったりして」
「有望ですね」
僕は、杏ちゃんを見た。
「幾つなんですか?」
「今、ちょうど一歳と少しです。小柄だから、ちょっと心配で。まだ歩けないんですよ」
「きっと元気な女の子になりますよ」
「だといいんですけど」
角谷さんとの会話は、流れが良くて心地よかった。
お湯につかっているような、リラックスした時間が過ぎた。
彼女が既婚者だということもあるのかもしれない。
若い女性と二人きりでも変な気まずさを感じなくて済む。
自分よりずっと若い女性がすでに結婚していて、赤ん坊がいるというのは、妙な気持ちがした。
時計が、16時を打った。
「16時か」
「16時20分には、みなさん戻ってくると聞きました」
「らしいですね。僕は、そのぐらいの時間にはここを出ます」
「ご用事が?」
「いえ、東京に帰るんです。実家が大洗で、付き合いで手伝わされているだけで。明日からまた東京で仕事なんです」
「え、そうなんですか!?」
角谷さんが驚いたというように目を見開いた。
「それは大変ですね。お疲れ様です」
「いえいえ。戦車道のためだ、と考えてやりきりましたよ。芹澤は応援してくれてるみたいだし」
「そうみたいですね。みっちゃん……私の、例の友達も、そう言っていました」
やがて、16時20分になった。
事務所に人が帰ってきたら、挨拶をしたりで、出るのが遅れるかもしれない。
それが煩わしい。
「じゃ、僕はもう出ます」
「わかりました」
「それじゃ、頑張ってください」
「はい。そちらこそ、お仕事頑張ってください」
「ありがとうございます。 じゃあね、杏ちゃん」
杏ちゃんに声をかけると、彼女は少しだけ微笑んだように感じられた。
鹿島臨海鉄道に乗って、水戸に出て、なんとなく、水戸で早めの夕食をとった。
それから東京に戻ると、もうすっかり夜だった。
アパートに帰るころには、疲れがたまりきっていた。
僕は、ほとんど記憶がないうちに眠りに落ち、翌日仕事に遅刻をしかけた。
いやぁ、やっとガルパンのヒロインが出てきました。まさか、ここまで書くのに29話必要とは思いませんでした。
さて、ここからが難しいところです。
ガルパン本編では、杏は17歳でしょうから、本編はこの16年後ということになります。
その時、辻さんは51歳ぐらいになる計算になります。
学園艦教育局長という肩書を考えれば、まったくおかしくないというか、むしろ妥当な年齢だと思われます。
しかし、アニメの絵で見ると、辻さんは非常に若く見えます。
30代ぐらいにしか見えません。
この辺、どうしようかなと頭を悩ませています。
というか、これを書き始めてからずっと、肩書を重視するか、見た目年齢を重視するか、悩んでいます。
本作では、辻さんはアニメではあの絵柄だから若く見えるだけ、という説で行こうと思っていますが、もしも、ご意見などあればお伝えください。