教育委員会への異動が決まった日、僕と入れ違いで教育委員会から保険へと異動になった高田という男から電話があった。
僕よりも3歳年上で、それほど面識があるわけではないが、どことなくえぐみを感じさせる印象のある男だった。
一度飲みの場で一緒になった時、関西の私大出身であることを誇らしげに語っていたことがある。
「関関同立なんて、東京にくりゃMARCHほどの価値もない。それでも俺はこうやって、この官僚の世界で生き残っている。俺には地頭があるんだよ。わかるだろ? ん?」
その時僕はどうしてそんな話を僕にするのかよくわからなかったが、後でよくよく考えてみると、おそらく僕も地方大学出身者だからだった。
僕はふぅん、と思った。
それ以上でもそれ以下でもなかった。
そんな高田は、絶対に関西弁を使わない男だった。
彼の価値観の中では、関西という劣等から這い出し、首都で成功する自分という像こそが絶対的に尊いのだろう。
なので、そんな彼からの唐突な電話にはあまり好い予感はしなかった。
とはいえ、着信を無視するわけにもいかない。
「もしもし、辻です」
「あぁ、辻君、お久しぶりだね。覚えてるか? 高田だ」
「はい、もちろん」
「覚えてていてくれてうれしいよ。今晩、暇か?」
その日の夜の付き合いの誘いを当日にしてくる人種があまり好きではないが感情をこめず返答する。
「今晩は特段なにもありませんよ」
「オーケイ。じゃ、20時に三司馬(みしま)に来てくれ」
「わかりました」
三司馬というのは、何度か行ったことがある店だ。
特段高い店でも美味い店でもないが、立地が良かった。
郊外といっても都心から15分圏内の小都市にあり、かつその駅前は大学があるのみで、客は背伸びをして小料理屋に行きたいような学生がほとんどだった。
ちょっとした込み入った、人に聞かれたくない話をするのに向いている。
逆を返せば、僕にとってはややこしい話が待ち受けているという可能性が十分にあるということだ。
約束の時間の10分ほど前に三司馬につくと、割烹を着た女将が奥のふすまを指し示した。
「ふぅん」と思いながらふすまを開けると、篠崎代議士がいた。
僕は一瞬声が出なかった。
こういう場合、どうしたらいいのか。
役人と代議士を引き合わせるというのはよくあるパターンだ。
だが、そういうことはある種優秀な限られた人々の間で交わされる約束事だと思っていた。
「久しぶりだね」
と篠崎代議士が言った。
彼は、この10年で随分と貫禄を出していた。
本人の望む望まないとは別に付き合いが多いのだろう。
かつての青年らしさは贅肉が覆い隠していたが、それでも、怠惰な中年という印象は受けなかった。
それよりも、彼が僕のことを記憶の片隅にとどめていることに混乱した。もちろんそれは、嘘かもしれないわけだが。
後ろから、肩に手を触れられた。振り返ると、高田がいた。
そしてその後ろには、僕が入庁して間もないころにお世話になった中津さんという男性がいた。