辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

28 / 100
28 赤坂、遊撃部隊

芹澤からは、「すぐに戻るから事務所で待っていてくれ」と言われていた。

なので僕は、事務所に入り、椅子に腰掛けた。

すると、頭の禿げかかった老人が

 

「スタッフが座っていてどうする」

 

と怒鳴った。

僕が困惑していると、別の老人が、

 

「いやいや、この人、辻先生のお子さんですわ」

 

と言った。

 

「辻? あぁ、あの議員か。なるほどな」

 

品定めをするように、怒鳴ってきた老人が僕を見る。

 

「あんまり似ていないな。親父に似なくてよかったな」

「どういうことですか」

 

むっとして問い返す。

 

「辻っちゅう男は、女癖が悪かったらしいじゃないか。え? 息子の君はおとなしそうでよかったと言ったんだ」

「親父は、母と仲がいいですよ」

「そりゃ、家ではな」

 

老人が含み笑いをする。

 

「前の選挙も、女の事でいろいろ書かれて出られんなったんだろうが」

「いい加減にしてください」

 

立ち上がろうとしたときに、別の老人が制した。

背は低いが、肌が浅黒く、血行の悪そうな表情をした老人だった。

 

「まぁまぁ。選挙中ですよ。いろいろあるでしょうけど、ここは抑えてください。主役は芹澤君でしょう」

 

喧嘩を売ってきた老人が舌打ちをして席に座った。

僕も仕方なく、椅子に戻る。

見回すと、選挙事務所には老人が多かった。

事務所開きの後、集まった人々のほとんどはどこかに散っていき、数人の老人だけが事務所でたむろしていた。

彼らは煙草を吸い、お菓子を食し、わがもの顔をしていた。

何をしに来ているのかよくわからなかった。

先ほどの浅黒い肌の老人が、僕におかきを差し出してきた。

 

「食べますか」

「あ、はぁ……」

 

それを受け取る。

 

「赤坂さん」

 

奥から、30代ぐらいの体格の良い女性が老人を呼んだ。

戦車道OGの、選挙カ-の運転手の一人だった。

選挙カーは、一人では運転しきれない。

交代制になっている。

 

「あの、この堤の下って、通れるんですか?」

 

地図を広げて、老人に問いかける。

 

「通れます。ぎりぎり車一台分。その堤沿いにも、人家があります」

「そうなんですね。あと、こっちの、このルートなんですけど。町の区域の外に出てませんか?」

「それでいいんです。区域外を突っ切った方が、最短ルートなんです。その間は、スピーカーを止めていたらいいだけです」

 

老人は、道に詳しいらしかった。

民家の多い区域や、選挙カーが見落としがちな区域を指摘していく。

年下相手に口調は丁寧だが、妙な威圧感があった。

 

「お疲れさま」

 

芹澤が戻ってきた。

走っていたらしく、額が汗でぬれていた。

その場にいたスタッフたちが立ち上がる。

 

「あ、いいですよ、別に座ったままで」

 

例の猫なで声を出す。

 

「赤坂さん。僕はずっと歩いてますんで、車の方、お願いしますね」

「大丈夫です。お任せください。今日は、公民館で立ち会い演説会です。17時までには必ず事務所にお戻りください」

「わかっています。パネルは万全ですか?」

「用意できています」

「では。廉太君」

「あ、はい」

「行こうか」

 

芹澤と連れ立って外に出る。

その時、他の候補の選挙カーが前の道路を通り過ぎた。

ウグイス嬢が「芹澤候補のご健闘をお祈りいたします」と言う。

そういって通るのが礼儀なのだろう。

芹澤は、車に向かって恭しく頭を下げたが、車が遠くへ行ってしまうと舌を出した。

 

「廉太君、何時に帰るの?」

「そうですね。明日が仕事なので、少し休みたいのもあるので、16時には列車に乗りたいですね」

「俺の演説、見ていきゃいいのに」

「18時半からでしょう? 無理ですよ」

「残念だな。夜の演説が選挙の醍醐味なんだが」

「そんなに凄いんですか?」

「まぁ、凄いか凄くないかは人の感性だがね。夜の演説は、昼に外でマイク持つのとは少し雰囲気が違うぜ。地域の公民館や民家や寺を借りて、座布団引いて、ずらっと聴衆が並んでいる前で、マイクも使わずにやるんだ。独特の熱気がある」

「民家ってのもあるんですか?」

「そりゃ、一日ごとに各地域を回るんだ。公民館がない地区だってあるし、公民館を借りるほどの数の支援者が集まらない地区だってあるさ。今回の俺の演説会も、民間もあるし、八百屋もあるぞ」

「八百屋?」

「そう。商店街の八百屋の軒先を借りるんだ」

「はぁ」

「外から見えるからな。いい宣伝になる」

「それはちょっと見てみたいですね」

「残念ながら、明後日だ」

「じゃ、無理ですね」

「で、今からの予定だが」

「はい」

「15時まで、俺と二人で町を歩き回ってもらう。お昼は適当にどこかの定食屋だ。15時を過ぎると、俺は用事があるから、別れよう。で、すまないが、16時から16時20分ぐらいまで、事務所に誰もいなくなるんだ。その間、事務所にいてくれないか」

「16時の列車に乗りたいんですけど」

「20分遅れても、東京に帰れなくはならないだろうが」

「……わかりましたよ」

 

僕はため息をついた。

 

「それじゃ、行こうか」

 

芹澤が意気揚々と歩き出す。

彼は唐突に、

 

「芹澤、芹澤たかのりでーす!」

 

と叫びだした。

 

「ちょっ、芹澤さん、マイクも持たずに何やってるんですか?」

「マイクが使えるのは、選挙カーに乗っているときだけだ。道を歩くときは使えないぞ。ちなみに、拡声器も使用できるのは、一陣営につき一組のみだ。そちらは、今廻っている戦車道OG会チームが使用している。俺たちは、アンプラグドの遊撃部隊だ」

「え~……」

 

僕は口元をひくつかせた。

 

続く

 




お疲れ様です。読んでくださってありがとうございます。一応、役所に勤めている友人や、実際に選挙に出たことがある人に取材して書いていますが、おかしい点があれば、何なりとご指摘ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。