そして半年以上投稿せず申し訳ございません。
理由は……。
6月~11月:ほぼ休日出勤で新築の現場に連れて行かれる。新人は自分ともう一人いるが、もう一人が仕事が出来ず評判が悪いので自分だけずっと連れて行かれる。もう一人は普通に休日、自分は休日出勤。
身体と心を休ませる事を優先した為、ログインはしていましたが執筆はほぼ出来ず。
12月:ようやく現場が終わった矢先、相変わらずもう一人が仕事が出来ない為、新たな現場にまた連れて行かれる。そして新人なだけあってミスもしてしまい、上司に説教と言う名の罵詈雑言を吐かれる。――心が病み、完全に沈んでました。
年末:12月26日、急に予定がなかったのに28日~31日の出張を言われる。心は病み中。同時、小説の一言評価を利用した執着・暴言が重なる+コンビニの支払いでクレジットカードを使用したら店員から『カードとかきもっ』と言われる。なんでや……。
――書く気が完全に失せる。
等と、プライベートが充実していなかったのですが……最近、更新を停止していた方が作品を投稿。
――瞬間、自分の話の中身はともかく、楽しかったからSSを書いていた事を思い出す。
投稿!←今ここです。
遅くなり、読んでいた方々に申し訳ありませんでした。
しかし、失踪は絶対にせず、投稿は仕事の事等に左右されて遅くなりがちですが今年もよろしくお願いします♪
追伸:ジアビスのSSは現在、二つも書く余裕がないので不定期更新にする事に致しました。
現在:巌戸台駅
「風花……? 山岸風花か……!」
「はい!……はい……!」
突然、腕を掴まれて振り向いた洸夜。
そんな彼が振り向いてその目に写したのは忘れる事の出来ない一人。成長して女性となった山岸風花だった。
二年振り、そして髪型や顔つきも変化しているとはいえ面影はあり、洸夜が見間違う事はない。
それを証明するかの様に、洸夜の問いに風花は嬉しそうに、そして泣きそうになっている様な潤んだ瞳で頷いた。
「なんでここに……?」
「偶然でした……本当に偶然でした……! でも、それでも……!」
走って追いかけて来たのだろう。
風花の息はやや乱れており、それでも何とか声を振り絞って言葉を吐き出し続ける。
まるで、言うのを止めれば洸夜が再びいなくなってしまうと思っているかの様に。
「そうか……」
洸夜は風花の必死な様子に一息入れる様に呟いた。
今でも掴んだ自分の手を離そうとしない風花。そんな姿に洸夜は覚悟はしていたとはいえ、実際に味わうと違う気持ちの重さ。そして風花の想いに罪悪感が拭えなかった。
「だが……」
色々と考えたり言ったりしたいが、残念ながら洸夜と風花の二人がいる場所はそんなゆっくりと出来る場所ではない。
混み合う駅。その人混みの中なのだ。
『――』
『―――!』
洸夜と風花の様子に気付いたのか、チラチラと二人を見て何やら話し出す人々も現れ始める。
事情を知らないとはいえ、無関係な第三者からすればどうとでも解釈されてしまう。
このままでは面倒事にもなり兼ねず、周囲の視線に気付いた洸夜は諦めた様に風花の手を握り返した。
「場所を移すか……風花。ここだと互いに落ち着いて話せないからな」
「!」
それは風花がもぎ取ったチャンス。過去を知る為の権利を得た事を意味している。
そんな風花が洸夜の言葉の意味を理解できない筈もなく、静かに、だが力強く頷くのだった。
▼▼▼
現在:喫茶店
洸夜と風花は何とか周囲からの視線に耐え、最寄りの喫茶店へと入店した。
席は窓際であるがフロアの隅。客数が少ない事も手伝い、二人にとって”色々”と話すのには好都合な環境であった。
互いに注文した飲み物と洋菓子もテーブルに置かれ、この喫茶店に存在する権利を得ると同時、二人の会話も始まりを迎えた。
「二年振りだな。――いや、そんな話は聞きたくないか」
「……はい」
洸夜の言葉に風花は小さく頷いた。
「二年前、どうして……突然、いなくなったんですか?」
顔を下に向けたまま、風花は悲しそうな表情を浮かべながら言った。
最悪、このまま涙が零れてしまうかもしれない。だが、だからこそ下を向いたままその表情を見せない様する。
それが風花なりの微かに残った強がりだった。
「……卒業したんだ。寮から出て行くのは当然だ。――この理由じゃ駄目か?」
「……はい」
洸夜の言葉に風花は頷く中で、ある事に気付いていた。
それはどこか真剣ながらも、洸夜のその話す口調には自分を和ませようとしている事だった。
このままではあやふやに話を躱され、そのまま洸夜にこの場を去られてしまう。
「どうして……話してくれないんですか?」
「……話したくないからだ」
直球で風花は聞いてみたが、洸夜もそれを真っ正面から受け止めた。
――しかし、そう言った洸夜だったが、表情を困った風に笑いながら仕方ない様に息を吐いた。
「けど……いつまでも言わない訳にもいかないのだろうな」
「えっ……?」
まさか聞けるのだろうか。先程までそんな流れではなかったにも関わらず、諦めた様な口調で呟いた洸夜の言葉に風花は戸惑う。
だが、そんな風花が戸惑う中で洸夜は話を始めたのだった。
「風花……俺はもう――」
何かを言おうとした、その時の洸夜の表情を風花は忘れる事は出来ないだろう。
それは強く風花の印象に残り、覇気のない洸夜の声もあって彼女は声が出せなかった。
「……お前達とは一緒にいられないんだ」
洸夜はまるで憑き物が取れた様に爽やかに、そして同時に困った様な笑顔でそう呟いた。
そこからは風花は話が終わるまで何も言う事ができなかった。
▼▼▼
その頃。
現在:辰巳ポートアイランド【駅前広場はずれ】
薄暗く湿気臭い駅の外れ。そんな場所にいる者達は御世辞にも柄が良いとは言えず、全員が髪を染めて目付きが悪く下品な笑い声をあげる男女の若者ばかりだった。
人数は五人。男三人、女二人だ。
しかし、今のこんな状態でも洸夜や明彦が見れば昔よりマシだと言うだろう。
洸夜達が卒業した後に変化でもあったのか、昔よりはそんな若者の人数が減っており、そんな昔よりはマシになった駅広場の外れに新たに青年が一人、足を踏み入れる。
すると、そんな青年の姿に若者達も一斉に視界へと入れた。
「……おいおい」
青年を見た若者達は一斉にその容姿によって言葉を失った。
その青年はボロボロのニット帽を深く被っている為、顔の全ては把握しずらいが恐らくは二十代だと思われる。
しかし、青年の姿は異質だった。
何がとは言いづらいが、まずはその格好だ。まだ気温が秋に成っていないこの時期にも関わらず、ニット帽同様に少し傷が目立つ赤いコートを身に纏っており、そのコートの端に茶色というよりも銅の様な色の鈴らしき物も付いている。
だが何よりも一番目立つのは青年の容姿ではない。それは肩に掛けている自分の頭二つ分も長い何かが入っている布袋だった。
明らかに普通ではなく足の歩みを止めない青年の姿に、先程の若者達は最初は驚いた表情で青年を見つめていたが、やがて意地の悪い笑みを浮かべて青年へ近付いた。
「おいおい。そこのお兄さんちょっと待ってよ」
「そんな格好と変な物を持って此処に何の様だぁ?」
「ちょっとやめなって……ハハ!」
数が多い事で気が大きくなり、青年を囲む様にして絡み始める若者達に青年も一瞬、足を止めたが当の青年はそれ以外は一切リアクションを見せない。
それ所か、まるで何も無いように黙って二人の若者の間を抉じ開ける様に再び歩き出した。
「なっ! おいっ!?」
「シカトしてんじゃねえよっ!!」
青年の反応に若者達は、まるで自分達を馬鹿にされた様に感じると一人の少年が青年に向かって殴りかかった。
明らかに暴力沙汰だが、そんな様子に慣れているのか周りの若者達はニヤニヤと笑みを浮かべて少年の行動を止める気配は全く無い。
若者達全員が、殴られる青年の姿を想像していた……勿論、殴りかかった少年もそう思っていた。
――だが……。
「――!」
殴りかかってくる少年に対し青年は、無駄の無い動きで振り返りそのままカウンターの様に少年に頭突きをかました。
結果、殴りかかった時の勢いも助け、強烈となった頭突きをもろに当たった少年はそのまま地面に倒れる。
「ぐわぁぁぁぁっ!!? ふぁな……ふぁなが……イヘェ……イへェよ……!」
さっきの勢いは何処へ行ったのか、少年は鼻を抑えながら泣き叫ぶ。
溺れた様な感覚で息もしずらく、鼻血も流れている。そんな少年の様子に、他の若者たちは思っていた光景とは違う現状に驚きを隠せず、化けの皮が剝がれた。
「なっ!」
「えっ!?」
若者達には初めての経験だった。
人数も多く、明らかに不良と思われる服装や姿にも関わらず相手が一切怯まず向かって来ると言う事態。
先程と打って変わり、地面に平伏す仲間の姿を見て表情に恐怖の色を浮かべる若者達に、今度は青年が口を開いた。
「――おい」
「!?」
思ったよりも迫力のある青年の声に、若者達は全員身体をビクつかせながら青年の方を向いた。
「一度なら許す……分かったら俺に構うな。そして――ここに二度と来るんじゃねえ!」
青年はそうい言い放ち、睨みだけで人を殺せるのでは無いかと思う程の眼力で若者達を黙らせた。
そして、その青年が後に見たのは自分に恐怖し逃げ出す若者達の姿であった。
――数分後。
青年は誰もいなくなった場所の段差に静かに腰を掛けた。
元々、この場所に青年が来た理由はあまり大した事では無い。
ただあまり人が近寄らず個人的に他よりも落ち着けるマシな場所。それをを考えた結果がこの場所だった。
「……情けねえ」
静かになったこの空間で青年はそう呟く。
この言葉は先程の若者達に言っている訳では無く、青年は自分に言っているのだ。
力で先程の若者達を捩じ伏せた事、元々は先程の若者達もろくな事をしていた連中では無いだろうが、青年の目には泣きながら自分に恐怖の視線を向けて逃げる若者達の姿が焼き付いている。
力だけしか何かを解決出来ない事に青年は呆れていた。
(あの時……俺はこうして生きていく事を覚悟した。だから……揺れるな)
親友が助けてくれた命。生きるつもりはなく、償いの為に命を粗末に使い続けた自分にその親友は言った。
――生きろ!
(簡単に言ってくれやがる……)
それは思っている以上に辛く大変な事。
青年は親友の言葉を思い出し、心の中で面倒そうに呟くが口元は嬉しそうに笑っている。
(二年振りか……)
この二年、青年は”償い”の為に命を燃やした。
自分の命を助け、未来に生きる様に言った親友の事を考えればそう生きる事を望んだからだ。
他にも理由はあるが今青年が思っていたのはその事だった。
(電車にいやがったな……思ったより元気そうだったが、何処かおかしくも見えた)
青年はそう思いながらコートに付けていた傷だらけで形が少し崩れた鈴を取り出した。
電車で偶然に再会したその親友の姿。相手は自分に気付かなかったがそれで良い。
それが青年が選んだ事だからだ。
そして、青年はそれと同時に自分がこの街に来た理由を思い出す。それは、一人の別の友からの連絡。
『お前が望むならば……あの街に来い。お前も十分に頑張っている。もう、皆に言っても良いのでは無いのか?』
(今更……どんな面で会えば良いんだ。"洸夜"に気付いても、何も言えなかった俺はよ……)
威圧的な雰囲気を出す青年は、その見た目とは裏腹にとても弱々しく寂しそうな姿でそう心の中で呟くのだった。
▼▼▼
時間だけならば少しの事。
その短時間で風花は洸夜から全てではないにしろ、半分以上の真実を聞く事が出来ていた。
だが己で望んだ事とはいえ、それが受け入れられる事かと言えば別の話だった。
「それは……本当の事なんですか……? もうペルソナを制御できない……ワイルドが暴走しているって……!」
「あぁ……本当だ」
洸夜は余計な事を言わず、風花からの言葉に肯定だけして頷く。
だがその表情までは黙らせることは出来ず、風花に余計な心配をさせまいと弱々しい笑顔を絶やさない様にしている。
「……風花。ここでお前と会えたのは都合が良かったのかも知れない。乾もそうだが……ゆかり達にも上手く言っといてくれ」
「そんな……それじゃ洸夜さんは!」
「もう……皆と会う気はない。それがお前達を守る事でもある」
洸夜はどこか弱々しい口調。――しかし目線は真っ直ぐに風花を見つめながら言い。そして、そんな凛とした視線に耐えられず、風花は顔ごと下へと背けてしまった。
しかし、それで風花の心も折れたかと言えばそれは別であった。
――駄目。ここで洸夜先輩から逃げちゃ駄目!――本当に取り返しが付かなくなっちゃう。
「私は……そんなのは嫌です。こんな答えを……皆が望んでる筈がありません!」
「望む望まないじゃない。――そう言う問題ではないんだ」
辛そうになりながらも、それを隠すように洸夜は日の光が差す窓を見ながら言った。
ハッキリ言って”今まで”の状況だけでもギリギリなのだ。
”あの一件”に直接関わったのは美鶴・明彦・ゆかり・順平の四人だけだったが、洸夜との”絆”があるのは風花達もだ。
――築ケ。思イ出セ。受ケ入レロ……黒キ負の絆ヲ。
三日月の様に歪んだ口元で笑いながら己のシャドウが自分に囁いてくる。
気のせいとも思えるだが、洸夜には確かに感じ取れた。
――やはり駄目だ。無理をしてでも風花と別れるべきだった……。
己のシャドウ。それは既にワイルドそのものとも言える存在となっている。
他者との絆が”力”となるワイルド。だがワイルドと合わさっているシャドウを抑える為には本来、美鶴達との接触を避けなければならなかった。
他者との繋がりとは自分や相手が思っているよりもとても強く、心で拒んでも気付かない振りをしているだけに過ぎず、それはしっかりと繋がっている。
強く繋がっている者達の傍にいれば己のシャドウの力を強くさせてしまい、本当に抑える事が出来なってしまうのだ。
「……風花。お前に負担ばかり掛けたが俺にも余裕はないんだ。――乾達の事は頼む」
洸夜はそう言うと無理矢理話を終わらせるように席から立ち上がり、請求書を掴んだ。
丁度良いと言い方は変だが、伏見との約束もある。そのモノレールの時間が洸夜には迫っていた。
「えっ――あっ! 待って下さい!」
何としても洸夜とこの場で別れる事をしたくない風花。
しかし、彼女に今できたのは一時的に呼び止める事だけだった。ここから先の事はノープランであり、風花は何事かと不思議がる洸夜を見ながら考える。
――そして思い付いた。
「お、お、お……お花摘んで来ます!」
店内に響く風花渾身の一撃。
風花の顔は恥かしさで真っ赤に染まっており、そう言い放つと逃げる様に風花は女子トイレの扉の中へと消えて行く。
そして洸夜もその言葉の意味を知らない訳ではなく……。
「お、おう……」
戸惑い気味にそう呟いて無意識のうちに再び椅子に腰を掛けた。
――と言うよりも言葉が出ず、取り敢えず落ち着こうとしての行動であった。
(どうすれば良い……?)
一旦は座って落ち着こうとした洸夜だが、ハッキリ言って伏見との時間が本当に迫って来ていた。
風花の分も合わせて会計を済ませ、この喫茶店から出るのが最善だが、先程のテンションでの風花を置いて行くのも気が引ける。
これ以上はワイルドの件もあって一緒にいるのを望まなかったが、今は別の意味で悩みどころである。
――本気でどうしたものか。
洸夜は色々と本気で悩んでいた。そんな時だった。
――不意に横からコーヒーの入ったマグカップが洸夜の目の前に置かれ、更には一緒にケーキも置かれた。
「……はっ?」
注文は全て終えているにも関わらず、これはなんなのか?
洸夜は何事かと思い、運んできた人物を見るとそこにいたのはこの喫茶店のマスターだった。
中年だが貫禄のある男性のマスター。その人は顔を向けた洸夜に目を合わせると落ち着いた様子で頷き、静かに呟いた。
「サービスです。――女性に恥を掻かせるものではありませんよ……」
「は、はい……」
何故か優しい表情でそう言われた洸夜は困惑しながらも頷くしか出来ず、何のかと冷静になった洸夜は無意識に店内を見渡し――そして気付いた。
周りのお客の視線が”自分”に集中している事に。
どうやら自分と風花の会話は思ったよりも周りに影響を与えていた様だと洸夜は気づき、何故か青春している若者を見守る様な温かい視線を一身に受ける。
(で、出れん……)
今ここで風花を置いていけば何を思われるやら。
洸夜は諦めてサービスの品を口にしながら風花を待つしかなかった。
▼▼▼
その頃、まさか自分の発言が洸夜に多大な影響を与えているとは微塵も思っていない風花は一人女子トイレで頭を抱えていた。
「うぅ……!」
洸夜の足を止める為とは言え自分はなんて事を叫んだのだろう。
風花は恥ずかしくて鏡の自分の顔すら見る事が出来ない。
(……私、洸夜先輩に変だって思われちゃったのかな)
恥かしい想いを抱きながら風花は先程の発言によって洸夜から印象が気になってしまう。
わざとらしかったかな? 変に思われていないかな? 風花は色々と悩み始める。
(洸夜先輩は……私の事、どう思ってくれているんだろう……?)
少なくとも自分の声が洸夜に届いてはいない。だがそれだけでもない。
二年振りの再会となる中、洸夜の様子は風花から見てどこか弱々しく、ハッキリ言ってしまえば覇気が無くなっていて儚い存在に見えた。
その姿は風花からすれば信じられない姿とも言えた。
『下がれ山岸!』
出会って間もない頃から洸夜に守ってもらってもらい、その時の言葉や後姿が今でも鮮明に覚えている。
更に言えば守ってもらっていたのはシャドウからだけではなく、クラスでの虐めからでもあった。
(私じゃ……何も出来ないのかな。何とも思われていないのかな……)
守られてばかりであった自分では頼りないかもしれない。
しかし、それでも風花の中に洸夜を見捨てる選択肢は端からない。
「!……そうだ!」
こんな事を考えている場合ではない。
風花は急いで携帯を取り出して”とある人物”へとメッセージを送った。
▼▼▼
その頃。
現在:辰巳ポートアイランド【とある喫茶店】
辰巳ポートアイランドで営業している平凡な喫茶店。
そんな喫茶店の外では白い毛、そして赤い瞳をした一匹の犬が欠伸をしながら座っており、中では四人の男女が誰かを待つかのように時計をチラチラ見ながらドリンクを飲んでいた。
「風花さん……何かあったんでしょうか?」
「連絡はない……」
四人の中で頭一つやや小さい少年である天田 乾が待ち人である風花が来ない事に心配し、その向かい側では何故かゴスロリファッションの女性。二年前、人工ペルソナ使い”ストレガ”の一員として戦ったチドリその人が携帯を見ながら連絡が無い事を確認する。
既に待ち合わせ時間は一時間以上経っており、風花の性格を考えれば遅れる事に関する連絡が来るはずだと誰もが思っており、乾は連絡がない事に向かい側に座る男、順平の方を見る。
「順平さん……風花さん、どうしたんでしょうか?」
「……そうだよな」
問い掛ける乾から問い掛けに対し、順平はどこかうわの空で返す。
口に運んでいたドリンクのグラスも既に空でありながらも未だにストローを口に咥えており、乾も気になってはいたが最初に合流した時からこんな感じであり、二年前も何だかんだで抜けていたから気にはしていなかった。
――順平の考え事の理由が”洸夜”とは思ってもみなかったからだ。
(結局、何も変わらず……そして分からなかったんだよな……)
順平は今日までの出来事を思い出していた。
自分が教えている少年野球のコーチを無理言って休んでまで向かった一つの田舎町。
行けば何かが変わる。きっと動きが起こる。そう安易に思ってしまっていた順平は今は後悔しか出来ないでいた。
(俺じゃ無理なのか……)
乾やチドリの方をチラッと見て順平は俯く。
目の前の仲間には洸夜の事を言ってはいない。言える筈がなかった。
洸夜の消えた理由を本人からの知らない人が読めば理解できない手紙だけであり、乾達は今も納得していない。
だからといって当事者であった自分達でも事態が分からず説明は出来ない。
――誰なら鳴上先輩を……。
桐条美鶴・真田明彦・アイギス。この誰でも駄目だった。
一番可能性があった桐条美鶴。彼女でも無理だったのだ、順平は自分では無理だと早々に気付いてはたが納得はしたくなかった。
今までも洸夜を始めとした人々頼りだった順平。だから今回も適材適所で良いだろう。
(良い訳ねぇだろ!)
下らない自分はもう辞めた。故に順平は諦めたくなかったが、事態は自分が思っていたよりも複雑だった事を思い知ってしまった。
――お前達が望んだ結果だろう?
(……クソッ!)
あの時は頭に血が昇っていた故に気付かなかったが今ならばあの”洸夜?”の放つ威圧感を思い出せる。
強い存在だったと……。
「鳴上先輩……本当に何が起こってんだよ。ちくしょう……”■■■”……お前じゃなきゃ鳴上先輩は……」
今はこの世界にいない友を順平は思い出す。
恐らく今も後悔しているであろう洸夜は、まだ”あの戦い”を知らないのだ。
「鳴上先輩……」
どうしようも出来ない自分に歯痒く感じながら順平は不意にもう一人の方、ゆかりの方を見た。
先程から黙したまま携帯を弄る彼女はそのまま動きはない。
順平はまた仕事関係かと思い、邪魔をしない様に考えたが不意に動きは起こった。
突如、ゆかりが立ち上がって自分達の方を振り向いたのだ。更に、その表情はどこか険しくも焦りが混ざっている。
「ゆかりっち……?」
ゆかりの突然の動きに順平、そして乾達も呆気になるがゆかり本人は特に気にする事もなく注文書を持って無言でレジへ行き、そのまま会計を済ませてしまうとそのまま皆の所へと戻る。
そして……。
「急ぐわよ!」
「はっ……?」
ゆかりの突然の発言。その意味を理解するよりも先に彼女の手によって喫茶店の外に連れてかれるメンバー達。
一体何事なのかと説明を順平達は求めようとしたが、それよりも先にゆかりは素早く移動を始めてしまい、順平達もコロマルを連れて急いで後を追いながら問い掛けた。
「ちょっ! ゆかりっち何処に行くんだって!?」
「ゆかりさん!?」
順平と乾が何とか問い掛け、チドリはコロマルと共にその後ろを走る中でゆかりは振り向かずに答える。
「良いから急いで! 本当に手遅れになるかも知れないの!」
「ハァッ!? 手遅れって……つうか、本当に何処に向か――」
「”月光館学園”よ!」
順平の言葉を黙らせながらゆかりは目的の場所を教え、順平達も訳の分からないまま彼女の後を追うしかなかった。
その真意を知らぬまま、再会への時は迫っていた。
▼▼▼
現在:月光館学園【校門】
月光館学園、設立して20年程立つ小中高一貫校であり洸夜達の母校。その校門の前で現生徒会長の”伏見千尋”は待ち人であるOBを待っていた。
約束の時間には余裕があるが、今から来てくれる人物は時間にルーズではなく寧ろ厳しい人物。
そんな彼女の予想通り、その先輩は既に校門の目の前までに来ていた。まだ生徒会・会計時代だった時にお世話になって伏見自身も信頼している人物。
彼女からしてもこの間連絡して以来であり、実際に会うのは二年振り以上だ。
そんな再会となる今。此方に向かっているOBである鳴上洸夜も伏見に気付き、手を振っている。
「よう伏見! 元気そうだな」
「は、はい……鳴上先輩もお元気そうで何より……です」
伏見が完全に信用している数少ない男性である洸夜。そんな彼との再会だったが伏見の表情には”困惑”が見てとれる。
何故ならば……。
「――でだ。そろそろ……放してくれないか風花?」
「い……や……です!」
校門まで目の前と言う所にも関わらず洸夜は背中にしがみ付き、全力で体重を掛けてくる風花によって辿り着く事が出来ないでいたのだ。
(確かあの人は……山岸先輩……?)
風花の事は伏見も見覚えがあった事で正体が分かったが、今回の行事の件では彼女は呼んでいなかった。
だが目の前で洸夜にしがみ付きながら移動を妨害?しているであろうこの光景。伏見には何が何だか理解する事が出来なかった。
本当ならばとっくに敷地内に入っているであろうが、前のめりになりながらも前に進む洸夜に対して風花も全力でそれに応えており、辿り着く気配が全くない。
「相変わらずですね……鳴上先輩」
在学中も何かと洸夜の周りは騒がしかった気がする伏見にとっては、目の前の光景でも苦笑する程度で済んでいたが、そんな状況下で”風向き”が変わり始めてしまう。
「どうした伏見。最後のOBはまだ来ないのか?」
伏見の背後。つまり学園側から彼女に声を掛けた者が現れた。
その者は美人と言う分類に確実に君臨しており、腰まである赤い髪が目立っている。
――つまりは”彼女”である。
「か、会長!?」
声に驚いた伏見は振り返りながら声を出し、その彼女の言葉に”会長”こと二年前までは本当に生徒会長であった”桐条美鶴”はやれやれと言った様子だった。
「伏見……私はもう会長ではない。今は君が会長だろう」
「あっ……そうでした。つい癖で……」
最早刻み込まれたレベルの反応だったのが気になったが、美鶴はその事を特に言おうとせず最後に来る筈のOBを出迎えに行ったまま戻ってこなかった彼女が気になっていた。
しかも意識をこの場に集中させれば何処か騒がしい事にも気付き、美鶴は何事かと思って校門の方へ意識を向けるとそこにいた二人に美鶴は目を大きく開いた。
「洸夜!? お前なのか!……山岸、君まで何故……?」
いるとは思ってもみなかった組み合わせに美鶴は驚き、そんな彼女の声に洸夜と風花も気付いた。
「美鶴!? なんでお前が――」
「桐条先輩!」
美鶴がこの場にいる事に洸夜が問い掛けようとしたが、その瞬間に風花も美鶴がいた事に意識を持って行かれて思わず洸夜を掴んでいた手を離す。
結果、今まで前方に力入れていた洸夜を妨げるものは無くなった事で、過剰だった力が解き放たれた。
「グフォッ!?」
妨げるもの消えた事で顔面から地面にダイブする事になった洸夜だったが、運は良かったのだろう。
不幸中の幸い。洸夜のカバンが彼と地面の間に偶然入り、直撃だけは避けられたのだ。
そして思わず手を離してしまった事に風花もすぐに気付き、美鶴も急いで洸夜の下へと駆け寄った。
「す、すみません洸夜先輩!」
「洸夜、大丈夫か!」
「……あぁ。大丈夫だ」
二人に声をかけられた洸夜。そんな洸夜に二人は手を差し伸べたが、洸夜は軽く手を動かして大丈夫だと示して自力で立ち上がった。
「……」
その行動によって美鶴と風花に少しの寂しさを残したまま。
「鳴上先輩! お怪我はありませんか!?」
「ハハッ……この程度で怪我する程鈍ってはいない。――ところで……」
慌てた様子で駆け付ける伏見に軽く笑いながら無事を伝えると、洸夜の視線は美鶴へと向かう。
「なんでお前が……あぁ、やっぱりいい。伏見がお前に声を掛けない筈がないか」
「……そういう事だ。勿論、私だけじゃないがな」
「俺もいるという事だ」
見計らった様なタイミングで現れたのは一人の男。共に稲羽にまでやって来ていた真田明彦その人だ。
嘗てはファンクラブまで存在していぐらいに異性からの人気が高かった明彦だが、洸夜は目の前の彼の姿を見て固まってしまう。
原因なのは明彦の姿。彼の姿は元は服だった物なのだろうと思う布切れとマントの様に巻いている布。
――つまりは”半裸”だ。
「……そのままの格好でここまで来たのか、明彦?」
「?……当然だろ」
どうやらこの二年間で明彦が自分とは遠い世界に行ってしまった事を洸夜はようやく自覚した。
冷静に周りの者達を見れば全員が明彦に視線を向けようとしておらず、外で出会えば赤の他人として扱っている様にしか見えない。
そして洸夜が皆と同じ様に目を逸らすと、今度は美鶴が洸夜に問い掛ける。
「ところで洸夜。お前は何故山岸と共にいる?」
「……偶然。本当に偶然、駅であった。それだけだ……」
美鶴の問いに洸夜は冷めた様子で返答する。
言葉に嘘偽りは言っていない。後ろめたさを新たなに作る必要もなければこれ以上は本当に危険でしかない。
本人が”否定”しようが、誰かが”拒絶”しようが関係ない。
――”絆”が消える事はないのだ。
「それだけって……そんな事はないです!……桐条先輩達は知っているんですか? 洸夜先輩は――」
「生憎だが……風花。美鶴達は俺の異変を知っている」
洸夜がそう言い放つと、風花の表情が固まった。
風花が考えそうな事だった。少なくとも風花には美鶴との再会を洸夜は伝えておらず、自分の事を美鶴達に伝えて皆で何とかしようと思っていたのだろう。
しかし、美鶴達が洸夜の異変を知っていた事で事情は変わる。
――否。今の状況も変わる。
「知っている……って、どういう事ですか? だって……あれから誰も洸夜先輩とは一度も――」
「簡単な話だ。俺と美鶴達はこの間、再会したから知っている。……それが答えだ」
「えっ……」
驚愕の事実となる言葉。それを平然と語る洸夜の言葉。
それを聞いた風花は先程からの内容の大きさに危うくパニックに陥りそうなったが、そこは二年前の事件を戦い抜いたペルソナ使いだ。
何とか心を落ち着かせるが、その精神に襲い掛かった衝撃の勢いまで消せず、その勢いを美鶴達へと放ってしまう。
「再会……? 桐条先輩達は知ってた……?――どういう事ですか? 知っていたなら……なんで何も話してくれなかったんですか!? どうして洸夜先輩を助けようと――」
これは風花だけの話ではないが、洸夜に何とか連絡を取ろうとしていたのは乾もそうだった。
美鶴達とは違い、風花と乾の洸夜との別れは突然の別れであり、最後の言葉も洸夜が置いた置手紙のみ。
何かあったのではないかと悩み続ける、それが二年。連絡が取れた事だけはなく、再会までしていた事を黙っていられれば風花も怒るのも無理はなかった。
洸夜の現状もそうだ。自分よりも既に知っていたならば、何故、行動をしていないのかと風花は疑問を抱いたのだが、その答えはすぐに察する事が出来てしまう。
何故ならば、その風花の言葉に美鶴達の表情はとても暗く、明らかに後悔を抱きながら落ち込んでいるからだ。
それだけ風花は理解してしまった……。
「桐条先輩達でも……」
助ける事が出来なかった。
二年前の真実を知る事が出来なかった。
風花は口には出さずともわかってしまったのだ。
「もう……関わるな。もう終わった……忘れろ……頼む……!」
洸夜は風花の様子を見る事はせず、美鶴達の間もそのまま通り抜ける。
自分の思っていた展開とは違う事に伏見も困惑気味だが、洸夜はそれでも校門の中に足を
しかし、それでも素直に校内に入れないのは運命のせいなのかも知れない。
「それが……洸夜さんの答えなのですか?」
「アイギス……」
校内から出てきたのはアイギスだ。
二年前の制服ではなく、全身が隠せる様な私服を身に纏っている。
そんな彼女の突然の登場だが、不思議と洸夜は驚きはしなかった。寧ろ、分かっていた様な気さえする。
不思議な雰囲気の中で会った洸夜とアイギス。そんな二人は互いに正面で立ち止まり、真剣な眼差し同士で向き合った。
「洸夜さん……美鶴さんも風花さん達も……そして私も洸夜さんに助けられました。……そんな貴方に今、何が起こっているのか私には分かりません。ですが、苦しんでいる事は分かるんです……」
「……そうか」
そう呟き、洸夜はアイギスから目をそらす逸らす。
無垢、そして純粋なアイギスの瞳。洸夜はそれが時折苦手でもあった。
全てが見透かされている様な感じがするからだ。
「二年前……もう本当にあの頃の様にはなれないのでしょうか?」
「アイギス……お前は”過去の俺”を求めているんだな。……無理だ。同じ人間でも、過去の俺と今の俺は”別人”だ。戻る事なんて誰にも出来ない……」
彼女の目の前にいる鳴上洸夜。それが今の自分であり、過去の自分ではない存在。
今の洸夜にはワイルドを制御する事も、アイギスの願いを叶える事も出来なかった。
そんな洸夜の言葉を聞いたアイギスも自分の言葉の意味を理解してしまったのだろう、顔を下へと向けてしまい、気まずい空気が流れる中で伏見も混乱を隠せない。
「あ、あの……会長や鳴上先輩達は何か……」
「――伏見」
伏見が様子がおかしい事を指摘しようとした時、美鶴が彼女を呼び止めると同時に正面に移動し、素早く肩を掴む。
そして正面から彼女の目を見据えたその姿。まさに蛇に睨まれた蛙であり、伏見もビビッて動く事は出来なかったが、そんな伏見に美鶴は言い放つ。
「君は今、忙しい筈だな?」
「えっ?……い、いえ……ちゃんと急ぎの仕事は――」
「忙しいのだろう?」
有無を言わせない美鶴の圧。それが察せない伏見ではなかった。
これはいけないやつだ、とすぐに理解する。
「わ、私……先に校舎に戻ってますね……」
哀れでしかないが伏見はそう言って校舎の中へと戻って行き、この場に嘗ての戦いの無関係者は一人もいない。
だが、それで何か変化起こすには弱すぎた。
「……」
洸夜は特には何も言わず、アイギス横を通り過ぎようとした。
関りを切る。本当にそう思わせる様に気迫を感じてしまう程に。
しかし、これが洸夜の答えであった。
(これで良い……)
後ろからの視線を感じるが振り向く事はしない。
絆を消す事が叶わないならば、それから全力で目を逸らす。それしか自分には出来ない。
洸夜はそんな情けない選択を全力で進むことを選んだ。
――しかし、そんな選択を”抑圧した己”が見逃すはずはなかった。
――お前はまだ、絆の力を甘く見ている。
(何……?)
洸夜はその言葉に足を止めた。意味は理解出来なかったが、悪寒が走ったのを感じ取っていた。
しかし同時に洸夜はその意味をすぐに知る事になる。
――小さな白い影が美鶴達の間を横切って行ったのは、まさにそんな時だ。その白い影は真っ直ぐに洸夜の下へと向かい、そして……。
「ワンッ!」
白い影、その正体は一匹の犬。その犬はそれは嬉しそうに一吠えし、尻尾を激しく振りながら洸夜の周りを走り回るが、洸夜は驚いた様子で目を大きく開いていた。
何故ならば、その犬は……。
「コロマル……!?」
「コロマルさん……?」
赤い眼をした白い犬。それは二年前、共に戦ったペルソナ『ケルベロス』を扱うコロマルであった。
コロマルは洸夜との再会が嬉しいのだろう。嬉しそうに吠えながら未だに洸夜の周りを走り続けるが、洸夜の思考は既に別の事を考えていた。
「まさか……!」
理由はどうでもいい。だが、コロマルがここに一匹で行動しているとはまずあり得ない。
ならば”連れて来た者”がいる筈だ、と洸夜はそう考え、それはその通りだった。
「鳴上先輩!!」
背後から聞こえる女性の声。それは聞き覚えのある声であり、つい最近聞いた声でもあった。
洸夜は思わず振り返ると同時に頭で正体は既に分かっていたが、そこにいるであろう人数までは分からなかった。
「ゆかり……!?――ッ!……それに乾……お前達まで……!?」
振り向いた洸夜の姿に映る他の仲間達。彼等の存在に洸夜は驚きで口調が震え、そんな洸夜との再会となった乾も驚きを隠せなかった。
「洸夜さん……なんですか? でも、どうしてこの場所に……」
「鳴上洸夜……」
驚き、そして混乱で連れて来たゆかりやその場にいた美鶴達。そして洸夜に交互に顔を向ける乾。
チドリも嘗ては戦い、そして打ち解けた相手の存在に気付くが他とは違い、少し驚いた程度でしかなかった。
しかし、この中で一番驚きのリアクションが大きかったのは順平だった。
順平は思わずコケそうになりながらも前に出た。
「鳴上先輩!? 稲羽の町じゃなかったんすか! つうか、ゆかりっちは何でここに先輩がいんの知ってたんだ?」
「風花から連絡があったの……」
皆に携帯に届いた風花からのメッセージを見せながらゆかりは答える。
そして同じく、風花も携帯を握り絞めながら前に出る。
「私……皆に知らせなきゃて……この機会を失ったら本当に鳴上先輩が遠くに行っちゃう気がして……!」
不安に押し潰されそうな声で風花が叫び、周りの雰囲気がおかしい事に乾も気付いた。
状況を全て理解できそうになかったが、少なくとも洸夜が自分達の目の前にいるのだ。
二年前の事を聞くのは今しかないと、乾も無理やり頭を納得させる。
「洸夜さ――」
「帰れッ!!」
突然の洸夜の鬼気迫る叫びに乾の声はかき消され、同時に全員の動きが固まる。
――それと同時だった。空気が”凍った”のは。
『全員、揃った……』
”聞き覚え”のある声がこの場にいる全員の耳に、否、”頭の中”に直接聞こえた。
だが全員は気づく。これは”異変”の前触れである事に。
すぐに辺りを見渡し、事態を確認しようと美鶴達が動こうとする。
――その時だった。
「違う……駄目だ……駄目だ駄目だ……駄目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
洸夜が頭を両腕で抑えながら空へ、まるで何かを抑え込むように叫び声をあげる。
「洸夜!」
「洸夜さん!?」
美鶴が、アイギスが、明彦達が洸夜の異常に急いで傍に行こうとした。
その時の、瞬きする様な短い時間。僅かな時間の間で十分だったのだ。
――洸夜が堕ちる時間は。
『我は汝……汝は我……』
『汝、再び真実の絆を得たり』
『真実の絆……それは即ち”原初”の道標なり』
『今こそ、汝には見ゆるべし』
(違うっ!!)
刹那の世界で洸夜は脳内に聞き覚えの言葉を否定する。
しかしそれは意味無き事でしかなく、洸夜の頭の中、そして心に次々と止まることなく続く。
【魔術師】の……。
(止めろっ!)
【女教皇】の……。
(聞かねぇっ!)
【女帝】の……。
(黙れっ!)
【皇帝】の……。
(こんな……)
【法王】の……。
(全部……)
【恋愛】の……。
(俺のせいだ……)
【戦車】の……。
(俺が望んだから……)
【正義】の……。
(俺は……)
【隠者】の……。
【運命】の……。
【剛毅】の……。
【刑死者】の……。
【死神】の……。
(”お前”は――)
虚ろな瞳。一切、輝きを残さない哀れな愚者。
演じる”役”すら忘れ、
幾つもの存在が自分に語り掛けるのを洸夜は感じながら、力なく心の中でそれを呟こうとする。
【■■】の……。
(……”お前”は)
【■■】の……。
聞こえない二つの
そんな中で洸夜は最後の意識を使い、”あの言葉”を呟いた。
(お前……は……俺じゃ……ない……)
『……ククッ』
消える意識の中、洸夜は誰かの小さな笑い声を聞いた気がしたが、もうそんな事を気にすることは出来ない。
洸夜の意識は既に眠っているのだから……。
――それと同時、洸夜の左手から放たれる白い世界が美鶴達を飲み込んだ。
”……悠”
ただの呟き。風の音より儚い音。
意識する事も出来ない中、弟の名を【愚者】は想った……。
▼▼▼
「これは……!」
「どういう事だ!」
「非常事態です……」
洸夜から放たれた白い光。それは一瞬の出来事である同時に美鶴達を異質な背中に誘った。
そんな中で、メンバーの中でいち早く意識を覚醒させた美鶴、明彦、アイギスの三名は困惑しながらも何とか現状を理解しようとする。
画面の外枠の様な黒い枠が何重にも現れる光景。そんな中を自分達は落ちているのか上がっているのか、それとも前後左右に進んでいるのかすら分からない。
感覚が明らかに狂っており、そんな中でゆかり達も意識を覚醒させる。
「ん?……えっ! 何これ!?」
「うおっ!? 流石の俺っちもどうなってんのか分かんねぇぞ!」
「身体が上手く動かせない……!」
ゆかり、順平、風花は困惑を隠せず、驚いた勢いで混乱しながら周囲を見渡すと乾、チドリ、コロマルも意識を覚醒していた。
「なんですかこれは!」
「影時間?……いや違う」
「ワンッ!」
焦った様に乾は周りを見回し、チドリも冷静ながらも表情は険しく、そんなチドリに抱かれながらコロマルも周囲を警戒していた。
しかし、不幸中の幸いであったのは”洸夜”を除く全員が無事だったことだ。
その事実に気付いたのは美鶴だった。
「洸夜?……そうだ洸夜はどこだ!」
「あそこだ!」
見つけたのは明彦だ。
明彦の視線の先にはやや弓なりになりながら、頭を下に向けて意識を失っている洸夜の姿があった。
刀の入った袋を肩に掛けたままだが、それも力なくズリ落ちかけている。
感覚の狂った中でもその状態は危険だと判断でき、明彦が何とか身体を動かし、洸夜へ必死に少しずつ近付きながら腕を伸ばす。
(伸ばす事も出来なかった二年前とは……違う!)
歯を食いしばり、必死の形相で腕を伸ばす明彦の胸に抱くのは二年前。
洸夜と明彦。出会いこそは”最悪”だった二人だが、時を経て親友にまでなった。
そんな二人の別れは意味不明、不可解な結末。
明彦はそれを納得せず、三回目になる今回の再会で確信を得た。
――恐れず、前に進めと。洸夜と向き合えと。
「ッ! うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
明彦は叫ぶ。親友を”二人”も失ってなるものかと。
目の前で意識のない洸夜と被って目に写る”ニット帽の少年”の背を見ながら限界を無視して腕を伸ばし、そして掴んだ。
――巨大な”白い腕”が、洸夜の全身ごと。
『クククッ……』
「な、なんだこいつは……!」
目の前。本当に掴めた筈の距離で自分から洸夜を奪った”真っ白”な存在。
それを目の前にした瞬間、明彦の全身を”悪寒”が駆ける。
それと同時に明彦だけではなく、美鶴達にも駆け巡った。
目の前の”これ”は普通ではない。嫌悪感すら抱きそうな不気味過ぎる存在。
鳥肌すら立って己の脳・身体が警告する。
――危険だと。
しかし、明彦達がそう思っていても向こうが同じ考えとは限らない。
巨大な白い影は一切明彦達を気にした様子はなく、認識すらしているのか怪しい。
そんな異質な"白"は、蜃気楼の様に歪んだ空間から巨大な上半身だけを現し、洸夜を掴んだ腕を自分の顔の上へと持って行く。
――そして……。
『アァ……ゴクンッ!』
洸夜を”丸呑み”にした。
その衝撃的な光景を目の当たりにした美鶴達。
驚愕する者。顔色が青白く染まる者。何が起こったのか理解しきれない者。
それぞれが目の前の状況を理解しようとした中、真っ先に目の前の存在を”敵”として認識したのはアイギスだけだった。
「ッ!」
銃口を白い存在に向けるアイギス。
しかしその瞬間、アイギスを含むメンバー達の視界が急激に落ちる。
世界が変る。そんな認識を無意識のうちに理解した美鶴達を嘲笑うかのように、洸夜を飲み込んだ白い存在はただただ大きく笑うのだった。
▼▼▼
そしてその頃……。
同日
現在:堂島宅【居間】
「……ん?」
誰かに呼ばれた様な気がした。そう思った悠は反射的に背後を振り向いたが、そこには当然だが何もない。
しかし、正面には存在していた。
「もう! お兄ちゃんのばんだよ!」
トランプの手札を両手一杯に持ち、頬を膨らませながら怒った様子の奈々子。
そんな菜々子の声に悠は意識をそちらに戻した。今は菜々子と一対一のババ抜き対決の真っ最中。
ババ以外は何を引いても当たりのまさに防御を捨てた戦いだ。
(……と、見せかけて)
奈々子にババを持たせるのも大人げなく、運と言えども奈々子を悲しませたくない。
そんな悠に出来るのは極限まで鍛えた”器用さ”を利用したイカサマだった。
(ババを奈々子に渡さない様に……)
見破る事が出来るか。カードの海の中に身を潜ませるババの存在、悠の技術を。
兄として、勝つことが出来ない一戦が幕を開けていた。
――時だった。
『……でだ。そろそろこっちの事も思い出せてくれよ……電話代も馬鹿になんないっつうの』
「……あっ」
左手に持っていた携帯電話から聞こえる陽介の声。
その声によって悠は己は同時に電話をしていた事を思い出す。
そんな悠に少し待たされた事で、陽介はせかす様な口調で悠へ問い掛けた。
『それで結局、相棒はどうすんだ? 相棒以外は皆、ジュネスに集合してっから……そのままテレビの中に行こうとしてんだけど?』
「……あぁ、そうだったな」
陽介の言葉で悠は思い出した。
久保の逮捕。しかし、それでも謎は残っている。それを言ったのは洸夜、そして悠だ。
その事を聞いた陽介達は最初は心配し過ぎだと思っていた様だが、やはり引っ掛かりはあったのだろう。
今日、万が一の事も考えて再調査と修行を行おうと連絡して来たのだ。
本来ならば行かねばならない。悠はそう思ってたのだが……。
「お兄ちゃん……?」
自分の目の前でカードを引かない自分を不安そうに見つめる奈々子がいる。
洸夜も留守にしており、堂島も久保の後始末でまた遅くなりがちの中、悠までも菜々子を寂しい想いをさせていけなかった。
「……ごめん陽介。今日は家に俺と菜々子しかいないんだ」
『そうなのか……それじゃ仕方ねぇよな。分かった、たまには相棒抜きでやってみるぜ』
「……すまない」
皆が一つの事をしようとしている中で自分の都合を優先してしまった事に悠は謝るが、菜々子の事でもあって後悔はない。
勿論、陽介もそれは分かっており、気にしてない事を伝えようといつもの感じで調子が良さそうに応える。
『気にすんなって! 逆に菜々子ちゃんを一人にさせらんねぇだろ? たまには俺等に任せろって!』
陽介はそう言って電話を切ってしまう。
回線が切れた音だけが悠の耳に届くが、何故か胸の中にザワついた感覚が残ってしまっていた。
「……兄さん?」
不意に思い付く兄の姿。しかし悠は自分で思い出してもその考えの答えが分からず、その不安を忘れる様に菜々子とのトランプを再開させるのだった。
――その行動が、一つの選択であった事など分かる筈もないまま。
END
悠の選択
→菜々子と遊ぶ(P3ルート)
→陽介達とテレビの中へ(P4ルート)