新訳:ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願い致します。('ω')ノ


第二十八話:愚者と女帝

 同日

 

 現在:料亭【庭園】

 

 あの衝撃の再会の後、洸夜と美鶴は二人だけで庭園を歩いていた。あそこでは話せない事もあるからだ。

 当初は順平やゆかりも同行しようとしたが、明彦が二人を止めた。明彦自身も許されるならば今すぐにでも飛び出して行きたかったが、目の前には洸夜の保護者としての堂島がいるのだ。

 堂島が桐条側の人選、若い者達ばかりで美鶴の保護者と言うべき存在、つまりは”大人”が全くいない事に多少の苛立ちを感じている事に明彦は気付いていた。

 ただでさえ刑事である堂島は桐条に対する警戒は強く、まるで友達の集まりの様な人選の見合い。美鶴自身は見合いに乗り気はなかったが、相手側を馬鹿にするつもりもなかった。

 しかし、堂島からすれば向こう側がどれだけ今回の見合いにやる気がないのかと、誤解を抱くには自分達の人選は充分なもの。甥っ子の事になれば尚の事。

 相手側が洸夜の関係者と知って入れればこんな事はしなかっただろうが、既に後の祭り。これ以上は堂島達に不快な思いをさせない様にするのが今、自分の使命だと明彦は思い、気持ちを押し殺して二人を止めたのだ。

 故に庭園にいるのは二人だけだが、洸夜は美鶴よりも前を歩き、視界には入れない様にしている。

 

「……」

 

「……」

 

 お互いに言葉を発さず、ただただ静かに庭園を歩く二人。聞こえてくるのは風や草木の音。

 しかし、今の二人にはそんな音は何の癒しにもなる筈もなく、そんな頃、先程の部屋で食事をしている悠達はと言うと……。

 

 

▼▼▼

 

 現在:料亭(とある一室)

 

 

 悠達と明彦達は静かに食事を食べていた。

 それは洸夜と美鶴が部屋を出ていく際に、悠達に先に食事をしていてくれと伝えていたからだ。

 悠も先程の洸夜と美鶴達の様子に疑問を感じたが、自分にはまだ踏み込んでは行けない事だと感じて身を引き、気を紛らわす為に箸を持ち、目の前に置かれた料理へ伸ばした。

 

(美味しいけど、今一食欲が……)

 

 和風な料理が中心で、その中の焼き魚を食べる悠は内心ではやはり複雑。その隣では堂島は静かに食事しており、菜々子も好き嫌いせずにもくもくと食事を続けていたのが救いだ。

 

「おいしい……!」

 

「……ズー、そうだな」

 

 菜々子の言葉に頷きながら、静かにお吸い物を啜る堂島。

 そんな平和な光景に悠は思わず微笑んだ。

 引っ越してからペルソナ、シャドウ、そして殺人事件等と言った物騒な事ばかりに巻き込まれていた為、洸夜には申し訳ないが今回のお見合いはつかの間の休息に悠は感じる事が出来た。

 

(そう言えばアイギスさん達、やけに静かな気が……)

 

 そう言って気になって顔を上げた悠はアイギス達を見て驚愕した。

 なんと、アイギスはありとあらゆる料理の汁しか飲んでおらず、明彦に至っては料理に何やら粉末状のモノをかけていたのだ。

 

「……ゴクゴク!」

 

「……こんなモノか」

 

「……」

 

 言葉が出ないとはこの事だろう。

 洸夜が体験した事件の仲間と聞いていたが、こんな個性豊かな人達と洸夜の出会いが悠には想像できなかった。

 すると悠の視線に気付いたらしく、アイギスと明彦が顔を上げた。

 

「これは気にしなくて大丈夫です。私は汁状のモノの方が燃料にしやすいので」

 

「燃料……?」

 

「俺も気にしなくて大丈夫だ。コレはただのプロテインだからな……別に珍しいモノでは無いだろ? 」

 

(プロテインは珍しくない……が、料理に掛けて食べる人は初めてだ。……兄さん、一体どんな友人関係作ったの?)

 

 自分も負けてはいないのだが、棚上げ上等でそんな事を考えながら悠は兄の友人関係に心配するが、悠はアイギスと明彦の隣の二人も気になった。

 

「……」

 

「……」

 

 順平とゆかりは全く料理に手を付けてはおらず、ずっと暗い表情で下を向けたままだ。

 

(何があったんだ……)

 

 目の前の二人、先程の兄である洸夜と目の前にいるアイギス達の様子。

 お互いの姿に驚くと言うよりも、何処か恐怖に近いものを感じられた。友達との久し振りの再会と言ったそんな軽いものではない。

 何より、悠には前から気になる事があった。……それは、洸夜が関わった事件が二年前に解決したと言うことだ。

 

(二年前……兄さんが学校を卒業して家に帰って来た時と重なる)

 

 二年前、家から離れていた兄である洸夜が帰って来た。

 学校の寮で生活していた洸夜が家に帰って来たのは、三年間の内で僅か一回程度の事で、殆どは電話で済ませていた。

 今思えば、其ほどの事件に巻き込まれていたのだから、今考えれば当たり前であり、卒業したのだから寮から出たのも当然だ。

 しかし、悠が気になっていたのは洸夜が帰って来た事ではなく、帰って来た洸夜の”状態”にあった。

 

(帰って来た兄さんは、まるで抜け殻の様な目をして何かに疲れ果てた様に窶れていた。……もし、兄さんのあの時の状態が、この人達との間に起こった事が原因ならさっきの様子も頷ける)

 

 そう思った洸夜は、どうにかアイギス達と洸夜の間にあるものを知りたくなり、アイギス達が洸夜と共に前の事件に関係していたという根拠を探ろうと考えた。

 しかし、何をどう言ったものか、悠は食事をしながら少し悩んだが答えは案外、簡単にに出てきた。

 

(これだ……)

 

 悠が考えた事、それはストレートな事だ。今の悠の勇気ならばそれも言うことが出来る。

 そうと思えば悠は食事を続けるアイギス達を見詰めると、思惑通りにアイギスと明彦が悠の視線に気付く。

 

「どうかしました?」

 

「プロテインは珍しくないと思うが……」

 

 アイギスは聞き返し、明彦はプロテインが好奇な目で見られると勘違いしていたが、そんな呑気な空気は悠の一言で壊される。

 

「……あなた達は”ペルソナ使い”ですか?」

 

「ッ!?」

 

「――どういう意味だ、それは?」

 

 悠の言葉にアイギスと明彦の雰囲気が変わる。それだけで悠は確信を得ることが出来たが、更に隣の順平とゆかりの表情を見れば確信は更に強くなる。

 

「なんで……それを……」

 

「君は一体……」

 

 悠は確信を得る為だけの危ない橋を勝手に掛けただけに過ぎず、特に返答しないで食事に戻った。人に合わせていただけあってその人達の行動も読める。

 下手に大事にしたくないというアイギス達の内心が……。幸いにも堂島からは気づかれる事もなく、明彦達も悠の思惑を見抜いたのか沈黙して食事に戻った。

 視線は悠からは外さずに……。

 

 

▼▼▼

 

 現在:料亭【庭園】

 

 悠達がそんな混沌とした食事をしている中、洸夜と美鶴は相も変わらず黙って散歩を続けていた。

 本音を言えば美鶴自身は、すぐにでも洸夜に謝罪したい気持ちで一杯。

 思えば、自分達が洸夜にした事は下手をすれば取り返しのつかない程の事だからだ。

 二年前よりは弱々しく感じる洸夜の背中だが、それ以上に辛い何かを体験して来た事を物語っていた。

 しかし、美鶴は意を決した。 

 

「洸夜、私は――」

 

 美鶴が覚悟を決め、洸夜に謝罪の言葉をかけようとした時だった。

 

「和服、似合うな」

 

「!?」

 

 先程まで沈黙を貫いていた洸夜の突然の発言に美鶴は驚き、思わず言葉が出なかった。と言うよりも”嬉しさ”と”恥かしさ”で何を言えば良いか分からなかった。

 

「そ、その……お母様が御選びになって下さったんだ。そ、その……変じゃない……か?」

 

「ハハ、似合ってるって言ったろ。――綺麗だって事だ」 

 

 そう言って洸夜は静かに振り向いた。だが、その振り向いた洸夜の表情に美鶴は驚く。

 先程は気付かなかったが、洸夜の姿は二年前より窶れていたからだ。

 

「洸夜……少し窶れたか?」

 

「そうか? これでも体重は増えたんだがな……」

 

 美鶴の言葉に、洸夜は何事もない様に笑みを浮かべながら発したが、美鶴はすぐに洸夜が無理して笑っている事に気付いた。

 

「洸夜……」

 

「……まあ、色々とあったからな」

 

 洸夜の言う”色々”とは美鶴達との一件も含め、あの事件からの二年間にあった事を示している。

 今では時々だが、最初の頃は毎日の様に見た悪夢。それが原因での精神的・肉体的負担。

 それを心配し、両親より勧められて精神科やカウンセリングも受け、稲羽の町に向かう前までは生きる気力までを失い掛けていた。

 今は守らなければならない存在が出来た為、まともな生活をしているが二年近くもそんな生活を続けていた洸夜からすれば窶れる理由には十分だった。

 

「大丈夫なのか……?」

 

「……あぁ、大丈夫だ」

 

 洸夜を傷付けたのが自分達なのは美鶴達自身も分かっている。だからこそ、心配していてもこんな単純な事しか言え無かった。

 そして、洸夜も美鶴からの言葉を一瞬で終わらせた。無理をしていると美鶴にバレながらも無理をする。

 それだけでも美鶴から言葉を奪うのには十分だった。

 

(また、何か無理をしているのか……)

 

 昔の洸夜を知る美鶴にとって、今の洸夜は何処か弱っている様に見えていた。

 そんな仲間が無理をしている。本来ならそれを否定するべきだろう。

 しかし、自分達と洸夜との決別する”原因”を作ったのは紛れもなく自分達。それを理解している美鶴からすれば、例え洸夜の言葉を否定しても何の説得力も無い。

 そう思う美鶴の姿は日頃の彼女を知っている者からすれば、信じられない位に弱々しく見えた。

 そして、洸夜はそれだけ言うと再び美鶴に背を向けて歩き出し、鶴もそれに付いていく様に歩き出した。

 

(ここで洸夜から目を背け、逃げ出すのは簡単だ。だが、もう私はもう十分に逃げた。……なら、今の私がやる事は一つ、何と思われても良い。二年前の謝罪……そして、あの後に起きた、もう1つの事件……『彼』の想いを伝えなければ!)

 

 美鶴の瞳に力が戻り始め、その場で足を止めた。

 

「洸夜……私は――!」

 

 まずは謝罪。これをしない事には始まらない。

 そう思う美鶴は色々な感情が混ざり会う中で、謝罪の言葉を発しようとした。

 だが……。

 

「謝罪はするな……」

 

「っ!?」

 

 庭園の石橋の上で洸夜は美鶴の言葉を遮る様に、彼女に背中を向けたままそう告げた。

 その口調からは先程の様な冷静な感情はなく、微かに怒りや哀しみの様な何処か感情的になっている事が読み取れた。

 美鶴の言葉に何かを察した洸夜に、段々と過去の心の傷が再び浮き上がっていく様な感覚に襲われながらも口を開いた。

 

「言った筈だ……あの件ではお前達に非がないって事を……!」

 

「確かにお前は言った……だが、それだけでは私は納得できない! 一体、どういう事だ……何故、私達がお前を傷つけたにも関わらず私達には非がないんだ!?」

 

「……俺からいう事は何もない。それで二年前の件は終わりだ。お前等も、もう気にしなくて良い事だ……」

 

「洸夜!!」

 

 洸夜の言葉に美鶴は食って掛かるが、洸夜は何も言おうとしなかった。本当に何も言う気がなく、二年前の”あの事”を終わらせる気なのだと美鶴は理解した。

 だが、納得は出来る筈はなかった。

 

「洸夜……お前に何があった? 一体、あれはなんだったんだ……?」

 

「美鶴……俺にはもう何かを成せる力はない。……ペルソナも弱体化し、俺の全てが弱っている。だからお前達を巻き込んでも何もしてやれない……! だから……もう干渉するな……!」

 

「……洸夜」

 

 洸夜の押し殺すような言葉に美鶴は何て言えば良いか分からず、言葉が出なかった。だが同時、美鶴は先程の洸夜の言葉のある事に気付く。

 

「――少し待て、何故ここでペルソナの弱体化の話が出る? まさか洸夜、お前、また何かの事件に巻き込まれているのか?」

 

「っ!?」

 

 今までやや感情的に喋っていたからか、洸夜は思わずしまったと言った様な表情をしたのを美鶴は見逃さなかった。

 ペルソナの名前が出て来た事から、恐らくはシャドウに関係する内容だと美鶴は判断する。もし、本当にシャドウ関係ならば美鶴達“シャドウワーカー”からすれば見逃す事は出来ない事だ。

 

「……お前等には関係ない」

 

 しかし、洸夜はそう言って美鶴から顔を逸らしてしまい再び背を向けた。

 

「洸夜!」

 

「……」

 

 美鶴の言葉に黙る洸夜。本当にシャドウ関係の事件に洸夜が巻き込まれているならば洸夜の性格上、自己犠牲と言わんばかりの事をするに違いない。

 洸夜と三年間、ずっと共に過ごしてきた美鶴はそう感じ、先程よりも大きな声を出して洸夜を問い詰め様とするが洸夜はそのまま黙ってしまう。

 変な所で頑固の為、こうなってしまえば洸夜が何があっても口を開かない事を知っている美鶴も、本来ならば何が何でも問い質すのだが、今回は相手が洸夜に断念するしかない。

 

「……」

 

「……」

 

 先程と同じ様に繰り返す沈黙の中で、美鶴は洸夜の背中に不思議な儚さを感じた。このまま、洸夜が消えてしまう様に思ってしまう。

 そして気付けば、美鶴は洸夜の背に近付き、優しく抱きしめていた。

 

「……美鶴?」

 

「……すまない。だが、お前が消えてしまう様な気がして不安なんだ……」

 

 洸夜の背を抱きしめたまま、美鶴は洸夜の体温を感じながらそう言った。 

 

「折角の和服に皴が出来るぞ?」

 

「そうだとしても……今はこうしていたいんだ」

 

「……そうか」

 

 洸夜はそれだけしか言わなかったが拒絶はしなかった。その事が美鶴を安心させることが出来た。

 拒絶されない、それが美鶴は自分は洸夜の傍にいても良いと思う事が出来るから。

 

「高校時代も、良くお前に背中を貸してやったな」

 

「なっ! いつの話をしている!?」

 

「二、三年ぐらいの話だろ?」

 

 今は大丈夫なのに昔の事は恥ずかしいらしく、美鶴は洸夜の言葉に顔を赤くしながら抗議するが、洸夜からすれば本当に二、三年前の事の為、ごく最近に思えていた。

 そして美鶴も観念したのか、今度は照れ隠しの為か化粧が崩れない様に額だけを洸夜の背に当てながら口を開いた。

 

「思えば……あの頃はよく背中を借りていたな。……お前は本当に優しかった。お父様が死んだ時、お父様の後釜を狙う者から桐条グループを守る為その死を悲しむ時間がなかったあの時も……お前はずっと私の事を元気付けてくれた。本当ならお前も苦しかった筈だ……」

 

「お前を元気付けたのは当然だ。あの時、俺が上手く自分の力を使っていれば親父さんは死ななかった。……何より、理事長の妄想にいち早く気付いていれば、あんな小細工にペルソナ能力を抑えつけられる事も無かった……! 俺の力には何の意味もない……他者を傷付けるだけの力だ……」

 

「それは違う!」

 

「何故、そう言える……?」

 

 あの時の事を思い出したのだろう、そう言って洸夜は拳を限界まで強く握り絞めていた。

 

「今更、私が言える事ではないが……洸夜、私は……私達は知っている。お前の優しさを、心の暖かさを……だが、それ故に私達はお前の優しさに甘えてしまったんだ。……だから、あの時……あんな事を……」

 

「……違う。甘えていたのは俺だ……お前達にも、自分の力である”ワイルド”にも……」

 

 美鶴の言葉を否定する様に洸夜は首を横へ振るが、その振る力はあまりにも弱弱しいものだった。

 

「それでも……『彼』や私達を含め色んな人々がお前の心の温もりに触れて気付き、助けられ……そして、惹かれてた……。『彼』や明彦達……もちろん私もだ」

 

「そうは言うが……俺は一体、何が出来た? 一体、誰を守れた? 親父さん……真次郎……『湊』……結局、俺は――ッ!?」

 

 まるで火が消え始めた様に段々と声が小さくなりながら話す洸夜だったが直後、突然の胸に痛みに思わず表情を歪ませ、美鶴にバレない様に胸を握り潰すかの様に掴んだ。

 その結果、美鶴はその異変に気付かず、洸夜の言葉に返答する為に美鶴は洸夜の背から手を離した。

 そして、暗い表情で美鶴は何か考える様に口を閉ざした。それは悩んでいる様子。洸夜に何か言おうとしているが言い出せない、そんな様子。

 しかし、僅かな悩みの中でも美鶴は大きな決断を下し、洸夜へそれを伝えようとする。

 

「洸夜、実は――」

 

 美鶴が意を決して口を開こうとした時だった。

 

「ガッ!?――カハッ!」

 

 美鶴は洸夜の異変に気付いた。最初は胸を押さえていた洸夜だったが、今は首を押さえている。まるで何者かに首を絞められている様に見える光景。

 それを見た美鶴は洸夜の頭上に薄っすらと存在するモノに気付く。意識しなければ分からない程に薄い姿だが、その存在が洸夜の首を絞めていたのだ。

 

「これは……!?」

 

 その光景が美鶴の記憶を刺激し、嘗て同じ光景を見た事を思い出させる。

 その時は病院だった。チドリが入院していた時に見た光景。――仮面が宿主を”殺す”光景だ。

 美鶴の記憶が覚醒した時、彼女はその存在の姿を全て理解した。黒い仮面、全てが黒き愚者の仮面……。

 

「アイテルか……!」

 

 美鶴が名を呼んだ瞬間、アイテルが獣の様に咆哮を放った。

 

 

▼▼▼

 

 そして美鶴が異変に遭った時、アイギスもその異変に気付いた。

 

「!」

 

 頭部から僅かなデジタル音が鳴り、アイギスのセンサーが異変を捉えた。

 

「ペルソナ反応!? 美鶴さんと洸夜さんが危険です……!」

 

「なんだと……!?」

 

 アイギスの言葉を聞いた明彦は顔色を変えながら、プロテインをお吸い物に全てを投入する。

 

「うわ……!」 

 

 菜々子がその光景に驚き、堂島も言葉が出なかった。

 だが悠はどちらかと言えば普通に冷静でいられた。変人の交友関係ならば悠だって負けちゃいないのだから。

 だが、変わっているとはいえアイギスが異変に気付いたのは確かであり、それが聞こえたゆかりと順平も頷き合う。

 そして四人は一斉に立ち上がって悠達に頭を下げた。

 

「お花を毟りに……」

 

「筋トレに……」

 

「お花を摘みに……」

 

「トイ……って最初の二人はおかしいだろ!?」

 

 それぞれが理由を付けて四人共、その部屋から飛び出して行った。

 その様子に困るのは勿論、堂島と菜々子の二人だ。

 

 

「なにかあったのかな……?」

 

「……さぁな」

 

 菜々子は首を傾げるが、堂島はもう諦めた様子で箸を置いた。色々と考えすぎてもう堂島は疲れてしまっていたのだ。

 

「……やれやれだ。本当に今の連中が洸夜の知り合いなのか?……悠、お前は何か聞いていないのか?」

 

 堂島は菜々子の隣にいる悠の方へ向くと、そこには誰もおらず空の席だ。 

 

「アイツ……どこ行った?」

 

「ななこ、わかんない……」

 

 堂島の言葉に応えてくれる娘がいるが、答えを教えてくれる者は誰もいなかった。

 

 

▼▼▼

 

 

 アイギス達が飛び出した頃、アイテルの咆哮によって生まれた余波によって美鶴は強風に襲われていた。

 

「くっ!」

 

 現実で完全に具現化出来ていないとはいえ、アイテルから放たれている力は本物。しかし、そんな呑気に分析している暇など美鶴にはなかった。

 

「洸夜ッ!!」

 

 美鶴の目の前では今もアイテルに首を絞められている洸夜の姿がある。今も苦しそうにし、ギリギリで呼吸している洸夜の下へ向かいたい美鶴だが、アイテルから放たれる力の余波を受け、そこまで近づく事が出来ない。

 

「このままでは……!」

 

 残念ながら今の美鶴にアイテルを直接どうにか出来る術はない。近付く事も出来ず、洸夜がジワジワと殺されるのをただ見ているだけと言う現状に美鶴は歯痒いを通り越し、怒りを覚えた。

 

(やはり私には何も出来ないのか……! 何故、アイテルが洸夜を襲う!?)

 

 己の無力への怒り、アイテルが洸夜を襲う理由を美鶴が思っていたその時、一発の銃弾がアイテルの眉間を捉えた。

 

『――!』

 

 乾いた銃声、頭部に当たった衝撃でアイテルが洸夜から手を離し、洸夜は苦しみから解放された。

 

「グゥッ!?」

 

 洸夜がそのまま膝を付き、地面に腹這いに倒れたと同時、事態に気付いたアイギス達が美鶴の下へ駆けつけた。

 

「美鶴さん!」

 

「洸夜!」

 

 アイギスとゆかりと順平、そして明彦が倒れた洸夜の下へ駆け寄った。

 

「おい! 洸夜!? 無事なのか!」

 

「……」

 

 明彦の呼びかけに洸夜は答えず、気を失っていた。

 

「一体、何が起こってる? あれはアイテルだろ……」

 

 洸夜に肩を貸しながら明彦はアイギスに銃撃されたアイテルへ目を向けると、アイテルがゆっくりと動き始め、左手を翳しながら美鶴達へ向けた。

 

『――』

 

 何やら呟いたと思うや否や、アイテルの左手から白い渦の様な物が発生し、美鶴達が行動するよりも前に美鶴達はその場から消えた。

 

 

▼▼▼

 

 現在:テレビの世界

 

 霧が覆う異質の世界。その世界で美鶴とアイギス達は目を覚ました。

 

「なにが……起こった……?」

 

 幸いにも意識はすぐに戻る事ができ、美鶴を皮切りにアイギス達も起き上がり始めた。

 

「ここは……一体、どこなのでしょうか?」

 

「私達、さっきまで料亭にいたわよね?」

 

 アイギスが周囲を見渡し、ゆかりが困惑した様子で呟く。

 洸夜に肩を貸す明彦と順平も辺りを見回すが、霧が濃くて判断は難しい。 だが言える事は一つあり、ここは先程までの料亭ではない。最悪、世界が違うという事だった。

 

「最後に覚えているのはアイテルが何かをしようとした事だ……」

 

「……なんでアイテルが鳴上先輩を。あれじゃまるでチドリと同じ……」

 

 順平は明彦に身を預けたまま意識が戻らない洸夜へ視線を向け、そのまま表情を暗くする。辛そうに、そして気まずいと順平の顔には出ていた。勿論、ゆかりもその一人。

 そんな二人に美鶴が冷静にさせようと声をかけた。

 

「二人共、気持ちは分かるが……今は落ち着き、この場所が何処か調べるんだ」

 

 非現実に慣れている事からメンバー達は異常に騒ぐ事はせず、冷静を欠いたのも洸夜の事であってこの霧の世界には既に適応していた。

 

「だが原因がアイテルの可能性が高い……」

 

 明彦はそう言って洸夜を見るが特に変化はない。原因がアイテルである以上は洸夜が脱出の鍵なのだ。

 そんな風に明彦が考えていると、不意に奇妙な視線を感じ取った。

 

「――誰だ!」

 

 明彦の言葉に一斉に美鶴達もその場所へ視線を向けて警戒する。アイギスもセンサーを使用して警戒を高める中、アイギスは気づいた。

 

 

「シャドウ反応……!」

 

「……予想はしていたが、やはりシャドウ関連だったか」

 

 本能でシャドウ関係だと察していた美鶴はあまり驚かず、他のメンバーもこんな異常事態がシャドウ関係ならば納得することが出来た。

 霧の向こうからでも分かる、相手が近付いてくる気配に、この中で完全に武装している唯一のアイギスが先頭に出て銃口をそこへ向けた時、相手がその姿を現した。

 

「!?」

 

 しかし、その姿を捉えてもアイギスは発砲する事が出来なかった。否、捉えてしまったが故に撃てなかった。

 美鶴達も撃たないアイギスを非難しない。それは美鶴達も同じく、そのシャドウの姿に驚いて動けなかったからだ。

 そのシャドウの姿を見た美鶴は、信じられない様に困惑の言葉を呟く。

 

「洸夜……?」

 

『……』

 

 美鶴達の目の前にいるのは鳴上 洸夜その人の姿であった。洸夜と全く同じ姿の洸夜?に明彦達も困惑を隠せなかった。

 

「どういう事だ?」

 

「鳴上先輩はそこに……」

 

 明彦と順平の傍に洸夜はいる。だが目の前にも洸夜?が確かに立っており、洸夜が二人いる事に困惑は加速すると思いきや、美鶴は冷静さを取り戻してアイギスへ問いかけた。

 

「アイギス……あの洸夜はシャドウなのか?」

 

「はい、私の中ではあの洸夜さんはシャドウだと判断しています」

 

「け、けどよ……鳴上先輩なんだぜ……あれは……」

 

 外見は洸夜と同じであると確信できる順平には、少なくとも洸夜?への敵意はそこまで抱く事が出来なかった。

 その様子はゆかりも同じであり、表情が晴れない時、洸夜?が動いた。

 

『理解デきナイ……自ラが望ンだ絆を……何故、拒絶すル? 受け入レナい?』

 

「なんだと……?」

 

「喋った……!」

 

 洸夜?の言葉に美鶴は表情を変えて睨み、ゆかりは息を呑んだ。

 

『都合の良イ繋がリだけヲ求める……愚カ者……逃げルが楽か?』

 

「んだと……!」

 

 意外にも真っ先に言葉に反応したのは順平だった。不思議にも順平はこの洸夜?の言葉を何故か”理解”出来ていた。

 しかし、それは言葉の”意味”ではない。その言葉が自分に”不快”な気分にさせるという事を理解出来たのだ。

 

「俺等が何から逃げたってんだ……!」

 

『”全て”……偽りノ仮面使いを守る時だけ、力を使ウ愚かな”魔術師”……”愚者”ヲ妬み……”黒き愚者”へ怒りを向ケル……弱キ魔術師……』

 

「んなッ!?」

 

 その言葉が順平の頭に嘗ての光景を見せる。

 自分と力に目覚めて間もないにも関わらず”特別”だった少年への妬み。

 何も出来なかったのは自分も同じだったのにも関わらず、訳も分からないまま青年へ”負の感情”を放った。

 そんな記憶を勝手に呼び起された順平の頭に血が上る。

 

「うるせぇ!! お前に何が分かんだよ!! なんで鳴上先輩の姿してんだ!? お前はシャドウなんだろ!? とっとと掛かって来やがれ!!」

 

『感情を目眩マセに使イ……マた、逃ゲルか?――哀れ!』

 

(ッ!? 身体が……!)

 

 洸夜?の金色に輝く瞳を見た瞬間、順平は”金縛り”の様に体が硬直して自由がなくなる。息は出来るが体が動かない。謎の圧倒感を持つ洸夜?に順平は背筋を凍らせた。

 すると、用事は終わったかのように洸夜?は順平から視線を外し、今度はゆかりの方を向いた。

 

『虚しキ”恋愛”……己の”自己満足”ダケデ歩む愚か者……想う”だけ”で逃げる弱者……』

 

「っ!? どういう事よ……!」

 

 ゆかりも順平と同じであった。言葉の意味ではなく、言葉から感じる不愉快な想いに気付く事が出来ていた。

 洸夜?を鋭く睨みつけたゆかりだが、その禍々しい金色の瞳を直視する事は出来ず、自ずと瞳を逸らしてしまった。 

 

『お前ハ……何も成してイナイ。父をヲ想うだけ……母へ想うだけで逃げ……想イ人には想うダケで守れず……黒き愚者へは想うだけで、マタ逃げタ……!』

 

「うるさいわよ……! 誰かを想って何が悪いの? 何も出来なかったから私は”動いた”の! お父さんの事や……色んな事もそれで知れたの……」

 

 

 ゆかりは拳を握り絞めて悲しみの表情で下を向いた。

 何も成せていないは分かっている事であり、だから動いた。そして色んな人に会えた。

 『彼』の事では凄く悲しんだ。洸夜の事も理由が分からないまま”あんな事”をしてしまい後悔した。

 それは良くも悪くも自分だけの想いであり、それを理解しているゆかりは再び洸夜?へ睨みつけた……が。

 

『”想い”は自由ダ……”無垢な赤子”から”老いし老体”マデ誰でも出来ル……ただの”自己満足”』

 

「っ! 自己満足……?」

 

『想うノは自由……故に何も成セない。他者へあらゆる感情ヲ想うだけでアリ、己の心ヲ守ってイタだけの逃避術……哀れ――』

 

 洸夜?がそこまで言った時だった。順平は不意に声を聞いた。

 

”――順平……洸夜を頼む”……と。

 

 その瞬間、洸夜?の顔面に明彦の右ストレートが直撃する。辺りに肉が潰れる様な音が響き、明彦からしても会心の一撃であった。……筈だった。

 

「むっ!?」

 

『……』

 

 会心の一撃であったが、洸夜?は一歩もその場から動いていなかった。まるで地面に埋め込まれているのではないかと思う程にビクともしていない。

 今のダメージは何処に消えたのだと明彦が考えた瞬間、洸夜?の瞳が光る。

 

『また守れナカったカ……愚かな”戦車”』

 

「ッ!?」

 

 突如、洸夜?から放たれた殺気に気付き、明彦は素早く距離を取ろうとしたが今の明彦の服装はスーツに革靴だった。

 当然、いつもの動きは出来ず、明彦はワンテンポ回避が遅れる。

 

「明彦!?」

 

「明彦さん!?」

 

 美鶴とアイギスが咄嗟に動くが早いの洸夜?の方。 

 明彦はせめてダメージを抑えようと腕をクロスして攻撃に備えた時……。

 

「イザナギッ!」

 巨大な大剣が明彦と洸夜?の間に入り、そのまま洸夜?を吹き飛ばす。

 そして突然、現れた巨大な仮面の姿を見ながら明彦は態勢を整える。

 

「ペルソナ……か?」

 

 目の前で大剣を担ぐイザナギの姿。そして先程の声が聞こえた後ろを美鶴達が向くとそこには悠が立っていた。

 

「君は……洸夜の?」

 

「悠さん……」

 

 美鶴とアイギスが悠に気付き、ゆかりと順平は悠が呼んだであるイザナギと交互に見続けていた。

 

「このペルソナって……」

 

「お前……ペルソナ使いだったのか……」

 

「……」

 

 順平の言葉に悠は黙ったままだった。そんな悠に明彦は近付いた。

 

「礼は言おう……だが、お前は一体……」

 

「っ!?」

 

 明彦の言葉に悠は突然、身構えるとそれに気付いた明彦も身構えて振り返った。

 そこには何事もなかったかのように立っている洸夜?の姿があった。

 

「効いていないのか……?」

 

「……危険な存在と思って良いようです」

 

 美鶴とアイギスは洸夜?の存在に危機感を覚え、悠のペルソナを見て自分もペルソナを召喚しようとした時であった。

 周囲にカリッと言う嚙み砕くような音が聞こえた時、洸夜?の腹部に剣が突き刺さった。

 

「!」

 

 その様子に驚き、剣が投げられた場所を美鶴達が見ると、そこにはフラフラながらに立っている洸夜の姿があった。

 息を乱しながらも洸夜は周囲にあった適当な剣を拾い、何やら嚙み砕きながら洸夜?に投げて睨みつけていた。

 そんな洸夜に対し、腹部に剣が刺さっている洸夜?は表情を変えないまま、その姿は徐々に消え始めた。

 

『油断シタか……だが”それ”を使ってモ、完全に『黒のワイルド』を防グ事はない……いずれ……必……ズ……』

 

 その言葉を残し洸夜?はその姿を消し、対象が消えた事で剣も地面に落ちて虚しい金属音を鳴らす。

 そして直後、洸夜の左腕からアイテルと同じ力が放出される。

 

「そういう力だったのか……」

 

 その呟き最後に、再び洸夜と美鶴達はこの世界から姿を消した。

 

 

▼▼▼

 

 現在:料亭【中庭】

 

 今度は意識はしっかりとしており、美鶴達はすぐに状況を知る事が出来た。和風の庭園、料亭の中庭だ。

 

「戻ったのか……?」

 

「流石に慣れたぞ」

 

 美鶴と明彦は冷静に判断し、アイギス達の方に視線を送ると三人も無事を知らせる様に頷く。

 そして更にその奥には悠がいた。

 

「どうも」

 

 軽く手を振りながら挨拶する悠の姿に安心なのか、呆れたのか複雑な表情を浮かべる美鶴だったが我にすぐに帰った。

 

「洸夜!?」

 

 すぐ傍で膝を付いている洸夜に美鶴は近付くと、息を乱す洸夜の手に握られている瓶の存在に気付く。瓶その物は普通の者だが、その中身には見覚えがあった。

 

「洸夜……それは……!?」

 

「……!」

 

 美鶴の言葉に明彦も気付くや否や、洸夜に近付き……。

 

「どういう事だ……これは何だ?――洸夜ッ!!」

 

「……ッ!」

 

 明彦は洸夜の胸倉を掴み上げ、怒りの表情で洸夜へ吠えた。その行動に洸夜も衝撃で表情を歪ませるがそこまでだ。何も言わずに明彦を無言で見詰め返すだけだった。

 そしてその事態に気付いたゆかり達もやって来て、その明彦の行動の意味に気付いて声を失う。

 

「……!?」

 

「これは……!」

 

「……見間違い様がねぇ……チドリの時と同じだ……”抑制剤”だ……!」

 

 順平が震えながら呟き、それを聞いた明彦は再び洸夜を問い質す。

 

「その通りだ……どういう事だ洸夜?……なんでお前がこの薬を持っているッ!!」

 

「一つしかないだろ……俺はもう、ペルソナを制御出来ない……だから使った。真次郎から取り上げた抑制剤を……」

 

「!?」

 

 美鶴の表情が固まる。ゆかり達の表情も固まる。順平に関してはチドリの件もあって絶句する。現状、抑制剤を使う事の恐ろしさを話だけでしか分からない悠だけが冷静だ。

 

「だからって何でだよ!? 鳴上先輩だって知ってんだろうが! 抑制剤を使ったらどうなるかをよ!?」

 

「順平の言う通りだ……お前がそれを使って良い理由はない筈だ!」

 

 順平の明彦は心配からの怒りを洸夜にぶつけるが、洸夜の瞳は既に曇っていた。

 

「悠達を……殺したくない……」

 

「なんだと……?」

 

 洸夜の言葉に明彦が聞き返すが、洸夜は曇りながらもその瞳から静かに涙が流れていた。

 

「俺はもう……誰も失いたくない……! 誰も殺したくはない……! 俺にはこうするしかないんだよ……明彦!!」

 

「!」

 

 洸夜の強い口調で思わず体を固くしてしまった明彦。美鶴もゆかり、順平も体を固くしてしまう中、アイギスだけがその場を見守っている。

 

「もう……俺に構うな……! 構わないでくれ……! 俺も……いつまでも……お前達を……」

 

「洸夜……!?」

 

「洸夜!?」

 

 洸夜が気を失った事で重くなり、明彦はすぐに下ろして美鶴が洸夜を受け止めた。

 それでも洸夜は抑制剤の瓶を離さない。中身も中途半端な数であり、確実に洸夜が服用していることは分かる。

 その事で美鶴は半ばパニックになりそうな自分の感情を抑え、すぐに人を呼ぼうとした時、洸夜は微かに口を開いた。

 

「あいつ等を……守らなく……ては……こうするしか……ない……! この……ままじゃ……俺は悠達を……殺してしま……う……」

 

「洸夜ッ! 洸夜ッ!!」

 

 洸夜はそれだけ言うと、再び気を失う。後に残されたのは、人を呼ぶ美鶴達。

 そして、騒ぎを聞き付けて来た堂島達だけだった。

 

 

 

END


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