同日
現在:ホテル(洸夜・悠の部屋)
「!」
「あっ目が覚めた?」
とあるホテルの一室で洸夜は目を覚ました。服もスーツからジャージに変ってベッドの上で意識を取り戻した洸夜を、悠が迎えた。
「……悠? 此処は……? 俺は一体……?」
記憶の混乱により一瞬、見覚えのない部屋だと思ったが此処が自分と悠のホテルの部屋だと気付いた洸夜だが、大量の汗にボ~っとした頭、とてつもない怠さで現在の自分の場所を把握するだけでもやっとの思いだった。
「兄さんはお見合い会場で倒れたんだ。それで美鶴さんがすぐに医者を呼んでくれて現在に至る」
「そうか……医者はなんて言っていた? 病院ではないなら、大した事はなかったんじゃないのか?」
”抑制剤”を服用している事で医者と聞いて内心で洸夜は少しだけ焦った。
美鶴達ならばともかく、一般人である堂島にでも知られたら面倒ですまないからだ。
「良く分からない。けど、身体に異常が見当たらなかったから、何か精神的なモノじゃないかってさ……」
「……成る程、それと叔父さん達と美鶴達は?」
「叔父さんと菜々子はさっき、美鶴さん達と一緒に夕飯を食べて今は部屋にいるよ。……美鶴さん達も此処のホテルに泊まってて、菜々子と仲良くなったから。……ちなみにお見合いは美鶴さんからの提案で保留にして貰ってる」
「アイツ等も此処に……それに保留か」
洸夜はこの際、お見合い自体をなかった事にしたかった。
別に自分が倒れたからでは無いが、互いにもう会わない事がお互いにとって一番ベストだと洸夜は思っていた。
それが良いかどうかは分からない。だが、事態はそんな問題ではないのだ。
洸夜が内心でそんな事を考えていると、悠が一息入れて話し出した。
「それに実は結構大変だった。兄さんが倒れた事で菜々子が大泣きして……。兄さんの側を離れなくて、叔父さんが説得してやっと夕飯に向かったんだ」
「……菜々子がそこまで?――叔母さんの事と重ねてしまったのか……」
悠の話を大体聞き、菜々子達に余計な心配をさせてしまった事に洸夜は罪悪感を抱いた。
まだ一緒に住んで短いが、あんなにも強く、優しい菜々子を悲しませたくない。
そう思いながら洸夜は、ゆっくりとベッドから身体を起こした。
「兄さん……余り無理はしない方が良い。ただでさえ、兄さんは自分の事を二の三の次にするし」
「そんなつもりはないんだがな……だが、別に大丈夫だ。……それに、少しでも何か口にしていた方が良いだろう」
「そう言うと思って、叔父さんがルームサービスを頼んでくれてる。一応、部屋に届いてから20分は経ってないから、まだ温かい。……それじゃあ俺は叔父さん達に兄さんが目を覚ましたって教えてくる」
(起きた後に頼んで欲しかったな……)
自分がいつ目を覚ますのか分からないのだから文句は言えないが、そんな事を胸にしまって洸夜は自分のベッドの隣にあるテーブルにおいてある食器に手を伸ばし、閉じてる蓋を開くとチーズが乗っているハンバーグが鉄板に置かれていた。
「病み上がりで寝起きにはヘビーだ……」
そう言って思わずナイフとフォークを置いてしまう洸夜にドアノブを掴んでいた悠がその場で止まり、洸夜に背を向けたままで口を開いた。
「兄さん、一つ聞いて良い?」
「……どうした?」
「兄さんと美鶴さん達……昔、何かあったんだろ?」
「……」
悠の言葉に洸夜は沈黙で返す。
自分達のごたごた、と言うよりも自分の罰に弟である悠まで巻き込みたくはないのだ。
そう思っていた洸夜に、悠はその場で軽く微笑んだ。
「……隠さなくても良い。お見合いの時の兄さん達を見れば、兄さん達の間に何かあったのかぐらい分かる」
「ハハ、だよな……」
やはり隠し通す事は出来なかったと、洸夜は悠の言葉に思わず笑ってしまう。伊達に長年兄弟をやってはおらず、洸夜と悠はなんだかんだでお互いの隠し事ぐらいは分かる。
「これは俺の勝手な推測だけど、二年前に兄さんが家に帰って来た時の抜け殻の様な感じ、そして兄さんのペルソナ能力……コレ全部、美鶴さん達と関係しているんじゃ――」
「悠……お前には話せない」
「兄さん……?」
兄の言葉に悠は振り向くが、洸夜はその様子に軽く笑う。
「……悪いな。別に意地悪で言ってなければ、お前を信用していない訳でもない」
「なら何で?」
「これは”罰”なんだ……」
「……罰?」
洸夜の言葉に悠は意味が分からず、キョトンとした表情をする。
ただでさえ、『タルタロス』『デス』『ニュクス』『影時間』『桐条の罪』これ以上に言葉を上げろと言われれば、まだいくらでも上げられる程に重い事件で目覚めた”罪”だ。
言葉は悪いが、はっきり言ってしまうと洸夜からすれば今、起きている『稲羽の事件』は二年前の事件に比べれば軽いモノと見える。
『タルタロス』と『影時間』を徘徊していたシャドウに比べれば、いくら死者が出ているとは言え凶暴性・知的性、共に前者の方が遥かに上だろう。
テレビの中のシャドウも全く凶暴じゃないとは言えないが、霧が晴れると凶暴になると言う条件付き及び、自分達からは外の世界の人達に危害を加えない。
その為、悠達にとってのシャドウの事件の基準が『稲羽の事件』だとすれば、二年前の事件は重い話でしかなく、その中で起きた己の『罪と罰』は洸夜でも話し切れない。
前にかいつまんで悠達に話した時でさえ、悠以外の者は顔面蒼白ではないが辛さを隠せなかった故に話せない。っと言うよりも、話してどうにかなる問題ではないのだ。
「悠、俺が抱える問題は”俺だけ”の問題なんだ。お前に話しても無意味に巻き込むだけなんだ……だから頼む。この件にだけは干渉しないでくれ……!」
「……なら忘れないでくれ。俺が兄さんの”弟”だという事を……」
悠はそう言って部屋から出て行った。表情は納得していなかったが、受け入れてはくれた様だ。
そして、洸夜は悠を見送って再びフォークとナイフに手を伸ばした。
「……もう、お前を守る事は出来ないな」
そう言って洸夜は、微妙な温度のハンバーグを切ると、中からもチーズが流れ出て来る。
「……重いな」
洸夜は静かに口に運び、微妙な温かさのチーズとハンバーグの味を無理矢理楽しむ事にするのだった。
▼▼▼
現在:ホテル(バー)
菜々子達との夕食を終えた美鶴と明彦は現在、ホテルに備わっているバーで軽くお酒を飲んでいた。
ゆかりと順平はギリギリアウトだが美鶴も明彦は既に二十歳。更に言えば美鶴は、色々な付き合いでお酒を交わす場面があり、少しずつだが嗜んでいる。
しかし、今日に限っては違う理由だと、美鶴達の暗い表情を見ればすぐに分かる事だった。
「……私は駄目だな」
「なんだいきなり、お前らしくもない……」
それほどアルコールの入っていないお酒を口にしながら、美鶴は無意識の様にそう呟く。
その隣でお酒の手を休める明彦が意外そうに言うが、らしくないと思っているのは美鶴も承知の上だ。
「私は今日、洸夜に自分の想いを伝え様としたが……それは、私のただの自己満足に過ぎなかった。……結局、私は洸夜の気持ちも苦しみも何も理解出来ていない……」
「美鶴……余り自分だけを責めるな。本来ならお前だけじゃなく、俺も洸夜と向かい合わなければならなかったんだ……!」
「明彦……」
今にも割りそうな勢いでグラスを握る明彦を見て、美鶴は苦しんでいるのが自分だけじゃないのを知る。
「俺は強くなる為に世界中を渡り、武者修業をして来た。……だが、結局強くなったのは力だけだ。……心はまだまだ弱い! 何より、俺は親友だったアイツを裏切ってしまった……!」
そう言って歯を食い縛りながらグラスを置く明彦。その苦痛を浮かび上がらせる表情は同時に、後悔をも抱かせるかの様に見える。
「その事も洸夜に伝えたんだが……前と同じ、私達は悪くないとしか言ってくれなかった……」
「……確かに、あの”一件”は当事者の俺達でさえ何でしてしまったのか未だに分からない事だ。――だが、だからと言って納得できるか!」
美鶴と明彦は、そんなお互いの言葉を聞くと同時に二年前に起きた、洸夜との決別する事になった”一件”の事を思い出す。
二年経とうが、あの時の自分達が洸夜にぶつけた言葉は一言一句覚えている。忘れる筈もない。
今、この瞬間にも、あの時の言葉が頭の中で再生される。
『どうして『彼』を守ってくれなかったんですか!』
『誰かを守れない様な綺麗事よりも、俺は誰かを守れるヒーローごっこの方がましっすよ!』
『……誰も守れない力。そんなモノに何の意味がある?』
『……お前を信じた私達がいけなかったんだ』
「ッ!」
「あの時……俺達に何が起きていた……!」
美鶴と明彦は、洸夜との溝を作った原因である二年前の出来事を思い出して表情を悲痛に歪ませた。
二年前の出来事の後、美鶴達は”我に返った”様に自分達の過ちに気付き、 洸夜に謝罪する為に部屋を訪れたのだが、美鶴達が来た時には既に洸夜の部屋は空き部屋だった。
当時それに明彦達が驚愕する中、急いで連絡した美鶴の電話に洸夜は出た……が。
『お前達は何も悪くはない。全部、忘れろ。――すまなかった……!』
その言葉を最後に洸夜と会う事は疎か、連絡も通じないまま二年が過ぎてしまった。
一度も忘れた事のない過去を思い出すながら、明彦と美鶴はグラスを少し口に運んで再び置いた。
「シンジも『アイツ』も……そして洸夜も……何故、一人で抱える……!」
明彦の言葉を黙って聞いている美鶴の表情は悲しみに満ちていた。
何もしないよりは、何かしら行動をしたかったが何が出来るのかも分からない。
「こうなったら無理矢理にでも聞き出すしかないぞ!」
明彦はグラスから手を離し、美鶴へ視線を向けて今にも洸夜の部屋へ向かうとに椅子から立ち上がった。だが……。
「止めとけ……」
美鶴は明彦の行動に対し、首を横へと振って返した。その行動は間違いだと言うことが分かっているからだ。
「何でだ!? お前だって分かっているだろ! 洸夜は既にあの薬を服用している……このままじゃアイツは死ぬぞ!」
「そんな事は分かっているッ!!」
明彦の言葉に美鶴が叫び、静寂に似合ったBGMを打ち消してBAR全体を支配する。
何かあったのかと思って店員が向かおうとするが、近くにいた桐条のガードマンとメイドがそれを止める。止めた姿はまるで彼女の時間を守ろうとしている様だった。
「分かっているんだ……明彦……だが、何が洸夜の為になるのかいくら考えても分からないんだ……!」
「美鶴……お前……」
今にも壊れそうな程に悲しそうな表情をする美鶴を見て、明彦は黙って再び椅子に腰を掛けるしかなかった。
この中で一番洸夜へ何かしてあげたい気持ちが一番強いのは他の誰でもない、美鶴自身だと言う事を明彦は思い出した。
最初の頃は無理ばかりして、愛想笑いすらしなかった美鶴。
幼い時から彼女が背負っているものからすれば、それは当然の事と言えるが、そんな美鶴が良く笑っていたのは決まって洸夜の前だった。
勿論、洸夜が入部仕立ての頃は笑う事はなかった。
それどころか、偶然ペルソナが覚醒したとは言え、関係のない者に一部秘密にしながら巻き込む事に申し訳ないと罪悪感を隠すだけで、本音の顔を圧し留めていた。
しかし、洸夜自身が元々、笑わす気があったかどうかは分からないが世話好きな性格の洸夜は顔色の悪い美鶴や食生活が片寄っていた自分に、真次郎と料理対決と称した夕食を作ってくれたりしていた事を明彦は覚えている。
真次郎とは違い、何処か懐かしい様な家庭の味。それが洸夜の料理の味だった。
美鶴達が大変だからいいと言っても……。
『まずければ止める』
それしか言わない洸夜に美鶴達は何も言えなかった。不味い訳がないからだ。
そんな風に温かい食事を作ったりしている内に、美鶴の心も溶かしたのだろう。
巻き込んだに等しく、全てを知らないとは言え、事件の一部を秘密にして教えていない様な自分に温かい食事を作ってくれる、寮に帰ったら"おかえり"と言ってくれる。
両親が共働きの為、面倒見が良い洸夜からすれば当然の事なのだが、美鶴にしてはそれがとても嬉しく心を温かくしてくれたと思えた。
そんな日が続く中、気付けば美鶴は洸夜と行動する事が増えていた。明彦達を含め共に勉強したり、洸夜が話す弟の話だったり色々しながら。
美鶴を気分転換と称して洸夜がゲームセンターに連れて行った時もあった。
美鶴の人柄を知っている明彦や真次郎なら未だしも、美鶴を只の"桐条グループ"の令嬢としてしか見ていない一部の生徒からは、美鶴を平然と誘う洸夜は怖いもの知らず等と思われていた事もあったりした。
洸夜と美鶴本人は全く気にしていなかったが、明彦からすれば何も知らない連中に友人を変に言って欲しくないのが心情だ。
しかし、明彦は今でも覚えている。洸夜がゲームセンターに美鶴を連れていき、一度だけ二人で写真を撮った事があった日を。
当初は落ち着いていた美鶴だが、翌々考えて見ると同性の友人と一緒は愚か、ゲームセンターすらまともに行った事ないのにも関わらず、異性である洸夜と二人っきりで写真を撮る。
当時の洸夜からすれば、友人とゲームセンターに行き写真を撮っただけなのだが、美鶴からすれば色々と余計な事を考え、変に意識してしまって段々と恥ずかしくなってしまったのだろう。
その撮った写真を洸夜に渡さず、そのまま自分でしまってしまう。当時の洸夜は、そんな美鶴の行動に笑っていたが、美鶴は洸夜のそんな態度に更に顔を赤くし、そんな珍しい光景に微笑む明彦と真次郎の姿があった。
何だかんだ言って、あの時がそれなりに安定していた時期なのかも知れない。
だが、訳も分からないまま親友を自分達は裏切った。
自分も勿論、後悔しているのだが、そんな事があったからこそ、美鶴がメンバーの中でも一番後悔の念が強いのだと明彦は思う。
(過去に戻る事は出来ない……)
昔の想い出を思い出しながら、明彦がそう思っていた時だ。
美鶴は徐に懐から何かが包まれているハンカチを取りだし、テーブルへと置いた。
「抑制剤……」
瓶から出され、ハンカチに包まれている薬に明彦の目は無意識の内に鋭くなる。
「洸夜は薬をシンジからと言っていたな……」
「……洸夜が真次郎から自らの”能力”で副作用を取り除いた時、不要になったからと取り上げていた事があった。おそらく、その時のだろう」
まるで本人に聞いたかの様に語る美鶴だが、明彦の目は更に鋭くなる。
(また……俺は救えないのか……シンジ……!)
明彦の頭に過る、自分が救えなかった友の姿に肩を落とす様に目を閉じて明彦は歯を食い縛った。
「結局……あの事件が終わったと感じていたのは私達だけだ。……洸夜だけが未だに囚われている……」
美鶴はそう言って、コップに入っている残り少ないお酒を飲み干すと、明彦も同様に一気に飲み干した。
そんな時だった……。
「おいおい……若ぇのがなに間違った酒の飲み方してんだ?」
「あなたは……」
「確か、洸夜の叔父の……」
「堂島遼太郎だ。まあ、好きに呼んでくれ」
堂島はそう言うと、明彦の隣に腰を掛け、傍にいた店員に注文した。
「……すまないがサッパリしたのと、肴を適当に頼む」
「かしこまりました」
店員が頭を軽く下げ、さっそく準備にとり抱えると暫くして要望通りの青いカクテルと肴が置かれ、堂島は静かに口に付けた。
「ふぅ……やっと一息着けたってとこだな」
朝早くから家を出て、この場所へと向かい、一息つく暇もないままお見合いへと参加した為に疲れていた堂島は、アルコール摂取してようやく体を休ませる事が出来た。
すると、そんな堂島に美鶴は声を掛けた。
「……あの女の子と洸夜はどうしましたか?」
「ああ、心配を掛けてたか……菜々子は結局、泣きつかれて部屋で寝ていて、今は悠が見ていてくれている。……そして、洸夜も先程、目を覚ましたらしい」
先程とは違い、少しラフな感じに返答する堂島は内ポケットから煙草を取り出して手に取ると、美鶴達に吸っても構わないかと視線を送り、美鶴と明彦は、どうぞと意味を込めて手を堂島の前に出した。
二人の許可が出た事で堂島は煙草を口に加えて火を着け、一息吸うと風向きに気を付けながら美鶴達に煙が行かない様に吐いた。
煙草の煙が空への階段の様に伸び、やがて消える中で堂島の言葉を聞いた美鶴は、洸夜が目を覚ました事で胸を撫で下ろしていた。
「……そうですか」
「……良かったな」
安心する美鶴達を見て、今度は堂島が口を開いた。
「……すまんが、今度はこちらから話を聞いて良いか?」
「……構いません」
突然の堂島からの問い。それに対して別に断る理由もない為、美鶴は堂島の言葉に頷いて、明彦は隣で静かに耳を傾けた。
「いや、ただな……洸夜との間に何があったのか気になってな」
「……」
何気なく聞いて来た堂島の言葉に、美鶴達は何て言えば良いか分からなかった。
本来ならば、あまり他者が気付かない程にリアクションが小さかったが、刑事である堂島からすれば二人の反応は十分過ぎた。
堂島は、そんな二人のリアクションに思わず笑ってしまう。
「はは……そんな驚く事でもないだろう。一応、俺は刑事だからな、お前達と洸夜が会った時の顔を見れば何かあったのか位は分かる」
堂島はそう言ってつまみを口にしながらも更に続けた。
「まぁ……最初はあからさまにやる気が無さそうな人は少し驚いたがな」
「……その事に関しては本当に申し訳ありません。ですが、別に其方を下に見た訳ではなく……彼等は私にとって本当に信じられる者達なのです」
「まあ、それはお互い様だからもう文句はねぇ。――話を戻すが、洸夜との関係は?」
別に責める様な目で見ている訳でもない堂島からの質問、それに明彦が顔を上げた。
「俺達は……本来なら、俺達全員が背をわなければならなかった罪を……洸夜一人に押し付けてしまったんです」
「おいおい……罪って、犯罪じゃねえだろうな?」
「いえ……法に触れた様な事はしていませんので、ご安心して下さい」
法に触れているかどうかは怪しいのだが、美鶴はしっかりと否定した。
刑事である堂島に下手な事を言って洸夜には余計な心配を掛けたくなかったからだ。
そして、美鶴の言葉に渋々だが納得したのか堂島は酒を口にし、何かを思い出した様に語り始めた。
「その事と関係あるかどうかは分からんが……あいつの母親からある事を言われていた」
「ある事……?」
「何の話ですか?」
基本的に洸夜の家族の話は殆どが、弟である悠の話だった。
それ故に、洸夜の母親の話と言われても今一ピンと来なければ、何故、堂島がそんな話を自分達に聞かせようとするのかが二人には分からなかった。
しかし、そんな美鶴達の想いとは裏腹に意外にも真剣な話なのか、堂島はまだ微妙に長い煙草を灰皿にグリグリと潰しながら話し出した。
「いやな……あいつ等の両親は今海外に居てな……。それで今、家であいつ等を預かっているんだが悠はともかくとして、洸夜を預かる理由が少し特殊だった」
「と言うと?」
「話によると約二年前、正確に言えば高校卒業をして帰宅した時、洸夜はまるで脱け殻の様だったらしく何やら不眠症や精神的な面でも苦労していたらしい」
「……」
堂島の言葉を聞いた美鶴は言葉が出なかった。
明らかに”あの出来事”が原因なのは美鶴と明彦にはすぐに分かった。
まさか洸夜が、自分達が想像していたよりも酷い状態で生きていたのを知り、明彦は思わず拳を握り締めた。
堂島もその話は洸夜の母親から聞いただけだが、実際はもっと酷かったのかも知れない。
そう思うと、美鶴達は余計に洸夜に対して申し訳ないと言う気持ちが強くなると同時に、洸夜に会いづらいと言う気持ちが強まってしまう。
そして、堂島は美鶴達の方を敢えて見ずに話を続ける。
「そういう事もあって、洸夜の母親からは休養も兼ねて洸夜も預けたんだ……だがな」
「……何か問題でも?」
どこか不思議そうな事を思い出した感じに頭を弄る堂島の様子に、明彦が堂島に何があったのかを聞く。
「実はな……精神的に参っていると聞いていたんだが、あいつが家に来た時は全くそんな様子がなかった。……それどころか、まるで何かを覚悟している様な目をしていた。あれは、脱け殻の奴の目じゃない」
「覚悟の目……?――失礼ですが、お住まいはどちらに?」
堂島から聞いた言葉で、洸夜から感じた覚悟の目と言うのが気になった美鶴はお見合いの時に洸夜が口走ったペルソナの弱体化を思い出す。
この二年間、洸夜が本当にペルソナやシャドウと関わっていないならば、ペルソナの弱体化に気付く訳がない。
しかし、先程の堂島の言葉から洸夜が住んでいる場所に何らかがあると美鶴は判断した。
「今住んでいるは"稲羽市"と言うところだ。ニュースでやっているからすぐに分かる筈だ」
「ニュースでやっている……と言うと、あの稲羽市ですか"連続殺人"の?」
「ああ、その稲羽市だ」
「連続殺人? 何の事だ?」
「後で話してやる」
大学に在学してるにも関わらず、海外を渡り歩いて武者修行をしていた為、日本での事件に疎い明彦には後で説明すると言い。美鶴は稲羽の町に何かあると踏むと、堂島が顔を上げた。
「……前置きが長くなっちまったが結局、洸夜と何があったんだ? さっきの話からじゃあ、単純な喧嘩とかな訳じゃないんだろ?」
話を本題に戻した堂島の言葉に、美鶴と明彦は無意識に顔を下げる。
なんだかんだで心身共に成長した二人だが、洸夜の事となると話は別。美鶴達も未だに二年前に縛られているのだ。
そして、美鶴達は堂島の言葉に首を横に振る。
「……良いんです。我々が関わると、洸夜が苦しむ事になる。……今日の様に」
「洸夜に今後一切関わらない事が、俺達が出来る唯一の事なんだろう……」
美鶴達にとって今日の出来事がきっかけとなり、自分達が近付くと洸夜が傷付くと思ってしまっている。
すると……。
「洸夜がそう”望んだ”のか?」
「っ!?」
堂島の言葉に、先程以上の衝撃を感じたと同時、その衝撃を隠せない美鶴と明彦は思わず、持っていたグラスをテーブルに落としてしまった。
そして二人は堂島の方を向くと、堂島は静かに笑っていた。
「……この言葉は、悠と洸夜に教えられたものだ」
「洸夜と……あの少年が?」
「一時期、俺はある事を理由に娘から目を背けていた時があった。言わなくても分かってくれる。そう思っていたが……悠と洸夜にそう言われて気付いちまった。……それはただ、俺自身すらも欺いて望んだだけの事だってな」
堂島は辛そうな表情をしながらも酒で紛らわしながら話を続ける。
「……思えば、それが正しかった。いつまでも目の前の現実から怖がっていたが、アイツ等のお陰で俺は菜々子と向き合えた。だからな、洸夜にも……そして洸夜の友人であるお前等にも、俺と同じ思いをして欲しくねぇんだ」
まるで、何年も前の事を話す様に語る堂島の話。
その言葉に、美鶴と明彦は正に今の自分達そのものではないかと思ってしまった。
「……お話は気持ちは分かりました。ですが私達は直接、洸夜に関わるなと言われております」
「それがあいつの心の底から本心ならば俺も特に言う事はない。――だがな、それが本当の洸夜の想いなのかは誰も確かめてはいないんじゃねぇのか?……人間ってのは本当に辛い時ほど、自分を欺くもんだからよ……」
「……」
その言葉に美鶴と明彦は言葉がでなかった。不思議と楽になってしまい、先程までの洸夜へ会いに行く恐怖は既に消えていた。
「まぁ、すぐにとは言わんさ。……そうだな、何なら洸夜のガキの頃の話でも聞かせてやるか?」
「洸夜の子供の頃……?」
「そう言えば、そんな話は洸夜から聞かなかったな……アイツ、自分の昔の話はしなかった」
堂島の言葉に美鶴と明彦は頷き合う。美鶴も明彦も、洸夜の昔の事は知らなかった。洸夜は何故か、自分の昔の事は話さなかったからであり、美鶴達にとってはありがたいものだ。
「お願いしても宜しいですか?」
「別に構わんさ、そんなに俺も長くは語れねえがな。………ええと、確かあれは洸夜が四、五歳の時だったか……悠がまだ、よちよちと危なっかしかった時だな」
そう言って、美鶴達と堂島は暫くの間、会話を楽しむのだった。
▼▼▼
現在:ホテル【洸夜の部屋】
「……胃薬が欲しいな」
嫌がらせに近い程にチーズが入っていたハンバーグを完食した洸夜だったが、やはり寝起きだったからか胃に響いていた。
胃の中が油の海。一瞬、そんな事を思う自分に思わず苦笑する洸夜。――そんな時だ。
ピンポーン……!っと部屋についているチャイムが鳴り響き、洸夜はゆっくりと扉に向かった。
「食器の回収か……」
ホテルの係員が食器でも下げに来たのかと洸夜が考えている間にもチャイムは鳴らされ続ける。
「はいはい……すぐ開けますって……」
とっとと食器を渡して、さっさと横になりたい。
今日は色々とありすぎた。それ故に、早く心と体を休ませたい。そんな事を思いながらも洸夜が扉を開けると、そこには……。
「ご苦労様……って、お前は……!」
洸夜の予想とは外れ、そこに居たのはホテルの係員ではなく……。
「……何か用か、アイギス」
扉の前に居たのは、相変わらず機械的な部分が見えない様に全身を隠している、白い服に身を包んだアイギスの姿だった。
そして、アイギスは洸夜の姿を確認すると軽く頭を下げた。
「……お久しぶりです洸夜さん。病み上がりで申し訳ないのですが……少しだけ、お話がしたかったので……お時間はありますか?」
アイギスの言葉に洸夜は、やや気まずそうな表情をするが彼女の真っ直ぐな瞳に負け、静かに頷くのだった。
そして、この空間は二人だけのモノではない。
「あれ……アイギス? 誰と話してるの……?」
「……まさか」
ゆかりと順平が廊下の奥からアイギスの姿を見ていたのだった。
END