堕ちた星 めざめよと呼ぶ声あり   作:ルシエド

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「優しさを失わないでくれ。
 弱い者をいたわり、互いに助け合い……
 どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ」

「たとえその気持ちが、何百回裏切られようと」

「それが私の、最後の願いだ」

―――Aの願い


我らがために祈り給え

 言葉すら発する余裕も無かった。

 立ち上がる気力も無かった。

 心の芯は折れ、折れた後に千々に砕かれ、もう何も考えることもできなくなっていた。

 それが、今の飛鳥羽次郎の姿。死人と見紛うような姿であった。

 

「……」

 

 海に落ちていたはずの彼は、いつの間にか廃ビルの一角に居た。

 何もない真っ暗な部屋の真ん中にカンテラがあり、ぼんやりと部屋の中を照らしている。

 "周りが暗いから今は夜だ"という思考すら、今の羽次郎は行えていない。

 "夜なのに窓から眩い光が入って来ている、街中だ"と推測することもできていない。

 彼の目は現実を見ず、彼の思考は現実について考えることをやめていた。

 

「……」

 

 晶の死が、辛かった。

 権之介の死が、苦しかった。

 リドリアスの死が、痛かった。

 辛苦に苦痛が混じり、苦痛より痛悔が生まれ、痛悔は後悔と共に膨れ、後悔から出て来た懺悔はどこにも届かずに、彼を苛む心の毒となる。

 

「……」

 

 彼はもう、生きていたくないのだ。

 だが自殺するには、何かを考えなければならない。何かを考えれば死んでいった者達のことを思い出してしまう。だから、自殺に思考を割くことができない。

 "自殺する心の力すら残っていない"というのが、彼の現状だった。

 

「……」

 

 彼の首から下がっているアグルのペンダントが、ネックレスの鎖に合わせて僅かに揺れ、羽次郎の生きる気力を支えるかのようにまたたく。

 だが、アグルの光では彼の心は蘇らない。

 羽次郎が失った光は、絆の光。死によって命と共に失われた光だ。

 ウルトラマンの光では、その光の代わりになどなりはしない。

 

 絆の光を失い、この上なく暗い様子になった羽次郎を、そこで新たな光が照らす。

 ドアが開き、廊下の光が入って来たのだ。

 空いたドアから部屋に入って来たのは、光だけではない。品の無い不良が三人ほど入って来て、床に尻を壁に背を預ける羽次郎を取り囲み、品の無い笑みを浮かべる。

 

「ようよう、兄ちゃん元気か?」

 

「なあ金持ってねえ?」

 

「持ってたらさあ、こいつに貸して欲しいんだよ、うへへ。なあに、すぐ返すって」

 

 典型的なカツアゲの流れであった。

 羽次郎は身の危険を察知することすらできなくなっているのか、不良達に視線を向けることすらしない。……いや、不良の存在にそもそも気付いていないのかもしれない。

 三人の不良は無反応な羽次郎を(いぶか)しみ、何やらヒソヒソと内緒話をし始めたが、やがて不良達のボスらしき男がやって来た。

 

「お前ら、やめろ。散れ」

 

「ぼ、ボス!」

 

 ボスと呼ばれたその男は、精悍な顔つきと岩石のような肉体を併せ持つ大男だった。

 彼は不良達を手で煽るように散らせる。

 不良達は羽次郎を囲むのをやめ、すぐさまボスの前に移動した。

 

「相手の心の状態くらい分かるようになれ。そんな状態の相手にたかるな」

 

「は、はい!」

 

 ボスの鶴の一声にて、不良達は一気に萎縮。先程のようにひそひそ話をし始めた。

 

「元と言えばお前が『明日彼女の誕生日なのに金無いんです』とか言うから!」

「バイトの給料日が来週だったんだよぉ! だから借りた金は来週返すって言っただろ!」

「この計画性の無さ! 高校中退したってのも納得だわな!」

 

「黙れ」

 

「「「 はいっ! 」」」

 

 ボスが一喝すればひそひそ話も即終結。ボスは人形よりも生気のない羽次郎の体をチェックし、外傷や体調の悪化を確認する。

 

「……体調自体には、悪そうなところはないか」

 

「ボスは優しいっすねえ」

「わざわざ海にまで飛び込んでそこの男を助けたんだぜ。ずぶ濡れになってよ」

「この辺りのチームでウチが一番大きいのはボスのおかげだぜ!」

 

「黙れ」

 

「「「 はいっ! 」」」

 

 ボスが一喝すれば三馬鹿のやかましさも即終結。ボスは険しい表情を崩さないまま、その右手に持っていたコンビニ袋を羽次郎の横に置く。

 

「食え」

 

 その中には、パンや飲み物がいくつか入っていた。

 どうやらこのボスという男は顔に似合わず、細やかな気遣いができる男のようだ。

 しかし、羽次郎はそれに反応すらしない。

 

「おい、ボスがわざわざ買ってきてくれたんだぞオラ! 礼言えやオラ!」

 

 そこで不良の一人が、威圧感もクソもないガンつけをしつつ凄む。だが羽次郎はなおも無反応。鏡に向かって叫ぶ方がまだ有意義に思えるような時間が流れた。

 

「んだこいつ、キチガイか?」

「知的障害とかじゃねえの。喋れてないとか、まともに考えられないとかの」

「うへえ、かわいそうに」

 

「やめろ」

 

 不良達は同情と偏見の目を羽次郎に向けるが、無自覚に羽次郎を見下した三人の不良に、ボスはドスの効いた声を叩きつけた。

 

「俺達は社会の底辺を生きている人間だ。

 それを忘れず、誰も見下すなと言ったはずだぞ」

 

「ボス……」

 

「他人から見下されている現実を忘れるために、自分より下を作るのは下衆のすることだ」

 

 奴隷を集めて管理していると、奴隷を管理する上位の奴隷が管理される下位の奴隷を見下すことがあるという。

 主人から多くの仕事を任せられている奴隷が適当に日々を過ごす奴隷を鼻で笑うこともあれば、自分の首輪と鎖が立派だと言い繋がれてもいない下位奴隷を馬鹿にすることもあるという。

 

 人は最下層に落とされてもなお、誰かを見下して『自分が一番下じゃない』と思いたがる生き物だ。多くの人間は根拠もなく、"自分は平均以上の人間だ"と無意識下で思っている。

 ボスは、三人の不良のそういう心をたしなめたのだ。

 

「俺達は底辺だが、外道でも下衆でもない。

 目の前の人間を見下すな。それだけできれば、お前らはマシになれる。

 そうすればお前らの周りにも自然とマシな人間が集まって、お前らの人生もマシになる」

 

「ボス……すみませんでした!」

「俺達、勘違いしてやした! マジすみません!」

「また馬鹿やってすみません! 以後気を付けます!」

 

 社会の歯車になれなかった彼らは、俗に不良と呼ばれる者達。

 彼らは"社会にとって不要な人間"であり、"真面目に生きている人間が目障りに思う類の人間"であり、この世界が"社会にとって邪魔なものを排除する"というディストピアの方向に進んでしまう最悪の未来を迎えた場合、怪獣の次に社会から排除される可能性がある者達だった。

 

「悪かった、ごめんな」

「すまん」

「元気無いのか? すまねえ、変なこと言って」

 

 この三人の不良は外見からして馬鹿だ。口を開くと更に馬鹿に見える。おそらく会話をすれば更に馬鹿に見えることだろう。

 だが、自覚のある馬鹿にプライドはない。

 プライドがない人間は、素直に謝ることができる。

 三人の不良は全く反応を見せない羽次郎に対しても、馬鹿みたいに深々と頭を下げていた。

 

「お前も気が済むまで、ここに居ていいぞ。

 どうせ犬や猫を拾うのと変わらん。お前が居ようが迷惑になることはない」

 

 ボスがそう言っても、死人同然の羽次郎は何の反応も返さない。

 だが、もしここで羽次郎にまともな意識があったなら、ボスの体から野生じみた動物臭がすることに気付き、親近感を持っていただろう。

 犬や猫をよく拾い、飼ってしまう人間特有の体臭だ。

 一部の人種が嫌う臭いでもある。

 ボスは羽次郎が返答を返さないことに慣れたのか、ドアの方を唐突に指差した。開いたドアの端っこに、かかる金の髪の端がゆらゆらと揺れている。

 

「あの子がお前を抱え、寒空の海の中で水飛沫をかき分け叫んでいた。

 俺がお前を引っ張り上げられたのはそのためだ。

 命の恩人に不義理はするな。立ち上がれるようになり次第、あの子にだけは礼を言っておけ」

 

 ボスは羽次郎に"本当の命の恩人"の存在を告げ、部屋の外に出ていく。

 

「行くぞ」

 

「「「 へい! 」」」

 

 三人の不良もその後に続いた。不良と入れ替わりに、ちらりと見えていた金の髪が部屋の中へと入って来る。羽次郎は顔も上げない。

 

「アグル」

 

 だが、呼ばれるはずのない名前で呼ばれたことで、羽次郎の指先が反射的に動いた。

 "金の髪の少女"が、羽次郎の前に立つ。

 羽次郎がまともな精神状態であったなら、一瞬だけ目を疑うことくらいはしたかもしれない。

 

 それほどに、その少女は現実離れして美しかった。

 

 少女の年頃は13、14歳くらいだろうか?

 上質な絹糸を思わせる金の髪に、作り物のような印象を受けないのに整いすぎている容姿。

 白い肌は何故か深海生物を、青い瞳は何故か母なる海を連想させた。

 庇護欲をそそる儚げな雰囲気、"弱者"の印象を持たせる子供と女の中間に居る者特有の外見、聞いているだけで心地良い鈴の鳴るような声。

 日本のサブカルチャーにどっぷり浸かった人間が『アリス』と言われて、連想して脳内に浮かべる少女の姿は、この少女のような容姿と服装が一番多いだろう。

 

「助けて」

 

 そんな少女が、俯く青年に助けを求めた。

 青年は何も反応しない。手を差し伸べもしない。

 

「助けて、アグル」

 

「……」

 

「私達は『リナール』。水底(みなそこ)に生きる光」

 

 彼女は個にして群。人の形をしていながらも人でない者。海の底の総意を語る代弁者。

 

「私達を……お願い、どうか助けて。ウルトラマンアグル」

 

 何も守れず何もかもを失った彼に、この地球上で唯一人、助けを求める者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある学者は、"海底は宇宙に匹敵する未知の領域だ"と言ったという。

 海の底は神秘に包まれており、調べれば調べるほどに新たな事実が発覚する、現在地球で最も未知という名の宝物が詰まっている宝箱だ。

 そんな宝箱の一つに、『セレファイス海溝』というものがある。

 

 あまりにも未知。何故人にこれまで認識されていなかったのかさえ不明。ゆえにこの海溝は、発見者により創作の神話を引用され、セレファイス海溝と名付けられた。

 リナールはここに生息する、プランクトンに似た生命体だ。

 プランクトンとはいえ、その知性は人間とほぼ同等。

 だが他の命の傷を治すことができ、電気信号を自在に操ることも可能、テレパシーで異なる生命と遠距離から会話できるなど、特殊な能力で言えば人間のそれを上回っている。

 

 極小の生命体でありながらも、リナールは海底に独自の文明を持っていた。

 街を持ち、居住施設を持ち、それらが織りなす文明の中に彼らは生きているのだ。

 人間はリナールを認識しておらず、リナールは人間を認識している。

 だからこそ保たれていた平和があり、その前提が崩れ去ることで終わってしまう平和があった。

 

 人類の調査隊がセレファイス海溝に足を踏み入れ、このタイミングでリナールの文明世界を発見してしまったのだ。この、最悪のタイミングで。

 あと十年早ければ、あるいはあと十年遅ければ、まだ可能性はあったというのに。

 だが、見つかってしまったものはしょうがない。

 

 リナールは人類に友好的に接触し、こちらに攻撃の意志が無いことを主張。

 怪獣排除をやめ、地球外からやって来る外敵に備えるべきだ、と人類に伝えた。

 

「どうする?」

 

 人類は初めての異種族異文明との接触に、真っ二つに割れた。

 戦いか、融和か。

 普通ならば話し合い一択だろう。

 人類は友好的な異文明と接触してすぐに戦いを選ぶほど、野蛮でもなければ愚かでもない。

 だがこの時ばかりは、リナールとの友好を選べない理由があった。

 

 総体で見れば排除派が六、様子見が一、融和派が三ほどの割合だっただろうか。

 地球防衛隊に指示を出せる上層部、国家首脳、各機関代表者の壮絶な――壮絶以外の表現が許されない――話し合いが幾度となく繰り返される。

 その結果は、見るまでもないだろう。

 

「では、リナール根絶作戦を地球防衛隊へと通達する」

 

 何故、彼らはこの蛮行を選んだのか?

 それは、地球防衛隊と提携している研究機関とそこに援助している政治家を始めとする者達が、『ウルトラマンを実験の検体に使いたい』と長年主張していたことに起因する。

 順を追って、ここの流れを整理してみよう。

 

 以前から、ウルトラマンの力が不安定な二十才前後の青年の手にあることの危険性は指摘されていた。

 特に、それが日本人だけの手の中にあるということから一部の国の反発は強く、「日本は平和主義を謳いながらウルトラマンという兵器で武装している」と言う者も居るほどだった。

 "国と国の戦争にウルトラマンは介入するのか?"

 "ウルトラマンが感情任せに破壊をもたらす可能性はないのか?"

 "自分の国の戦争をウルトラマンが見逃すはずはないんじゃないか?"

 恐れを抱いてそう言う国は、少なくなかったのである。

 

 世界平和とは、百数十の国それぞれの軍事力バランスで成り立つもの。

 ウルトラマンが軍事力として見られてしまった瞬間から、この世界には危うい歪みが生まれ、それは徐々に大きくなっていった。

 

「我が国にもウルトラマンを」

「次の選挙に勝つにはウルトラマンに匹敵する戦力を用意したという功績が」

「地球防衛隊は国境を超えた戦いを行うため、ウルトラマン以上の戦力が必要なのです」

「ウルトラマン一人に地球の平和を任せていいのか? 俺達の星なのに……」

「助け合いこそが地球防衛隊の理念だ。僕はウルトラマンを助けられる兵器を作って見せる」

「私の家族を殺した怪獣は私が殺す! ウルトラマンなんかには任せない!」

「ウルトラマンは凄い。ウルトラマンになりたい。そういう兵器を作れないかなぁ」

 

 人々の善悪入り混じり、使命感や欲望が入り混じり、憎悪や憧れが入り混じる。

 そういった人々や研究機関が要求していたことが、『ウルトラマンを実験の検体に使いたい』ということであり、それを転用した兵器開発だった。

 

 地球(テラ)の科学力をウルトラマンの模倣物(ウルティノイド)を作り上げられる域にまで引き上げる―――これを、彼らは通称として『テラノイド思想』と呼んでいる。

 

 テラノイド思想から生まれた研究計画はまさしく星の数ほどにあったが、その要求の全てを権堂隊長は突っぱねた。

 確かに、ウルトラマンガイアである光太郎を人体実験に使えば、ウルトラマンの必殺光線と同威力の兵器くらいは量産ラインに乗せられるだろう。

 怪獣退治のために常日頃命をかけている光太郎であれば、少し悩んでから笑ってそれを受け入れるかもしれない。

 だがその代わりに、光太郎の命が削られることは目に見えていた。

 

 権堂がリドリアス駆除作戦の前に「アグルは非常に危険な立場になった」と言っていたのは、社会の裏でこういう動きがあったことにも起因している。

 

「なら、ウルトラマンの代わりになるものはないのか?」

 

 と、そういう段階になったところで、今回のリナール発見と根絶決定に繋がったというわけだ。

 

 リナールは『本質的な光』を自ら生み出すことが可能な生命体である。

 本質的な光とは、物理的な光とはまた別のものであり、物理的な光のような実際に観測できるものでありながらも、心の光といった概念的な要素をも含む光のことだ。

 別次元の宇宙(アナザーバース)には、この類の光が全く存在しない宇宙というものも在るらしい。

 

 この光は、ウルトラマンの持つ光エネルギーと極めて近い性質を持っている。

 使い方によっては、ウルトラマンのエネルギーの代わりにすらなるものなのだ。

 

 リナールの発見とその後の調査で、人類はこの特性に気付いた。

 すなわち、リナールを研究すれば同時にウルトラマンの光エネルギーを兵器として転用できる、という事実に気付いてしまったのである。

 権堂隊長のように庇ってくれる人が居なかったため、リナールの運命はすぐに決定した。

 ガイアの人体実験に反対していた者達が、ガイアを守るためにリナールを生贄に捧げたという側面も大きかっただろう。

 バードンの出現のせいで、怪獣がウルトラマンを殺し、地球の守護者が消えてしまう可能性が皆の目に見えてしまったことも、この暴挙に拍車をかける。

 

 "リナール根絶作戦"とは、リナール全ての命と文明をすり潰すことで、リナールの持つ技術と光の全てを奪おうという作戦。

 そして、リナールを絶滅させることでその口を封じ、その凄惨さと罪深さを永遠に闇に葬るという、あまりにも残虐な作戦だった。

 

「いいんだよ。どうせ怪獣の味方をしてる奴らだ。共存とか不可能だ」

 

 アグルを敵とみなした時点で、分かっていたことだ。

 今の人類は怪獣との共存を拒絶し、怪獣の味方をする者との共存さえも拒絶する。

 

「私達リナールは無力な存在。戦う力は何も持たない」

 

 ゆえにリナール達は、この地球上で唯一信頼に足る地球人に、助けを求めた。

 

「だから、助けを求めないと。あの人に」

 

 飛鳥羽次郎―――ウルトラマンアグルに。

 

 

 

 

 

 だがリナールのかすかな希望は、ほのかな失望に塗り潰されていた。

 失望ではなく、絶望と言い換えてもいい。

 アグルがこんな状態になっているなどと、リナールは予想もしていなかったのだ。

 ウルトラマンに選ばれるほどの命がここまで最悪の状態になるまでに、どれほどの事柄があったかを想像するだけで、純粋なリナールは身震いしてしまう。

 

 今が夜であることも、余計に彼女の気持ちを暗くさせていた。

 

「私の声が聞こえますか?」

 

 リナールは語りかける。

 彼女は根気強く、語りかける言葉をこまめに変えて、彼に語りかけ続けた。ひたすら彼が返してくれる反応を待った。

 だが、羽次郎は死体のように動かない。

 善意の塊のようなリナールの思考回路では、清濁併せ持つ人間のような言葉巧みに相手を誘導する方法も取れるわけがない。

 

 うんうんと悩む金髪の少女は、背後に大男が近寄って来ていることにも気付かず、大男がコンビニ袋を差し出して来て初めてその存在に気が付く。

 この辺りを取り仕切る、不良達のボスがそこに居た。

 

「おい、差し入れだ」

 

「あ。ありがとうございますっ」

 

 コンビニ袋の中に、パンはなかった。

 だが代わりにコーヒー牛乳やクリームなど、"意識がほとんど無い人間に栄養として取らせることができる"ものがいくらか入っており、小分けにされた小さな袋にはリナール用らしきおにぎりも入っていた。

 リナールは礼を言い、食べ物を食べるという動作すら取らなくなった羽次郎に、ほんのちょっとづつ栄養を取らせていく。

 

 羽次郎が権之介とリドリアスを喪ってから数日。

 つまり、彼がこの廃ビルに来てから数日、リナールがここに来てから数日という時間が経過していた。

 羽次郎の生命活動は極端に鈍化し、エネルギー消費や代謝機能も急激に遅延化、呼吸や脈拍などまで緩やかになり、本当に死体同然の状態になっていた。

 

 精神の状態が、アグルの光を通して肉体に反映されているのだろうか。

 

「お前も飽きないな」

 

「あの人だけが、私達を救ってくれるの」

 

「……そうか」

 

 生命活動が鈍化しているとはいえ、リナールが彼の世話をしていなければ、彼はどこかで餓死していたかもしれない。

 ボスはその理由をリナールに問うてみたが、返って来たのは抽象的な答え。もっと掘り下げて聞くこともできただろうが、ボスは詳しくは聞かなかった。

 

 こんな所まで落ちて来る人間は、まず何かしらワケありの人間であると、ボスは経験上良く知っていたからだ。

 まして、羽次郎があの有り様だ。

 何かあったと察するには十分過ぎる。

 ボスは彼らに何も聞かず、彼らに一室を貸したまま放置することを選ぶ。そしてその足で、拾って飼っている犬猫に餌をやりに行くのであった。

 

「立てますか?」

 

 リナールの言葉に、返って来る返答は無い。

 代謝が半ば停止している羽次郎は垢すら出ていないが、リナールは彼の体表に砂や埃が付いているのを見て、そっと立つ。

 彼女はたたたと部屋から出て、水の入った小さな桶を抱えて、うんせうんせと部屋へと運ぶ。

 重たかった桶を置いた彼女は再度部屋の外へと駆け出して、あれでもないこれでもないと右往左往して、ようやく綺麗なタオルを発見。

 とてとて走って戻って来たリナールは、慣れない体で悪戦苦闘しながらも、濡らしたタオルで彼の体を拭いていく。

 

「う、うう、人間と同型の体は使いづらくてしょうがないよう……」

 

 彼女は彼が元気になってくれるなら、何だってするつもりだ。

 彼が復活しなければ、彼女の種族は滅びるのだから、それも当然だろう。

 されどもその光景は、する側とされる側におかしい点があることに目を瞑れば、丸っきり病人・老人が介護されている光景だった。

 

 リナールは個にして群。性別や個体ごとの固有の名前も無い。

 少女の姿を取っているのは人間である羽次郎とのコミュニケーションを取るためだ。

 ゆえに年頃の少女のような照れは一つも見せず、慣れない手つきで体を拭いていったのだが、そこで彼と彼女の目が合ってしまう。

 

「―――!」

 

 そして、彼の瞳の奥を覗いた瞬間、リナールは反射的に飛び退いていた。

 瞳の奥にあったのは、光無き闇。昏き闇。

 希望の光も絆の光も何一つとして見えない、絶望の闇が瞳の奥に満ちていた。

 

(これは……)

 

 リナールは、ここ数日彼を看護していて見たものと、今瞳の奥に見たものから、何の事情も知らないままアグルの状態の深刻さを理解する。

 

(……これはもう、ダメかもしれない)

 

 リナールは決意する。

 本当ならば、アグルが復活してから教えようと思っていたことを教えることを決意する。

 もしも、彼がこの絶望から立ち上がれる方法があるとしたら……それは、絶望を超える怒りと使命感を得ることしかないだろうと彼女は考えた。

 絶望を忘れられるほどに、『倒すべき悪』を意識することしか無いだろうと、腹を決めた。

 

「ねえ、アグル」

 

 人の視点だからこそ気付けないことも、人でない視点だからこそ気付けることもある。

 

「天墜事件は、誰が起こしたと思う? 何故二人のウルトラマンの運命はあそこで決まったの?」

 

 リナールは、恐ろしいことを言う。

 

「何故、地上に出たティグリスが『偶然』人の街の近辺に出たの?」

 

 リナールは、おぞましいことを言う。

 

「何故、ピグモンの落下速度が増して、地球防衛隊のパトロールと遭遇したの?」

 

 リナールは、考えたくもないようなことを言う。

 

「何故、バードンは目覚めたの?」

 

 リナールは、人類の誰もが気付いていないことを言う。

 

「人類の『風潮』というあやふやで手を加えやすい者に手を加えているのは誰?」

 

 リナールは、インターネットの発言者が誰かも分からない発言が、"真実の多数派"のように扱われることすらある社会を揶揄するような言葉を無自覚に言う。

 

「あなたを、そして人類を追い詰めた本当の敵が居る」

 

 リナールの口から、真実が語られる。

 

 

 

「本当の敵の名前は、『根源的破滅招来体』。この星の全てに終わりを求めるモノよ」

 

 

 

 宇宙より来たる、地球全ての根源的破滅を求める邪悪な存在。リナールは本当の敵、全ての元凶である黒幕、ウルトラマンが本当に倒すべき悪の正体を彼に明かした。

 これでダメなら、もう本当にダメだろうと、そう思っての暴露であった。

 だが、羽次郎は反応を示さない。

 

「……」

 

 打つ手なし。これで、リナールが持つ"彼を復活させられるかもしれない情報"は全て吐き出してしまった。

 不可避の絶滅がにじり寄ってくる感覚が、希望が絶えてしまった実感が、リナールに薄ら寒くなる恐怖をじわじわと流し込んでくる。

 

 リナールは人に絶滅させられてしまうのか。

 万が一生き残れても、地球の全てを破滅させようとする根源的破滅招来体から、海の底で生きるリナールがどう逃げればいいというのか。

 アグルの復活に種族の命運全てが託されてしまうくらい、リナールは儚い生き物だった。

 

「おうおう、今日も精が出るなあ。どうしてもそいつじゃなきゃダメなのか?」

 

 先日羽次郎に絡んでいた三人の不良の内一人がやって来て、毛布を部屋の片隅に置き、リナールに話しかけてくる。

 毛布は彼の善意なのだろうが、不良に対するリナールの態度には、羽次郎以外の人類に対する警戒心が僅かに見え隠れしていた。

 

「分からない?

 今、私達や怪獣にとっては……人類こそが、根源的な破滅をもたらすものだからよ」

 

「んん?」

 

「例外だと確信を持って言えるのはこの人だけ。

 他の人間は、そのほとんどが自分達以外を絶滅させようと躍起になっているもの」

 

「……うむ、よくわからん! 俺達馬鹿だし」

 

「……」

 

 不良は口笛吹きながら、どこかへと去って行った。

 人でないリナールと、そのリナール以上に人らしくない姿の羽次郎だけが部屋に取り残される。

 リナールは彼を視界の端に捉えながら、窓の外の町並みへと視線をやった。

 外は夜。

 リナールの目に映るのは、心の光が宿っていない人工の光が作る街。

 

「街に光は溢れているのに、人の心から光はどんどん失われていく」

 

 もう少しだけ、もう少しだけ人類が他者に優しくなれる世界だったなら、とリナールは思わずにはいられない。

 

「ね、人間さんは……他の種族を滅ぼしても平気みたいだけど、自分が滅ぼされても平気なの?」

 

 彼女は街の光に問うた。水底(みなそこ)の光の疑問に、答える者は誰も居ない。

 

「……」

 

 平気じゃないだろうな、とリナールは思った。

 他の種族を何も滅ぼしていないリナール自身が、人類に滅ぼされることを嫌だと思っているからだ。根源的な破滅を受け入れられる種族など、宇宙にだってそうそう居ないだろう。

 

 夜の街を見ていたリナールは、いつしか衝動的に駆け出していた。

 迫る破滅の足音が、彼女の中に焦燥を生む。

 絶望に呑まれていた羽次郎の哀れな姿が、心優しいリナールを走らせる。

 彼女はとにかく、じっとしていられなかった。

 

(誰か、居ないかな。アグルを立ち上がらせてくれそうな人……)

 

 街を走り、あてもなく羽次郎を助けてくれそうな人を探して回る。

 だがそれで見つかるわけもない。

 彼女は人間社会で生きた経験などなく、街単位で見れば羽次郎をそもそも知らない者の方が圧倒的多数派であり、仮にそもそも羽次郎の知人でさえ彼を救う方法など知らないのだ。

 

 リナールは走り回り、時に危ない人間に声をかけられ、時に邪魔だと突き飛ばされ、時に無視されながらも、夜の街を走り回る。

 人間の体に必要な体力配分という概念すら知らない彼女は、中学生女子の肉体相応の体力を、すぐに使い果たしてしまった。

 

「はひゅー、はひゅー、はひゅー……お、大きいけど、すっごく不便この体……」

 

 リナールは知らない。

 この地球上にはもう、羽次郎を救える人間が一人も生きてはいないという事実を。

 羽次郎を救える者は、既に全員死んでしまっているということを。

 そんな残酷な現実を、リナールは何も知らずに居た。

 

 いや、知らないからこそ、リナールは希望を持って頑張り続けられるのだろう。

 リナールはとことん走った。

 とことん探した。

 無駄な努力をとことん積み重ねた。

 飛鳥羽次郎の笑顔を取り戻すため、あの絶望を打ち払うため、絶対にへこたれなかった。

 

 そして、そんな頑張りの果てに、彼女は一人の男と出会った。

 

「すまないがそこの女の子。この男を知らないか」

 

 無駄な努力を積み重ねる時間が、奇跡的な巡り合わせで、無駄ではなくなった瞬間だった。

 

 男はリナールに写真を見せる。その写真に写っていたのは、他の誰でもない羽次郎の姿。

 

「……!」

 

「その様子だと、知っているようだな。ようやく当たりか」

 

「あなたは誰?」

 

 男は堅物そうな表情を崩さず、リナールに名を名乗る。

 

「俺は石室。大学で教師をしている。この男は教え子の一人なのだが……何か、知らないか?」

 

 男はある大学で、ある生徒達の面倒を見ながら、怪獣生態研究部という部の顧問をやっていた……そんな、なんでもない一人の男性だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石室(いしむろ)顧問。

 金田権之介が部長を務め、晶や羽次郎が所属していた怪獣生態研究部の顧問だ。

 堅物で有名だが人望があり、時折ノリの良い学生に変なあだ名を付けられ親しまれている。

 

 去年は新入生が石室顧問という言葉を『石室孤門』というフルネームだと勘違いしたことから、『孤門先生』なんていうあだ名が付いていた。

 今年に至っては羽次郎が公共の場で舌を噛み『石室顧問』を『石室コマンダー』と言ってしまったせいで、『コマンダー』というあだ名が付いてしまったほどだ。

 

 石室は誠実な男である。

 彼はここ数日行方不明になっていた一人の生徒のことを、職務の時間の合間を縫って懸命に探していた。四方八方手を尽くして、自分の足でも走り回って。

 彼は権之介にも晶にも、顧問として確かな親愛を抱いていた。

 教え子として大切に思っていた。

 だが、その結果があの結末だ。

 "最後の一人だけは絶対に死なせない"と彼が覚悟したのは、自然な流れだった。

 

 仕事の疲れが残る体で夜遅くまで羽次郎を探し回った彼の努力は、リナールと出会うことで、ようやく報われたのである。

 

「酷い姿だな。……予想はしていたことだが」

 

「あなたは、なんとかできる?」

 

「俺には無理だ。だが、可能性はあるかもしれん。ここまでの案内、感謝する」

 

 リナールに案内された先で、石室は教え子の無残な姿を見た。

 彼は眉をひそめ、リナールに礼を言い、羽次郎を抱えて彼の家に送ろうとする。だが、リナールがてくてくと付いて来ていることに気が付き、彼女に声をかける。

 

「何故付いて来る?」

 

「私達は、その人と命運を共にするの」

 

「……」

 

 聞きようによっては危ない発言にも聞き取れる台詞だが、石室は目の前の少女から三倉田晶に似た熱を何も感じなかったことから、単なる抽象的な発言だと理解した。

 彼はリナールを無視して進み、羽次郎の家に到着。

 

「! まあまあ、石室さん! 久しぶり……って羽次郎!?」

 

「息子さんをお届けにあがりました。飛鳥さん」

 

 何故か石室は羽次郎の母とも面識があったようで、難なく心身共にズタボロな状態の羽次郎を部屋まで運んで行った。

 

「ハネジロー……光が囁く声が、聞こえない?」

 

 リナールは平然と家に上がり込み、弱々しく瞬くアグルの光を見ながら、彼に語りかけ続ける。

 

「わんっ」

 

 キサブローも子犬なりに、彼を元気づけようと、優しげに吠えている。

 

「ぜんぜん、あの子が起きているのか眠っているのかも分からないけれど……

 久しぶりに子守唄でも歌ってあげましょうか? それとも、ご飯の用意を……うーん……」

 

 母の麗は子守唄の用意をしたり、心と体の活力になるご飯を用意したり、息子に掛ける言葉を探したりと一番忙しそうにしていた。

 なにしろ実母だ。彼女が一番心配であるに決まってる。

 

 その日、その家には、とても優しい空間があった。

 優しさを向けられている者がこんな状態でさえなければ、とても暖かな光景だった。

 まだ、羽次郎には、ほんの少しだけだけれども、大切に思ってくれる味方が居たようだ。

 

 石室はその夜は一旦帰り、翌日の朝に再度飛鳥家を訪問する。

 

「後輩から優しい先輩だと慕われていたお前が、今や見る影もないな。羽次郎」

 

 朝日が羽次郎の横顔を照らすが、彼の表情はいくら照らされようが明るくはならない。

 瞳の奥の絶望が、顔にまで出て来てしまっている。

 それは、羽次郎の現実逃避も、もはや限界が近いということの証明に他ならなかった。

 

「俺の言葉が聞こえているのは分かっている。

 現実を見ないようにしているのも分かっている。だが、聞け。そして向き合う選択をしろ」

 

 この地球上に、羽次郎に救いを与えられる者はもはや存在しない。

 だが石室は『救い』ではなく、『可能性』を与えることならできる。

 

「三倉田晶と金田権之介の遺志を知りたくはないか?」

 

 その言葉が、意識さえ死にかけていた羽次郎の心を、ほんの少しだけ復活させた。

 

 

 

 

 

 羽次郎は手を引かれれば歩くくらいには意識を部分的に復活させ、石室に案内され、リナールに手を引かれて休日の大学に入っていく。

 人がほとんど居ない学び舎の一角に、羽次郎は導かれていた。

 やがて彼は怪獣生態研究部の部室に入り、そこに用意された椅子に座らされる。

 

「お前が求めたものはここにはないだろう。だが、お前が知らないものがここにある」

 

 石室はPCを操作し、羽次郎にも見えるように映像を流し始め、部屋を出る。

 

「じゃ、部屋の外で待ってるから。何かあったら言ってね?」

 

 映像がちゃんと流れ始めたのを確認して、小さな手を振って部屋の外に出ていくリナール。

 どうやら"空気を読む"という人間の文化を学習したようだ。

 石室とリナールが部屋を出ていってから数秒後、画面に映る映像に変化が生じれば、なんとそこに生きていた頃の晶と権之介が映し出されたではないか。

 

『メリークリスマース!』

 

『い、いえーい!』

 

 羽次郎の肩がピクリと動く。

 どうやらこれは、権之介主導で撮影した映像のようだ。

 彼は時々、こういうものを撮影し、気まぐれに編集してプロ並みの物に仕上げることが多々あった。多芸な天才の権之介らしい。

 

 なのだが、その映像はどうにも荒い。

 撮影機材自体は高価なものであるようだが、撮影した映像を全く編集していないようなのだ。

 つまりこれは、撮影した後に何の手も加えていない元データであるということになる。

 時期的にもクリスマスはまだまだ先。権之介はあの日死ぬつもりなどまったくなく、"あとで加工しよう"とこの映像を放置していたのだと、その映像からは伺えた。

 

 そう。晶も権之介も、あんなところで死ぬつもりはなく、あんなにもあっさり自分が死ぬだなんて思っていなかったのだ。

 その映像からは、そんな事実を察することができてしまう。

 

『驚いたかね? うん? 私達に呼ばれてみたら誰も居ない。

 けれど部屋には派手な飾り付け。君が驚くのもよく分かる、うん。それが目的だ』

 

『ご、ごめんなさい先輩。嘘なんかついちゃって』

 

 おそらくこの映像は、羽次郎を嘘の説明で部屋に呼び込み、サプライズパーティーに引き込んで、映像の二人が迎えるという演出のために撮影されたと思われる。

 パーティーの招待客だけが生き残り、主催者達が全員死んでしまったこの現状が、あまりにも皮肉だった。

 ゆえに、あまりにも虚しい映像だった。

 

『私達の目的はただ一つ。君の労をねぎらうことだ!

 凡庸な人間は私と違い、ストレスを吐き出せず変に溜め込んでしまうのだろう?

 はっはっは、恥じるな恥じるな。君の至らぬところは私が補ってやるさ』

 

『さぷりゃ……サプライズパーティーです!』

 

 だが、虚しさの中に、羽次郎が求めていた暖かさが秘められていた映像だった。

 

「……みくらだ、さん」

 

 羽次郎の意識が、表層に浮かび上がってくる。

 突けば崩れそうな砂の城に近い精神が、天の岩戸から誘き寄せられた天照のように、表に出て来てしまう。

 

「ぶちょう……」

 

 それほどまでに、羽次郎の中でこの二人の存在は大きかった。

 晶を踏み潰した感覚が、背負った権之介が死んでいく感覚が、彼の体には今でも残っている。

 死が辛かった。

 別れが苦しかった。

 もう二度とあの二人と話せないことが、この上なく悲しかった。

 "もう一度話したい"と、羽次郎は叶わぬ願いを抱えていた。

 

 なればこそ、想い出の中ではなく、現実で二人の声が聞こえてしまったことが、彼の心を現実に引き戻してしまったのだ。

 

 現実に心が戻ってしまったことで、彼の瞳からとめどなく涙が溢れる。

 二人が死んだ日に、体の中の水を全部出しきるくらい泣いたはずなのに、涙が枯れるくらい泣いたはずなのに、彼はまだ泣いてしまう。

 涙という形で感情を吐き出さなければ、心が壊れてしまいそうだった。

 

「う……ううっ……ひっく……」

 

 画面の前の羽次郎がいくら泣いても、画面の向こうの二人は構わず話を進めていく。

 

『ではここで、振り向くのだ羽次郎君!』

『そこにはわたし達が居ます!』

 

 そして、その一言を言ってしまった。

 

『『 ドッキリ大成功ー! 』』

 

 羽次郎は弾かれるように、背後を振り向く。

 

「―――!」

 

 けれども、そこに二人がいるわけもなく。彼は誰も居ない部屋で、再度孤独を噛みしめる。

 

「馬鹿か」

 

 砂の城のような心を破壊する、最後のひと押しが心にのしかかる。

 

「馬鹿なのか、僕は」

 

 権之介の考えそうなことだ。

 羽次郎に編集した映像を見せ、その隙に羽次郎の背後に忍び寄り、映像と併せて四人同時に「ドッキリ大成功」と言ってビックリさせる、そんなエンターテイメント。

 そこから流れでクリスマスのサプライズパーティーを始める、そういう算段だったのだろう。

 

 二人の死が、その計画の何もかもを狂わせていた。

 

「二人の死もドッキリだったんだって、一瞬でも、思ってしまうなんて」

 

 羽次郎は自分を責める。更なる絶望に身を委ねる。

 

「よかった、二人は生きてたんだ、なんて一瞬でも、思ってしまうなんて」

 

 "なんだ、全部ドッキリだったんだ"と、彼は瞬間的に思ってしまった。

 "そうだ、こんな悲しすぎる話があるわけがない"と信じようとしてしまった。

 "振り返れば、元気なあの二人が居るんだ"と、笑顔さえ浮かべていた。

 

 そんな自分が、そんなことを思ってしまった自分自身が、羽次郎は嫌で嫌でしょうがない。

 心が崩れる、音がする。

 

「馬鹿なのか?」

 

 乾いた声が、彼しか居ない部屋に虚しく響く。

 

『どうしましょうか? 随分尺が余ってしまいました』

 

『いいさ、羽次郎君に見せる前に編集すればいい。

 余分な分はカットでいいし、後で適当に繋げてもいいだろう?』

 

 羽次郎が涙でぐちゃぐちゃになった顔を絶望に歪め、虚しく俯き床を見つめ始めても、映像の中の二人の会話は終わっていなかった。

 ふと、羽次郎は顔を上げて画面の向こうの二人を見る。

 

『ここで彼に告白してみたらどうだい?』

 

『な、なななな何を言うんですかあなたは!

 第一そんなこと言って! どうせ後で録画したそれを悪用する気でしょう!』

 

『失敬な。告白の手伝いに使うだけさ』

 

『比類なき悪用ッ!』

 

 画面の向こうの二人は、あの日のままだった。

 あの日のように楽しそうに、羽次郎が大好きだった二人のままに、軽快なお喋りを続けていた。

 それが懐かしくて、嬉しくて、悲しかった。

 

『君が好きになった男は、本当に難儀な男だよ』

 

『難儀な人だったとしても、優しい人ですよ。

 一番強いのは、優しい人です。

 最後の最後に笑うのも、優しい人です。わたしはそう信じてるんです』

 

『……かも、しれないな』

 

 三倉田晶は、飛鳥羽次郎が好きだ。愛しているとさえ言っていい。

 彼女はずっと彼を見ていた。

 小学校でも、中学校でも、大学でも。

 だから彼女は、彼女の視点から見ることができる彼の一面を、誰よりも深く理解していた。

 

 それゆえに、彼女の言葉は彼の心によく刺さる。

 砕けた心を継ぎ接ぎに組み立てる楔になるほどに、深く突き刺さる。

 最後に勝つのは羽次郎だと、彼女は言った。

 

「……三倉田、さん……」

 

 もう、立ち上がる力も残っていないはずなのに。

 もう、深く考える力も残っていないはずなのに。

 もう、現実に抗う力も残っていないはずなのに。

 

 羽次郎が好きになった女の子は、何故―――こんなにも、彼の心身に力をくれるのか。

 

『信じてるんです。先輩は何があっても、優しさを失わないって。優しい先輩のままだって』

 

 心は折れたはずだった。心は砕けたはずだった。心は絶望に染まったはずだった。

 ならば、何故―――彼は拳を握っているのか。

 

『どんな命とも、友達になろうとする心を失わない人だって』

 

 晶は、彼を信じていた。

 

 

 

『たとえ、その優しさが―――何百回裏切られても!』

 

 

 

 流れ落ちるは、悲しみの涙ではない。

 羽次郎が流しているのは、自分の情けなさに対する涙だ。

 惚れた女の子が信じてくれた自分を、他の誰でもない、彼自身が裏切っていた。

 

『あの人の優しさが、どんな残酷にも負けずに、いつか幸せに届くって信じてるんです!』

 

 それが彼女の最後の願いで、死してなお変わらぬ願い。

 

『ああ、私もそう信じているさ。……いや、信じたいのかもしれない』

 

 同時に、権之介の最後の願いであり、死してなお変わらぬ願いだった。

 

『彼は誰よりも多くの命を守れる。

 彼の頑張りはいつか報われる。

 そう信じたくて、そんな未来を見てみたくて、私は彼に手を貸しているのかもな』

 

「うっ……あうっ……みくらだ、さ……!

 ぶちょ、部長……僕はっ……僕はぁ……えぐっ……!」

 

 二人の言葉に、想いに、遺志に、羽次郎は流れ出す涙を止められない。

 最初に流れたのは、絶望の涙。

 次に流れたのは、自分の情けなさに対する涙。

 だが今彼が流しているのは、どのどちらでもない。

 

 その涙に、負の感情は何も混ざってはいなかった。

 

『何があっても、私達は彼を見守っていよう。三倉田君』

 

『そうですね。たとえ、何があっても』

 

 二人は今でも、彼を見守っている

 二人は今でも、彼を信じている。

 どんなに負けても、どんなに傷付けられても、どんなに変わっても、彼は彼のままで居続けてくれると。信じている。

 

 二人の最後の願いであり、死してなお変わることのない願い。

 

 遅れに遅れて、その願いはようやく彼の心に届いていた。

 

 

 

 

 

 命は死して終わりではない。その心の光は、いつだって彼と共に在る。

 

 

 

 

 

 一体、どのくらい泣いていただろうか。

 羽次郎自身にもそれが分からないほどに、彼は長時間泣き続けていた。

 一体、どれほどの涙を流したのだろうか。

 羽次郎自身にもそれが分からないほどに、彼は大量の涙を流していた。

 彼は顔を洗い、大学の屋上に上がって、そこで待っていたリナールへと声をかける。

 

「リナール」

 

 リナールは海を見ていた。

 今にも始まりそうになっているリナール根絶作戦、その準備をしている者達を、悲しそうな顔で見ていた。

 

「ありがとう。君が居なければ、僕はきっと死んでいた」

 

 そんなリナールに、羽次郎は心からの礼を言う。

 少女は首を振り、人が太陽を見上げる時のような目で、眩しいものを見るように彼を見る。

 

「私は何もしていないわ。本当に何もしていないの」

 

 絶対に立ち上がれないと思っていた羽次郎が、人の言葉で立ち上がるのを見て、リナールは人類というものを見直していた。

 

「……初めて知ったわ。人間は醜いけれど、美しいのね」

 

 少女の姿を取っていたリナールが、"ほどける"。

 小さな光の群体に変わった――戻った――リナールは、羽次郎の周囲に寄り添うようにゆらりと浮かび、彼の周囲を漂い始める。

 リナールの光に呼応して、羽次郎が右手に握るアグルの光も、強く強く(またた)き始めた。

 

「行くのか。ウルトラマンアグル」

 

「もう隠す必要もないみたいですね。……はい、行きます」

 

「死ぬなよ」

 

「死にません。死なせません。だから僕は、アグルの光を手にしたんですから」

 

 石室が声をかけ、羽次郎が柔らかく微笑む。

 この顧問が居てくれなければ、羽次郎の復活はありえなかっただろう。

 自分がアグルであることを隠さなかったのは羽次郎の誠意であり、今石室に深々と頭を下げたのは、言葉にしきれないほどに大きな感謝を伝えるためだ。

 

「ありがとうございました。石室先生」

 

 羽次郎は石室に背を向け、リナールと共に海を見据え、アグルの光を強く握り締める。

 

「僕は、こんなにも弱い。こんなにも情けない。こんなにも間違える」

 

 そして目を閉じ、自分の内面、そして地球と向き合った。

 

「それでも地球は……僕に光を預けるというのか!?」

 

 その叫びは、黙して語らない地球への叫び。

 

「なら僕は……僕はッ!!」

 

 ペンダントを掲げ、青い光に包まれた羽次郎とリナールは、光そのものとなって空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リナールは戦闘力を持たない生命体だ。

 当然、その根絶に大した兵器は必要でない。

 重要なのはリナールという存在からどれだけの技術を得られるか、そしてリナール根絶が露見して問題にならないよう、絶対に一匹も逃さないことだ。

 

 人類は既に準備を終え、権堂が一声かければ海の底に膨大な兵力を送り込める状態にある。

 港に立っているのは、作戦開始の号令を上げる役である権堂と、潜水艦に乗らずとも深海で戦える光太郎だけだ。

 

 今の社会風潮に同意できない権堂、"人を殺す怪獣"とはあまりにも違うリナールの根絶に僅かながら反感を持っている光太郎。

 二人は共にどちらかと言えばこの作戦に反対だったが、世界的に広がりつつある怪獣被害に対抗するためと言われては、反論もしにくくなってしまう。

 『なら、怪獣対策で代案はあるのか?』と偉い人に言われて、そこから押し切れるような言葉なんて二人は持ち合わせていなかったのだ。

 

「準備はいいか? ウルトラマンガイア」

 

 権堂は躊躇いを覚えながらも、軍人として上の命令に忠実に従う。

 ゆえに号令と同時に光太郎(ガイア)を海底に送り込もうとしたのだが、光太郎はどこか別の方向を睨んでいた。

 

「来たか」

 

「何?」

 

 光太郎がそう言うやいなや、青い光が港に落ちる。

 眩い光を光太郎が見つめ、権堂が目を閉じたその瞬間に、光を纏った彼はそこに現れた。

 海の光を従え、広がる青い大海を背にし、彼は光太郎達の前に立つ。

 

「飛鳥、羽次郎……!?」

 

 絶望していたはずだ。

 心折れたはずだ。

 死亡説さえあった。

 なのに、今の彼は、以前より強いようにさえ見える。

 

 権堂は、青年が見せたその姿に動揺を隠せない。

 

「根絶作戦を中断しておけ。無理に始めれば、アグルのホームグラウンドの水中でやられるぞ」

 

 光太郎は権堂に作戦の中止を進言し、自らもガイアの光を宿したペンダントを握り、強い目をした羽次郎と相対した。

 

「何故来た、飛鳥。またお前は傷付きに来たのか」

 

「僕の幸せに、僕が傷付くかどうかは関係ない。

 僕の幸せは、皆の幸せの先にある。

 僕以外の皆が傷付かない未来にだけ、僕の幸せはある」

 

「……馬鹿が。裏切られると分かっていて優しくするから、お前は不幸なんだ」

 

 晶と権之介は、羽次郎が羽次郎で在り続けることを願った。

 その在り方がいつか報われることを願った。

 光太郎は羽次郎がその在り方を捨てることを望んだ。

 在り方を捨て、ありきたりな幸福を享受することを望んだ。

 羽次郎を立ち上がらせたのは晶と権之介の言葉。ゆえに、羽次郎は光太郎の望みを拒絶する。

 

「僕は不幸なんかじゃない」

 

―――一番強いのは、優しい人です。最後の最後に笑うのも、優しい人です

 

「何度裏切られようと、何度でも僕は信じよう。何度でも優しさを向けよう」

 

―――たとえ、その優しさが―――何百回裏切られても!

 

「いつか、その命と分かり合える日まで」

 

「……それをなんと言うか知ってるか? 愚か、と言うんだ」

 

 光太郎は愚かと言うが、羽次郎は愚かだとは思わない。

 羽次郎は揺らがない。生者を守り、死者に胸を張り続けるために。

 

「お前じゃ俺には勝てない。

 だからお前は何も守れない。

 守れないものを守ろうと思うから傷付く……いい加減に学習しろ」

 

「なら今日を、僕があなたに勝つ最初の日にするだけだ」

 

 羽次郎が腕を振り、虚空を薙ぐ。

 

 その一動作で、羽次郎の背後の海が真っ二つに『割れた』。

 

「―――なっ」

 

 知識のある者ならば、それを見てモーセの奇跡を連想したことだろう。

 左右に分かれた海の間には、海水の一滴も無い不思議な道が出来ていた。

 その道の真ん中に、いつの間に移動したのか、羽次郎が立っている。

 

「一人殺されたから、一人殺し返す。そういう考え方は、僕は好きじゃない」

 

 海が彼のために道を作ったかのような光景。

 海の命のために彼は戦うことを決め、ゆえにか海そのものが彼に手を貸している。

 

「"殺されたから生かすんだ"と僕は言う。

 "死が悲しかったから死なせない"と僕は言う。

 一人が死んだ過去を糧にして、それで一人を生かすような、そんな生き方をしたい」

 

 羽次郎は海と共に立ち、大地に立つガイアに立ち向かう。

 

「それが、死んで行った大切な者達の死を『生に繋ぐ』―――ただひとつの道だと思うから」

 

 ウルトラマンアグルとして、ウルトラマンガイアの意志と信念を、越えて行くために。

 

「これが僕の答えだ。早田光太郎! アグルッ―――!!」

 

 青き光が、羽次郎の体を包み込む。

 

「ならば俺は、一人の人間を生かすために、一体の怪獣を殺そう。

 殺し続けよう。怪獣に殺された人達の無念を忘れぬために! ガイアッ―――!!」

 

 赤き光が、光太郎の体を包み込む。

 だが二つの光の数と大きさは、比べるのもおこがましいほどに異なっていた。

 

 リナールの光が、羽次郎と共に在る。

 海そのものが発した地球の光が、羽次郎と共に在る。

 "羽次郎が守ろうとした"死者達の光が、羽次郎と共に在る。

 "羽次郎が救えた"生者達の光が、羽次郎と共に在る。

 

 全ての光は羽次郎に全てを託し、そっと寄り添い、アグルの光と同化した。

 

「―――」

 

 そして、割れた海の狭間に『新しいアグル』が現れる。

 その姿を見たガイアと権堂は、思わず息を呑んだ。

 

 全身のメインカラーが、黒みがかった群青から鮮やかな青色に変化している。

 "絶望を乗り越えた"ことを象徴するように、ボディカラーから黒色の割合が明確に減っていた。

 だが変化した容姿の中で最も目につくのは、胸のプロテクターに加わった金色のラインだろう。

 "絶望の中でこそ輝く一筋の希望"を表したかのようなそれは、全体的に暗めのカラーリングであるアグルの体色の中で、一際絢爛に輝いていた。

 

(ヴァージョン)(ツー)……アグルV2、か』

 

 海の加護を受け、リナールの光を授けられ、死者の心の光すらもその内側に取り込んだ青き光の巨人。かのウルトラマンの名は、アグルV2。

 ウルトラマンアグル、V(ヴァージョン)2(ツー)だ。

 

「馬鹿な」

 

 進化したアグルを見上げ、権堂は呆然と呟く。

 

「アグルが先に、新たな形態を手に入れただと?

 つまり、それは……この星が、ガイアではなくアグルを選んだとでもいうのか……!?」

 

 無口ではあっても無慈悲ではない、母なる地球。

 その意思表示は、誰もが思い描いていた未来予想図の裏にあった残酷を、アグルの進化という形で打ち砕いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガイアは果敢にアグルに挑む。

 元より、自分より強い相手とも戦い、勝ってきたのがガイアというウルトラマンだ。

 アグルが進化したところで、怖気づく理由などどこにもない。

 

『その光、どこでどうやって手に入れた!』

 

 しかし、そのパンチはいとも容易くアグルに受け止められる。

 アグルは反撃の掌底をガイアの胸部に放ち、ガイアもアグル同様にそれを受け止めようとするが、アグルの予想以上の攻撃速度にモロに食らってしまっていた。

 攻撃速度一つとっても、今のアグルは以前のアグルより格段に速い。

 

『ぐっ……!』

 

『手に入れたんじゃない。最初からそこにあったんだ、この光は』

 

 胸部への掌底はガイアを吹き飛ばし、胸を抑えるガイアに膝を付かせる。

 アグルは己が胸に拳を当て、"その光の正体"を懇切丁寧にガイアに教えた。

 

『全ての命は、どこかの誰かの光になれるんだ。

 リドリアスが、三倉田さんが、金田部長が、僕にとっての光であったように』

 

 ガイアが殺す覚悟を決め、殺す過程で経験を積み、容赦のない強さを身に付けたように。

 アグルは他者との繋がりを、己の(ちから)とする強さを身に付けた。

 

『だから僕は戦う。その(ひかり)を邪魔だからと殺す権利なんて、誰にも無いと思うから!』

 

 命は、自分以外の誰かの心を照らす光になれる。

 

『全ての命に価値はある。誰だって皆―――自分自身の力で光になれるんだ!』

 

 彼は自分の心の光に、今は亡き者達の光を加え、光太郎より強く輝いていた。

 

『命は全て、死ねばそこで終わりだ。

 俺の母も、俺が倒してきた怪獣も、皆そうだった……

 なのにお前は、そんな世界の真理にさえ抗うつもりなのか!?』

 

 両者の手が届く範囲で、打投極を回す格闘戦が始まる。

 格闘の技量で言えばガイアはアグルを圧倒している。

 日々軍人相手に訓練している光太郎をベースにしているためか、今のガイアは極めて高い近接格闘能力を持っていた。

 だがそんなガイアをもってしても、今のアグルの上は行けない。

 

 単純に速い。

 単純に力強い。

 単純に打たれ強い。

 内包する光の量が、二人のウルトラマンのスペックに明確な差を生んでいた。

 

『大切な人を、俺達の愚行のせいで失って……

 いや、俺達に殺されて! 出した答えがそれか!』

 

『そうだよ! 僕は!

 大切な人を失ったから!

 その痛みと絶望が分かるようになったから!

 人にも怪獣にも、この悲しみを知って欲しくないと叫ぶんだ!』

 

『……そんな感情を向けるのは、人に対してだけでいい!』

 

 この二人は、共に大切な人を殺されたことで強さを得たウルトラマンだ。

 喪失こそが彼らの強さの原風景。

 しかし、得た教訓は間逆であったようだ。

 片や、守るために絶滅させるウルトラマン。

 片や、守るために殺害を止めるウルトラマン。

 光太郎がかつて言ったように、戦いの勝敗なんてもので信念の正しさは決まらない。

 敗北は信念を砕かない。

 なればこそ、この戦いはどちらが正しいかを決定する戦いではなく、正しい方が勝つ戦いでもなく、信念の強い方が勝つ戦いだった。

 

『人が笑って安心して生きていくためには!

 ただ歩くだけで人を不幸にする生物は根絶やしにすべきだと、何故分からない!』

 

『だから止めるんだ!

 人を殺す地球怪獣を全部殺して!

 人を殺す宇宙生物を全部殺して!

 いつかは人を殺す人間まで全部殺さなくてはいけなくなったら!

 社会に害を生むだけの人間まで、全員殺してしまうようになったら!

 その未来で、人が本当に笑って生きていくことなんて出来やしない!』

 

 光太郎は怪獣に踏み潰される人の幸せがある今を見ていて、羽次郎は人以外の生き物が軽んじられている今と、その歪みが生む未来を見据えていた。

 隣人を許せず、隣人と共存できなくなれば、人が異種生物と交友なんて出来やしない。

 ガイアの顔狙いの右ストレートをアグルはスウェーで回避し、カウンターのボディブローをそれに合わせて、ガイアの腹に一発入れる。

 

『あなたは言った。力とは、敵を排除し平和を守るためにあると。

 僕はこう返した。力とは、暴力と殺害を選んだ誰かを止めるためにあると。

 ウルトラマンは、ウルトラマンの力は……

 地球の危機を救うために、地球の命が争い合うのを仲裁して、共存させるためにあるんだ!』

 

『違う! この光は、この光に選ばれた者が使い方を選ぶべきものだ!

 お前の信念がそうであることは否定しない。

 だが、俺の信念はお前とは違う! 俺はこの光を、俺の信念のためだけに使う!』

 

 ガイアは地上戦では分が悪いと見て、飛翔。

 アグルを空中戦に誘い、アグルもその誘いに乗った。

 

(ガイアの飛行速度はマッハ20。アグルはマッハ19。ならば……)

 

 ウルトラマンの飛行速度は、防衛隊での度重なる研究で正確に把握されている。

 加え、光太郎はバードン戦以来みっちりと空中戦技能を鍛えていた。

 空中戦ならば、と思うのは必然の志向だろう。

 

 だが、ここでもアグルの進化が彼の計算を狂わせる。

 アグルV2の飛行速度は……"マッハ23"である。

 

『くっ!』

 

 速いのはアグル。巧いのはガイア。

 そんな空中戦が、上空一万フィートの高さで繰り広げられる。

 最新戦闘機を遥かに超える速度、旋回性能、加減速能力、立体機動飛行が、常識外れの飛行を実現させていた。

 

 互いに手刀から光の刃を連射し、互いに回避し、同時に更に加速する。

 銃弾さえも置いて行かれる速度を超えて、光線さえも追いつけない速度も超える。

 たゆまぬ鍛錬でここまで来たガイアが凄まじいのか。ガイアより後に認知された二番目のウルトラマン(ウルトラマン・ザ・ネクスト)、いわば後輩でありながらガイアについて行けるアグルのほうが凄まじいのか、それすら分からない。

 

『そこだ!』

 

『つっ……!』

 

 だが、戦いの天秤は奇跡と幸運の噛み合わせで一気に傾いた。

 手刀から放った小さな光刃を爆発させ、アグルの視界を一瞬奪ったガイアが、雲に隠れて一気に接近、アグルを蹴り落としたのだ。

 ガイアはそのチャンスを逃さず、空中でアグルの関節を極め、関節を極めたまま地面に叩きつけようと落下を開始する。

 

『させない!』

 

『チッ』

 

 しかし、アグルは空中で身を捻って関節技から脱出。両者は揉み合いながら猛烈な勢いで地面に激突した。

 ガイアもアグルも少なくないダメージを受けたが、その振動とウルトラマンのエネルギーが地中に伝わり、良くない影響を及ぼしてしまう。

 落下したのは民家の影も形もない山中であったが、何の因果か、そこは人類がまだ認識していなかった怪獣の眠る地であったのだ。

 

『!? 怪獣……!?』

 

 ウルトラマンに叩き起こされ、目覚めた怪獣が地上に這い出して来る。

 怪獣の名は、ゴメノス。剛腕怪地底獣ゴメノスだ。

 ダイヤモンドの千倍の身体強度を持つ強力な怪獣だが、光線技を扱えるウルトラマンが殺意をもってあたれば、さして苦労せずに倒せる怪獣でもある。

 

『怪獣は……一匹たりとも逃さない!』

 

 怪獣は叩き起こされたせいで、随分と凶暴になっているようだ。

 このまま放置すれば、人の街を攻撃し始めかねない。

 ガイアはそんな怪獣の状態なんて知ったこっちゃないとばかりに、十分にチャージした必殺光線(クァンタムストリーム)をゴメノスに放つ。

 

 当たれば即死、そういう一撃がゴメノスの背後から迫る。

 アグルはガイアが必殺技を放った直後に、抜き打ち気味に必殺光弾(リキデイター)を発射。ガイアに一撃に横合いから見事当て、必殺技を相殺してみせた。

 

『……飛鳥!』

 

『やらせるわけがないでしょう、光太郎先輩』

 

 アグルは続き、新たな光線を連射気味に発射する。

 ガイアは技の連発速度に驚愕し、自分に攻撃が飛んで来ると思い身構えたが、アグルの光線はガイアには飛んで来なかった。

 光線は、興奮していたゴメノスに命中。

 ゴメノスはあっという間に落ち着き、戦意を喪失し、アグルにちょっと感謝している様子を見せながら、地中に帰って行った。

 

『……怪獣を、大人しくさせる光線……?』

 

 その光線を見た光太郎の驚愕は、どれほどのものであっただろうか。

 アグルが使った技は、ガイアにも使えないわけではない。

 怪獣との共存と和解を望みさえすれば、ガイアだろうとアグルだろうと習得可能、そんな技だ。

 

 しかし、過去にウルトラマンの力をこういう風に発展させた者は、誰も居なかった。

 進化したアグルの力と、信念を昇華させた羽次郎の力が合わさって生まれたこれは、羽次郎の理想を夢物語でなくするほどのもの。

 すなわち、怪獣と人類の共存の可能性を提示するものだった。

 

『夢を夢のまま終わらせる気なんて、無い』

 

『飛鳥、お前……』

 

『僕はこの夢を、未来に必ず実現してみせる!』

 

『……お前は、どこまでっ……!』

 

 相容れない信念と目指す未来を抱えて、二人は再三激突する。

 真正面から衝突する、ガイアの左拳とアグルの右拳。

 炸裂するエネルギー。

 弾ける光。

 響く轟音。

 一拍遅れて衝撃が爆発し、二人のウルトラマンを吹き飛ばす。

 

 アグルは衝撃に押され、体勢を僅かに崩しながら後ずさった。

 ガイアは地面を派手に転がされ、転がる勢いのまま隙無く立ち上がる。

 

『まだ人類は、地球にしか住めない。

 ここは人類にとって唯一の安全圏で、唯一の安息の地だ!

 それを脅かす害獣を、這い回る害虫を排除して、安息を守る!

 人類がただ一つ持つ"心安らげる家"を荒らす者は、俺が必ず打ち倒してみせる!』

 

『その家に住んでいるのは、人間だけじゃない!

 怪獣も、リナールも! 同じ家に住む家族だ!

 邪魔だからと家族を家から叩き出そうとすることが、正しいことであるもんか!』

 

 光太郎にとって怪獣は家にはびこるゴキブリであり、人の首噛み切る猛獣。

 羽次郎にとって怪獣は同じ家に住む家族であり、喧嘩してもいつか仲直りする同居者。

 "それを殺す"という意識が、二人の間でズレにズレていた。

 

『俺は、人類の味方で在り続ける!』

 

『僕は、生命の味方で在り続ける!』

 

 二人は激突し、やがて山間にある人も住まない盆地へと転がり込んでいく。

 そこで同時に、二人のカラータイマー(ライフゲージ)が点滅を始めた。

 二人のエネルギーが危険域に達したことを知らせる音も鳴り始める。

 

 これ以上長引かせれば、どちらが勝つか分からない。

 羽次郎はアグルの胸の奥に語りかけ、自身の中で新たな力を編み上げる。

 

『三倉田さん、部長、僕に……僕に、力を!』

 

 そして、形になったそれを開放した。

 

『二刀流!?』

 

 それは、先日光太郎が欠陥技と断じた光の剣だった。

 アグルはそれを両の手に一本づつ持ち、二刀流にて構えている。

 しかも、先日光太郎が見た剣から常にエネルギーが揮発してしまうという欠点が無い。

 

『これは飛鳥のものじゃない、別の人の心の光……!?』

 

 "繋ぎ止める力"があった。

 "羽次郎の傍に在る"という特性が付加されていた。

 "二つの剣に対応する二人の心"がそこに居た。

 命尽きても、二人の心は常に彼と共に在る。

 アグルが握っているのは光の剣ではない。二人の心なのだ。

 

 それに留まらず、地の底から湧き上がる光が、アグルの剣に飛び込んで行く。

 

『……怪獣の、光』

 

 その光が"赤い光"であったために、ガイアには瞬間的に理解できてしまった。

 地中に生きる大地の怪獣の力――死して大地に還った怪獣の力――が、地球というフィルターを経ることで、光としてアグルに注がれていることを。

 

 アグルが守り、大地に帰してやった怪獣が居た。

 アグルが守れず、死体となって大地に還った怪獣が居た。

 母なる地球の中に帰っても、怪獣達はその恩を決して忘れはしない。

 その中には、アグルに対し確かな友情を抱いている者も居た。

 あの日、"友達を助けに来た"リドリアスが、そうであったように。

 

『……そうか、飛鳥、これがお前の目指した――』

 

 共存を望む者は、邪魔な存在を排除する者とは違い、"敵だった者"からすらも助けてもらえる。

 ただ、それだけのこと。

 敵を殺して余分な可能性を全て排除するのがダークヒーローであるのなら、ただのヒーローとは生かせる者を生かし、いつかの未来にかつての敵に助けてもらえる可能性を残す者。

 

 ウルトラマンアグルは、ただのヒーローだった。

 

 "怪獣にも向ける愛がある"という稀有な資格を持つ、ただのヒーローだった。

 

『ああああああああああああっ!!』

 

 走るアグル。迎え撃つガイア。そんな構図で、二人は最後の激突を始める。

 

 ガイアが必殺光線(クァンタムストリーム)を放つ。

 アグルは右の剣で切り払う。

 ガイアは更に必殺の光刃(フォトンエッジ)を放つ。

 ガイアは左の剣でそれを切り払う。

 

『それでお前は! いつまでそんな戦いを続けるつもりだ、飛鳥羽次郎!』

 

 間に合わないと知りつつも、最後の光線を構える光太郎が、眼前の男へと問いかける。

 

 人と怪獣の共存は非常に困難だ。

 何せ、愚かな人類は人と人との共存すら出来ていないのだから。

 大きなところで言えば国家間戦争や民族紛争、小さなところで言えば小学校のいじめまで、人間は人間とさえ共存できないということを証明し続けている。

 

 それでも、可能性が0%である事柄など無い。

 ウルトラマンの力を併用して根気よく頑張り続ければ、少しづつ目指した未来に近づいて行くことは出来るだろう。

 されど、これは羽次郎の夢が最高に近い形で進んでも、10年や20年で実現するような容易な事柄ではない。

 苦痛の中で50年走り続けることを前提として必要とする、そういうレベルの困難である。

 

 それは、血を吐きながら続ける悲しいマラソンだ。

 だが、ゴールの無いマラソンなど無い。

 マラソンには、必ず終わりが存在する。

 

 アグルは走り、ガイアが腕に溜めたエネルギーを蹴り飛ばし、二本の剣を振り下ろした。

 

『終わりを迎えるまでは、いつまでも』

 

 血を吐きながら続ける悲しいマラソンを、いつまでもどこまでも走っていくという決意を、尊敬する先輩に、告げながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 交差された光の剣は、ガイアの首の前でピタリと止められる。

 振り下ろされ、交差され、けれどもその剣は光太郎の生命を奪おうとはしない。

 

『何故、止めた?』

 

 光太郎は、大なり小なり羽次郎に憎まれていると思っていた。恨まれていると思っていた。

 一年以上羽次郎の理想を邪魔してきた日々と、羽次郎の大切な人を奪った事件で生まれた罪悪感と、リドリアスを殺した時に感じた『嫌な何か』が、光太郎に死を受け入れさせていた。

 羽次郎にならば、殺されても仕方ないと思わせていた。

 しかし、アグルは剣を引く。

 

『あなたもまた、僕が守りたいと思う人の一人だから』

 

『―――』

 

 相手の信念が間違っていることを証明するために戦ったことなど一度もない。相手を殺すために戦ったことなど一度もない。いつだって、自分が守りたいもののために戦ってきた。

 いつだって、この二人の戦いは、そうだった。

 

『……俺の、負けだな』

 

 ガイアは握った拳をほどく。

 敗北を認めて拳を開いたのは、もう十年以上していなかったことだろう。

 十年以上、ずっと心の中で握られていた拳が開かれ、彼の心も少しばかり開かれた。

 開かせたのはきっと、大切な人を失ってなお優しく在り続けた羽次郎の心。

 

『光太郎先輩』

 

 アグルが手を差し伸べ、ガイアが少し躊躇いながらも、その手を取ろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――いい見世物だった、では、消えるといい―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、『その声』が聞こえた瞬間。

 ガイアの手はアグルの手を握ることなく、アグルを突き飛ばす。

 

『え?』

 

 空から降って来た光の柱が、ガイアの背中から下腹部にかけての部位を、胸部のほとんどを消し飛ばす形で貫いた。

 

『……かっ、はッ』

 

『……え?』

 

 光はガイアに突き刺さったまま太くなっていき、やがて大爆発を引き起こす。

 その爆発は、二人のウルトラマンに大ダメージを与え、変身を強制解除させるほどの破壊力を持っていた。

 

「なんだ……なんなんだ!?」

 

 羽次郎は腹を抑えて、足を引きずり立ち上がる。

 直撃したわけでもないと言うのにこのダメージ。

 今の攻撃の威力がどれほどのものか分かろうというものだ。

 だが、羽次郎はまだマシだった。

 光の柱の直撃を受けたガイアは、いや人の姿に戻った早田光太郎は……攻撃のダメージと衝撃で、胴体の半分が消し飛び、下半身が千切れてどこかへと吹っ飛んでいたのだから。

 

「あ……」

 

「げほっ、げほっ……どうやら、漁夫の利を狙っていたクズが居たらしいな」

 

「光太郎先輩!」

 

 羽次郎は光太郎を助け起こし、なんとか病院に運ぼうとするが、権之介よりもはるかに重傷なこの傷では助かるはずもない。

 先の一撃は、不意打ちとはいえ、ウルトラマンを一撃で殺す威力があったようだ。

 なんと恐るべき攻撃力か。

 

「何故……何故、こんな! 自分の命を投げ打って、僕を助けるなんて……!」

 

「何故? そうだな、理由か……そうだな……」

 

 光太郎は戦闘センスで言えば羽次郎のそれを大きく上回る。今の攻撃をアグルよりも先に察知して行動したことからも、それは伺えるだろう。

 だが、それなら、光太郎は羽次郎を見捨ててさえいれば、生き残れたはずなのだ。

 今の攻撃からアグルを庇うのではなく、自分が回避するために行動していれば、光太郎は生き残れたはずなのだ。

 

 それが分からない光太郎ではないはずだ。光太郎は、分かった上で羽次郎を庇った。

 逆に、羽次郎は光太郎が自分を庇った理由が分からない。

 泣きそうな顔で自分を見下ろしてくる羽次郎を見て、光太郎は微笑み、全てを語った。

 

 

 

「お前が、この世でたった一人の、俺の弟だからだ」

 

「―――え?」

 

 

 

 たったひとつの、真実を。

 

「お前は俺の腹違いの弟だ。知っているのは俺と、お前の母だけだがな」

 

「え……え?」

 

「俺の母とお前の母は仲が良かった。

 だから、子供の名前は、相談して決めたんだとさ。

 先に生まれた方は太郎、次に生まれた方は次郎……」

 

「―――」

 

「いつの日か会わせた時に、自然と兄弟だと思えるように、だと……」

 

 今日までの日々の中で聞いた全ての光太郎の台詞が、羽次郎の頭の中で、違う意味合いを持って蘇っていく。

 

「天墜事件の時、何故俺と母、お前とお前の母は同じ街に居たと思う?」

 

「……あ」

 

「お前が、俺の贈ったネックレスで同じようにウルトラマンになったと知った時。

 運命だと思った……いい運命か、悪い運命か、その時は何も知らずに居たんだがな……」

 

 羽次郎が大学に上がった時、プレゼントされたネックレス。

 それと同じものが、光太郎の首から吊り下がっていた。

 羽次郎のネックレスには青い光が、光太郎のネックレスには赤い光が宿されている。

 

「高校では、身を守る術を教えていたつもりが。いつの間にか、追い越されてたなんてな……」

 

「違う! 追い越されてなんかいません! 僕は、今もあなたに庇われて!」

 

「この世でたった一人だけ残っていた、俺の血の繋がった家族だ。

 今度こそ、今度こそ絶対に守ると、誰にも言わずに、心の中で誓ってたんだ……」

 

 光太郎と羽次郎は、同じ父親を持つ、同じ血が流れる兄弟なのだ。

 

「よかった。今度は、守れたんだな、俺は」

 

「―――っ」

 

 根源的破滅招来体は、ガイアとアグルの光を手にする人間の未来を予知していた。

 ゆえに、天墜事件の時に細かな細工をいくつも施していた。

 人間と怪獣が力を合わせて外敵に対抗するという未来を、絶対に訪れさせないために、根源的破滅招来体は『愚かなウルトラマン』を用意しようとしていたのだ。

 光太郎は、その望んだ通りに動いてしまった。

 最悪の邪悪の願った通りに、母への愛から地球の未来の可能性を摘み取ってしまった。

 彼の人生は、子供の頃から今に至るまで、ずっと邪悪の玩具のままだった。

 

 けれど、最後の最後に、二人のウルトラマンを一緒に殺そうとした根源的破滅招来体の企みを跳ね返し、たったひとつの希望を残してみせたのだ。

 

「誇れ、羽次郎。最後の最後にお前が勝った。最初で最後のお前の勝利だ。お前は、俺を超えた」

 

「……!」

 

「だから、とりあえずは、笑って死ねる……」

 

「兄さん!」

 

「……ありがとうな、こんな俺を、兄と呼んでくれて」

 

 今の羽次郎になら、安心して未来を託せる。

 光太郎が笑って死んでいけるのは、羽次郎が居てくれたからだ。

 彼は死にかけの体を押して、空の上、ガイアを殺した光の柱を発射した者を指差す。

 

「あれを、見ろ」

 

「……え?」

 

 そこには、"水色の女神"が居た。

 仏を模して作られたかのようなアルカイックスマイル。

 怪獣ではない。だが人間でもない。

 その外見は、ウルトラマンの三倍近い巨体を持ち、艶やかな羽衣を纏っている美女だ。

 

 何故、女性の姿をしているのか?

 それは、その女神の額を見れば分かった。

 その額には……人知れず攫われていた羽次郎の母、飛鳥麗が埋め込まれていたからだ。

 麗は眠らされているようで、ピクリとも動いていない。

 "誰に対する備え"かなんて、考えるまでもない。

 

 女神の名は『ゾグ』。根源破滅天使・ゾグだ。

 

「母、さん?」

 

「人質のつもりか。逆らえば、殺すと。奇襲の後に人質とは……卑怯者が……」

 

 光太郎は怒りに任せて変身し、こんな状態になってすら人を守ろうとするが、彼の体はもうガイアの光を受け止められる状態にない。

 光太郎は血を吐いて、血に濡れた手で羽次郎の手を強く掴む。

 

「兄さん!」

 

「羽次郎」

 

 そして血塗れの口で、血塗れの手で、羽次郎に最後の想いを残した。

 

「お前は、後悔するな。母を守れなくて、一生後悔するしか無かった俺のようには、なるな」

 

 強く、強く、想いを刻み込む。

 残された弟が、最後の最後までその(いのち)を走り切れるように。

 

「兄さっ―――」

 

 そして、ゾグは空からウルトラマンでさえ耐えられない威力の波動弾を発射。

 兄を想う弟と、弟を想う兄をまとめて、波動弾の威力にて押し潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本上空に巨大な生命反応! これは……ウルトラマンよりも強大です! 女神……!?」

 

「世界各地で地球怪獣の覚醒を確認! 怪獣は市街地等の破壊も厭わず、移動を開始しました!」

 

「イナゴが……イナゴ型の怪獣が出現!

 信じられない数です! 地球の全てが覆われていきます!

 数が多過ぎます! し、しかも……人間を捕食しています!」

 

「正体不明の怪獣の出現が世界各地から報告されています!

 敵は一見クラゲに見えますが、その実物理攻撃の効かない波動生命体であるとのこと!」

 

「世界各地で理由不明の市民暴動発生! 精神汚染の可能性が考えられます!」

 

「空にワームホールが出現! 未知の宇宙怪獣が現れ、破壊活動を行っています!」

 

「宇宙から超巨大単極子怪獣が接近!

 試算データ来ました! これが地球に衝突すれば、地球は滅亡します!」

 

「明確に地球の軍事施設を狙って破壊している人型怪獣が二体確認されました!

 襲撃された支部から識別コードと戦闘データを受信します!

 エネミーA、コードネーム:ブリッツブロッツ!

 エネミーB、コードネーム:ゼブブ! 仮称カテゴリー名登録、登録名"破滅魔人"!」

 

「こ……個人端末の、バイタルデータから、情報が送信されました……

 早田光太郎……う、ウルトラマンガイアの、死亡を確認……嘘……」

 

 

 

 

 

 アグルの覚醒とガイアの身を挺した庇護を除けば、全てが。

 

 地球を滅ぼさんとする、根源的破滅招来体の計画通りに進んでいた。

 

 

 

 




次回、最終話


飛鳥羽次郎→アスカ・シン(ウルトラマンダイナの主人公)+次郎
早田光太郎→ハヤタ・シン(初代ウルトラマンの主人公)+太郎

まあつまりそういうことです

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