新訳:ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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今回は久しぶりに土・日が休みだったので投稿が早くできました。


第三十三話:無の勇者 その名はミツオ

 同日

 

 現在:稲羽市【町はずれの空き地】

 

 美鶴達が堂島宅へ来た後、洸夜は美鶴から静かな場所で話がしたいと言われ、諦めた様な気持ちでそれに頷いた。

 その結果、運転や付き添いの桐条の関係者達は車に残り、洸夜と美鶴、そして明彦・アイギス・順平だけが空き地に立っていた。

 

「そう言えば……ゆかりはどうした?」

 

 洸夜は目の前のメンバーの中でお見合いの時にいた筈のゆかりがいない事に気付き、美鶴達へ問い掛けると真っ先に反応したのは順平だった。

 

「あっゆかりっちなら今日は仕事っすよ。鳴上先輩は知らないと思うっすけど、ゆかりっちって今は――」

 

「悪いが、そこまで聞く気はないぞ」

 

 洸夜のハッキリとした言葉に順平も思わず言葉が止まる。

 このままのノリで行けば何とかなると思っていた順平だったが、そこまで甘くはなかった。

 

「ゆかりは用事でいないのは分かって安心したが、じゃあお前等はなんで稲羽に来た?」

 

 洸夜は内心でゆかりが悠達の方へ向かっているのではと深読みしていたが、順平の言葉を聞いてそれは考え過ぎであった。

 順平は咄嗟に機転を利かせられるような人間ではなく、良くも悪くもあまり上手な嘘は言えない事も分かっており、洸夜は今はゆかりの事は忘れる事にした。

 だが、そうなれば本題は美鶴達が稲羽に来た理由になる。

 

「色々とこちらにも事情がある……」

 

「教えてもいない住所に来てる時点でその事情には俺も含まれてるんだな?」

 

「……」

 

 洸夜の言葉に美鶴は沈黙で返す。

 既に洸夜は堂島が美鶴達に稲羽の住所を教えていない事は聞いていた。美鶴達との事で不安を覚えた洸夜が堂島に聞いており、堂島は教える暇もなかった為に美鶴達には何も言っていない事を洸夜へ教えていた。

 しかし、桐条ならば堂島の家を調べるのは容易な事であるのは想像に容易く、洸夜にはそこまで驚きはなかった。

 

「お前等……本当になんで来た? 流石に俺の事が気になっただけで来るほど、暇じゃない筈だ」

 

 二年前とは違い、今の美鶴は桐条のトップ。他のメンバーも自分の時間が必ずある筈であり、洸夜は自分の事だけで来たとは到底思えなかった。

 そう明らかに不審に思う洸夜だったが、そんな洸夜の言葉にアイギスが応えた。

 

「洸夜さんの事も訪れた理由ですが……優先目的は【シャドウワーカー】としての方です」

 

「シャドウワーカー?」

 

 聞きなれない単語。しかし洸夜はペルソナやシャドウを真っ先に連想させることが出来た。

 と言うよりも目の前のメンバーからシャドウの文字が出た時点でそれ関係としか思えなかった。

 

「簡単に言えばシャドウ関連の事件解決を目的とした特殊部隊だ。警視庁と桐条で共同設立した政府公認の部隊であり、今回俺達はその事で稲羽にやって来た」

 

 シャドウワーカーの事を明彦から説明され、洸夜はそれをすぐに納得できた反面、警視庁と共同設立したという事実などに驚き、困惑してしまった。

 秘密主義であった事から、これからも限られた一部の人間しか知る事はないと思っていた洸夜だったが、明彦の言葉を聞いて”二年”と時間が流れている事を深く実感、そして考えさせられた。

 桐条、と言うよりも美鶴達は進み始めている。洸夜はそれを感じると、自分だけが取り残されている様な気がしてしまった。

 

「……なら、この稲羽に来たのもシャドウ関係って事か」

 

「そうなる。……シャドウが関係しているのか確証はまだなかったが、色々と不明な情報が我々の耳に多く届くようになっていたその時、お前と再会した」

 

 美鶴は冷静な口調でそう説明した。

 やはり桐条なだけあり、稲羽の事件の異様さには気付いていた様だ。しかし、それでは決定打には欠ける情報であり、現状を見守っていた時に起こった洸夜との再会。そしてペルソナの異変。

 それを直接感じ取った事で美鶴達は動き、お見合いから数日で稲羽に訪れた。

 

「今回は本格的な介入ではなく、あくまで下見に過ぎないが……危険性を感じればすぐにでも動くつもりだ」

 

「……まぁ、その事に関して俺がとやかく言う権利はない。……が、出来れば介入はもう少し待ってもらいたい」

 

「そう思うのは弟が原因か?」

 

 明彦の間もなく放った言葉に洸夜はピクッと身体を動かして反応したが、それは反射的に過ぎず驚き自体は全くなかった。

 

「悠はお前等に何を言った……?」

 

「私達がペルソナ使いかどうか……あの時、悠さんはそう仰いました。更に言えば、あの時洸夜さんに異変が起きた時に悠さんがペルソナを召喚したのを私達は目撃しております」

 

「そこまで知ってるなら話が早い。――悠は仲間達と共に事件を追っている。色々と思うかもしれないが……悠達を俺は見守りたい」

 

 アイギスの言葉を聞いた洸夜はハッキリとした口調で美鶴達へそう言うが、美鶴は首を横へと振る。

 

「……洸夜、それを我々が聞く理由はない。ペルソナ使いと言え、彼等は何の後ろ盾もない一般人なのだろ?」

 

 美鶴の言葉は的を射ていた。美鶴達とは違い、何の後ろ盾も持っていない悠達は何かあっても誰かに守ってもらう事は出来ない。

 今も堂島に目を付けられており、万が一警察に連行される事態に陥ってもどうする事も出来ない。

 だが、それは洸夜が悠にしつこく言った事でもあり、洸夜は小さく微笑みながら空を見上げた。

 

「後ろ盾は確かにない。だが、ただの一般人だったのは俺達も同じだった筈だ……」

 

「わざわざそいつ等が危険を冒す必要はないと言っているんだ、洸夜」

 

 腕を組んだままの明彦が厳しい口調で言い放つ。

 確かに本業である美鶴達が来た以上、悠達が事件に首を突っ込むのは間違っているかも知れない。そもそも、美鶴達は政府公認である以上、洸夜の言葉を無視する事なぞ簡単にできる。

 更に言えば、わざわざ洸夜に伝えること自体が不要でしかないが、それでも伝えたのは美鶴達なりの考えがあるのか、それとも仲間だったからなのか。

 どちらにしろ、洸夜に伝える事があるのだろうが、当の洸夜は明彦の言葉に怯まず、笑みを浮かべたまま答えた。

 

「確かにな……だが、それでも俺は信じているし、悠がこの事件に関わっている事にも()()があると思っている……『アイツ』みたいにな」

 

「……」

 

 迷いない洸夜の言葉に美鶴達は黙るしかなかった。

 『彼』の事を出されてしまえばしょうがない事だった。

 

「まあ……俺がお前等を止める権利はないがな。――さて、話が終わるなら俺はそろそろ帰らせてもらうぞ? 夕飯の材料を買わないといけないからな」

 

 洸夜がそう言って美鶴達の横を横切ろうとしたその時、アイギスがそんな洸夜の腕を掴んだ。

 

「待って下さい洸夜さん」

 

「なんだ?」

 

 アイギスがこんな積極的に動くのはある意味で珍しい光景であった。

 心的に豊かになったとはいえ、どこか彼女はズレている。

 表情的にも冗談ではなさそうな事で洸夜も足を止めたが、アイギスの言葉を聞いて驚く事になる。

 

「洸夜さんも参加して頂けませんか?……シャドウワーカーに」

 

「なに……?」

 

 アイギスの言葉に洸夜は表情が険しくなり、美鶴達も驚きを隠せないで固まってしまった。

 

 

▼▼▼

 

 その頃。

 

 現在:ボイドクエスト【最上階付近のフロア】

 

 洸夜が美鶴達と話していた頃、美津雄が生み出した世界であり、レトロゲームを彷彿させる【ボイドクエスト】に侵入した悠達は順調に上のフロアを進んでいた。

 しかし、上のフロアへ進む毎にゲームらしくシャドウ達の妨害も強くなり、悠達はシャドウとの戦闘を回避できず、戦闘も苛烈さを増していた。

 

「そこだ!」

 

 悠は武者姿のシャドウからの攻撃を右手の刀で受け止め、左手に持つ洸夜から贈られた刀でガラ空きの腹部を斬り付ける。

 そして陽介達の刀の特性であるシャドウを弱らせる効果も手伝い、シャドウの動きが鈍くなるとイザナギやキンキ等のペルソナで止めを刺す。

 だが、目の前の敵を倒しても悠の動きは止まらない。他で戦っている仲間へ指示を出さなければならないからだ。

 

「天城は陽介を援護! 完二は千枝を、クマはりせとキツネを頼む!」

 

「分かった!――来なさい……アマテラス!」

 

「ウッス!――タケミカヅチ!」

 

 悠の声に雪子と完二は応え、雪子はコノハナサクヤから転生した新たな仮面、日本神話の太陽を神格化した神である『アマテラス』で陽介へ群がるシャドウを焼き尽くす。

 完二も千枝の背後から迫るシャドウをパイプ椅子で殴り飛ばし、吹っ飛んだシャドウをタケミカヅチが拳で叩き潰す。

 そしてクマに守られながら皆をサポートしていたりせとキツネも怪我はなく、りせはヒミコで辺りを探知してシャドウの反応が消えると悠達へ手を振って知らせる。

 

「みんな、ご苦労さま! さっきので最後みたい!」

 

「ふぅ……流石にシャドウ達も攻撃的になってるクマね」

 

「コーン!」

 

 クマは上のフロアに近付く度にシャドウ達が凶暴になっている事を実感し、疲れを隠せず深い息を吐いた。

 

「けどさ、もう結構上まで来たよね? 久保の奴、一体どこまで逃げたんだろ?」

 

「ここまでフロア全体を見ながら来たが、久保はどこにもいなかった」

 

 千枝の疑問に悠も頷いた。

 見落としがない様にフロアの全てを探してきたが、美津雄の姿はどこにも確認出来ていなかった以上、現状まで来たフロアより上にいる事が確定している。

 

「チッ! まだシャドウが襲わねぇからって最上階まで逃げたんじゃねッスか?」

 

「やっぱ、そうなるか……」

 

「マヨナカテレビじゃ、ああ言ってたけど……やっぱり追われている事を自覚してるんだと思う。だから逃げられるところまで逃げられる以上、最上階が一番可能性が高いと思う」

 

 完二の言葉に陽介は頭を掻き、雪子も最上階にいる可能性が一番高いと踏んでいる。

 かなり上がってきている以上、悠達もその可能性を考え始め、りせへ聞いた。

 

「りせ、最上階までは後どの程度だ?」

 

「えっと……ちょっと待って下さい。随分、上って来たから分かる筈……」

 

 りせはヒミコを召喚し、早速自分達がどの程度まで上がって来ているか調べ始めた。

 美津雄の闇が深いとはいえ、流石に今までの経験でそろそろ最上階だと予想は出来ており、案の定、りせはすぐにそれを調べ終える事が出来た。

 

「今、私達がいる場所は第8章……つまり8階。最上階は10階だから後二階だよ?」

 

「やっぱり、殆ど目と鼻の先か」

 

「後二階……見つけても穏便に済めば良いけど……」

 

 悠は最上階までの事を考えていると雪子が美津雄を発見した時の事を考え始める。

 見た目が気味悪いと言ってもモロキンを直接殺害している以上、簡単に事が済むとは誰も内心では思っておらず、陽介は険しい表情を浮かべていた。 

 

「まず無理だろうな……ここに来るまで皆も見ただろ? あいつ、人を殺す事を何とも思っちゃいないって」

 

 陽介の言葉に悠達の表情が曇る。

 ここに来るまで見て来た”光景”を皆は思い出す。ゲームの戦闘の様な表現で殺されてゆく者達の姿を。

 

 ミツオの攻撃・ダメージ・レベルアップ。そして女子アナは倒れた、目撃者は倒れた、モロキンが死んだと永遠に流れ続ける光景を見た悠達は怒り、そして不快感を覚える程。

 

「何もない事に越したことはないが、大型シャドウ化する事も視野に入れた方が良い」

 

「何もないと良いけど……」

 

 悠の言葉に皆は頷き、千枝は不安そうにそう呟きながらメンバーは階段を上って行く。

 

 

▼▼▼

 

 現在:ボイドクエスト【最終章】

 

 悠達は目の前にそびえ立つドットの巨大な扉の前に立っていた。

 本来は鍵穴がありそうな部分には球体が填まりそうな場所があり、悠達はここに来るまでに倒したシャドウが落とした黒い球を填め込むと、鍵が開く音が悠達の耳に届く。

 これによって美津雄がいるであろう扉の先へ行く事が可能となる。

 

「これで後は進むだけだな」

 

「あぁ!――でもよ、流石に今回は疲れたぜ……」

 

 扉を見上げる悠の言葉に頷きながら陽介は伸びをし、身体からポキポキと音を鳴らした。

 他のメンバーもストレッチや座って休む者もおり、流石に今回は悠達にも疲労が溜まっている事に悠は考えた。

 

(どうするか……)

 

 前に雪子のシャドウの時は無理した事で危険に晒されたが、今回はそんな同じ轍を踏む事はしない。

 悠がこれからそう動くか考えていると……。

 

「コーン!」

 

 キツネが悠の下へ近付いて来た。首に付けているエプロンからは見覚えのある”葉っぱ”をチラチラと見せており、悠はキツネの言わんとしている事が分かった。

 葉っぱを使え、キツネはそう言っているのだという事を。

 確かに葉っぱを使えば回復でき、万が一の時に対応できるのだが悠の表情は曇っていた。

 

「……」

 

「どうした相棒?」

 

 陽介が悠が考えている事に気付き、近付いて語り掛けて来た。

 

「皆が疲労している中で……キツネの葉っぱを使うかどうかを考えてた」

 

「葉っぱ?……あぁ、確かそんな事を言ってったけな」

 

 陽介はテレビの世界に来る前に言っていた悠の言葉を思い出す。

 体を癒す葉っぱ。現実的な人間が聞けば9割は疑われるだろうが、今の陽介は少なくとも非現実側の人間であり半信半疑であるが、あってもおかしくはないとも思えていた。

 

「確かに半信半疑であっけどよ、俺はこれに賭けてみるぜ?」

 

 そう言って陽介はキツネの持つ葉っぱを貰うと、それを口に運んだ。

 

「あっ……」

 

 その光景に悠は何か言いたそうに手を伸ばしたが、既に陽介は葉っぱを食べた後であった。

 そして陽介が葉っぱを口にした事で他のメンバーも皆がやるなら自分もと言った様子で食べ始めた直後、その瞳を大きく開いた。

 

「ッ!? こ、これは……!」

 

「な、なんて事……!」

 

 陽介達は驚いた。口にした瞬間、口中に広がるミントの様なスーとした感じにお茶の様な香ばしさ。

 気付いたら既に自分達の身体の疲れ等が吹っ飛んでいた。

 本当にキツネに化かされている気分。しかし、そんな皆の様子を何故か複雑そうな表情で葉っぱを食べながら見ている者が一人……悠だ。

 

「ムシャムシャ……」

 

 無表情ながら何かを思っている表情。心の内側に明らかに何かを隠している。

 そんな悠の姿に陽介達も気付いた。

 

「どうした相棒?」

 

「センセイ、なにかあったクマか?」

 

 陽介とクマが気になって悠に声をかけた……そんな時だ、何かが自分のズボンを引っ張っている事に陽介は気付いて下を見る。

 そこにいたのはキツネだった。先程と違うのは、キツネの足下に置かれているのが葉っぱではなく、何処から出したのか数字が打ち込まれた電卓。

 陽介達はしゃがみ、電卓を手に取って見ると、電卓に打たれていたのは五桁の数字であった。

 

「5、6、4、0、0……なんだこの数字は?」

 

「暗号ッスか?」

 

 暗号、数式、年号、色々と考えるがどれもピンと来ない。キツネもそんな陽介達の足下で、何かを訴える様な目でずっと見詰めている。

 一体、何が言いたいのか分からず、陽介達は困惑していると悠が何処か気まずそうに数値の意味を話し出した。

 

「……実はその数値……葉っぱの"値段"なんだ」

 

「……は?」

 

「ね、値段って……」

 

 悠の言葉を聞いた陽介は口を開き、千枝も息を呑みながら再び電卓を覗き込んだ。電卓に打たれた数字56400。

 つまり、この数字を値段に置き換えると……。

 

「ご! 五万六千四百円かよッ!?」

 

「はあっ!? 五万六千四百円っ!!?」

 

「なにそのボッタクリッ!?」

 

「え~と……クマのニッキュウが500円だから……ぬおおっ! じゅ、十倍っ!?」

 

「百倍だよ……クマさん」

 

「……言いそびれた」

 

 皆が値段に驚く中で一人謝罪する悠。この葉っぱは効き目が凄いが値段が半端無い。

 しかも、このキツネは一切値引きしないという買う側からしたら嫌な信念?を持っている。

 だが、陽介達は別の事を心配していた。その心配を解決する為に陽介は自分の財布を取り出して悠の方を見た。

 

「相棒……今、幾ら持ってる?」

 

 少し生気が薄れた感じの声で喋る陽介達に慌てて財布を取り出して中身を確認する悠だっだが、現実は厳しかった。

 悠の表情は良くはなかった。

 

「……二千三十円」

 

「俺……この間クマのツケとか食費で……千五百二十四円」

 

「私……この間新しいDVD買ったから……ごめんなさい。八百と……六円です」

 

「私も検定の費用払ったから千三百円……」

 

「……スンマセン。小遣い前で……四百円……あっ! でも、愛屋の割引券なら……無理ッスよね」

 

「私も……新しい服買ったから……二千四百と……二十一円です」

 

「クマは持ってきて無いも~ん!」

 

 特別捜査隊に金なし。貧乏捜査隊に突き付けられた現実に悠達はクマを除く誰も顔を上げようとしない。

 全員が気まずい中、悠が決死の覚悟でキツネに交渉を挑んだ。

 

「……後で油揚げをやるから半額にしてくれ」

 

「………コンッ!!」

 

 悠の言葉にキツネはプイっと顔を横に向く。態度通り値段を下げる気は全くないようだった。

 最初からそうだったが、値切り対策なのか、このキツネが戦いの途中で役に立つ事は無かったが邪魔になってもいない。

 それどころか、シャドウにも気付かれない程に気配を消すのが上手い。

 自分の身は自分で守っている。それ故に悠達は守ってやっているのだから値下げしろとは言えなかった。

 なによりキツネの鋭い眼を見る限り、このままでは回復したとは言え先に進ませてくれそうに無いのは明白。

 

(こうなれば……)

 

 悠は意を決して最後の”手段”を取った。

 

 

▼▼▼

 

 現在:ボイドクエスト【最終章・コロッセオ】

 

 最後の手段で何とかなった悠達はキツネの不満顔から目を逸らしながらも扉の中へと足を踏み入れた。

 そこはボイドクエストの最上階であり、悠達が見たのは周りを高い壁に覆われた広場、そしてその壁の上に存在する観客席。

 そこは正に戦う為だけの場所、コロッセオを彷彿させる場所であった。

 そして、そのコロッセオの中央には目的である人物”久保 美津夫”が立っており、更に奥にも久保と同じ姿をした者が立っていた。

 

「遅かった……! 既にシャドウが出ている!」

 

「でも、なんて言うか……どっちが本物なのか分かりづらいな」

 

「どっちもシャドウっぽいしね……でも、場所的に考えたら奥のがシャドウじゃないかな?」

 

 悠の言葉に、陽介はどっちが本物か分からず、配置的に考えて奥にいるのがシャドウだと千枝は推理した。

 だが、こんなにもすぐ後ろで悠達が話しているにも関わらず、久保は全く気付いておらず奥の方にいる自分のシャドウに何かを叫び続けていた。

 

「誰も俺の凄さに気付かねえ! だから殺してやったんだッ! あの馬鹿な女子アナや第一発見者を……そして、モロキンの野郎をもだっ! 繁華街にいただけで停学にして、俺のプライドをズタズタにしたあのモロキンをだぜ! 」

 

「あの野郎……!」

 

 自分のやった事に対する罪の意識が全く感じられない美津雄の言葉に、完二は思わず歯を噛み締めながら拳に力を入れた。

 近所では族潰しの不良で通っている完二だが、その心は優しく、やって良い事と悪い事も理解している。

 それ故に、自分がどれ程の事をしたのか全く理解していない美津雄に怒りが湧き出て仕方なかった。

 そして、同じ怒りを陽介や雪子達も感じていた。

 

「あんな奴に小西先輩は……!」

 

「さっき諸岡先生に補導されてプライドをズタズタにされたって言ってたけど……もしかして、私が誘拐されたのは私が誘いを断ったから……? でも、だったらなんで他の人まで……」

 

「誘拐した奴全員が気に喰わなかったんじゃない? アイツの言葉から察するに……」

 

 りせがそう言った時だった。悠達に気付いたらしく、美津雄は振り向く。

 ゴツゴツとし、妙に四角く身体に似合わない程に大きな顔と、死人の様な生気の感じない瞳。

 悠達はその姿を見た瞬間に背筋に悪寒が過った。一体、何をしでかすのかが分からない。

 いきなり奇声を上げて襲い掛かって来るかも知れない。

 悠達にそう思わせる程に、久保の雰囲気等は異様だった。

 最早、相手は只の学生ではなく殺人犯だが、そんな悠達の様子に微塵も興味が無いのか、美津雄は口元を歪ませると突如、大声で笑いだした。

 

「アッハッハッハッハッ!!」

 

「ひっ!」

 

 がらがら声の様な乾き切った笑い声に、りせは思わずビクッと反応してしまい、千枝と雪子の二人が落ち着かせる様にりせの手を掴み、悠達も身構えた。

 だが、美津雄は暫く笑っていると特に何もせずに馬鹿にするかの様な口調で悠達を指しながらながら口を開いた。

 

「なにお前ら? 本当にここまで追っ掛けて来たのかよ?」

 

「一応、確認するが……久保 美津雄だな」

 

 美津雄の背後にいるシャドウから出来るだけ遠ざけようと、悠は久保に対して他愛ない言葉を投げると悠の言葉に美津雄は再び口元をニヤつかせた。

 

「ニュース見たんだろ? なら分かんだろ?――全部だ! 全部俺が殺ってやったんだ! 二人だけじゃあ誰も俺を見ねえから……だから三人目……モロキンの野郎も殺して殺ったんだっ!!」

 

「マジかよ……本当にお前が、小西先輩達を……!」

 

 美津雄本人からの言葉に、陽介から怒りの感情が溢れ出てきた。

 何故、小西早紀がこんな訳の分からない奴に殺されなければならなかったのか。

 何故、もっと早く美津雄の存在に気付かなかったのか。

 陽介は今になって後悔ばかり生まれてしまう。

 悠達もそんな陽介の様子に気付いたが、今の状況では投げ掛けてあげられる言葉がなかった。

 だが、先程の陽介の言葉を聞いた美津雄だったが、何故かその表情は嬉しそうであり、満足げな表情をしていた。

 そして、久保はそのまま今度は自分のシャドウの方に向きなおす。

 

「どうだ! コイツ等だって俺を知ってるんだぜっ! 何もないあの町で俺は時の人だ! 色んな奴が俺を見てるんだぞっ!!」

 

 先程よりも感情的な喋り方をし始めた美津雄はそのまま自分のシャドウに対し、色々と言葉をぶつけ始める。

 だが、当の美津雄のシャドウは何も言わない。――いや、その表情を見る限りでは美津雄の言葉から何も感じてすらないようだった。

 

『………』

 

 何も言わない己のシャドウに対し、久保は怒りを露にした。

 

「なんなんだよ……なんで何も言わないんだよっ!!」

 

 怒りに任せた言葉をシャドウにぶつける美津雄。

 その言葉の感情から察するに、悠達がここに来るまでにも色々とシャドウに話し掛けていた様だが、返事は無かったと思われる。

 だがこの時、シャドウが初めて美津雄の言葉に対しリアクションを示した。

 

『……だって、何も感じないから』

 

「な、なんだと……!?」

 

 見た目通り言葉にすら生気が感じられないシャドウ。

 そのシャドウの言葉に美津雄は初めて喋った事への驚きよりも、シャドウの言葉に驚いてしまっていた。

 

『……僕は無だ。無なんだから何も感じない……そして、君自身も……君は僕だから……』

 

「な、なんだよそれ……!」

 

 美津雄はシャドウの言葉に怒りを覚える。自分の事を殆ど知らない悠達ですら自分の事を知っている。

 おそらくニュースかなんかで知ったのだろう。もしかしたら町中か、日本中が自分を知っているかも知れない。

 なのにも関わらず、自分と同じ姿をしたシャドウは美津雄の事を無と言った。

 それが美津雄は許せなかった。他人は知っているのに、自分自身が自分を知らない。 

 そう思われている様で、美津雄はシャドウに対し怒りを覚え、思わずその場で大きく叫び散らした。

 

「ふざけんじゃねえよっ!!」

 

(マズイ……!)

 

 美津雄から醸し出される危険な雰囲気を感じ取った悠は、シャドウの暴走化を抑える為に別の話題を口にした。

 

「一つ聞きたい! お前は一体、何処でこの世界の事を知ったんだ?」

 

 美津雄の事を模倣犯と元々、洸夜から聞いていた悠だが、このダンジョンに入ってからの出来事や美津雄本人からの供述から察するに被害者三人を殺したのは美津雄という事になり、その流れで自然に誘拐していたのも美津雄という事になる。

 ならば、美津雄は何処でこのテレビの世界を知り、どうやって誘拐を成功させていたのか?

 テレビの世界は偶然知ったのならばそれで良いが、誘拐の方は偶然で片付けられない。

 悠はその二点が気になった。しかし、悠の言葉に振り向いた久保は悠の顔を見た瞬間、何かを思い出した様に目を開き、そのまま睨み付けた。

 

「……バイト」

 

「……?」

 

「バイトつってんだよ! お前! あの時、俺とりせの邪魔をしたバイトだろ!」

 

 美津雄が言っているのは、暫く前に美津雄にしつこく話し掛けられて困っていたりせを洸夜が助けた時の事だろう。

 どうやらその事で悠を洸夜と間違えられた様で、その話を聞いたりせは不満げな表情で美津雄を睨んだ。

  

「邪魔って……なんで私がアイツの物みたいに言われてるの?」

 

「う~ん……あの子は恐らく世間をと言うか、周りを見下して世界が自分を中心に動いてると思ってるクマよ。 だから、他人が誉められたり認められたりすると面白くない。逆に、自分が他の人より勝っている部分があると出来ない人を凄く馬鹿にすると思うよ。 そんな感じで町に来たりせちゃんを自然に自分の物と思ったんじゃない?」

 

「お前……本当にクマか?」

 

 何気に観察しているクマの言葉に完二は謎の違和感を覚えると、クマはドヤ顔を披露した。

 

「ふふ~ん! クマは毎週ヨースケの家でパパさんとママさんと一緒にテレビを見ているクマから、ああ言う子に関しては任せるクマ!」

 

「お、お前……たまにいなくなると思ったら人の親となにパイプ築いてんだよ……」

 

「毎週水曜日! 歪んだ若者の直し方! オススメクマ!」

 

 ピースしながらテンションをあげるクマに、溜め息を吐きながら陽介に同情する悠達だが、美津雄を無視して盛り上がるクマ達の、その行為が美津雄の逆鱗に触れてしまう。

 美津雄は自分を無視したクマ達を睨むと拳を握り絞めて叫んだ。

 

「なんなんだよ! お前等まで俺を無視しやがって! こうなったらお前等も全員殺してやるっ!」

 

 そう叫ぶと同時に、今度はシャドウの方を向く美津雄。

 

「お前もだこのニセモノ! 俺は出来るんだ! 全員殺してやる……! ハハ……特に俺を馬鹿にするニセモノ野郎は……」

 

「ッ!? マズイ!」

 

「やめろっ!」

 

 美津雄がなにしようとしたのか分かった悠と陽介は、美津雄を止めようとしたが遅かった。

 美津雄は自信を取り戻したらしく既に自分の世界に入り、悠達の声は聞こえていなかった。

――そして、あの言葉が放たれる。

 

「俺の前から消えちまえっ!!」

 

 その言葉が引き金となる。

 

『認めないんだね……僕を……』

 

 美津雄の言葉を聞いたシャドウの周りから大量の闇が溢れだし、その闇は美津雄を飲み込もうとその身体を包み込み始めた。

 

「なっ!? なんだよコレ――!」

 

 闇に飲み込まれる美津雄を見て悠達は助けようとしたが、闇の動きは早く、あっという間に美津雄を飲み込んでしまった。

 そして、美津雄を取り込んだ闇はやがて一つの形になり始め、見た目はドット絵の塊だが、そのドット一つ一つが巨大なブロック状、右手にはそのブロックで作られた剣を持ち、まるでレトロゲームの勇者を彷彿とさせるシャドウ『導かれし勇者ミツオ』が現れる。

 その光景に悠達はそれぞれ武器を構えて戦闘態勢に入った。

 

「結局こうなるのか……」

 

 悠はそう呟き、精神を研ぎ澄ませる様なピリピリとした空気が包み込む。

 そして、悠達はペルソナカードを構え、戦いの合図の代わりに仮面の名を叫んだ。

 

――ペルソナッ!

 

 悠達か、美津雄か、この戦いの結末が誰に対してのエンディングになるのか、まだ悠達は知らない。

 

 

 

END


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