新訳:ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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読んで頂きありがとうございます。
連休をどうお過ごしでしょうか?私は休みは今日が確定で、後は仕事です。
クリニックの先生に、今の会社に対し、適応障害・躁うつ状態と言われ、薬を飲みながら頑張っています。
また、猛暑が続いているので皆さんも気をつけてください。
これからも投稿は不安定ですが、よろしくお願いします幽奈さんの呑子さんの千升モードは素晴らしかったです。



第三十九話:乗り越えし過去

 

 

 悠と美鶴達は黒の駅を進んで行く。そして彼等は洸夜の色んな感情を聞く事になった。

 

『おとうさん……おかあさん……はやくかえってきて……ひとりはいやだ……!』

 

『一人はもう嫌だ……不安だ……胸が苦しい!――誰でも良い……俺を一人にしないでくれ……!』

 

『どんな“繋がり”でも良い……もう……ひとりは……いや……だ』

 

 フロアを進む毎に聞こえる洸夜の心の声。

 悠も美鶴達も、それが聞こえ始めれば足を止めて耳を傾ける。

 年齢が違うのだろう。幼い声。追い詰められている様な声。力尽きた様な悲痛な声。――共通しているのは皆、悲しみが混じっている事だ。

 だが、それは同時にまだ洸夜の【黒きワイルド】の力の根源。それを殆ど察していない者達に、もしかしてと、可能性を考えさせることになる。

 そしてそれを最初に口にしたのは乾だった。

 

「もしかして洸夜さん……さっきの光景。――友達からあんなひどい事を言われたのに……絆に……?」

 

 両親の離婚。そして母との非現実での死別。

 それらの悲しみを、孤独感を理解している故か、乾は洸夜が何を“絆”にすらしてしまったのか考えてしまう。

 同時に思い出す。――二年前。皆が寮にいた時、食事を作ってくれていた人物。

 

――いつもそれは洸夜さんだった。風花さんの料理は思い出すのは辛いけど、洸夜さんの作ってくれた食事はいつも温かくて、そして心も暖かくしてくれて……そう、作ってくれる人がいる。その事が僕はとても嬉しかったんです。

 

 そんな事をおもっている内、つい口に出した時があったっけ。――と、乾は思いながらその時の洸夜の言葉を思い出す。

 

『――ハハハ。そうか、それは嬉しいな……確かに、作ってくれる人がいる事って“嬉しい”事だよな……』

 

 今、思えばと。乾はその時の洸夜の後姿が自分以上に“何か”を抱えている様に、悲しそうに見えた気がしたのだ。

――そして、そんな事を乾が呟き、思っていると。その呟きに反応した者がいた。

 

「“ひどい事”……?――絆……?」

 

 それはゆかりだった。

 ゆかりは思い出す。二年前の、あの出来事を。

 洸夜が消えた理由。そして、それが“己”のせいだと言い張る洸夜。――との間に起こった事。

 

 それをゆかりは思い出し、同時に順平を始め、美鶴と明彦も察し始める。

 的を得ているのかもしれない。洸夜との事。そして、それを己のせいだと言った意味。

 繋がるのだ。先程の光景、黒き絆が。

 しかし、もう殆ど理解し始めているメンバーだが、最後の最後で理性が待ったを掛けている。

 

――決定的なものが欲しい。

 

 それが美鶴達の共通の考えだった。

 もしかして、自分達は洸夜の力を言い訳にしたいだけなのではないか? 自分達の事を正当化したいのではないのか? 

 そう思ってしまう美鶴達。逃げたくないのだ。予想、多分、恐らく。そんな中途半端な言葉ではなく、疑いが混ざる事のない『真実』

 それを知る為に悠と美鶴達は再び、階段を上って行くのだった。

 

▼▼▼ 

 

 新たなフロアに進む悠と美鶴達。

 進むたびに彼等を待っていたのは【裏切りの魔術師】の時と同じ光景であった。

 

 

 鳴上家が引っ越した先、そこで一部上場企業の夫を持つ“主婦”

 その人物は他者を貧乏人と見下す人間だった。長い間、滞在しない予定であり普通なアパートを借りた鳴上家もその対象。

 子供には洸夜や悠と遊ばない様に言い放ち、馬鹿にしていた主婦。しかし、洸夜の両親の仕事を知った途端に掌返し。

――だが、見る目があった両親はその主婦を無視。そして引っ越す直前にそれは起こる。

 その主婦の夫の会社が突然の“倒産”したのだ。主婦は何故か洸夜の両親に助けを求めるが、既にそんなレベルの話でもなければ両親以外にも助ける者はいない。

 現実逃避に逃げた主婦のシャドウは、まさに【悲観の女教皇】

 

 

 月光館学園での事。女子同士だと、必ず歪んだ繋がりや妬みは存在している。

 カリスマ性のある美鶴が気にらない一人の女子。彼女が目を付けたのは、美鶴と仲の良い洸夜だった。

 彼女から親しい人物を奪う事で目にモノを見せたかったのだろう。

 しかし、洸夜も馬鹿ではない。明らかに何か良くない思惑を持つ者の誘惑に応じる訳もないどころか、恋愛感情すらない女子生徒に付き合う理由はない。

――結果、堪え切れなくなった女子生徒は他人の財布を盗み、それを美鶴のせいにしようとしたが偶然教室に戻った洸夜が目撃。

 事態はすぐに終息するが、その女子生徒は最後に洸夜を恨んで自主退学。

 空回りした女子生徒のシャドウはまさに【空虚の恋愛】

 

 

 引っ越した前のとある学校。転校生として目立ち、周りからすぐに信頼を得た洸夜を気に入らない一人の男子生徒。

 適当な連中を集め、洸夜に対する苛めを行い始めたのだ。周りは気づき、心配するが次のターゲットになる恐怖で助けることが出来ない。

 それらの行いに洸夜が特に反応しなかった事もあるが、その男子生徒の怒りのボルテージは上がってしまう。

――そんな時、彼は言ってしまう。悠の存在を、弟をターゲットにしてやると……。

 それを言った瞬間、男子生徒は“鉄”の味を味わう事になった。そう、洸夜に顔面を殴られたのだ。

 温厚そうな洸夜の怒りの形相。止まらない報復の嵐。彼は竜の逆鱗を踏んでしまったのだ。

――その後、暴力騒ぎだったにも関わらず学校側は問題視しなかった。

 理由は二つ。洸夜が引っ越す事、そして、その男子生徒の信頼がなかったからだ。

――もう、会う事はない二人。だが、後に洸夜はその男子生徒の名を見ることになった。

 バイクの飲酒運転。電柱に若者がぶつかり即死。その被害者の名前がその男子生徒だった人物。

 暴走し、自分勝手だった男子生徒のシャドウはまさに【劣勢の戦車】

 

 そして……。

 

――【無気力の剛毅】

――【陰湿の隠者】

――【不正の正義】

――【自暴自棄の刑死者】

――【浪費の節制】

――【屈辱の塔】

――【失望の星】

――【衰退の太陽】

――【非常識の法王】

――【悔恨の審判】

 

 

 悠達は戦い続けた。洸夜が繋げた絆とも呼べるのか分からない黒の絆。その根源達と。

 洸夜が歩んできた道。人間の“負”と言えるもの、それらを体現する者達の形を成すシャドウ達を悠と美鶴達は倒し、新たなフロアへと歩みを進める。

 

▼▼▼

 

 現在:黒の駅【第7階エリア】

 

「ん……?」

 

 新たなフロア。そこに足を踏み入れた時、美鶴と明彦は今までとは違う感覚に気付き、足を止めた。

 

「美鶴先輩……?」

 

「真田先輩もどうしたんすか?」

 

 二人の様子に気付き、ゆかりと順平も足を止め、困惑気味に二人へ問い掛けた。

 しかし二人は返答する事はなく、ただ黙ってフロアの上空へと顔を上げ、他のメンバー達も何かあるのかと同じ場所を見上げると……。

 

「あれは……?」

 

「またアルカナですか……!」

 

 アイギスと乾が宙に浮くアルカナの存在に気付き、またシャドウと戦う事になると思い、身構えた時だった。

 

「いや大丈夫だ」

 

「ここは俺と美鶴にやらせてくれ」

 

 美鶴と明彦がメンバーよりも一歩、前に出る。

 その表情は覚悟が決まった様に険しいもので、その表情で二人は宙に浮くアルカナを睨み付けた。

――【女帝】・【皇帝】の二枚を……。

 

「女帝と皇帝……確か――」

 

 悠もその存在を確認すると、マーガレットからのメモを再び開き、その項目を見つけた。

 

 【女帝】・逆位置――挫折・嫉妬・感情的・情緒不安定。

 【皇帝】・逆位置――未熟・横暴・独断的・無責任。

 

 記されていたのはこの言葉。

 だが、そこまでは分かったが美鶴と明彦の纏う雰囲気、それが変る理由は分からなかった。

――が、静かに舞い降りてくる二枚のアルカナ。それが徐々に形を変化させて行き、やがて一つの形となった事で悠は全てを理解した。

 

 変化した二つのアルカナの姿。それは、美鶴と明彦のペルソナ――アルテミシアとカエサルそのものだったからだ。

 そう、女帝と皇帝のアルカナ。それは美鶴と明彦、二人のアルカナと同じ。

 

「過去を見せるまでもない……か」

 

「そういう事だろ……」

 

 今までのフロアの様に電車は入って来ず、そのままアルカナがシャドウ化した。

 その意味は美鶴と明彦の二人だけが分かっている。

 

『洸夜はお父様の代わり……自分を見てくれる……自分だけを見てくれるだけで良い……』

 

『洸夜はシンジ同様に追い越す目的の一つに過ぎない。良かったじゃないか?――これなら簡単に洸夜を追い越せるぞ?』

 

 美鶴と明彦。二人の脳裏に語り掛けてくる声。それは自分の声と同じもの。

 それが目の前のシャドウ達から放たれている。

 だが、それに気付く者は二人以外にもいる。その一人は悠だ。

 

「これは……」

 

 悠にも声が聞こえた。鮮明に、そして光景も薄っすらと見えてしまう。

 

――洸夜の背に顔を沈め、静かに泣いている女帝。

――洸夜と激しくぶつかり、互いに衝突し合う皇帝。

 

 これは二人と洸夜の繋がりなのかと、悠は思わず足を踏み出すと、そんな悠の肩を掴んで止める者がいた。

 悠が振り向くと、そこにいたのは……。

 

「アイギスさん……」

 

「ここは美鶴さんと明彦さん……お二人にお任せしましょう」

 

 どうやらアイギスにも先程の声が聞こえていた様だ。

 強い意志。それが籠った瞳で訴えるアイギスの言葉を聞き、悠はもう一度、美鶴と明彦の方を向く。

 そこに立っている二人。その背から蒼白い光が溢れ始めており、覚悟は目に見えて明らかだった。

 

「下がりましょう」

 

「はい」

 

 二人の覚悟を理解した悠の言葉にアイギスも頷き、他のメンバーもその様子で察したらしく二人に任せてフロアの後方へと下がった。

 これで残ったのは美鶴と明彦の二人だけ。

 そして目の前の二体の姿が完全なモノとなり、そこに君臨する【挫折の女帝】・【未熟の皇帝】の二体。

 それらが叫びの様な咆哮を放った瞬間、美鶴と明彦から放たれる光も解放される。

 

「――行くぞ明彦!」

 

「おぉッ!」

 

 二人が覚悟を撃ち抜き、アルテミシアとカエサルが召喚された。

――そして、ほぼ同時。両者の武器が衝突する。

 

「アルテミシア!」

 

『アハハハハ!!』

 

 互いの武器。刃の鞭が何度も激突し、火花を散らせながら押し合う。

 

「押し切れカエサル!」

 

『ハァァァァ!!』

 

 激しい美鶴側と対照的なのは明彦。

 明彦のペルソナ――カエサルと【未熟の皇帝】は互いの大剣で押し合い。激しい攻撃はなくとも、それは純粋な力の勝負。

 そんな両者に共通しているのは、二人共特殊な事はせず、真っ正面からシャドウにぶつかっている事だ。

 その姿はまさに全力であり、まるで己を乗り越えようとしているかの様。

 

 そんな中、サーベルで敵の攻撃を受け流しながら、美鶴は静かに思い出していた。 

 

(【挫折の女帝】――まさに昔の私だな……)

 

 激戦の中での想い。美鶴は目の前のシャドウを見つめながら、思い出すように心の中で呟いた。 

 

――全てはお父様の為。

 

 彼女が当初、ペルソナを使いタルタロス攻略、シャドウ討伐に参加していたのは桐条の責任。等の理由はではなかった。

 純粋に父――“桐条武治”の為だった。ペルソナで負担を受けながらも、シャドウとの戦いで危険に晒されようが、彼女にとってはそれが全て。 

 

――そんな中、二年前の事件で武治は死んだ。美鶴を、洸夜達の未来の為に倒れたのだ。

 故に彼女は皆の前では平然を装ったが、身内を、しかも大好きな父親が亡くなったのだ。

 そんな彼女の異変を洸夜が気付かない訳がなく、二人が学校の屋上へ向かうと洸夜は美鶴へ言った。

 

『背中ぐらい貸してやる……だから無理だけはするな』

 

 そう言って耳にイヤホンを、音楽プレーヤーを起動させながら洸夜が自分に背を向けたのを美鶴は今でも覚えている。

 そして、その意味が分からない美鶴ではなかった。

 自分を理解してくれている。自分の傍にいてくれている。

 それが分かった瞬間、気付けば美鶴は洸夜の背で泣いていた。――吐き出すように、ただただ純粋に。

 

 そして10分以上、美鶴に背を貸していた洸夜だったが……事の時。

 

(充電するの忘れてた)

 

 沈黙するプレーヤー。その何も発さない音の代わりに、洸夜がずっと美鶴の鳴き声を聞いていたのだ。

 そしてそれは洸夜自身しか知る事が出来なかった事でもあった。

――今、この時までは。

 

「ふふ……全く、あいつはいつもそうだったな」

 

 美鶴にも聞こえたのだ。先程の光景を思い出し、そしてその時の洸夜の心の声を。

 鳴き声を聞かれてしまったのには恥ずかしさがあるが、嫌な感じは全くなかった。

 

――思い出せば、お父様の死で随分と洸夜に頼ってしまったな。

 

 美鶴は思い出す。そして同時に目の前のシャドウが自分に語り掛けてくる。

 

『洸夜さえいてくれればそれで良い……それで私の心は救われる! もう誰にも渡さない!!』

 

「……本当にそうだったな」

 

 ゆかり・風花の二人が異変に気付き、美鶴に話しかけた事で美鶴は洸夜を父の代わりにはしなくなった。

 だが、それでも卒業後も望むならば自分の傍にいて欲しい。

 美鶴はそう思っており、その後の事も想像が容易い程であった。

 

――しかし、だからこそ“アレ”は起こったのだろう。

 

『お前は誰も守ってくれなかった……なのに、なんで私の傍から消えようとする!? 私の心から離れるならば――』

 

――お前は必要ない。

 

「ようやく理解出来たぞ……洸夜」

 

 自分らしくない“感情”の叫び。それを己のせいだと言い張る洸夜。その理由を、美鶴は全て理解した。

 そして同時に否定する。

 

「やはり違うな洸夜。――私にもあの事の……“黒き絆”の責任はあった!」

 

――瞬間、美鶴の纏う雰囲気が変った。そしてアルテミシアも鞭捌きもにもキレが、威力が増し。【挫折の女帝】を徐々に押し始めた。

 そんな事態に理解が苦しむのは【挫折の女帝】だ。

 

『なっ!?――何故だ!? 何故ここまで力が出せる!?――過去に囚われろ! 苦しめ! “迷え”!!――“黒き絆”は決して消え――』

 

「それで良いんだ……」

 

 叫ぶ【挫折の女帝】の隙を美鶴は見逃さなかった。

 氷結を纏う強烈な一撃が【挫折の女帝】へ入る。氷結耐性を持っていた【挫折の女帝】だったが、美鶴の一撃はそれを無視する様に与えた。

 その光景は、まるで【挫折の女帝】が美鶴に屈したかの様であった。

 

『ガッ……カハッ!』

 

 【挫折の女帝】はその一撃により沈むように仰向けに倒れ、身体が徐々に消滅を始める。

 しかし美鶴はそんな事は気にせず、倒れている【挫折の女帝】の身体の上に上がり、そしてゆっくりと歩きながら顔の前で止まる。

 そんな美鶴を【挫折の女帝】は顔をだけ動かし見上げた。

 

『無駄だ……“黒き絆”は私を倒しても消えない……お前はずっと……苦し――』

 

「私は言った筈だ。――それで良いと……」

 

 美鶴はそう呟くと、まるで憑き物が取れた様に穏やかな表情を浮かべ、ゆっくりと手を自分の胸へと置いた。

 

「“黒き絆”か……確かにこれで苦しんでしまった。――だが、だからこそ“黒き絆”も含め、本当に洸夜と繋がる事が出来る……」

 

 そう言い終えた美鶴の表情。それは満足そうに小さな微笑みを浮かべており、黒き絆の事も受け入れたかの様だった。

――そして、そんな表情をする美鶴であったが不意に右足を上げ、自分を見上げる【挫折の女帝】へ言い放った。

 

「――私はもう“過去”も“未来”から目を背けるつもりはない」

 

 その言葉を最後に、美鶴の右足が【挫折の女帝】の顔面へと放たれた。

 まさに“処刑女王”のオーバーキルのヒールキック。顔面が吹っ飛んだのではないかと思う様な威力だったが、そんなバイオレンス展開はなく、そのまま【挫折の女帝】は消滅した。

 

――桐条 美鶴の完全勝利だ。

 

▼▼▼

 

――そして、美鶴の戦いが終わる頃。明彦の方も戦いは佳境へと入っていた。

 

「フンッ――ハァッ!」

 

『ハァァァァ!!』

 

 カエサルと【未熟の皇帝】は鍔迫り合いから純粋な打ち合いとなり、明彦もペルソナ能力で強化した拳――“拳の心得”で攻撃を繰り出していた。

 どちらもインファイターであり、力だけの純粋ゆえにこれ以上は長引く要素はない。

 切っ掛け次第。それで決着がつく。

 

『ハハハハハッ!!――力だ! 力さえあれば!――もっと力を!!』

 

 ダメージは蓄積されている。しかし、それでも【未熟の皇帝】は声を荒上げる事をやめない。

 余裕も殆どない筈だが、そんな姿はまさにシャドウらしいとも言える。

 

――そして、それは明彦も同類と言えた。

 

 明彦もまた、こんな状況下で色々と考えていたのだ。

 

「力か……確かに、俺そのモノだな」

 

 【未熟の皇帝】の咆哮を聞きながら、明彦は思い出す。

 

――全ては“妹”の死。

 

 妹を助けることが出来なかった。それが明彦の“力”を欲する事になった始まり。

 ボクシング、そしてペルソナ。徐々に明彦は力を得て行った。

 

――そして“真次郎”が死んだ。

 

 自分の罪に目を背け、受け入れ。そして己を己自身で罰し続けた親友の死。

 力を得ても尚、失ってしまった命。だが明彦は止まる事はせず、突き進み、遂に仲間達と共に“影時間”を終わせる事が出来た。

 

――そして“鳴上 洸夜”が自分達の下から去った。

 

 明彦自身は“あの時”の事を今でもしっかりと覚えている。

 

『俺は何も守れなかった……が、お前は俺よりも“強い力”を持っていた筈だ。――なのに何故、お前は守れなかった?――お前の力は何の為にあったんだ?』

 

 あの時、洸夜に放ってしまった言葉。

 洸夜の“黒きワイルド”によって繋がされ、それによって放ってしまった言葉。

 しかし、明彦は思う。あれは自分の中で思っていた言葉なのではないのかと。

 そして同時に、それは“自分自身”への言葉でもあったのではないのかとも。

 

「俺の力は何の為にあった?――過去を悔いる為か?――己の無力感を消し去る為か?」

 

――否、違う。

 

「俺自身の為……そして仲間を守る為でもある!!」

 

 明彦は跳び上がり、強烈な右ストレート。それを【未熟の皇帝】の腹部へと放つ。

 結果【未熟の皇帝】は身体が浮き、そのまま壁まで吹き飛んで強烈な衝撃を受けながら激突する。

 

『ガァァァァッ!!?――力……力がぁぁぁぁぁぁッ!!』

 

 壁に挟まりながら【未熟の皇帝】は叫び続ける。その身体は徐々に消滅が始まっているが、その力の暴走を抑えるつもりはない様だ。

 叫びながら【未熟の皇帝】の周囲に強力な雷が降り注ぐ。まだ危険を去っていない。

――が、明彦は至って冷静であり、寧ろ昔の事を思い出す事すらしていた。

 

「今になって思えば……まさか互いに親友になるとは思ってなかったな洸夜」

 

 明彦が思い出すは洸夜との出会い。高校一年の時の事。

 一言で言えば二人の出会いは“最悪”であった。

 

 明彦と洸夜の出会いは同じクラス。しかし、それはあくまでも顔見せ程度の出会い。この時は会話すらしていなかった。

 本格的な出会いは、その数日後。駅前での事であった。

 休日。同い歳くらいの少年三人が、一人の少女をナンパしていた所を目撃したことが事の始まり。

 

 あまりにしつこく、見るに堪えない光景に明彦がその内の一人を蹴散らてしまった。

 その時にその三人は自分と同じクラスだと判明したが、明彦の記憶にはない事からあまり気にしなかった。

 しかし、その内の一人が“友人”に助けを求める電話した事でそれは起こった。

――そう、その時に助けを求められたのが洸夜だった。

 

 助けの電話を着て現場にやって来た洸夜は事情を聞き、しつこくナンパした三人が悪いと言ったのだ。

――だが、同時に明彦もやり過ぎだと非難したのだ。

 この頃の明彦は力に敏感でクールでありながらも血気盛んであり、洸夜の言葉が自分の“力の否定”に聞こえてしまった。

 更にそこで明彦が言い返した言葉が洸夜の“逆鱗”に触れてしまい、最終的には明彦の“拳”と洸夜の“蹴り”がぶつかり、喧嘩に発展してしまったのだ。

 

 それが明彦の、洸夜との出会いだ。

 

「フッ――たまには、また喧嘩してみるのも良いのかも知れないな」

 

 思い出す。同時に何かを“察した”様な表情を浮かべる明彦は、表情を引き締めると、そのまま轟雷の中を駆け抜ける。

 まるでどこに落ちるのか分かっているかの様に“野生の勘”を働かせ、そのまま【未熟の皇帝】の目の前で跳び上がり、そのまま顔面へその重い拳を放った。

 それは【未熟の皇帝】の額に直撃し、強烈な音共に衝撃が襲う。

――そして【未熟の皇帝】の顔に“亀裂”が走り、そのまま砕け散って消滅した。

 

 明彦の勝利であり、そのまま明彦と美鶴の二人は合流を果たす。

 

「そっちはどうだったんだ美鶴?」

 

「……あぁ。やっと知る事が出来た」

 

「……そうか」

 

 美鶴の満足そうな表情を見て、明彦も自分と同じく美鶴が乗り越えたのを察した。

 取り敢えずは、これでこのフレアの戦いは終わり。目の前で待っている安心した表情の悠とクマ、そしてアイギス達の下へと美鶴と明彦は戻って行こうとした。  

――時だった。

 

『相変わらず……あなた方は“滑稽”ですね』

 

「ッ!」

 

 何者かの声が届いた。

――瞬間、美鶴と明彦の背後に電車が駆け抜け、警報機がこれでもかと鳴り響き、周囲は明らかに異常事態を知らせる。

 安心しきっていた悠達もこの事態にすぐに警戒し、急いで美鶴と明彦の下へと向かい合流すると、目の前に突然現れた電車の前で何が起こっても大丈夫な様に身構えた。

 

 すると警報機が静まり、周囲に沈黙が流れる。

 静かな空間の中、電車の音だけが鳴り、やがて目の前の扉が開いた。

 そこから聞こえる足音。そして今まで感じた中で一番の威圧感、重い空気に全員が息を呑み、クマが震えあがった時に“彼”は現れた。

 

『“あの方”を救おうとしながらも、それとは最もかけ離れた方法を取っている。――“死”こそが救いであると言うのに……』

 

「ッ!?……まさか……!」

 

「お前は……!」

 

「そんな……!」

 

 電車から現れた一人の“男”の姿に、美鶴は驚愕し、明彦と乾は怒り、ゆかり・順平・風花は思わず呼吸を忘れる。

 そして悠とアイギスは身構え、クマは悠の後ろに避難する。  

――そんな中で、チドリだけが一番様子がおかしかった。眼も口も揺れ、震え。目の前の男に恐怖以外にも感じている様だった。

 

 肉体はシャドウと同じく闇に覆われており、両腕に“刺青” 灰色の長髪。そしてシャドウ特有の“金色の瞳”を輝かせる存在。

 その者の名をチドリが呟く。

 

「“タカヤ”……!」

 

 名を呼ばれた存在。タカヤ――【降格の運命】がその姿を現した。

 

 

 

END


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