第三十一話:模倣犯
同日
現在:堂島宅
あの後、堂島は現場に残って応援を待ち、洸夜は堂島に頼まれて先に帰宅していた。
幸いにも菜々子が諸岡の死体を見ずに済んだこともあり、帰宅してからそのまま布団の中で眠り、悠は担任であった事もあって急いで陽介達と合流する為にジュネスへと向かい、家には洸夜が残った。
本当ならば色々と調べたい事があったのだが、こんな事態の中で菜々子を一人、家で留守番させる訳にもいかない。
そうなると洸夜が今できるのは家事だけであり、溜まっている洗濯物を洗濯機に入れて回して始めた時だった。
――ピンポーン!
鳴り響くチャイムの音。来客の存在を知らせる音に呼ばれて洸夜は玄関へ向かい、相手に声を掛けた。
「はい、どちら様でしょうか?」
「僕ですよ、洸夜さん。……白鐘です」
玄関の扉、その向かい側から聞こえる聞き覚えのある直斗の声。
洸夜は鍵を開けて扉を開けると、そこにいたのはやっぱり直斗だった。
「どうも」
「わざわざ家にまで来るのは珍しいな。何かあった……な」
今朝、起きたばかりの諸岡 金太郎の殺人事件。わざわざ、直斗がここに来た理由がそれぐらいしか思い浮かばない。
「えぇ……諸岡 金太郎さんが今朝、遺体で発見されました。その時、洸夜さん達も近くにいたんでしたね?」
「その様子だと……既に現場で叔父さんから話を聞いたな?」
流石にタイミングが良い。洸夜は少なくとも、そう感じた故に直斗へそう問い掛けると直斗は頷いた。
「連絡を受けてすぐに現場に向かいました。そこには既に堂島刑事がいたので事情を聴いたんです。勿論、弟さん達からも話はさせてもらいましたよ?」
直斗は自分がここに来るまでの事を話すが、悠達の話をした時に表情を暗くする。
そんな風にいきなり表情が変れば洸夜も気付き、やれやれと髪を弄りながら聞くしかなかった。
「悠が……と言うよりも他の奴等が何か言ったな?」
「……別になんでもありませんよ」
直斗は顔を逸らして否定するが、それはまるで不貞腐れた子供の様にも見える。
そうなれば洸夜は苦笑するしかない。
「……何があったかは分からない。けどな……お前等は互いを知らな過ぎている。アイツ等も、そしてお前も……互いを悪く思わないでやってくれ」
「……思うも何も、何もありませんでしたから」
洸夜の言葉を聞き、ますます顔を逸らす直斗であったが今度のはプイッと照れ隠しで逸らした事が分かる。
その様子に、ようやく洸夜は安心して一呼吸入れることが出来た。
「それで、素直じゃない探偵さんはどうしてここに来たんだ?」
「別に素直じゃな……って、そんな事は別に良いです。……洸夜さんは叫び声を聞いた時に何か気付いた事はありませんでしたか?」
叫び声とは、信号で止まっていた時に聞こえた通行人の叫び声の事だろう。あれを聞いた事で洸夜達は現場へ急いで向かうことが出来た。
直斗も堂島からその事を聞いて確認の為に聞き回ってたのだ。
「気付いた事か……」
直斗の言葉にその時の事を思い出す洸夜だったが、それは案外、簡単に思い出す事が出来た。
「信号で止まっていた時、信号無視して飛び出した奴がいた。霧が濃くて姿は見れなかったが……シルエットはそんなに大きくなかった」
「高校生ぐらいですか?」
まるでその言葉を待っていたかのように間を開けずに言った直斗の言葉を聞き、洸夜は頭がスッキリした様に納得できた。
「そうだな……確かに高校生と言われると納得できる。だが……なんで分かった?」
「……簡単な事です。既に警察は一人の”男子高校生”を容疑者として特定しています」
まさに寝耳に水の様な言葉が直斗から放たれる。
容疑者が特定された事なんて今までなかったのにも関わず、ここでそれが分かるなんて洸夜には信じられなかった。
「容疑者が特定したのか! 今まで全く分からなかったのになんで今回はこんなにも早く!?」
「”目撃者”ですよ。諸岡さんを担いで吊るしていた人物を見た人がいるんです。既に凶器も発見しています……諸岡さんの頭部の損傷とも一致する筈です」
「頭部の損傷? 諸岡さんには外傷があったのか?」
諸岡に外傷があった事実が洸夜を更に驚かせる。
今までの被害者達はシャドウに殺害されている事で外傷はなく、それが死因を分からなくさせていた。
(何かがおかしい……)
洸夜はこの事件に関して違和感を覚えた。
今までシャドウに殺させていた犯人にしてはあまりにもお粗末。スリルでも得たくなったのか、そう思わせる程に危ない橋を渡り過ぎている。
洸夜は悩む様子を隠せず、それを見た直斗は満足した表情を浮かべながら口を開いた。
「それと……今回ですが、諸岡さんはメディアに映っていなかったようですよ?」
「なに?」
直斗の言葉はこれまでの推理を根本から覆す様な内容であった。
今までの犯人はメディアに映った者を標的とし、テレビに入れていたが今回はそのまま実力行使。
自分達が助けている事でいよいよ我慢が出来なくなったのかとも思えるが、今まで証拠を残さなかった犯人がしたにしても納得が出来ない。
「同じ犯人なのか……?」
洸夜は納得できず、目の前に直斗がいるにも関わらずその場で真剣に考え始めた。
殺せなくともメディアに別の人物が映れば、そちらに標的を変えていた故に犯人の目的は”テレビに入れる”事と洸夜は思っている。
殺人はその副産物でしかないと思っていたが、実際に実力行使で殺人を行っている時点でその推理は成立しなくなる。
今までの犯人と今回の犯人が”別人”ならば話は簡単だが、思えば簡単なだけで証拠は何もない。――そう思った洸夜だったが。
「僕も違うと思いますよ。今までの犯人と今回の犯人では何もかもが違い過ぎている。殺害方法から証拠隠滅まで、その全てが粗末なものばかり……」
洸夜の疑問への答えに橋を掛けたのは直斗だった。
事件解決を難航にしていた殺害方法を始めとした証拠無き霧の惨劇。だが今回の諸岡殺害に関しては現場・凶器・目撃者までも判明している。
直斗にしても同一人物とは思う事が出来なかった。
「おいおい……別人だったとしても、この犯人は明らかに怪奇殺人に便乗しているぞ? これじゃまるで”模倣犯”じゃねぇか……!」
「はい……今回の事件は”模倣犯”の犯行。それが僕の答えであり、最も恐れていた事でもあります」
頷きながら直斗は模倣犯への怒りで表情を険しくしながら言った。
模倣犯の存在は確実に真犯人を見つけるまでの妨害になってしまう。
だが真犯人を隠す”偽りの犯人”の存在、それは捜査の混乱だけではなく、別の結末の可能性も生み出してしまっていた。
「更に言えば、警察上層部はその容疑者を模倣犯ではなく、この稲羽連続怪奇殺人の”犯人”とするつもりなんです」
「当然と言えば当然か……」
洸夜は直斗の言葉を納得するのに時間は掛からなかった。
この稲羽の事件のニュースは既に海外にまで報道されており、しかも御丁寧に警察が足取りを掴めていない事も丁寧に流されている。
国内外からの批判、それに対応する為に身内を信じず『白鐘』に頼ったにも関わらず、漸く掴んだ尻尾の犯人は模倣犯。そんな結末は警察は望んでいなかった。
「堂島刑事を始めとした数人は納得していませんが、既に上の方達は模倣犯を真犯人として祀り上げる気なんですよ。――ですが、僕は諦めません」
「待て直斗!」
そう言って帰ろうとする直斗を洸夜は呼び止めた。
「お前が諦める気はない事は分かる。だが、何か策はあるのか? お前が正しいとしても、依頼した上層部は偽りとは言え解決できる事件に首を突っ込まれても良い顔をするとは思えないぞ?」
「そうでしょうね。つい先程、その上層部の方から”お礼”を言われました……『ありがとう。流石は白鐘の四代目』だとね……」
直斗の話に洸夜は、やはりと言った様に表情を険しくする。
明らかに直斗への依頼達成の言葉であり、見方を変えれば”牽制”とも受け取れる。
「警察は僕にこれ以上は介入して欲しくないようですが……『白鐘』の名を背負っている以上、偽りと分かっている真実を認める訳にはいきません」
「大丈夫なのか? ある意味で後ろ盾であった警察上層部を敵に回すんだぞ?」
「問題ありません。上手くやるつもりですから……」
「そうじゃない……大丈夫なのかと聞いたのはお前自身の事だ」
ある意味で自分に都合の良く受け取った直斗に洸夜は呆れた様に溜め息を吐き、首を横に振りながら否定した。
「ただでさえ、お前は重い物を背負っている。そんな中で警察が……お前にとって敵になれば本当にお前は潰されてしまうぞ」
「……警察が僕を邪魔に思うのも計算の内です。警察上層部が欲しているのは”事件解決”と言う結果だけですが、探偵が求めるのは真実のみ。全ての覚悟の上……」
答え等はどうでも良く、事件解決と言う結果を得られれば警察上層部はそれで満足。
現場の刑事が違うと言っても認めない。直に依頼した探偵だろうが同じ事。事件解決という結果が得られるならば真実じゃなくても良い。
そんな警察上層部の答えは既に直斗は予想の範囲内であり、真実の為ならば依頼人であろうが敵に回す事も辞さない。
そんな覚悟を持って稲羽にやって来た直斗の姿は立派だが、注意して見れば体が微かに震えている事に洸夜は気づいていた。
(たった一つのミスで今まで築いていたモノが消える。……俺達には分かる事が出来ないプレッシャーと、お前は今も戦っているのか)
探偵・子供・女、それだけの要素で直斗は他者には感じる事も出来ない程の重圧を負っている。
味方がいなくとも、他者から遊びだと言われ様とも直斗は表情にも出さない。それがせめてもの抵抗なのか、強さなのか分からない。
「俺で良ければ……ずっとお前の味方だぞ直斗」
「!……ありがとうございます」
洸夜の言葉に背を向けたまま直斗はそう返答し、堂島宅を後にした。
▼▼▼
7月29日 (金) 雨
現在:堂島宅【洸夜自室】
あれから数日が経ち、悠達は期末テストの為に必死で勉強していたが事件の進展はなかった。
洸夜が悠から聞いた話では、ジュネスで偶然サボっていた足立から容疑者の行方が分からないとの情報を得たのが最後。
悠は学年で五位以内に入っていて洸夜と堂島や菜々子から褒められて嬉しそうだが、今一複雑な表情もしていたのを洸夜は気付いていた。
理由は単純に、犯人を自分達の手で捕まえられないのが辛いからだ。本来、調査をする警察が犯人を追い詰めるのは良いことなのは悠達も分かっている。
しかし、やるせない気持ちもある。そこの所を洸夜は理解しているつもりである為、下手に口出しはしなかった。
そして、霧の出ていた金曜日の夜。事態は突然に急変する。
「これは……」
何時も通り洸夜は霧の出る夜にマヨナカテレビを確認しようとしていた。
この所、対して異変がなかった為、今日も何もないだろうと思った洸夜だったが今日は少し違った。
景色はいつものテレビの広場の様に、たいして特徴がない場所だったが、そこにはどこか顔色が悪く文字通り目が死んでいる様な目をした写真の少年が現れる。
少年はまるで自分がテレビに気付いている事を知っているかの様にニヤリと口を歪ませ、静かに口を動かした。
『みんな、僕のこと見ているつもりなんだろ? ……みんな、僕のこと知っているつもりなんだろ?』
「兄さん」
洸夜がテレビの中にいる少年の言葉を聞いていると、悠が部屋の扉を勢いよく開けて入って来る。
それに対して洸夜は、一瞬だけ視線を悠に向けて頷くと直ぐにテレビへと視線を戻した。
「やられたな……」
「彼はまさか……」
「ああ、恐らくは諸岡さんを殺害した模倣犯だろ」
洸夜は机の上に置いてあった写真を悠へと見せた。
その写真はバイト中に洸夜が見ず知らずの少年が配っていた一枚、それを貰ったものだった。容疑者と思われていた少年は既に顔が割れており、写真とテレビを見比べて悠も険しい表情を隠せない。
「模倣犯はテレビの世界を知らない筈じゃ……」
悠達は直斗や洸夜から話を聞き、模倣犯と言う存在。そして模倣犯がテレビの存在を知らないと言う考えで固めていたが、現に少年はテレビの中にいる。
悠の言葉に、目を閉じて洸夜だったが、すぐ様口を開いた。
「何かが間違っている……」
まるで裏を掛かれた様な感覚に洸夜は、拳を握り締めながらテレビを見詰めていると、テレビの中の少年はまるで挑発する様に笑い、ゆっくりと口を開いた。
『捕まえてごらんよ……フフフ。お前等なんかに捕まらないよ……』
その言葉を最後にマヨナカテレビは消えて砂嵐に戻り、洸夜と悠はテレビに視線を戻さずにそのまま状態で立ち尽くす。
常人よりも声が低く、顔が腫れているかの様に太った顔。別にその人の外見に何かを言うつもりは無い。
だが、他者を見下すあの態度が何故か洸夜と悠は気に入らなかった。
「悠……早速、明日にアイツを追いかけるのか?」
「そうした方が良い……アイツはまた何かしそうな気がする。だから、陽介達に連絡して明日すぐにテレビの世界に向かう」
洸夜の言葉に悠は力強く頷き、早速、陽介達に連絡しようと携帯を取り出そうとするが、洸夜がそれに待ったを掛けた。
「ちょっと待て悠……」
洸夜はそう言うと、押し入れの中に隠していた己の武器である”刀”の入った布袋を手に持つと、袋を緩めて柄の部分を露出させると悠へ差し出す様に向ける。
「これは?」
「抜いてみろ……」
呆気になる悠へ真剣な表情で洸夜はそれだけ言い、悠は困惑しながらも柄を掴み、引くように抜くと、刀からその刃が顔を出した。
「凄い……!」
刀の刀身は綺麗な物であり、だいだら屋でその場しのぎで買った武器とは比べ物にならない程の違いを悠は理解していると、洸夜は満足そうに笑みを浮かべ、布袋ごと鞘を悠へ手渡した。
「持っていけ……悠」
「!……流石に受け取れない」
流石の悠もすぐには頷く事が出来なかった。手に持っただけでも分かる程に刀からは”重み”を感じる事ができ、渡されて、はいそうですかとすぐに受け取る事は悠には出来ない。
だが、洸夜は首を横へ振りながら鞘を悠へ向け続ける。
「良いんだ悠。俺に出来る事はこれぐらいしかない……戦う事の出来ない俺のせめてもの助力だ」
どこか悲しそうな表情で言う兄の言葉に悠は前のお見合いを思い出す。
あの時、突如として起こった洸夜のシャドウ? の存在、そして謎の異変。それは自分の知らない何かに洸夜が苦しんでいる事を意味している。
悠もそれとなく聞いてみたが、結果はホテルで言われたのと変わらず諦めるしかなかった。
そんな何かを背負っている兄のせめてもの助力。共に戦えない洸夜が自分達を信じて託してくれた想いを受け、悠はその鞘を手に取り、刃を鞘に納めた。
「重い……とても重く感じる」
「ある意味で曰く付きの刀だからな……」
洸夜は悠の言葉に冗談半分でそう言って笑うと、表情を真剣なものに戻した。
「この刀はシャドウを”弱らせる”効果がある。きっと、お前達の助けになってくれる筈だ」
「ありがとう……兄さん」
洸夜から刀を預かった悠は頷き、その刀を力強く握り絞めた。
END
ゲームで洸夜がいた時の役割。
一定の期間で戦闘メンバーから脱退。しかし一定のコミュで同行は可能。
効果:アイテムプレゼント・回復・キツネの代金の立替え(回数制限)
この三つかな(妄想)