「待ってましたよ冬華さん!今お迎えに行くつもりだったんですが、お兄ちゃんが先に行ってたとは。さっすがお兄ちゃん、気だけは利くね!」
…待っていた?
予想外の展開に頭が追いつかない。
誰?とか、知り合いだったとしても、何しに来たの?とか、そのようなことを言ってきたのならまだわかる。
それなのに、待っていた?
どちらにせよ私の家ではなかった。
だが、理由はわからないが向こうは私を歓迎してくれているようだ。しかし、ここで下手なことを言っては全てが台無しだ。今は冷静になり、彼らの会話から私についての情報を少しでも得るように専念しよう。
「え、何それ俺全然知らないんだけど。」
おっと、いきなり詰んだかもしれない。
「もー!メールしたでしょう?お兄ちゃんの携帯には滅多にメールなんて来ないんだから、すぐ気づくと思ったんだけど。」
さらっと悲しいこと言うんだね妹さん。
天然小悪魔を実際に見たのは初めてかもしれない。いや覚えてないけど。
「いやいや小町ちゃん?お兄ちゃんにもメールなら沢山くるからね?欲求不満の人妻さんとか、遺産が有り余って誰かに譲りたい人とか、早く結婚したいと思ってる女教師とか!」
それ典型的なイタズラメールだから。最後の先生に関しては可哀想なので早く誰か貰ってあげてください。
「それ全部イタズラメールじゃん!!せっかく小町がメールしたんだから、今確認すること!」
やめて!先生の分までイタズラに含むのはやめてあげて!
「はぁ…わーったよ………………??……………………っ!」
携帯の画面を見た比企谷くんは、何故か急に驚いた表情を見せた。そんなに凄いメールだったのかな…?ちょっと気にな……私、気になります!
「悪い小町、携帯電池切れてたわ。すまん、どんな内容だったか教えてくれ。」
……あれは電池が切れていたから驚いたのかな?いやもう気になりますは言わないけど。
「しょーがないなー。“親戚”の冬華さんが家に泊まることになったから、小町がお迎えに行ってくるねってメールしたの!」
…!
…きた、私についての手がかり………!私は比企谷家の親戚の人……なるほど、だから私は直感的にここへ来たのか…
これはかなり有益な情報だ。もっと、もっと何か…
「まあとりあえず、冬華さん、ここまで来るのに結構な長旅だったと思いますが、ここを自分の家だと思ってゆっくり休んでくださいねっ!」
と、妹さんは私に話を振ってきた。
ここは流れに乗っておこう。なるべく自然に……疑われないように……
「うんっ、ありがとう小町さん。そこまで疲れなかったけど、お言葉に甘えさせてもらうね。」
嘘です、かなり疲れました……
今のは自然に出来ただろうか、さん付けにしたけどいつもはどうなんだろう……まあそれよりも早く休もう。
今は得た情報の整理と今後の方針について───
「…すまん、ちょっといいか橙山。」
「ひゃっ!?」
……また変な声を出してしまった……
完全に油断してたな私…比企谷くんの存在を忘れてたよ…ミスディレクション上手いなぁ比企谷くんは。幻の六人目?
いやでも今のは比企谷くんが悪いよー!急に話しかけられて心臓出ちゃいそうだったよぉ…
「なっ、何かな…?」
「…あーその………なんだ…」
そう言いながら彼は私に一歩二歩と近づいてきた。
え、何その真剣な眼差しは…?
ちょっと待って、まだ出会ったばかりだよ私達?
いっ妹さんがいる前で…比企谷くんって意外と大胆な────
「……ダウト。」
「……ぇ?」
* * * * * * * *
今私は、比企谷家のリビングで座っています。
もっと言うと正座してます。
別に強制されてるわけではありませんが、なんか自然になってしまいました。
では何故こうなっているかと言いますと、
「ではでは、“初めまして”冬華さん!比企谷小町です。今日は兄と放課後デートしてくださったみたいで、ありがとうございます!」
ニヤニヤと自己紹介しているのは比企谷くんの妹の小町さん。何故自己紹介なんてしているのか、と言うと、簡単な話、私たちは“初対面”だからである。
「…いっいやーそんな、デートだなんて、、書店でたまたま会っただけだよぉ……」
ここのところ、腑抜けた返事しかしてないような気がするんですけど…
まあ、仕方ないよね。色々としてやられたようだから。
「すまん橙山、結果として騙すような形になっちまった。」
「…ううん、全然大丈夫だよ。むしろちょっとホッとしてるくらい。あんまり自分から頼るのが得意じゃなくて…へへ…」
我ながら情けない話だな…。
しかも、この発言も厳密には嘘になる。
得意じゃないから頼らなかったわけではない。
しかし、今はあの現象については話さなかった。
さて、ここで一度整理をしよう。
彼の言った「騙す」というのは、玄関先でのことだ。
彼はメールで妹に、私を親戚であるかのように振舞ってくれと頼んでいたらしい。
『本屋で財布の中身を把握出来ていなかったし、自分の家すらわからない、となれば、今の橙山の状況はだいたい予想できた。』
と、彼は言っていた。それだけでホントにわかったのですか?と尋ねたところ、「まあ、その前から少しだけ情報をもらってたんだがな…」と、これ以上の詳しい説明はしなかった。
そして、これは数分前のこと、
私と比企谷くん、小町さんの3人は、リビングで話し合おうということになったのだ。
「お節介をかけたいわけじゃないが、病院にはどうしても行きたくないようだし。それに直感的にここへ来たってことは、もしかしたら俺たちに関係あることかもしれないからな。」
「そうだねぇ、お兄ちゃんは普通にしてても反感を買われそうだもんね。」
「今そんな話はしてないからね小町ちゃん?」
ホントに仲が良いなこの兄妹は……。実は人生相談とかしてたりして…それはないか。
そんなことを思っていると、比企谷くんは一つ咳払いをして、小町さんがはっ、と言うと話を進めた
「橙山さん、小町達は無理に深入りしようとは考えてません。けどもし困ってるなら、小町達は力になりますよ!」
ここまで良い人だと逆に深く疑ってしまう……
何をか、というと、
「………私たち、初対面なんだよね?なんでそこまで私のために…?」
これはボッチでなくても思う疑問だろう。
なんの捻りもない、率直な疑問だ。
「その、実はですね、今家に両親がいないのはお気付きでしたか?」
「あ、うん。玄関に靴がなかったからもしかして、とは思ってたよ。」
「昨日から数日間家を離れるらしいんですけど…」
そう言うと小町さんは比企谷くんと目を合わせた。
「昨日の朝から出ていったんだが、その日の夜に親父からメールが来てな。いつもは小町の方に送ってくるから珍しいと思って見たら、またその内容もおかしくて。」
そう言うと、彼は電池が切れていた、という携帯を取り出して、平然と電源をつけメールを私に見せてきた。
【もし俺達が不在の間に、雪のヘアピンをつけてる女性が家に訪れたら、数日間面倒を見てやってくれ。】
…………………
…………自然と頭を触っていた。
そして、このメールを見て、初めて私がヘアピンをしていることに気づいた。
* * * * * * *
そして現在、
あれだけ一人で頑張ろうとしていた私の精神に限界が来たのか、30分ほど私は自分の現状について彼らに話した。
今回は不思議とあの声が聞こえなかった。
やはり偶発的なものなのだろうか。
色々と話し合った後、小町さんの「この女性が冬華さんなのはほぼ確実!!とりあえず一晩泊まっていってください!」という提案から、
結局、一晩泊めてもらうことになった。
そして比企谷くんの「話だけ聞いてると、お前今かなり頭の中ぐちゃぐちゃになってるだろ。とりあえず具体的な話はまた今度にして、今日はもう休んだほうがいい。」
と、言う意味であろう提案から、小町さんが部屋を貸してくれて1人になる時間をくれた。
記憶が戻ったらちゃんとお礼しないとな……
明日になったら記憶が戻ってるなんて事があればいいのだが……
そういえば、小町さんはどこで寝てるのかな…
比企谷くんの部屋へいったのかな…
明日も学校だな………
そういえば、部活に入ったんだった…………
なんだっけな…………
今はもう、いいや…………
私は今日、初めて考えることをやめたのだった。
なんか無駄に長くなってしまった………