辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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ガルパンに出てくる、メガネの役人のおじさんが気になりまして。作中では、イヤな人として描かれていますが、立場の問題や、内心はいかほどかと。じっくりと考えてみたいと思います。政治劇ですので展開はとろくなりますが、謎をちりばめてゆき、最終的にはポリティカルサスペンスに仕立てる予定です。どうかお付き合いくださいませ。


1 こうして予算は削られる

駄目な自分に吐き気がする。

そんなことばかりを考えて生きてきた。

駄目な自分を少しでもマシに見せたいから、自分のキャパシティを超える努力をしてきた。

必死になって勉強して地方の名門校を卒業し、必死になって公務員試験を受けて、国家公務員になった。

いわゆる官僚というやつだ。

官僚にあこがれていたわけではなかった。

ただ、官僚というのが、世間体的に一番、見栄えがいいと思い込んでいたからだ。

おそらく、親に褒めてほしかったのだ。

僕の親は、土建屋の社長をやった後、地方の小さな町で代議士をやっていた。

父はいつも言っていた。

 

「代議士は偉そうにしていられるが、風が吹けば飛ばされる。成るんなら役人になれ。最後に笑っているのはいつも奴らだ」

 

ならばその究極形は国家公務員、官僚だろう。

幼い僕はそう思った。

なかなかの世間知らずだった。

官僚は官僚で「税金泥棒」だの「どうせ楽しているんだろう」だのとそしりを受けるとは思わなかった。

もう一度言っておこう。

僕は世間知らずだったのだ。

 

社会に出てからの日々はあまりにも素早く過ぎ去っていく。

公務員の部署は一定せず、コロコロと異動がある。

どこになったって同じだった。

特段、志があったわけではないのだから。

あてがわれた部署あてがわれた部署でそこに適応しようと努力した。

残業が多い部署に配属されたときは文句ものべず残業したし、酒の付き合いが多い部署に配属されたときは、酒はあまり好きではないのだが、黙ってほとんどすべての酒席に出席した。

上司からの評判はまずまずだった。

それほど印象には残らないが、従順で素朴な奴だ。

おおむねそういう評価をいただいた。

だが、そんな生活も、僕にとっては苦しいものだった。

相変わらずの癖で、自分のキャパシティ以上の努力をしているのだ。

創造的な仕事をしてはいないが、黙って黙々と言われるがままに働くのも、楽なものではない。

まるで澱のように、疲れやら、不満やらがたまっていく。

だが僕はそれを発散するすべを知らなかった。

 

そんな時、決算審議委員会に出席する機会があった。

僕のような下っ端はほとんど発言する必要はない。

まぁ、勉強のようなものだ。

教育費の項目に差し掛かった時、保守系の議員が挙手した。

 

「少しお尋ねしたいのですが、教育振興費の中のこの、補助費、これはどういったものに使われていますか」

 

担当課の主任が挙手をして答えた。

 

「主なものとして、戦車道の大会開催への補助費です」

「ほかの文化振興と比べて、ずいぶんと比率が大きいように感じられますが」

「戦車道は、大会の規模が大きく、また、戦車や弾などの備品についても費用がかかるものでございます」

「もう少し圧縮することはできないのですか?」

「今後研究し、努力してまいります」

「ちょっと、関連です」

 

隣の席にいた他の若い保守系議員が挙手した。

 

「この費目だけですか? この戦車道と関連しているのは?」

 

委員会室がざわつく。担当課の主任が困った顔をして苦笑いした。

臆さず若い議員はもう一度尋ねた。

 

「この費目だけですか?」

「ちょっと、委員、所管が違うことをお尋ねになるのは……」

 

委員長の老代議士が止めに入る。

 

「いえ、何も中身をここでは尋ねません」

「そうですか、では……教育委員会、答えられますか」

「はっ。このほかに、建設土木費、民生費、総務福祉費などに、戦車道に関する費用が含まれております」

「はい、そうですね」

 

初めから知っていた答えを引き出しただけだといわんばかりに冷静に、質問した議員が言った。

 

「後々、各々の費目で、それぞれに質問させていただきますが、この場では、教育振興費の中だけでもこれだけの予算を投じ、執行率もほぼ100%、そのうえ、他の費目にまでまたがっている。このことだけを指摘させていただきたいと思います」

「それは質問ですか?」

 

委員長が尋ねる。

 

「いえ、意見です」

 

教育委員会の主任が、助かったといわんばかりに着席した。

 

「他にございませんか? ございませんね。では次、職員の入れ替えののち、決算書108ページ……」

 

 

 入れ替えの時、同期の山下がつぶやいた。

 

「篠崎議員、おっかないよ。教育と福祉事業が目の敵だもんな」

「どういうこと?」

「だってあの人、『無駄の削除』ってチラシばっか撒いてるでしょ。だから実績がほしいのよ。教育とか福祉とかは金の動きが見えやすいからね。それで根掘り葉掘り聞いてるってわけ」

「ふぅん」

「あ、そうだ。辻ちゃん、今日、飲みに行く?」

「あ、いや、今日はやめとく」

「え~、付き合い悪いなぁ」

 

この日、僕は初めて、付き合いの飲みというものを断った。

早めに帰宅して、一人暮らしのアパートで、珍しくインターネット検索をした。

『戦車道』とはどういうものか、知りたいと思ったのだ。

PCの画面の中、華やかな戦車戦、それから、ちょっとした英雄扱いの女の子たちの映像が流れていく。

へぇ……。

こういうものなんだ。

映像の中の、戦車を駆る女の子たちは、みんな輝いていて、煌めいていて、迷いがなくて、濁りがなかった。

くすんだ僕の世界と大違いだった。

 

翌日の決算委員会は大荒れだった。

篠崎議員がかなり執拗に戦車道を攻めたのだ。

彼は何度も委員会をストップさせた。戦車道に関する予算が執行されたあらゆる費目で、それがどれぐらいの費用であったかを質問した。

 

「委員長」

「篠崎委員」

「あの、この土木のうちの道路補修費についてお尋ねします。これ、予算の執行のうち、通常の道路舗装ではなく、戦車道によって破壊された道路の保全に必要とされた費用はどれぐらいですか?」

「えぇ、それは、大まかな全体の補修費のうちでございますので、その」

「正確に答えてください」

「全体としては滞りなく」

「話にならない、委員長、止めてください」

「……職員に申しあげます。はっきりとした数字は出てきますか?」

「えぇ、今この場には……」

「それは、部署に戻れば出てきますか?」

「は、はい」

「委員長、休憩を取ってください」

「篠崎委員、発言の折には挙手を」

「委員長!」

「暫時休憩を」

 

 その他にも、民生費の中での、各地域の戦車道の試合のためのスタッフへの謝礼金。

あるいは、福祉の分野での、戦車道による怪我人への手当。

最後には、下水道費で、戦車道での被弾による下水管の破裂による修繕費にまでわたり、批判が繰り広げられた。

こういう委員会の常で、一人批判者が出てくれば、彼一人の手柄にさせまいと相乗りをする議員が現れてくる。

関連質問の嵐となり、戦車道への批判の台風が吹く。

 

 

「ひどいもんだよ。パフォーマンスだな。弱い者いじめだ」

 

その日の夜、酒席で山下が言った。

 

「そういうもんかね」

 

僕は政治には疎い。意図的にあまり考えないようにしてきた面もある。ハイボールを飲みながら問いかけた。

 

「パフォーマンスってのは?」

「いや、つまりさ、今回中心になって批判していたのは篠崎議員と原田議員だろう?」

「そうだね」

「あいつら二人とも与党だぜ。あんだけ言っといて、最後には決算に賛成だ。結局はパフォーマンスなのさ」

「ふぅん」

「なんだよ、反応薄いな」

「だってそれでも、ずっと黙ってて何にも言わないやつよりもましだろう。一応仕事してるんだ」

「あのなぁ、そういう単純なもんじゃねーよ」

「そうかな」

 

その日、僕はいつもよりも2杯多くハイボールを飲んだ。

珍しいことだった。

いつもよりも少しだけ深く酔って、アパートに帰ると、再び戦車道で検索をした。

やはり、少女たちはキラキラとした、すがすがしい汗を流していた。

僕はさらに珍しいことをした。

めったに飲まない缶ビールを、画面を眺めながらひと缶空けたのだ。

 

それからしばらくして、また山下が僕を一杯飲みに誘った。

彼は愚痴を言うのが好きなようだった。

 

「あ、そうだ。この間の戦車道。あんまり興味なかったんだけど、いろいろ検索したら、結構好きになったよ。みんな一生懸命頑張ってるね」

「珍しいな、辻ちゃんがなにかを褒めるなんて。でもさ、今後は予算、削られていくと思うぜ」

「やっぱそうか?」

「あぁ、あれだけ委員会で取り上げられたらなぁ」

「そっか……」

 

 

翌年度予算編成時には、教育の分野ではかなりの議論が交わされたらしい。

教育としては、文化の振興として、少年少女の夢を取り上げたくはない。

しかし、財務のほうからはかなり激しい横やりが入った。

篠崎議員は、与党の若手のホープの一人であり、彼には手柄が必要だった。

そして、財務省は彼の属する派閥の幹事長とズブズブだったのだ。

僕は珍しく、一抹の悔しさを覚えた。

だからと言って、何ができるわけでもないが。

 

ささやかな応援という気持ちで、以来、戦車道の番組があればできる限り見るし、たまには少額の寄付をしたりもするようになった。

勿論匿名でだ。

そうこうしているうちに、10年ほどが過ぎた。

僕は30代後半に差し掛かっていた。

ある時唐突に、文科省教育課への異動が決まった。

 

続く




第1話にお付き合いいただき、ありがとうございます。
この作品は、自分としてはかなり冒険して書いています。
と言いますのも、文体を淡々と固めにして、ギャグを入れず、女子もほとんど出てこないからです。
楽しい要素があまりありません。苦笑
しかも、読者さまには聞きなじみのないであろう政治用語が飛び交います。
展開もかなりゆるゆると進む予定です。
書いている側としては、読者様に楽しんでいただけるのかどうか、非常に心配です。
そこで、もしお手数でなければなのですが、この小説を読んで
・面白いと感じた点
・ つまらないと感じた理由
・読みやすいか読みづらいか
・そもそもこう言ったギャグも女子も出ない政治劇は読む気になるか
・退屈だと感じられたなら、どういった点が退屈か
など、もしも感じることがあれば、厳しい叱咤でもかまいませんので、メッセージを送ってくださいませんでしょうか。
出来る限り、言葉を受け止め努力いたします。
どうかよろしくお願いいたします。

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