山下と久々に飲んだ日から、急速に仕事が忙しくなった。
ほとんど日付の感覚を失ったままゴールデンウィークを迎えた。
ゴールデンウィークのほとんどにも仕事が入っていた。
二日間の休日を作って再び大洗に帰った。こんなに短い期間に二度も鹿島臨海鉄道に乗ることになるとは思わなかった。僕は窓から見える景色を眺めながらつい苦笑した。
駅に着くと芹澤が出迎えた。彼は光沢のある黒のスーツを着ていた。髪型も先月会った時とは微妙に違っていた。前髪をかきあげ、ワックスで固めていた。その雰囲気はなんだか滑稽だった。僕は笑いをこらえた。
「出迎えてもらって申し訳ありません」
「いやいや、こちらこそ。帰ってきてくれてありがとう。お父さんが喜ぶよ」
「そうだといいんですが」
「きっと喜ぶに決まっているよ。あ、そうだ。今日はかたっ苦しい服装でごめんね。ちょっといろいろと忙しくて。もしかして、その、察しているかもしれないけど……」
わざとらしい男だ。
「大体わかっていますよ。選挙に出るおつもりなんでしょう?」
「いや、やっぱりわかってたかぁ。名刺渡したから、たぶんわかるかなって思ってて。さすがやっぱり廉太君、いい大学出てる人は感性が鋭いね」
「でも、どうして選挙なんかに?」
「まぁ、それは歩きながら話そうか」
僕と芹澤は並んで大洗の街を歩いた。
父は例のアウトレットモールにいるらしかった。
モールまでの道すがら、何人かの住民が芹澤に声をかけた。声をかけてきたのはほとんどが老婆で「若い人が頑張るのって応援したくなるわ」というような内容だった。
「もう名が知れてるんですね」
と僕は言った。
「小さい町だから、チラシを配ってると自然にね」
芹澤が満足げに微笑んだ。
「でも選挙ってのは怖いよ。頑張ってね、と声をかけるのと、実際に投票するのとは関係がない。口先では若者を応援していても、現実の投票日になると、しがらみやら人間関係やらが最重視されちゃうからね。都心部じゃない選挙なんてそんなもんだ」
「ずいぶんと詳しいんですね」
「僕はね、今のスポーツ店に勤務するまでは衆議院議員の事務所のスタッフだったんだよ」
彼はそう言って、偏った思想と発言で有名な老議員の名前を挙げた。
僕はもちろん名前は知っていたが直接の付き合いはなかった。
しかし、反社会的団体との関係性を指摘されていたり、あまり良い噂を聞かない議員ではあった。
「それが、どうしてこの町でスポーツ店に?」
「いや、なにその。高卒で先生に拾ってもらったんだが、大学を出ていないのが悔しくてね。時間を作って通信制の大学を卒業したかったんだ。いろいろと疲れてしまってね。骨休めってところさ。それで、叔父が経営しているスポーツ用品店に再就職したってわけ。35歳の時にね」
「はぁ……」
どうにも説得力がない話だった。
流れだけを聞いていると、意味が分からなかった。
「それでは、もともとは大洗の人ではないんですか?」
「そういうことになるね。でも、叔父が住んでいるから、子供の頃から何度も来ているよ。それに、もう、こうして長く住んでいるわけだから。落下傘とは言われたくないな」
「あの、父とは」
「辻先生はね、高坂先生からご紹介いただいたんだ」
高坂というのが、例の衆議院議員の苗字だった。
「まぁ、その、これの関係でね」
彼は照れ臭そうに手を合わせた。
つまりは保守系の新興宗教の関係だ。
政治に絡んだ宗教といえば、某党の支持母体が有名だが、それ以外にも全国の無数の小さな宗教団体が、ちょっとした票田として議員に絡んでいる。
どこまで票になるのかわからないと思いつつも、信仰心のあるなしに関係なく、名前だけ登録したり、会合に出席したりする議員は多い。議員にとって、ほんの少しの得票の差が、自分の人生を左右する。
まさに藁をもつかむ思いなのだろう。
父も多聞に漏れずその一人だった。
ほとんど誰も名前を知らないような、地域の小さな新興宗教の会合に時折顔を出していた。
子供の時は、とうてい信仰心のなさそうな父が、どうしてその会合に出席しているのか不思議だったものだ。
高坂議員もそこに絡みがあるのだろう。
「大洗に戻った時ね、高坂先生から、地元には辻先生がいらっしゃるからご恩返ししなさい、と言われたんだよ。それで、2回前の統一地方選の時にはお手伝いさせてもらってね。勉強もさせてもらったよ。君のお父さんは、自分にとっても父親みたいなものさ」
「そうですか」
そうですか、以上に答えようがなかった。どうにも、芹澤との会話には、僕はレスポンスを返すのが苦手なようだ。
やがて、モールに着いた。
モールの入り口付近にちょっとした人だかりができていた。
何か、イベントでもやっているのだろうかと思った。
怒鳴り声にも似た張り上げた声が聞こえる。
その声には聴き覚えがあった。
人だかりに目を凝らす。
数人の女性が何かのチラシを配っていた。
その中心で、拡声器も持たずに声を張り上げ、演説をしている男に見覚えがあった。
僕の父親だった。
続く