堕ちた星 めざめよと呼ぶ声あり   作:ルシエド

1 / 6
「怪獣だって人間の前に出て来たかないはずだ。ちょっと歩き回っただけで攻撃してくる危険な生き物が生息してる場所に、誰が好き好んで踏み入って来るんだ?」

―――あるウルトラマンのぼやき


星よ知る、我らが魂の器

 『人の命より優先されるものなんてない』。

 『人のために頑張ることが間違っているはずがない』。

 『人の命を守るために敵を倒す』。

 

 あなたはこれらの言葉を、傲慢だと思ったことはあるだろうか?

 

 

 

 

 

 十年前、『天墜事件』という事件があった。

 この世界の誰もが知っている事件だ。

 空が燃え、空が落ちてくる、と当事者達が語ったがためにそう名付けられた事件。実際は異次元からの謎の攻撃が、空から地上に落ちてきたためにそう見えたという事件であった。

 

 この事件は街一つを吹き飛ばすという大惨事を引き起こしたが、なんと死者は一人だけという奇跡的な結果に終わった。

 何故か?

 『怪獣』が人間を助けるという、人類史上初めての出来事が起こったからだ。

 

 街に降り立ち、人間達に身振り手振りで危機を伝え、落ちてくる空から人間を守った心優しい怪獣。名を、『リドリアス』という。

 この怪獣は人々に逃げるよう促すだけに留まらず、空と戦い町中に取り残された少年を自ら助け出したことで、多くの人から感謝と信頼を向けられていた。

 

「ありがとう、リドリアスー!」

 

 助けられた少年がそう言い、リドリアスもどこか嬉しそうに鳴き声を返す。

 

「キュイッ」

 

 リドリアスは優しく少年を地に降ろし、どこかへと飛び去っていく。

 少年は、この時の記憶と光景を一生忘れることはないだろう。

 瞼の裏に焼き付けて、この先の人生で何度も何度も思い返すに違いない。

 "怪獣に命を助けられた"ことが、少年の人格形成に、大きな影響を残していた。

 

 

 

 

 

 この異次元からの攻撃と、怪獣リドリアスの出現が、後に『怪獣頻出期』と名付けられた時代の幕開けとなる。

 

 

 

 

 

 

 十年後。その少年は、ごく普通の大学生となっていた。

 彼の名は『飛鳥(あすか) 羽次郎(はねじろう)』。

 季節は春。東京周辺にあるとある大型都市の、とある大学のキャンパス、その片隅にあるベンチに座り、羽次郎はレポートを書いていた。

 本を読み、興味深い内容をノートに書き写し、一区切り付いたところで本とノートを閉じる。

 

「……ふぅ」

 

 ベンチは木の下にあり、春の木々が落とした落ち葉が、ノートに落ちた。

 青年は落ち葉を摘んでどけて、落ち葉をどけたせいで見えた名前――ノートに書かれた自分の名前――を見て、少し眉をひそめる。

 子供の頃から、彼の首をずっと傾げさせてきた名前だった。

 

 羽次郎という名前のセンスもそうだが、彼は長男。長男なのに次郎なのだ。

 彼の母曰く、名前は完全にフィーリングで付けたとのこと。

 そしてベンチで眉をひそめる彼に、彼の母と同じくらいノリで生きている金髪の青年が声をかけてきた。

 

「やあ、羽次郎君。今日もいい天気だね」

 

「あ、金田部長。こんにちわ」

 

「ところでレンタルビデオショップで暇潰しの品を借りて来たのだが、一緒に見ないかね?

 『爆乳変態アバズレンジャー』と『仮面ライダー勃起と7人の勃起』というんだが」

 

「即刻その口を閉じてください」

 

 彼の名は、『金田(かねだ) 権之介(ごんのすけ)』。自称良家のお坊ちゃんだ。

 

 羽次郎は短く切り揃えた黒髪の直毛、眼鏡屋の店頭に並んでいるような普通の眼鏡、優しそうで悪印象を与えない顔と、"平凡な日本人"の範疇に収まる容姿の青年だ。

 対し権之介は柔らかい印象を受けるサラサラの金髪、野心や情熱が目つきに出ている碧眼、日本人離れした端麗な顔と、純日本人な名前とあまりにも乖離していた。

 本人曰く、四分の一(クォーター)の遺伝子が仕事をしすぎた、らしい。

 

 優しい表情に呆れを浮かべた羽次郎、下品な話題で絢爛に笑う権之介。二人は容姿だけでなく、表情や性格まで対照的であるようだ。

 

「あのですね、部長。何故あなたはタイトルパロAVしか見ないんですか?

 しかも何故そのタイトルを公衆の面前で恥ずかしげもなく口にできるんですか?」

 

「はっはっは、異なことを。私に褒め称える箇所はあれど、恥じ入る所など無いよ」

 

「……そうですか」

 

 これだけ恥の多い良家のお坊ちゃんを、羽次郎は他に見たことがなかった。

 

「まあ、庶民は恥の多い人生を送っていることだろう。

 私と違い恥じ入るべき欠点も多いのだろうね。

 君もそうなのだろう? なら、恵んでやるのが私の義務だ。

 持てる者の義務として、君の今日の昼食は私が奢ろうじゃないか」

 

「ありがとうございます、部長。助かります」

 

「はっはっは、もっと礼を言い給え! あ、飴ちゃん食べるかい?」

 

「いただきます」

 

 権之介はこの大学内でも極めて好き嫌いが分かれる人物だ。

 嫌われる理由は、この他者の神経を逆撫でする性格と話し方。

 好かれる理由は、この喋り方のせいで全く察することができない、『他人に褒められたい』『他人の喜ぶ顔が見たい』という二つの行動原理が据えられた性格だった。

 

 二人は大学構内の食堂に到着し、カウンター席に並んで座る。

 今はいわゆる"各学年春一番のレポート提出時期が重なった"時期であり、食堂にレポートの参考資料を持って来ている者が、ちらほらと見えた。

 

「そういえば、言い忘れていたよ。

 私達の怪獣生態研究部に、新入部員が来ることになったんだ」

 

「へえ、新入生ですか?」

 

「ああ、新入生さ。女の子だよ」

 

 怪獣生態研究部。

 この大学の片隅でひっそりとやっている部活であり、羽次郎と権之介の二人だけしか所属していない部活だ。

 "今の世情"からすると異端にも程がある部活なので、新入部員は募集していなかったのだが、何かの縁で新入部員が入って来てくれた様子。

 

 権之介が大学三年生、羽次郎が大学二年生、今回入ってくれるのが新入生の一年生ということを考えれば、この部活の未来にも良い展望が持てるというものだ。

 

「君と同じ庶民の者だが、使い走りにはなるだろう。

 君のように私に忠実な配下となればなおよろしい。

 そこでだ、新入生を精神的にコントロールするため、歓迎会を開くことにした。

 これで第一印象を良くし、かつ恩を売ることで最初から手綱を握るのだよ」

 

「それはいい考えだと想います」

 

「だろう?」

 

 羽次郎は知っている。

 この先輩が、最近徹夜で何やら計画を立てていたことを。

 おそらくその歓迎会の費用は、全部この先輩が払うであろうことを。

 色々理由をつけてはいるが、要はこの先輩、新しく入って来る新入部員にウキウキしているだけなのだ。

 

「お手伝いします、先輩」

 

「ふふふ、庶民の手助けを必要とする私だと思うかね? まあどうしてもというのなら―――」

 

 後輩に手伝うと言われ、更に嬉しそうにし始めた権之介だったが、彼はその後に続く言葉を紡ぐことができなかった。

 

「おい聞いたか! 怪獣が出たってよ!」

 

「は!? マジで!?」

 

「マジだよマジ! この大学にも避難勧告出てるってよ!」

 

 権之介の言葉を遮るように、食堂に駆け込んで来た学生が、そんな事を言い始めたからだ。

 食堂にざわめきが広がり、食事途中にもかかわらず席を立つ者が増え始める。

 そして数秒後、スマートフォンの災害警告アプリがそこかしこでアラートを鳴らし、大学構内のスピーカーからサイレンが鳴り始めた。

 大学講師がスピーカーを通して、敷地内の全ての人に対し『怪獣が出たこと』『まずは落ち着くこと』『避難経路がどこにあるか』を告げていく。

 穏やかだった大学構内は、ほんの一分足らずで混乱の渦に飲み込まれていた。

 

 そんな中、落ち着き払った青年が二人。

 羽次郎と権之介は、慣れた様子でこの状況に対応し始める。

 

「部長」

 

「分かっている。君は私と一緒に避難していたことにしよう」

 

「ありがとうございます!」

 

 二人は同時に駆け出した。羽次郎は屋上に向かって、権之介は避難の流れの中でも特に人が多くてごちゃごちゃした場所に向かって。

 

 『こういう時』、権之介は羽次郎にとって非常に心強い助けとなってくれる。

 権之介はAVを貸し借りしている大学内の男性連携システム、通称AVネットワークによって友人ではない協力者を多く持っており、『こういう時』に羽次郎のアリバイを作ってくれるのだ。

 かくして、羽次郎は避難していたというアリバイを確保したまま、屋上に到達する。

 

 

 

 

 

 屋上に辿り着いた羽次郎は、遠く彼方に目を凝らす。

 するそこには、既に目視可能な距離にまで来ていた怪獣の姿があった。

 このままでは、怪獣が街に侵入して来るのも時間の問題だろう。

 

 彼は首から下げたネックレスを外し、右手で強く握って掲げる。

 ネックレスの先には簡素な装飾と、指先ほどのサイズの宝石が付いており、その中に『青い光』が揺らめいていた。

 掲げられた宝石の中から、光が漏れる。

 

「アグルーーーッ!!」

 

 そして、『名』を呼ばれたことで、その光は一気に大きさを増した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青い光に包まれた青年が、一気に強く、大きく変わる。

 彼はくるりと空中で回り、体長50mを超える巨人となって、怪獣と街の間に着地した。

 "巨人が大地に落ちるとはこういうことだ"と万人に伝えるかのように、舞い上がる土。

 

「おい、見ろ」

「アグルだ」

「ウルトラマンアグルだ!」

 

 その時誰もが、怪獣に立ち向かう黒ずんだ群青の巨人の背中を見ていた。

 彼が変わった巨人の名は『アグル』。ウルトラマンアグル。

 光の巨人は手刀を構え、人の街に進もうとする地殻怪地底獣・ティグリスに立ち向かう。

 

『地中に戻れ! この先に、お前が生きていける場所は無いんだ!』

 

 ティグリスは悪意をもって人の街に進もうとしているのではない。

 単に、現在人類が進めている"地底都市開発"の影響で住処を追われ、ここに追いやられてきたに過ぎない。

 "自分の住処に侵攻してきた恐ろしい生き物"が沢山集まっているのを見て、興奮半ばに逃げて来たティグリスは、狂乱して人に立ち向かおうとしているのだ。

 

 ティグリスに語りかけながら、アグルはティグリスの四本足の突進を受け止める。

 この怪獣の体重は10万t以上もある。その体当たりの威力は、推して知るべし。

 アグルは苦悶の声を噛み殺し、一歩も引かずにティグリスの体当たりを受け止めて、これ以上この怪獣を人の街へと近付けさせないようにしていた。

 

『落ち着いて、落ち着いてくれ。僕は君の敵じゃない』

 

 受け止めながら、抱きしめながら、彼は語りかけ続ける。

 

 ウルトラマンの体を張った説得は流石に効果があったのか、ティグリスの恐怖と狂乱は少しづつ収まっていき、元の争いを好まないティグリスの性格が戻って来る。

 

『そうだ、よしよし。いい子だ……』

 

 羽次郎は落ち着いてきたティグリスを誘導し、人の開発が及んでいない地底深くに誘導しようとする。これにて一件落着……とは、ならなかった。

 この展開を、良しとしない者が居た。

 その者は突如現れて、横合いからアグルを蹴りつける。

 

『!?』

 

 蹴られたアグルが木々を潰しながら転がって、アグルを蹴った"赤い巨人"が、転がるアグルに無機質な視線を向ける。

 

『……ウルトラマン……ガイア……! またか……!』

 

 巨人の名は『ガイア』。ウルトラマンガイア。

 光の巨人であるのなら、アグルの味方か? 怪獣を誘導しにやって来たのか?

 否。断じて否。ガイアは、そんな生易しい目的でここに来たのではない。

 

 ガイアはアグルを一瞥し、すぐさま近くに居た怪獣の首を全力で蹴り上げる。

 10万tはあるティグリスの巨体が、空中で一回転し、そのまま地に落ちた。

 人間が犬の首を折ろうと蹴り上げ、蹴り上げられた犬が空中で一回転した光景を思い浮かべればいいだろう。

 今、羽次郎が目にしたのは、そういう残酷であり、容赦の無さだった。

 

『やめろ!』

 

 追撃をかけようとするガイアを、アグルが止めようとして飛びかかる。

 だがガイアはすぐさまアグルの方を向き、上手く距離を測ってステップ。そしてアグルに先んじて、アグルの顔面にジャブを叩き込んだ。

 

『がっ!』

 

 更にジャブからストレートに繋げ、アグルの顔に強烈な一撃をヒット。更に前蹴りをアグルの腹に入れ、アグルを一方的な連撃で吹っ飛ばす。

 

『づぅっ!』

 

 更にガイアは、手から光の刃を二連射。

 一発目をアグルの首に、二発目をティグリスの首に、それぞれ正確に命中させていた。

 

『くっ……! やめろ! その怪獣は迷い出ただけで、まだ何も―――』

 

 今の攻防だけを見ても、ガイアとアグルにプロの格闘家とアマチュアの格闘家並みの差があることは明白だ。

 口で止めようとしても、力で止められなければ意味はない。

 アグルに、ガイアは止められない。

 

 ガイアはアグルのダメージが抜けない内に、構え、力を溜め、そして―――必殺の光刃(フォトンエッジ)を、ティグリスへと撃ち込んだ。

 

『……あ』

 

 フォトンエッジは、光の刃。

 一見してガイアの頭部から発射される光の鞭にも見えるが、その実これは光の刃の集合体。

 これが命中した怪獣は全身を刃のエフェクトに包まれ、切り刻まれ、爆発したように見える凄惨な死に様を迎える。ティグリスもまた、その運命からは逃れられない。

 響く断末魔が、爆発したように飛び散る肉片が、空舞う血潮が、ティグリスの末路を飾るものだった。

 

『……!』

 

 アグルが手を伸ばすも、それが何かを掴むことはない。

 伸ばされた手は、虚しく虚空を掴むのみ。

 怪獣を皆殺しにするスタンスで、強者であるガイア。

 怪獣と人類の共存を望むスタンスで、弱者であるアグル。

 両者はどこまでも対照的で、周囲からの反応さえも対照的だった。

 

「ガイアー!」

「ありがとう、ウルトラマーン!」

「かっこよかったぞー!」

 

 アグルに送られる声援はなく、ガイアに送られる声援は老若男女問わず多い。

 むしろアグルには、怪獣を殺すことで人の街を守ろうとしなかった者への、どこか侮蔑に近い視線が送られていた。

 

『……っ……ぅ……!』

 

 巨人に成る力は解除され、アグルの姿が消えていく。

 

 後には怪獣の残骸と、悠然と立つウルトラマンガイア、そしてそれを讃える人々だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪獣頻出期という時代の到来は、地球に大きな変化をもたらしていた。

 怪獣の出現。

 二人の光の巨人と呼ばれる、謎の存在の発生。

 そして、それに応じた人類の共通認識の変革だ。

 

 怪獣を皆殺しにしようとするガイアの支持者は多く、怪獣と人類の共存を目指そうとするアグルの支持者は少ない。

 怪獣に家族を殺された遺族を中心とした、怪獣被害者達の声が大きいからだ。

 "怪獣に家族を殺されたから、怪獣全滅を願う"という人間の声はどことなく正論に聞こえ、公の場では否定しづらく、変に否定すると自称・人道的な人に袋叩きにされかねない。

 

 ガイアを支持している者達は、『人道』という正義を掲げ、アグルのやり方を支持している者達を半ば公に弾圧していた。

 『怪獣との共存』を掲げる者達を、「人の命より怪獣の命を優先する異常者だ」とレッテル貼りして弾圧し、自分達があたかも正しいかのように吹聴する。

 怪獣を皆殺しにして安全な人間社会を取り戻したいという気持ちもあるのだろうが、中には「自分と反対の意見を叩きのめしたい」「叩きのめすことで自分の正しさを証明したい」という気持ちでそうしている者達も居た。

 

 仮に、怪獣と人類の共存が正しい選択だったとしても、彼らはそれを簡単に受け入れようとはしないだろう。

 『人道的』という名の正義を掲げて、自分の正義に都合がいいように、道理の方を捻じ曲げに行くに違いない。

 『人道』は人のためにある。

 人のために人以外のものを踏みつけにしようとするのは、至極妥当な考えだった。

 

 『人命のため』と頭に付ければ、どんな悪行も許される風潮があった。

 『人を守るため』と付ければ、どれだけ人以外を殺しても、許される世情があった。

 『人の命は何よりも重い』という綺麗な言葉を掲げれば、人でない種を絶滅させることすらも、正義のように扱われていた。

 

 地球(ガイア)に生きる万物の霊長は、人類にとって邪魔な生き物を全て排除してしまうことで、平和な一枚岩の世界を作り上げようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の姿に戻った羽次郎。そして、ガイアもまた、人の姿に戻っていた。

 人の姿に戻ったガイアに、人の姿に戻ったアグルが叫ぶ。

 

「光太郎先輩ッ!」

 

 飛鳥羽次郎にとって、その男は、因縁浅からぬ相手であった。

 

「飛鳥か」

 

 彼の名は、『早田(はやた) 光太郎(こうたろう)』。ウルトラマンガイアの変身者。

 そして高校時代の羽次郎の先輩であり、二人しか居なかった総合格闘技同好会の仲間であり、羽次郎に格闘技の基礎を仕込んだ師匠であった。

 先の戦いの実力差は、ここに起因している。

 

 ガイアとアグルの戦いは、既に一年近く続いている。一年前からずっと、怪獣を絶滅させようとするガイアと、共存させようとしているアグルは、戦い続けているのだ。

 それだけ戦っていれば、旧知の仲であるこの二人が互いの正体を察せないわけがない。

 二人は互いの正体を知った上で、巨人となって戦っていた。

 

「怪獣だって……怪獣だって、人間と同じ、この星の上に生きる命なのに……!」

 

 羽次郎は、彼に呼びかける。彼の心変わりを期待して。

 

「何故、必要でもないと言うのに、怪獣を殺そうとするんですか!」

 

「必要でもないのに、だと?」

 

 光太郎は、呼びかけに反応する。心変わりなど、期待できない声色で。

 

「ふざけるなッ!!」

 

 光太郎は激怒した。

 羽次郎が見たこともない顔で、鬼気迫る声色で、彼は叫ぶ。

 

「俺の母は、十年前に怪獣に殺された!

 お前達がさんざん持て囃していた、あのリドリアスとかいう怪獣にな!

 あの怪獣が羽ばたけば、暴風が生まれた!

 立て付けの甘かった看板が何枚か、それで倒れた!

 それの下敷きとなって死んだ、俺の母の死を……多くの者が、ただの不運だと言いやがった!」

 

「―――!」

 

 街一つが消滅するほどの大事件。それは、『幸運にも』、『奇跡的に』、『たった一人の死人が出るだけで済んだ』。誰もがそう言っていた。

 その言葉は、"その一人"の息子には、どう聞こえていたことだろうか。

 リドリアスという怪獣は、その息子にはどう見えていたことだろうか。

 

「ああ、そうだろうな。

 お前らはあの怪獣を擁護するんだろう。

 気付かなかったんだから仕方ないと。

 生物としてのスケールが大きすぎたから起きた悲劇だと。

 誰も悪くないと。

 ……ふざけるな! 殺した事実も、殺された事実も、何も変わらないだろうが!」

 

 羽次郎にとって、リドリアスは命の恩人。怪獣との共存を望むきっかけになった怪獣だ。

 光太郎にとって、リドリアスは母の仇。怪獣の皆殺しを望むきっかけになった怪獣だ。

 

「怪獣に踏み潰される全ての死人を"しょうがない"で済まさせてたまるか!

 そう思ったのは俺だけじゃない。

 だからこそ、怪獣頻出期に合わせて世界は変わり始めている!

 人の命を脅かす怪獣、その全てを絶滅させることが正義なのだという方向にな!」

 

「そんなこと、間違ってる!」

 

「違う、間違っているのは怪獣だ!

 ただ歩いているだけで人間を踏み潰す、そんな命の存在自体が間違っているんだ!」

 

 『何が大切か』という認識一つで、人間の怪獣に対する認識は、こんなにも食い違う。

 

「この十年で何人怪獣のせいで人が死んだと思う?

 この十年でどれだけ人の物と街が壊されたと思う?

 その影響で職や家を失い自殺した人は何人居ると思う?

 怪獣のせいで不幸になった人間がどれだけ居ると思っている?」

 

 羽次郎は他人の痛みが分かる人間だ。光太郎も人の痛みが分かる人間だ。

 だからこそ、彼らは互いの信念を否定し合わなければならない。

 

「怪獣の体の大きさを知っているか?

 地球の大きさを知っているか?

 奴らが生きるために必要な面積と、食物量を知っているか?

 奴らは人間とはサイズも力も違いすぎる。

 奴らが繁栄繁殖すれば、地球などあっという間に食い尽くされるだろうよ。

 地球は、恐竜より巨大な大怪獣が繁殖しても大丈夫なほど、広くもなければ豊かでもない」

 

 皆殺しか、共存か。地球の選択は、ウルトラマンの戦いが決める。

 

「お前もいい加減に目を覚ませ。

 お前もまた、地球の光に選ばれた人間だ。

 飛鳥、俺がお前を導いてやる。俺について来い」

 

「嫌です。僕は、あなたと同じ道は歩けない」

 

「……そうか」

 

 光太郎は手を伸ばすが、羽次郎はその手をはねのける。

 正しさの響きを宿した光太郎の主張にも、羽次郎は揺らされない。

 怪獣だから死んでもいいだなんて、羽次郎は思えないからだ。

 

 羽次郎に手をはねのけられ、光太郎はどこか傷付いたような表情を一瞬見せ、背を向ける。

 

「ならばいつか、お前は俺に殺されることになるだろうよ」

 

 そして、どこかへと歩き去って行った。

 

 

 

 

 

 光太郎が去った後、羽次郎は腹を抑えて帰り道を進んで行く。

 

「……づっ、ぐぅ……」

 

 外傷は無い。だが巨人状態で受けたダメージが、体のあちこちに残っているようだ。

 高校時代の二年間、羽次郎は総合格闘技同好会で光太郎と何度も練習試合をしていたが、結局二年間もの間一度も勝ったことはなかった。

 光太郎には、加減しても羽次郎に勝てるだけの技量がある。

 そして、羽次郎は『性格の問題』で、戦いというジャンルそのものが向いていなかった。

 

 彼は優しすぎる。それは戦士にとって確かな欠点と言えるもの。帰り道の途中、野良犬の子供を囲んでいる小中学生達を見た瞬間、その欠点はまたしても彼を愚行に走らせた。

 

「やめるんだ!」

 

 小中学生達と子犬の間に体を割り込ませた羽次郎は、割り込んでからこの状況に戦慄する。

 子供達の手には長い木の棒や石、果ては鉄パイプなどが握られており、子犬――おそらく野良犬の子供――を叩き殺そうとしていたのだ。

 羽次郎は必死の形相で、子供達を説得しようと声を張り上げる。

 

「この犬だって、生きてるんだよ!?」

 

 けれど、その言葉は子供達の心に全く響かない。

 

「えー、だって野良犬って、エサ探してゴミ捨て場を荒らしてるんだぜ?」

「そうだそうだ、うちのお母さんも迷惑してるんだ!」

「だから殺してやるんだ! 殺さないと迷惑になるんだよ!」

「こんな野良犬、殺していいやつなんだから! ぶっ殺さないと!」

 

「迷惑なのは分かる、分かるけど……

 お願いだから、そんな理由で、殺していいだなんて言わないでくれ……!」

 

 羽次郎も分別がつく年齢だ。

 野良犬が地域社会に与える悪影響、野良犬の危険性、それを駆除しなくてはいけない理由も、分かってはいる。

 だが、子供達が『命を奪うこと』をここまで低いハードルに設定していることは異常だ。

 これは、少し危うすぎる。

 彼の言葉は良心に訴えるものであったが、子供達には馬耳東風。

 

「何言ってんの? ニュースでも言ってるじゃん。

 人間の命と生活が一番大事で、そのための駆除は必要なことなんだって!」

 

 子供達にとっての正義は"皆が言っていること"であり、"周囲の大人達が信じているもの"であり、"悪者を正義の味方が倒すこと"である。

 

「だけど、これだけ幼い子犬で、体にゴミを漁ってたっていう形跡も無いというのに……」

 

「何か悪いことした後に殺すんじゃないよ!

 何か悪いことをする前に殺さないと駄目なんだよ!

 じゃないと、被害が出てからじゃないと対応できないじゃん! それじゃ遅いんだよ!」

 

 羽次郎は何もしていない子犬を殺すな、と主張する。

 子供達は何かする前に殺すんだ、と主張する。

 だから、彼の言葉は子供達を変えられない。

 

「そうだよ! だってウルトラマンがやってることだもん!

 なら間違ってるわけがないよ! ウルトラマンはヒーローなんだ!」

 

「―――!」

 

 彼らはウルトラマンガイアの在り方から、『正義』を学んでいた。

 『正義』を実践しようとしていた。

 『正義』の名の下に、人間社会に害をなす悪を倒そうとしていた。

 

 ウルトラマンを見て育った子供達を前にして、羽次郎は泣きそうな顔で懇願する。

 

「お願いだから。命を奪うことを、そんなに正しいことのように、言わないでくれ……!」

 

 子供達から見れば、羽次郎は大人だ。

 羽次郎の言葉に何も感じなかったとしても、大人が泣きそうな顔をして止めに入ってくれば、少し躊躇いを覚えてしまう。

 子供の動きは止まった。

 先程まで子供達から威圧されていた子犬からすれば、これは千載一遇のチャンス。

 子犬は子供達の動きが止まった途端、一目散に逃げ出そうとした。

 

 だが、子犬の足で逃げ切れるわけがない。

 すぐに子供達は気付き、その内の一人が石を握って振りかぶった。

 

「逃げんなこいつ!」

 

 部活か何かで野球かソフトボールでも習っていたのだろうか? 子供が投げた石は、綺麗に子犬に直撃するコースに乗っていた。

 だが、羽次郎が体を張って間に割り込んだせいで、その石は彼の頭に当たってしまう。

 

「……っ……!」

 

 痛みに表情を歪め、血を流した彼を見て、子供達は一斉にうろたえ始めた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「ああ、血が!」

「ご、ごめんなさい! いた……痛いですか!?」

 

 子供達が自分の心配を始めたタイミングで、羽次郎は歯を食いしばり、子犬を抱えてその場を脱出する。

 

「あっ」

 

 呆気に取られる子供達に背を向けて、彼は逃げる。

 ひたすら逃げる。みっともなく逃げる。

 彼がウルトラマンであるだなんて、信じられないくらいに情けない表情で。

 飛鳥羽次郎の胸中には、子犬を殺す時は嬉々としていたのに、人を傷付けた途端後悔し始めた子供達へのやるせない感情が満ちていた。

 

(なんで、その優しさを、少しでも、この子に向けられないんだ……!)

 

 人に少し傷を付けただけで、あれだけうろたえたのだ。

 あの子供達は、根は優しいのだろう。人を傷付けるなんて考えもしない子供達であるはずだ。

 人の痛みが分かる、他人を傷付けても平気ではいない、そんな子供達であるはずなのだ。

 

 けれど、『他人』を傷付けることはしない子供達だが、『他者』を傷付けることを躊躇いはしなかった。きっと、"ウルトラマン"がそう教えてくれたからだ。

 その優しさは、『人以外』に向けられなくなり始めている。

 その事実が、子犬を抱えて逃げる彼の胸の中に、虚しさを湧き上がらせていた。

 

「弱い者をいたわる気持ち……

 他の生き物とも助け合おうとする気持ち……

 怪獣とだって、友達になろうとする気持ち……

 ……それが、間違ってるわけがないと、思いたいのに……」

 

 彼は逃げる。逃げることしかできなかった。

 自分が正しいと思うことを子供達に理解させることすらも、彼にはできなかった。

 ガイアはそれを行えているというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰っても、羽次郎の心は晴れない。

 母に呼ばれ、晩御飯の卓についても、その表情は曇ったまま。

 そんな彼を、助けた子犬と彼の母が心配そうに見つめていた。

 

「……」

 

 ふぅ、とそんな彼を見た母が溜め息を吐く。

 彼女の名は『飛鳥(あすか) (れい)』。

 どんな宇宙人と取引したのかは分からないが、大学生の息子を持ちながらも、制服を着れば女子高生に見えるという脅威の外見を持つ母だ。

 癖が少なく長い黒髪や、優しい目つきが、どこか羽次郎との血縁を意識させる。

 

「あれあれ、元気無いわね。どうかしたのかしら?」

 

「……母さん。一つ、聞いていいかな」

 

 羽次郎はぽつぽつと、この子犬を拾って来た時のことを話し始める。

 

 母は息子の悩みを笑うことなく、聞き流すことなく、しっかりと彼に向き合っていた。

 

「もうこの社会では、命を奪って平和と治安を守るガイアの方が、正しいのかな……」

 

 社会に流されず、一年もの間この社会に抗い続けた羽次郎。

 そんな彼を育て上げた(はは)が、口を開く。

 

「僕は、間違って……」

 

「違う違う。命は奪うだけで悪なのよ。

 ただし、正義の味方も時には悪いことをして、誰かを守らないといけなかったりするだけで。

 生きるために悪と知りながらも殺さなければならなかった、そんな人類史があるだけで。

 その結果がどうなろうとも、命を守ろうとすることが間違いになるわけがないわ」

 

「命を守ることは、間違いにならない?」

 

「そうそう」

 

 母は『命は奪うだけで悪なのだ』と語り、それは絶対に自覚を持っていなければならないことであると語り、『その結果がどうなろうとも命を守ろうとすることが間違いになるはずがない』と語る。

 

「殺しが悪じゃないとしたら?

 殺しても何も影響がない動物を殺す時、それが咎められなくなってしまうわ。

 『殺す』という行為は悪であり、するとしてもそれを管理する仕組みがなくてはならないの」

 

 軍人然り、猟師然り。人間社会において"人を殺す仕組み"は厳重に管理され、"人を殺せる仕組み"も厳重に管理されている。

 そして教育においても、人殺しは悪であり、命を奪うこともよくないことであると教える。

 何故か? それが必要だからだ。

 

 害獣の被害に怒り狂った人間が動物を撃つのと、憎しみに怒り狂った人間が人間を撃つことの精神的なハードルの高さに、大差はない。

 だからこそ、"命を奪うこと"の重さを、誰もが忘れてはならないのだ。

 それこそが、最後のストッパーになってくれるのだから。

 

 『殺しても何の影響も無い人間』が居るとする。

 『殺す理由も殺さない理由も無い』とする。

 普通は誰も、そんな状況で人を殺しはしないだろう。

 けれども、人が命を奪うことのハードルを下げ続けていけば、理屈抜きで命を奪うことに嫌悪感を持つ心を失ってしまえば、その状況で殺してしまう人の割合は増えていってしまうだろう。

 

「邪魔な命を排除する考えの行き着く先は、邪魔か不要な動物の皆殺し。

 そして邪魔か不要な人間の皆殺しよ。

 邪魔なもの、不要なもの、それら全てを排除しようとするのが歪んでいるのよ。

 人間関係だってそうでしょう? 嫌いな人が近くに居ても殺しちゃダメ。

 自分が我慢して、自分が嫌いなものがそこに生きているのを許して、共存を考えないと」

 

「……共存」

 

 嫌いな命が、そこで生きていくことを認める。そこで生きていくことを許す。

 麗は母として、そんな当たり前を息子にちゃんと教え込んできた。

 

「はてさて、命を助けた結果どうなるかは分からない。

 助けた命が善を行うこともあるわ。

 助けた命が悪に走ることもあるでしょう。

 誰かを助けたことが裏目に出てしまうこともある。

 だけど、それが裏目に出ても、それを理由に命を助けたことを否定なんてできないわ」

 

 麗の言葉に沿うように、子犬が羽次郎の足に体をこすりつけるようにして、彼に気持ちを伝えようとする。

 

「ほらほら。少なくとも、助けられた命はあなたに感謝しているでしょう?」

 

 羽次郎が手を伸ばすと、子犬はその手の先をぺろりと舐めた。

 犬なりに、親愛と感謝を伝えるかのように。

 

「さあさあ、名前を付けてあげなさい。あなたが助けた、あなたに感謝してる命に」

 

 母は子犬用のミルクをウキウキと用意しながら、息子に笑顔で名前を付けるよう促す。

 息子は子犬をそっと抱き上げ、優しく抱きしめ、囁くように名前を付けた。

 

「……キサブロー。君の名前は、キサブローだ。僕が次郎だから、君は僕の弟だよ」

 

 子犬は嬉しそうに、自分を抱き上げている青年の頬を舐める。

 

「気に入ったのかい? そうか、よかった。……君が殺されなくて、本当によかった」

 

 羽次郎は先程までの表情が嘘のように、嬉しそうな感情を顔に浮かべていた。

 全てが吹っ切れたわけではないだろう。

 けれども、自分の行動の全てが無駄ではないと思えるようになっていた。

 

「よしよし、羽次郎」

 

 そうして母は、息子が本当に必要としている言葉を告げた。

 

「あなたは多数派の味方じゃなく、命の味方になりなさい」

 

 羽次郎は腕の中の命の重みを感じながら、母の言葉を反芻する。

 

「……命の、味方に」

 

 そして、首から吊ったネックレスと、その中に秘められたアグルの光を握りしめた。

 

 二人のウルトラマン。

 変わり果てた世界。

 甘い理想を掲げる内は、地獄にしか見えない社会の構造。

 

 そして、未だ見えざる真の敵。

 

 ウルトラマンアグル―――飛鳥羽次郎は、地球の光に選ばれ、人類の総意に抗う者だった。

 

 

 




飛鳥羽次郎(ウルトラマンアグル)→アスカ・シン+ハネジロー
金田権之介(親友先輩)→カネゴン
飛鳥麗(母)→アスカ・シン+レイキュバス
早田光太郎(ウルトラマンガイア)→ハヤタ隊員+東光太郎
キサブロー(犬)→鈴木キサブロー(パワード、ネオス、ダイナ、コスモス、メビウスの作曲家)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。