辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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23 統一地方選

ほとんど決定路線の理論付けを行うためだけのプロジェクトチームとはいえ、兼任という状況はなかなか堪えた。

僕の本来の業務である教育委員会の仕事の合間を縫って、施設統廃合についてのミーティングが入ってくる。

ミーティングの回数を重ね、種々検討したという名目が欲しいのか、かなりの回数に上った。

だが、楽しさのようなものはあった。

30代中心の若いチームであることが自分には心地よかった。

年上と組む際の安定感はないが、気楽さと、一丸になってやっているという、不謹慎な言い方をすれば部活のような楽しさがあった。

チームの飲みの場には、公然と篠崎代議士がやってくることがあった。

彼を後押しするための省内のチームであることは、誰の目にも明らかだった。

山下は6月以降、飲みに誘ってはこなかった。

1月の肌寒くなった日、庁舎のそばのローソンでばったりと出会った。

彼は缶コーヒーを一本買うためにレジの列に並んでいた。

 

「わざわざ並ぶのに、缶コーヒー一本? 自販機使えばいいのに」

「おっ、辻ちゃん。おひさ。これがいいんだよ。ゆっくりぼんやり並んでる間が休息なの」

「ふぅん」

「そういうとさ、辻ちゃん、最近目立ってるよ」

「そう?」

「あ、俺の番だわ」

 

彼は手をひらひらさせながら、レジへと向かっていった。

 

忙しく仕事をしているうちに、4月がやってきた。

統一地方選が近くなった。

ある日、芹沢から電話があった。

 

「あのさ、廉太君、忙しいとは思うんだけどさ、ちょっとだけ暇はない?」

「なんですか?」

「その、悪いんだけどさ、手伝ってよ選挙」

「……えっと。公務員が選挙の手伝いをすることは禁じられていますが」

「なに言ってんのさ。そんなん、公然と破られてるよ。他の陣営見て欲しいよ。町役場ОBの連中が、わさわさ動き回ってるよ。特に、市長派の現役議員連中の陣営ね。市長の命令が出て、役人がこっそり動いてるって」

「でもそれって、ОBでしょ?」

「廉太君だって、国でしょ。こんな地方来たら、誰にもばれやしないよ。頼むよ。ねぇ、お父さんからもなんか言ってやってくださいよ」

 

芹澤が後ろ手に向かって甘えた声を上げた。

後ろに父がいるようだった。

 

「あのな、廉太。俺からも頼むよ。負けられないんだ」

 

父がぼそぼそと頼んできた。

 

「……わかったよ」

 

僕は頷いた。

有給を2日分利用して日月火と、また大洗に戻ることになった。

告示日が火曜日で、どうしてもその日に大洗にいてほしいと頼まれてのことだった。

駅に降り立つと、どことなくいつもの大洗とは違う緊張感があった。

空気が張り詰めている雰囲気があった。

町中に貼られていたポスターのほとんどがなくなっていた。

 

「廉太君、よく来てくれたね」

 

相変わらず、光沢のある黒のスーツを着た芹澤が顔をほころばせる。

 

「ポスター、選挙前なのにほとんどないんですね」

「選挙前だから無いんだよ。選挙中は掲示板以外には貼っちゃいけないからね。選挙期間中になんか言われたらいやだから、早めにはがしたってわけさ。俺だってちょっと前まで、こんなの貼ってたんだぜ?」

 

芹澤が、携帯で撮った自分のポスターを見せてきた。

それは、『大洗を新しくする会 地方から政治を変える』と書かれていて、よく知らない議員との2連ポスターになっていた。

二連というのは、ポスターを半分で区切って、二人の写真が載っているものだ。

 

「あれ? これって誰ですか?」

「あぁ、木村雅彦だよ。県議会議員の」

「え、どうして?」

「俺が前に秘書してた高坂先生のお知り合いなのさ。大洗を新しくする会に一口噛んでくれているんだ」

「あ、いや、そうではなく。芹澤さん一人で写った方が、目立っていいのに、と」

「やだな、廉太君、知らないのか」

 

芹澤が素っ頓狂な声を上げた。

 

「無所属の議員が街中にポスターを貼ることができるのは告示日の半年前までだけだぞ。それもかなりグレーだけどな。選挙ぎりぎりまでポスターを貼りたきゃ、こういう2連にしてだなぁ、自分じゃなく、属している政党の宣伝ですって名目にしなきゃならないんだ」

「え? じゃ、大洗を新しくする会って、地域政党なんですか?」

「正確にはそうじゃないけど、いろいろあるんだよ。まぁここ見てみろよ」

 

形態の画像の下部を拡大する。

そこには、『弁士 木村雅彦・芹澤たかのり』と、見えないぐらいに小さな文字で書かれ、同じように見えないぐらい小さな文字で、『内部資料・討議資料』と書かれている。

 

「要するにこれは、街中に張り出してあるけど、ポスターじゃないんだ。俺と木村先生との合同討論会のお知らせを、『たまたま家の壁に貼っていた』という名目なわけ」

「普段配っているお知らせチラシと同じ扱いということですか?」

「そういうこと。もちろん、こんな討論会は開催しないぜ。選挙前に討論会なんかして、なんか質疑応答で変な質問喰らったらたまらんからな。だから、見えないぐらいの大きさのフォントで書いてある」

「内部資料ってのは? 前のチラシの時も書いてましたけど」

「そのまんまの意味さ。後援会用の内部資料なんだよ、名目は。それがたまたま流出しちゃったり、貼りだされちゃったりしたってだけってこと」

 

とんでもない言い草だった。

だが、誰もがやっていることだという。

僕は頭が痛くなった。

 

続く

 


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