辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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22 義務教育施設統廃合プロジェクトチーム

「義務教育施設統廃合検討プロジェクトチームというものが今度発足する。そこに入ってくれないか」

 

うだるように熱い8月の末、人事から唐突にお達しがあった。

 

「兼任になるが、とりあえずはミーティングを重ねて、方向性を検討していくだけだ。大きな負担にはならないだろう。実際に会議として動き出していくときには、兼任を解いて専任にする。君にとって、大きなステップアップになるぞ」

 

それが本当にステップアップになるのか判断が付きかねた。

ただ単に、都合の良いように激務を与えられるだけかもしれない。

しかし、いずれにせよ拒否権はなかった。

その場ですでに用意されていた辞令を与えられると、談話室へと連れて行かれた。

第2委員会室の隣にある小さな部屋で、壁が茶色く変色している。

煙草による染みだった。

かつて、一部の会議室で煙草が吸えた頃の名残だ。

特に、この小さな部屋は、委員会で会議がまとまらない時、少人数で話し合いをするために使用される頻度が高かった。

議事録の残る委員会室では言えない言葉……怒号や脅しや泣き文句が飛びかう。

当然のごとく、喫煙頻度も高まる。

通称「煙草部屋」と呼ばれている部屋だった。

 

「うっわー、これからこの部屋でミーティングするの? 煙草の匂いが染みついてるじゃん」

 

水野と名乗った30過ぎの女性が口をとがらせた。

彼女のほかに、飯田、内村、斉藤という3人の職員が集まっていた。

飯田だけは40代だったが、あとはみんな30代だった。

これが義務教育施設統廃合検討プロジェクトチームのメンバーだろうか。

 

「まぁまぁ、これからずっとこことは限りませんし」

 

温厚そうな内村が言った。

彼の顔は、庁舎内で見たことがあった。

お互いに自己紹介を済ませる。

場を取り仕切るのはもちろん飯田だった。

 

「人口減少、少子高齢化の進む今日、かつて建てすぎた公共施設が、地域にとって大きな負担となっています。学級人数などを考えても、学校施設の統廃合は、やむを得ないものと思われます」

 

検討プロジェクトチームという名称がついてはいるが、要は答えありきなのだ。

もっとも、僕にしても、異論はなかった。

人口が減少を続けているのは事実だ。

各地方自治体にしても、施設を維持管理するだけでも金銭的・人的負担はバカにならない。

もしも、国が方針を出して、統廃合時の建て替えなどに補助金を与える制度などを打ち出していけば、それは地方にとってもありがたいことのはずだ。

 

その日の夜、携帯に篠崎代議士から電話があった。

 

「新しいチームはどうだ?」

「篠崎先生の差し向けだったんですね」

「もちろん。意気込みの一つでも聞かせてくれよ」

「頑張らせていただきます」

「よし。いい返事だ。12月議会で、俺は、学校施設の統廃合の推進を質問する。うまく答えてくれ」

「僕がですか?」

「もちろん、最終的には飯田が答えるさ。でも、君にも一言、活躍してほしい。先じて手を挙げてくれよ」

「恐れ多いのですが」

「君に答えてほしいんだよ。ロック仲間だろう?」

「わ、分かりました」

 

12月議会がやってきた。

僕たちは、教育の所管費目で委員会室に着席する。

施設管理費で、篠崎代議士が挙手した。

 

「委員長!」

「篠崎委員」

「学校施設についてお尋ねします。現在、地方の空洞化が指摘され、若年層の人口比率はどんどんと減っていると思われますが、地方において、本来のキャパシティを大きく下回る学校施設が多いのではないですか?」

 

来た。

僕の答える番だ。

 

「委員長!」

 

緊張した面持ちで挙手をした。

 

「え~……」

 

委員長が手元にある座席票をにらむ。

委員会室は縦に細長い。

理事者席に人がずらっと並ぶため、奥の方に座っている僕の顔がよく見えないのだろう。

後ろ手に控えている議会事務局の職員が、

 

「委員長、辻主任です」

 

と小声で指摘する。

 

「辻主任」

 

僕は立ち上がった。

 

「委員のおっしゃる通りでございます!」

「委員長」

 

再び篠崎代議士が挙手する。

 

「篠崎委員」

「では、例えば、2つの学校を統廃合するとき、どのような問題点がありますか?」

 

問題点……頭を働かせろ。

 

「委員長!」

「辻主任」

「問題点として、例えば、地域間の軋轢が考えられます。二つの学校を一つに統合する場合、どちらの地域を残すのかが議論になります。また、学校区の再編により登下校ルートの変更の問題。そして、校舎の解体工事費用と、建て替え費用。これらが問題点であると考えられます」

 

篠崎代議士が小さく頷いた。

 

「委員長!」

「篠崎委員」

「では、そう言った問題点の解決に向けて、国はどうすればよいか。例えば、今後、学校の統廃合はやむを得ないことだというムード作りをしていく必要があるでしょう。そういう雰囲気を作り出すことで、地域としても同意せざるを得なくなってくるはずです。また、解体費用と新築費用。これらに対して、補助金の制度を今以上に強化していくべきではないですか」

 

「「委員長」」

 

声が重なった。

僕とほぼ同時に、水野が手を挙げたのだ。

委員長が、僕たちの顔を見比べ、

 

「水野主任」

 

と言った。

水野が立ち上がる。

 

「ご意見を参照し、種々検討してまいります」

 

委員会室を出るとき、僕は水野の肩をつついた。

 

「どうして僕の番を取り上げたんだ」

「なに言ってるのよ、危なっかしい」

「え?」

「あなた、あそこで、『おっしゃる通りです』とでも言いそうだったじゃない。一度言っちゃうと、取り消せないわよ」

「でも」

「流れとしてはそう。それは問題ない。でも、議事録が残る場で、自分の采配で決定事項にしちゃうとダメ」

 

そう言って、つんと顎を上げると、すたすたと先を歩いて行った。

 

続く

 


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