同日
現在:ボイドクエスト【最終章・コロッセオ】
「避けて! また来るよ!」
勇者ミツオとの戦いが幕を開け、悠達は己の全力を持って挑んでいた。
見た目がゲームのキャラクターだけに、勇者ミツオの攻撃は一見ふざけた様な攻撃ばかり。
見た目は剣だが、ドット故にビルの様に長方形の鈍器にしか見えない剣を振り下ろす。
魔法攻撃もドットだが、突然放たれる攻撃を避けるのは難しく、りせのサポートが不可欠。
そして最後はアイテム攻撃。文字通りに攻撃であり、爆弾を悠達目掛けて放り投げてくる。
だが、ふざけている様な攻撃ばかりだが、それでも大型シャドウの攻撃。その威力はとても大きく、油断していれば悠達もすぐに命の危機に晒されるだろう。
しかし、悠達は全く油断などしていなかった。
勇者ミツオとは言え相手はシャドウ。油断しない理由はそれだけで十分であり、りせの声に悠達は一斉に散らばった。
「今だ――オルトロス!」
回避した悠は勇者ミツオの攻撃のインターバル、即ち僅かな隙を見流さずペルソナを召喚した。
『グルルル……』
二つ首の魔犬オルトロスは声を唸らせながら勇者ミツオを睨み付けた瞬間、四つの瞳を大きく開き、二つの口から巨大な炎を吐き出した。
目標は言うまでもなく勇者ミツオであり、オルトロスの炎攻撃アギダインが勇者ミツオを包み込む。
『!!?』
炎に包まれる勇者ミツオ。払っても炎は消えず、悠はその隙を突いて攻勢を指示する。
「陽介! 里中!」
「任せろ!――スサノオ!」
「行っくよ!――トモエ!」
小西 早紀の弔い合戦とも言えるこの一戦に陽介は気合が入り、新たな仮面の姿になったスサノオと共に勇者ミツオの前に立ち塞がった。
千枝もペルソナが転生してはいないが、彼女の成長と共にトモエの能力も上がっており、堂々とした態度で勇者ミツオの前で仁王立ちする。
そんな堂々とする相手を無視できないのは勇者の性か、それともゲームの性なのだろうか。勇者ミツオはスサノオとトモエの方へ素早く方向転換し、剣を掲げながら攻撃を行った。
「花村先輩! 里中先輩! 攻撃が来るよ!」
勇者ミツオが攻撃準備を整える前にりせは二人へ注意を促し、それを聞いた陽介と千枝は気合いの入った笑みを浮かべた。
「了解だ! 気合い入れろよ!――行くぜスサノオ」
「こっちも続くよ!――トモエ!」
主の言葉を聞くと同時に勇者ミツオへ向かって行くスサノオとトモエの二体に対し、勇者ミツオも迎え撃つように剣を振り下ろす。
「受け止めて!」
千枝の声にトモエは剣の前に立ち塞がると、その強烈な一撃を薙刀で受け止めた。
大きな金属音と衝撃波を生み出しながらも一撃に耐えた双方は、そのまま鍔迫り合いを開始するが陽介はその好機を逃さなかった。
「今だスサノオ!」
陽介は仮面へ叫び、スサノオもそれに応える。
己の身体の周りを回転している武器である鋸の刃の様な円盤。その円盤に疾風属性技『ガルーラ』を纏わせるとその円盤は強烈に高速回転を始め、スサノオはその勢いに乗る形で勇者ミツオへそれを投げた。
風を切りながら進むスサノオの一撃。トモエに気を取られていた勇者ミツオがそれに気付く事は出来ず、気付いた時には高速回転する刃をその身に受けた後だった。
『!!?』
火花を散らしながら勇者ミツオの身体で回転し続けるスサノオの円盤。ガルーラが消えると同時にスサノオの下へと戻り、残されたのは荒々しい傷跡を残す勇者ミツオの姿だけであった。
傷跡の部分のドットは砂嵐やバグッた様な映像の乱れが表示され、明らかにダメージが大きいのが分かるが勇者ミツオは問題なく立ち上がった。
――瞬間、勇者ミツオは炎と強烈な一撃をその身に受けた。
「アマテラス!」
「タケミカヅチ!!」
己の仮面の名を叫ぶ雪子と完二。それに応える二つの仮面の力、ブースタで補助された高火の『アギダイン』と力の限りの文字通りの力技『剛殺斬』を受けた勇者ミツオの身体は燃え上がり、スサノオの攻撃を受けた場所に更にタケミカヅチの一撃が直撃した事でとうとう肉体に亀裂が走った。
『……!……!!』
そのダメージで揺れ動く勇者ミツオは壊れた機械の様に不規則な動きをすると、真上から迫る仮面の姿に気付く。
「オニ!」
一本角の赤鬼を召喚した悠は名を呼びながら指示を出し、勇者ミツオの真上からオニは身体を回転させながら武器を勇者ミツオへ振り下ろす。
勢いに任せた力技。それは同時に隙を多く見せる行動でもあるが、オニに気付いても身体が上手く動かせない勇者ミツオへは効果的だ。
何も出来ない勇者ミツオへオニの武器が直撃し、陽介達の付けた傷からドットが大きく弾け飛んだ。
『!?……!……!?……!!』
欠落した身体では思う様に動く事は出来ず、目のドットの光も点滅して今にも消えそうであった。
既に虫の息。今こそトドメの時と悠達は思い、クマのキントキドウジもミサイルを放つ。
「いけ~! キントキドウジ!」
キントキドウジは一本の巨大ミサイルを投げるとミサイルに火が入り、一直線に勇者ミツオへ直撃するとそのままミサイルの勢いに押されながらコロッセオの壁に激突、そしてミサイルの爆発に飲み込まれた。
「やったクマか!」
「どうだりせ?」
「え~と……殆ど力は今のところ感じないけど、念のため油断はしないで!」
爆風の煙でまだ姿が見えず、りせは勇者ミツオを警戒するが何も感じられない程に敵の力を察知できない。
既に消滅したか、それともそれ程まで勇者ミツオがダメージを負っているのどちらかだ。
りせの言葉を聞き、悠達は警戒を強める中、やがて煙が晴れて勇者ミツオがその姿を現したが……。
『……』
勇者ミツオは壁に寄り掛かる様に倒れており、起き上がる気配はない。身体も半壊し、ドットも顔の一部しか光っていない。
しかしまだ息はあるらしく今にも消えそうに点滅する瞳を悠達へ向けると、勇者ミツオはとある”一人”を視界に捉えた。
それは悠だった。
「……?」
悠も勇者ミツオと目が合った気がし、同じ様に見つめた。
――瞬間、勇者ミツオの中で何かが目覚めた。
『ア……イツ……ハ?』
勇者ミツオは悠の事を思い出した。
勇者ミツオ、と言うよりも久保 美津雄と鳴上 悠の接点はハッキリ言って特別存在しない。雪子をナンパした時に出会ってはいるが当時の目的は雪子だけであり、悠の事は”なんだこいつ?”程度にしか認識出来ていなかった。 故に過去に直接出会ったのはその時だけある為、美津雄が悠を思い出すと言うのもおかしな話である。
――だが、美津雄が悠のあずかり知らない所で悠の存在を知る事になれば話は別だ。
それは美津雄が停学を受け、八十神高校から姿を消して悠が転校して来てからのとある日の事。
やる気のないバイトを終えて商店街の中を帰宅の為に歩いていた時、美津雄は帰宅中の八十神高校の女子生徒達とすれ違った時に聞いた話。
『ねぇねぇ? 最近転校してきた二年生の先輩って知ってる?』
『鳴上先輩だよね! 転校初日にモロキンに立ち向かったって聞いた!』
『聞いた! 聞いた! 見た目はクールなのに熱い一面を見せるギャップが良いよね!』
女子生徒の話は転校生・鳴上 悠の話。
転校ばかりの人生だっただけに悠は勇気・根気・寛容さ・伝達力・知識がずば抜けて高く、転校初日からもモロキンと向かい合う程。
そんな悠だ。先輩・後輩・同級生達から良い意味で注目されるのに時間は掛からなかった。
だが、突然学校に現れた転校生がこんなにも言われている中、学校から消えた自分はどうなのかと美津雄は不意に考える。
そして何か言われるのかと思い、立ち止まってその女子生徒達をジッと美津雄は見つめていると、ずっと見られていれば当たり前だが気付く。
美津雄の視線に気付いた女子生徒はチラっと美津雄の方を振り返った。
――しかし、それは歓迎の表情ではなかった。
『なにあれ……きもっ』
『知り合い?』
『そんな訳ないじゃん……誰よあれ?』
不満、嫌悪、眼中になし。
美津雄を見た女子生徒達からは一切の好感はなく、誰かも分からない存在でしかなかった。
【ミツオ は レベルアップ! 不安が4上がった・逆恨みが2上がった・悲しさが7上がった・虚しさが10上がった】
『テン……コウセイ……!』
美津雄のボルテージが高まる。
悠には一切関係無ければ非も存在しない案件だが美津雄の中での決定権を持っているのは、やはり美津雄自身にしかない。
そして理不尽な恨みは更なる記憶を美津雄へ思い出させた。
それは美津雄が新しい学校へ転校して数日の事。
『なぁ?……この前転校してきた奴いんじゃん?……あいつの事どう思う?』
『久保の事か?……まぁ、好きじゃない……って言うかどうでもいいな』
『大した事も出来ないのになんであんなに偉そうなんだか……』
美津雄の転校先の評判は悠とは真逆のものだった。
悠とは違い、転校先で受け入れて貰えず、周りからは好感をもたれる事はなかった。
しかし、それは当然の結果でしかなかった。美津雄は自分が中心とかし考えておらず、自分以外の相手を見下していたからだ。
自分達を偉そうに見下す様な人間に、何故好感を抱かなければならない?
『まっ……どうでも良いよな本当に』
好感は疎か、美津雄への興味すら周囲が無くすのに時間は要らなかった。
しかし、それが美津雄の現実でも悠の現実に影響が出る事はない。
『鳴上がうちの部活に来てくれて助かったぜ……』
『あぁ、これで次の練習試合は貰ったな!』
『鳴上だけじゃないさ。俺等も頑張ろうぜ!』
それはとある日に美津雄が聞いた声。
八十神高校のとある帰宅中の部員の内容、それは自分達の部活に悠が入部した事で戦力が上がった事の話だった。
だが、いくら悠でも突然運動部の部員から受け入れられた訳ではない。最初は悠を受け入れず、邪険に扱う者達が多かったが、そんな中でも悠を受け入れた者達と出会った事で悠は前に進めた。
そんな者達と関わって行く内に周囲も悠を受け入れた。
悠とて何の苦労もなく居場所を作った訳ではないのだが、美津雄からすれば自分の”苦労もしないで恵まれている奴”としか思う事が出来なかった。
結果、それを思い出した美津雄は自分勝手な怒りを燃え上がらせる。
『ナン……ナンダヨ……オマエ……!』
りせの時もそうだった。稲羽に着て間もないりせならば自分の魅力に気付いてくれる。自分の事を見るだろうと美津雄は思い、りせが店番するタイミングを覚えて行動に出た。
その時、必死に話題を美津雄はりせへ振ったのだが、所詮は己の抱く他者への負を共感させる様な事ばかり。つまりは誰かの悪口しか言っていなかった。
しかし、りせの反応をあしらわれていると気付かない美津雄は共感、そして話を聞いて貰えていると勘違いする。
そんな時だった。りせと自分の間に割り込む存在が現れたのは。
『お客さん、何かお探しですか?』
灰色の長髪の青年、洸夜と会った美津雄は洸夜の第一印象はすぐに判断できた。
格好いい部類の顔、商店街の人達又はお客の主婦の人達から人気があり、最低限以上の人望を持つ青年。つまり、美津雄にとっては”大っ嫌いな人種”であった。
そんな中で先程まで自分と楽しくお喋りしていたと思っていた筈のりせが洸夜の背中に隠れ、自分へ見つめた事で美津雄は気づいた。
りせの目が今までの人間達と同じである事に。
『くそっ……!』
誰も自分を見ない事に美津雄は怒り、その場から逃げた。
”何故、自分だけ”
そう思いながらその場を後にした。
――事を美津雄は思い出し……勇者ミツオの目に力が戻り始めた。
『……ドイツモ……コイツモ……!』
【ミツオ は レベルアップ! 怒りが4上がった・逆恨みが8上がった・悲しさが9上がった・虚しさが10上がった・孤独さが6上がった・理不尽が5上がった……あがったあがったあがったあがったあがっ#&$”&】
徐々に異常を見せ始めた勇者ミツオ。
纏う雰囲気が、その瞳が、その全てからドス黒い感情を噴出させて行き、その光景に悠達も異常に気付き始めていた。
「なんだ……?」
「な、なんか様子がおかしくね?」
悠と陽介は勇者ミツオの異常を見て互いに嫌な汗を流しながら様子を見ており、勇者ミツオの負を止める術が分からなかった。
りせも必死になって探知しているが、やはりこれといった情報は得られることが出来ず、ずっと勇者ミツオのレベルアップの文字しか分からない。
しかし勇者ミツオの負は収まる気配はなく、勇者ミツオはやがて立ち上がった。
『ナンデ……ナンデ……オレバッカリ……コンナメニ……!』
勇者ミツオの声に気付く者はいない。
今までの生き方のツケが彼の下に来たに過ぎず、それを全て理解できる者は美津雄自身しか出来ない。
――美津雄自身にしか。
『言ったじゃないか……君は無だって……』
【データ を 消去しますか?】
【➡はい・いいえ】
『!……ナ、ナニヲ……!?』
勇者ミツオに響く声。それは最初に見た美津雄?の声であった。
そしてその声と同時に現れる謎の表示に勇者ミツオは悪寒を抱いた。
『君には最初から何も存在しない。力も心も……全て。――だから真実を見せる。本当の”無”の君を』
【データ を 消去しますか?】
【➡はい・いいえ】
【データ を 消去します】
『ヤメロヨォォォォォッ!!』
気付いて叫ぶも時すでに遅し。
勇者ミツオの身体は崩れ始め、同時に彼の中の何かも壊れて行くような気持ちも覚えた。
「久保のシャドウが……!」
「消えて行く……?」
勇者ミツオの身体が消滅して行くのを眺めながら悠と雪子はよく分からない幕引きを感じたが、それは幕引きではない。
それに気付けたのはヒミコを宿すりせだけだった。
消滅した筈の勇者ミツオの場所から別の”強い力”を感じ取ったりせはすぐに叫んだ。
「強い力を感じる……来るよ!」
りせの言葉に一斉に悠達も身構える。
そして勇者ミツオだった残骸の場所に”それ”はゆっくりと浮きながら出現し、その姿を見たメンバーは思わず言葉を失った。
「あれって……」
「赤ちゃんクマか?」
千枝がその存在を指さし、クマがその姿の事を口にする。
産まれたばかりの様に弱々しく見える小さな身体と手足。その姿は赤ん坊と言うよりも胎児に近く、そんな見た目に似合わない大きな力を持つシャドウ『ミツオの影』がその姿を現した。
「あれが本体だよ」
「けっ! 中身は全く成長してねぇって事かよ……あの姿は」
りせの言葉に完二は目の前のミツオの影の姿を見詰め、完二は複雑な思いを抱きながら表情を曇らせる。
完二ですらミツオの影の姿を見てそれがどういう意味なのか察する事が出来た。良くも悪くも成長せず、それにも関わらずそんな奴が人の命を奪った事に完二は怒りを抱く。
「誰からも認められねぇっての辛いぜ……俺もそうだった。――けどな、相手から認められねぇ理由に自分の責任が一割もねぇって思ってる時点でテメェは変われねぇぜ!」
完二はそう叫び、タケミカヅチと共にミツオの影へ向かって行った。
ミツオの影もその敵の姿に気付き、その小さな身体から力を放出させた。
「……大きな攻撃が来る!」
「んな事は関係ねぇ!」
りせの言葉に完二は怯まずに突き進み、ミツオの影は攻撃を放つ。
『オギャアァァ!!』
ミツオの影から放たれた攻撃はフロアの広範囲に及ぼす攻撃『空間殺法』で巨大な衝撃を生む。
勿論、すぐそばにいたタケミカヅチは諸にその攻撃を受けてしまった。
「グオッ!?――なんのこれしきぐれぇ!!」
しかし完二は怯まず攻撃を受けたまま進み、タケミカヅチも同じく無理やり突き進み、己の巨大な武器をミツオの影の前で振り上げ、そのままミツオの影目掛けて振り下ろす。
強烈な一撃にミツオの影は叩き落され、そのまま地面にめり込んだ。
『オギャァ!!』
だがそこは大型シャドウ故にしぶとかった。
ミツオの影はタケミカヅチの武器を無理矢理突破し、再び宙に舞い戻る。
――瞬間、三つの影にミツオの影は壁に叩きつけられた。
「俺等を忘れんなよ!」
「よくも雪子にストーキングしてたな!」
「えっ……私、ストーキングされてたの?」
スサノオ・トモエ・アマテラスがそれぞれの武器でミツオの影を壁に叩きつけ、叩きつけられたミツオの影は瀕死の羽虫の様にフラフラと浮きながらその場から離れようとし始めた。
だが、そんなミツオの影の上空に沢山のミサイルが降り注ぐ。
『!?』
「オラオラオラァ! 逃がさないクマよぉ!」
今にも逃げだしそうなミツオの影へそうはさせまいとクマがやり過ぎレベルでミサイルをキントキドウジへ放ちさせた。
最早、ミサイルの雨である状況に爆風で徐々にダメージを追って行くミツオの影。そんな中、陽介達もその場から退避し始めていた。
「うおぉ!? 馬鹿野郎!? 俺等がまだいるだろうが!」
「やばいやばい!?」
陽介達がクマに抗議する中、退避した頃にはミツオの影も身体中に焦げがこびり付きながらミサイルの雨から脱出する。
――その直後、ミツオの影の胴体に一本の刀が突き刺さった。
『!』
ミツオの影は何が起こったと困惑し、刀が飛んできた方向を見るとそこには構えていた悠が立っていた。
同時に己の身体に起こる異常にミツオの影は気づく。何故か力が入らず、技が上手く出せない。
それもその筈、ミツオの影に刺さっている刀は洸夜から預かっているシャドウを弱らせる刀。その場から逃げたくとも逃げられず、壊れたラジコンヘリの様にトリッキーな動きでフラつくミツオの影に巨大なシルエットが重なった。
ミツオの影は見上げると、そこにいたのは雷を浴びた大剣を振り上げるイザナギの姿。
「終わりだ……」
悠がそう呟くとイザナギは大剣を振り下ろし、ミツオの影を両断する。
肉体が二つに別れながら徐々に消滅して行くミツオの影。地面に落ちた頃には肉体は消滅し、その場に残されたのは気を失った美津雄だけが残っていた。
▼▼▼
現在:稲羽市【町はずれの空き地】
「洸夜さんも参加して頂けませんか?……シャドウワーカーに」
「なに……?」
アイギスの言葉に洸夜は表情が険しくなり、美鶴達も驚きを隠せないで固まってしまった。
「お前な……俺はもうペルソナを制御する事は……」
「分かっています」
「なら見栄えの良いアンティークにでもなってもらうつもりか? 悪いが、それに関しては自信はない」
洸夜は小さく笑みを浮かべながら軽口を呟くがアイギスの表情を真剣な物から変わらない。
「いてくれるだけでも良いんです……洸夜さんも『あの人』と同じ……私達に大切な事を教えてくれた人だから……」
「俺と『あいつ』は全く違うさ……」
洸夜はそう言ってアイギスの頭に軽く手を置き、そのまま横切って行く。
その行動の意味する事、それは断りの意味。背を向けながら手を振り、別れを伝える洸夜を見て美鶴は思わず呼び止めた。
「待ってくれ洸夜!……何かないのか? 私達がお前に出来る事は何もないのか……?」
シャドウワーカーとしてではなく桐条 美鶴と言う一人の人間として美鶴は洸夜を呼び止めた。
彼女なりに我慢の限界であった。今までも洸夜と会いたかった事を我慢するしかなかった彼女だが、再会してもこんな付き合い方を望んでいた訳ではない。
二年前の一件、あの不可解な件も自分達は真相を知らないのだ。全てに納得できない。
すると、洸夜は背を向けたまま美鶴へ返答した。
「美鶴……お前にとって”絆”とはなんだ?」
「絆?」
「……あぁ。相手に優しくし、傷付けない様にして仲良くする事が絆か?」
洸夜のその問いかけに美鶴も明彦達も返答する事が出来なかった。と言うよりも答えが出なかった。
それが絆かと言えば美鶴達の答えはNOと言う。だが、直感的に美鶴はそれだけが洸夜が求めている答えではないと分かった。
そして暫く美鶴達が沈黙で返す中、洸夜は不意に何かを感じた様に足を止めて顔を上げた。
「せ、先輩……?」
洸夜の雰囲気が変わった……っと、順平は直感的に分かった。
先程まで『人』の雰囲気だった。何の違和感もない純粋な人の気配だったが今は異質なものとしか見れない。
「俺の身に何が起きてるか……それは絆の力。ワイルドの可能性の力……」
全てを悟った様に洸夜はそう呟いた時、異変が顔を出した。
『piiii――!』
この町はずれの空き地は廃品の置き場所であった故に雑に積まれたテレビも存在している。
そのテレビの山から一斉に奇音が発せられ、電気も無ければケーブルも切られていて映る筈のないテレビに”それ”は映った。
灰色の長髪、見覚えのある背格好。それは誰が見ても鳴上 洸夜その人であった。
――”金色の瞳”を除けば。
「っ!?」
見覚えのあるその姿に美鶴達は言葉を失う。
同時に周囲を見渡すと、周りに置いてあるテレビ全てに洸夜?の姿が映し出されていたが当の洸夜は特に驚いた様な様子はない。
寧ろ、悟っているように大人しく、そして虚しそうに見える。当事者である洸夜が黙る中、テレビの洸夜が代わりの様にその瞳を輝かせ、動き始めた。
『怒り、憎しみ、妬み……負の絆。傷の舐め合いの様な互いが傷付かない様な偽りの絆ではなく、互いに深い楔を入れて築く強き絆……』
洸夜の言葉は今までのどの時よりもハッキリとした口調で聞き取りやすくなっていた。
しかしそれは言わば、洸夜?の存在もハッキリしているとも言える事。洸夜?は確実に己の存在を強くしており、こうやってテレビを介して現実に現れている。
そんな光景に美鶴達は息を呑む中、怖いもの知らずと言うか感情的なのか順平が一番近くのテレビに詰め寄り、怒りの顔を顕にした。
「また出やがったな! 鳴上先輩の姿しやがって……何なんだよお前は!」
『ハハハ……負の絆、悪意によって刻む人の本質、望むべき絆。……忘れたくとも忘れる事も出来ない深い絆……真なる絆……』
洸夜?の言葉は順平の言葉とは嚙み合っておらず、そのまま己の言葉を言い続ける。
――瞬間、順平の隣にあったもう一台のテレビの画面が割れた。
「へっ……?」
何事かと順平は隣を見ると、目に映ったのはテレビの画面を突き破る明彦の右ストレートだった。画面が割れた事でそのテレビからは洸夜?の姿が消えるた。
そして明彦はそれを確認し、テレビから腕を何事も無かった様に引き抜き、周りのテレビを確認するが他のテレビには未だ洸夜?の姿が映っている事に気付くと頭を捻った。
「むっ……これじゃ駄目な様だな」
何を思っての行動だったのか。少なくとも明彦の思惑は外れたらしく、未だに映る他のテレビに美鶴が近付いた。
「お前は……何なんだ?」
『……』
美鶴の言葉にテレビに洸夜?は一斉に今も黙り続ける洸夜へ視線を送り、金色の瞳の光を輝かせる。
『我は汝……汝は我……そして……影……真……な……る我……』
そう言ってテレビから洸夜?は一斉に消え、その光景をアイギスはただ黙って見守り続ける。
「そういう事だ……」
ここでようやく洸夜が言葉を発した。
まるでゲリラ豪雨の様に突然起こり、そしてあっという間に消えてしまった異変に美鶴達も我に返り、美鶴が洸夜へ近付こうとした時だ。
不意に美鶴の携帯に着信音が発せられた。掛けて来たのは部下の一人であり、美鶴は電話を出た。
「私だ。――なに……?」
部下からの電話に美鶴の表情が変わり、明彦達も一斉に彼女の方へ視線を移し、美鶴が電話を切るとすぐに問い掛けた。
「どうした?」
「……容疑者の少年の身柄をたった今、確保した様だ」
美鶴のその言葉に明彦達の表情が変わる。だがすぐに悩むような表情を浮かべた。
理由は単純に洸夜だ。美鶴達がここに来たのは稲羽の事件についてであり、容疑者確保の情報を聞けば優先順位は洸夜よりも容疑者となる。
またも話が全て出来ないのか美鶴達が思う中、洸夜が美鶴へ言った。
「そろそろ帰る。……弟が帰ってくる頃だ」
そう言った洸夜の表情はどこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
容疑者確保がそんなに嬉しいのか、それとも……。
「まさか洸夜……この容疑者確保にお前の弟達が――」
「明彦」
何かを察して洸夜へ問い掛けようとする明彦を美鶴が止める。
洸夜は何も言わないが、それに関して笑みを浮かべているという事は、そういう事なのだと美鶴は分かっており、無意味な結果で終わる問いかけを止めたのだ。
そして美鶴はそう言い終え、洸夜の方を見詰めた。
「洸夜……送って行く」
「……あぁ、悪いな」
洸夜はそう返答し、美鶴達の車で自宅まで送ってもらった。
――しかし……。
▼▼▼
現在:堂島宅【玄関前】
堂島宅前で降りた洸夜だったが、玄関前で不意に足を止めた。
「……キツネ?」
玄関前に佇む一匹のキツネ。目に傷、ハートのエプロンが特徴的なキツネだ。
野生ならば警戒するが、明らかに野生とは思えない姿と雰囲気に洸夜も困惑する中、洸夜の様子がおかしいと思った順平が車の窓から顔を出し、キツネの存在に気付いた。
「うおっ! 本物のキツネ……マジでいるんっすね」
田舎町だから野生と順平は思っている様だが、同じ様にアイギスが窓から顔を出した時、キツネの放った鳴き声を聞いた瞬間、事態は変わった。
「コーン!」
「?……請求ですか?」
「なに……?」
その日、稲羽の人々は異様な光景を目にしたと言う。
金髪の美少女が仲介する様に間に挟み、青年とキツネが言い争っている光景。
肩を落としながらATMの前に立つ青年、それを監視する様に隣に座るキツネの姿。
そしてその日、堂島宅から言い合いが聞こえて来たと……。
――その事と関係は不明だがその日、白鐘 直斗は洸夜に電話しても連絡がつかなかったらしい。
そしてもう一人……。
【伏見】
そう画面に写しながらずっと鳴っている携帯に洸夜が気付く事はなかった。
END