新訳:ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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外伝:堂島 遼太郎編

 とある日の出来事。

 

 現在:堂島宅【居間】

 

 現在、悠は叔父である堂島と二人で話しをしている最中。学校はどうだ? 友達は出来たか? 勉強は大丈夫か?

等と言った、たわいもない話しだったのだが……。

 

「……一つ聞いて良いか? この前、署でちょっと耳にしたんだが……お前とお前の友人だが、よくジュネスに行っているらしいな」

 

 そう言って悠を見詰める堂島の目はどこか鋭く、その視線は痛く、悠は冷や汗を流す。

 何故か、今回の事件に関係していると思われる事件の裏に、必ずと言って良いほど悠達が絡んでおり、その為か例え身内であろうとも怪しいと思われる行動を見つかれば容赦はしない。

 そして、悠自身も堂島の獲物を見るかの様な視線を外せずにいた。はっきり言って、殺人事件を捜査しているのだから十分に後ろめたい。

 

「一応言っとくが、それ自体は何も問題ない。ただ、問題なのは……何で頻繁にジュネスの家電売場に出入りしているかと言う事だ!」

 

 堂島の眼光が悠を捉え、悠は余計に目を逸らせなくなった。

 今思えば、確かに怪しい行動と言える。ゲームコーナーならばまだ弁明の余地があったのだが、家電コーナーならば弁明は難しい。

 シャドウの事を言う訳にも行かず、悠が言い訳を考えていると……。

 

「お父さん……?」

 

 悠が悩んでいる最高のタイミングに菜々子が目を擦りながら自分達の下に歩いて来たのだ。

 

「皆、揃って何やってるんだ?」

 

 そう思っている内に、兄である洸夜も来て、堂島も悠を問い詰める所では無くなってしまい焦りが現れ始めたが、悠にとってはまさに地獄に仏。

 そして、今度は菜々子が堂島に非難の視線を向ける。そんな娘の視線に、堂島は悠に何かしている事に怒っていると思い、言い訳を考えようとしていた。

 

「あ、いや、そのな……違うぞこれは……だから、事情聴取じゃなくてな……」

 

 そう言いながら慌てる堂島を見て悠は、珍しい光景だと思いながら見ていた。何だかんだで堂島は、娘の菜々子に甘い。

 そして、責める様な瞳の菜々子に何か言われるかと思い、気まずく言葉を待つ堂島だったが……。

 

「お兄ちゃんとばっかりずるい!」

 

「……何?」

 

 自分が思っていた言葉とは違ったらしく、菜々子の言葉の意味が解らずに聞き返す堂島を見て菜々子はゆっくりと口を開く。

 

「だって、今日はお父さんいるのに……」

 

 その言葉に堂島は菜々子の言いたい事が分かり、静かに溜め息を吐くと静かに頭を撫でた。

 

「……あのな菜々子、お前とはいつも話してるじゃないか」

 

「いつもって、いつ?」

 

「……っ!」

 

「……」

 

 菜々子の何気無いこの一言。受け取り方は人それぞれだが、少なくとも堂島は何か思う所があり、菜々子の言葉に撫でていた手を止めて黙ってしまう。

 そして、洸夜も先程から真面目な顔をして状況を見守る事だけに集中していた。

 

「菜々子も一緒にいる……!」

 

 目を擦りながら眠そうに話す菜々子に気付き、堂島はふと、時計を見ると既に時計の針は11時を回っていた。

 身体が出来ている自分達とは違い、まだまだ成長期の菜々子には既に寝る時間であった。

 

「ったく……もう寝る時間だろお前は、だから今日はもう寝なさい。今度必ず遊んでやるから……洸夜、頼んでいいか?」

 

「了解……菜々子、一緒に部屋に行こう」

 

 洸夜の言葉に黙って頷く菜々子。その表情は、何処か納得した表情とは言えないが、睡魔には逆らえ無かったらしく菜々子は堂島の方に顔を向けた。

 

「絶対だよ……」

 

 そう言って菜々子は、洸夜に連れられて部屋へと歩いて行った。その時の表情と後ろ姿は、何処か寂しそうだった事が悠の中に強く印象に残る。

 

「いつもっていつ?……か」

 

 菜々子が部屋に行くのを確認してから堂島はゆっくりと口を開き、先程、菜々子が言った言葉を繰り返していた。

 普通の家庭ならば余り聞かないワードだが、色んな意味で忙しい堂島にとってはとても重く、そして辛い言葉とも言える。

 しかし、事前に母親から聞かされていた洸夜とは違い、堂島家について余り知らない悠には良く分からなかった。

 

「叔父さんは子供は苦手?」

 

 悠の質問に堂島はゆっくりと首を横に振る。

 

「いや、別にそう言う訳じゃない……が、まあ、だからと言って得意って訳でもないがな」

 

 そう言って苦笑いしながらも表情が暗くなる堂島を見て、悠は堂島の過去に何かあったのだと気付く。

 

「正直な話、あの子のことは妻……あいつの母親に任せっきりだった。だから、その……どう接すればいいか、加減や態度とか、その……よく解らねぇんだよ」

 

 悠は堂島の言っている意味が理解できながった。悠は両親が共働きだったから堂島ではなく、菜々子の気持ちが良く分かるのだ。

 自分には兄である洸夜がいてくれたから多少の寂しさは何とかなったが、基本的に家では一人だった菜々子はそうは行かない。

 本来ならば、菜々子ぐらいの子供は親に甘えたいのが普通。

 そう思いながら、悠は堂島の言葉を聞き続けた。

 

「それにな……俺じゃ、あいつの家族は務まらんだろ……」

 

「……意味が解らない」

 

 悠は気付いたら堂島へ向かってそう言っていた。

 そして、悠の言葉に堂島は苦笑いした。

 

「ハハ……正直だな、お前は……」

 

 悠の言葉にそう言って言葉を返すと、表情を戻して堂島は話し続けた。

 

「血が繋がってれば家族か? そうじゃないだろ……これじゃ、姉さん達の事は言えねぇな」

 

 堂島はそう言うと頭の中にある、とある記憶を呼び起こした。

 

(昔、洸夜が家に来たときの事を思い出すな……)

 

 堂島はそう思うと同時に、小さい時に物心が着き始めた時に家に来た洸夜の事を思い出していた。

 "あの頃"の洸夜は、それだけ堂島にとって印象が強かったのだ。

 

「……叔父さん」

 

 堂島の言葉の意味を知ってか知らずかは分からないが、悠は自分が堂島の事を誤解していた事に気付く。

 そして、堂島自身も苦しんでいると分かったが同時に表情が固くなっている事に堂島は気付いて我に戻った。

 

「ああ、すまん、お前に聞かせる話じゃなかったな。……もう、遅いからお前も寝なさい」

 

「うん……おやすみ」

 

「ああ、おやすみ」

 

 今日はもう話す事が無いと思った悠は堂島にそう言って自分の部屋へと戻って行った。

 

 

▼▼▼

 

 

 階段の隅で、悠と堂島の話を立ち聞きしていた洸夜は少し考えていた。

 

(……叔母さんが亡くなってから叔父さんは叔母さんをひき逃げした奴を追うことに執着している。……しかも基本的に家の事は叔母さんに任せていた叔父さんにとって、菜々子への接し方が解らないのは当たり前だ。それに、刑事である父親が、母親を殺した奴を捕まえられてないとは菜々子には言える訳も無いか)

 

 出来ればこの町にいる間に何とかしてあげたいが、今は自分に出来る事は無いと思い洸夜も部屋へと戻って行った。

 

 

▼▼▼

 

 あれから少したったある夜の事。

 堂島は台所でコーヒーを入れ様としていると階段から降りて来た悠に気付いた。

 

「コーヒー入れるんだが、お前も飲むか? インスタントだがな」

 

「それじゃあミルク入りで……」

 

 悠は何気なく言ったつもりだったが、その言葉を聞いた堂島の表情が一瞬だが固まり、危うくコップを落としそうになった。

 

「……何か変な事を言った?」

 

「……えっ!? あ、いや、そう言われるのは随分と久しぶりだったからな……思わず反応が遅れちまった」

 

 きっと叔母の事を言っているんだと、悠は何となくだがそう思った。

 

「お父さん! 早く早く! テレビ始まるよ!」

 

 テレビの前で、洸夜の膝の上で座っている菜々子がこちらを向いて呼ぶ。そして、その様子を見た堂島は笑いながらコーヒーを入れる準備をし始めた。

 

「ははは! 分かった分かった、ミルクと砂糖をたっぷり入れて持ってってやるからな!」

 

「うん!」

 

 菜々子の返事を聞いて悠は言葉の意味を理解した。

 

「お前も先に行ってろ」

 

「それは流石に悪い……」

 

 居候させて貰っているのにも関わらず何もしない訳には行かないと思い、悠は堂島を手伝おうとするのだが、居間にいる洸夜がそんな悠を止めた。

 

「良いんだ悠、コーヒーに関してだけは叔父さんの仕事なんだ」

 

「?」

 

 居間で奈々子を膝の上に乗せている洸夜の言葉に意味が解らないと悠は頭を捻るが、そんな悠に堂島は小さく笑いながら説明した。

 

「いや、悠……洸夜の言う通りなんだ。結婚する時に、あいつの母親に約束させられちまったんでな……」

 

 何処か照れ臭そうな様子で話す堂島だが、その表情は嬉しそうに悠は見えた。

 

「約束?」

 

「ああ、家の事はこれだけでいい。そのかわり必ず、ずっとやる事ってな……だからまあ、その……すっかりクセみたいになっちまったって訳だ。それに、俺が守ってやれるのは、もうこの約束くらいだ……」

 

「……」

 

 悠は堂島の言葉を聞いた瞬間、何故か言葉が出なかった。

 そして、悠と堂島は気付かなかったが堂島の言葉に一瞬、洸夜も反応していた。

 また、そんな悠を見て堂島が照れ臭さそうに言った。

 

「まあ、その……先に向こう行ってろ」

 

 そう言われ悠は洸夜と菜々子の所に行き、一緒にテレビを見る事にした。

 

 

▼▼▼

 

 

 悠達はテレビのニュースを見ていたが、余りめぼしいニュースは無い……そう思った時だった。

 

『次のニュースです。今日、●●市郊外で自転車に乗っていた女性が車に跳ねられ死亡しました。また、轢いた車はその場から逃走しており、轢き逃げ事件と見られ、現在も警察が行方を追っております。また、目撃者の話からその車は――』

 

「!」

 

 そのニュースになった瞬間、洸夜が素早くテレビの電源を消し、そのまま立ち上がった。

 

「俺は風呂に行って来るよ……」

 

 そう言って風呂へ向かう洸夜を見て、堂島はすまなそうな顔をした。

 

「洸夜……すまんな」

 

 堂島の言葉に洸夜は、無言で手で合図して風呂に行き、堂島も立って部屋に行ってしまう。

 そして、この場には悠と菜々子だけになってしまった。

 

「お父さん達のようすが変だったのは、“こうつうじこ”のニュースしたから……お母さん、事故で死んじゃったから。……だからななこ、お母さんの事、覚えて無いんだ。お父さんは、ぜんぜん話してくれないし……」

 

 悠が分からなそうにしていた為、菜々子は悠に説明をすると部屋に戻って行った。

 

「……」

 

 悠は洸夜と違ってこの家の事は余り知らないが、このままじゃあ駄目なのは分かる。

 しかし、どうすれば良いかも分からず、悠は部屋に戻った。

 

 

▼▼▼

 

 とある日の夜、堂島はテーブルの上に新聞を広げて何かを探していた。

 そして、その新聞記事を見ながらブツブツと文句を言っていた為、何故か気になってしまい悠はテーブルに近付いた。

 

「あるとすりゃ、後は……ったく! 今時の若ぇのは資料の整理ひとつもまともに出来ねぇのか!……って、お前じゃないんだ、すまん……」

 

「手伝う? というか何をしてるの?」

 

「ん? 実はな……」

 

 堂島は昔の新聞記事がボロくなったからコピーを取り直したかったのだが、そのコピーがどっかに紛れたらしく、それを探しながら愚痴を言っている時に悠が来たと説明する。

 

「そんなに重要な内容なの?」

 

「ああ、ある事件の犯人がまだ上がらねぇんだ。なのに、新しい事件のせいで風化しかかってんだ……!」

 

 そう言って、拳を握り締めながら言う堂島を見て、悠はその事件がどれだけ堂島にとって大切なのかよく理解した。

 

「けどな、俺だけは諦める訳には行かねぇんだ……絶対にな」

 

「お父さん……」

 

 悠が堂島と話していると菜々子が来たが、少し顔色が悪い。

 

「なんだ、どうかしたか?」

 

「なんか、お腹痛い……」

 

「悪いもんでも食ったのか?」

 

「……叔父さん、それは晩飯係の俺に対する冒涜だ」

 

「うぉっ! いつからいたんだ!?」

 

 洸夜の突然の登場に驚く堂島。悠の中にも、たまにわざとでは無いか?と思う自分がいる。

 

「ついさっき、でも確かに顔色が悪い。……天ぷらに使った海老が駄目だったのか? いや、菜々子にアレルギーは無いし、あの海老も痛んでなかった」

 

 そう言いながら洸夜はその場にしゃがみ、菜々子の顔を見る。

 

「う~お腹の下のほうがちくちくする……」

 

 そう言ってお腹を抑えだす菜々子の言葉に堂島は慌てて立ち上がった。何かあってからは遅い、そういう気持ちが悠にも出て来る。

 

「何だって!? きゅ、救急!……い、いや、確か前にもあったな。あの時と同じ感じか!?」

 

「……わかんない」

 

「……まさか」

 

 堂島が慌てている中、洸夜は何かに気付いたらしく、その場から黙って移動してしまうが堂島はそれに気付かず、頭を押さえて悩み出す。

 

「クソ……!、あの時の薬は確か……」

 

 そう言って堂島が頭をかきながら考えてると……。

 

――PiPiPi

 

 堂島の携帯が鳴り出してしまい、堂島は少し乱暴に携帯を開く。

 

(叔父さんの携帯……もしかして事件?)

 

 悠がそう思いながら状況を見守るが……。

 

「こんな時に……!――はい堂島!……なんだ足立か、切るぞ。……なに封筒? しかも俺に? ひょっとして市原さんからか!? いつ!?……なに、昨日来たけど忘れてた!? ふざけやがって!! すぐに行くから準備してろ!」

 

 携帯を乱暴に仕舞うと堂島はコートを持った。その様子から仕事に行くと言う意味である事に悠は気付いた。

 

「叔父さん、まさか……!」

 

「――出て来る。救急箱の中に薬があるはずだから……頼む」

 

 そう言って堂島は、苦い顔をして逃げるように出かけてしまった。

 薬の場所を言われたからと言っても、どんな薬かは分からないが何とか探そうとした悠だが……。

 

「これだな……悠。 これを菜々子に飲ませろ」

 

 話している最中に救急箱をあさっていた洸夜。何故、洸夜が菜々子の薬が分かったのかは謎だが悠は薬を受け取り、菜々子に飲ませて寝かせる事にした。

 

 そして数時間後……。

 

 悠は洸夜と落ち着いた奈々子が眠ったのを確認し、一緒に堂島の帰りを待っていた。

 すると、そんな時に堂島が帰って来たが、何処か機嫌が悪そうなのを悠と洸夜は感じ取っていると堂島は溜息をを吐きながら玄関を閉めると悠達に気付いた。

 

「……ん? 洸夜、悠。お前等、まだ起きてたのか。もう遅いだろ、早く寝ろ!」

 

 その堂島の言い方に、少しイラっとした悠と洸夜。誰のお陰でこんな事をしていると思っているのだろうか、と口には出さず胸の中にしまう。

 

「どういうつもりだ?」

 

「流石に言いすぎだ叔父さん。こっちだって色々やっていた」

 

「――ッ! うるせぇな! お前等にそんなこと言われる筋合いは……そりゃあ、あるよな。すまない、菜々子はどうしてる?」

 

 悠と洸夜の言葉に逆ギレしかけた堂島だが、すぐに冷静になり自分に非がある事を認め、二人に任せた菜々子の事を聞いてきた。

 

「落ち着いて寝たよ」

 

 堂島の言葉に答えたのは洸夜だ。こういう時の洸夜は何だかんだで頼もしい。

 

「そうか、寝てるか……お前等がいてくれて本当に助かった。今日はもう遅いから寝てくれ……」

 

 そのままテーブルに座る堂島に悠は一言なにか伝え様としたが、洸夜に肩を掴まれてしまう。

 そして、洸夜が無言で首を横に振ったのを見て悠は部屋に戻った。

 

▼▼▼

 

 

 あれから数日、悠は堂島を探していた。

 あの新聞記事の事が気になり、その事を堂島に聞いてみたかったからだ。

 

「新聞記事のコピー……? ああ、見付かったよ。すまんな心配したか?」

 

 居間でコーヒーを飲んでいた堂島は悠の言葉にそう伝え、悠は首を横に振る。ただ気になっただけなのだから、そんなにたいそうな事では無いのだ。

 

「いや、ただ気になっただけだから」

 

 その言葉に堂島は笑いながら「そうか……」とだけ呟いた。

 

「実はその新聞は妻の……千里の記事なんだ。ひき逃げされて死んだ時のだ……」

 

「……!」

 

 突然の事で少し驚いたが、悠もそんな気はしていた。

 そして堂島がゆっくりと語り始めるのを見て、悠は静かに聞く事にした。

 

「前に話したな……まだ犯人が上がってない事件の事を。……もう分かっただろう? これ以上は家の中でする話じゃない……」

 

 そう言って表情を暗くしながら下を見る堂島だが、悠はここまで聞いといて途中下車をする気は更々なかった。

 

「じゃあ、外で話せば良い」

 

 悠がそう言うと堂島は一瞬、驚いた顔をするがその後に苦笑いした。

 

「ははっ! まったく……かなわんな、お前には」

 

「俺は?」

 

「うぉっ!」

 

 また洸夜の突然の出現に堂島は驚いてしまった。

 その様子に悠は自分の家族が気配を消し、いきなり出て来るという行動を目の当たりにしているのは、恐らく自分達だけだろうと思った。

 

「お前、いつからいたんだ?」

 

「部屋にいたけど、暇だから降りて来た。……つまり、ついさっき」

 

「部屋……? そういやお前、ここ最近は部屋で何か書いてたな……」

 

「叔父さん話がズレてる。兄さんも邪魔しない」

 

 洸夜のおかげでシリアスな空気が一瞬で無くなった事に軽く悠は怒るが、そんな様子に洸夜は逆に楽しそうだ。

 そして、悠の言葉を聞いて話の続きを堂島は始めた。

 

「洸夜は知ってると思うが……」

 

 堂島の話は、悠が思ってたより辛い話だった。

 

 当時、菜々子の母親は菜々子を保育園に迎えに行く途中にひき逃げされた。しかも、その日は寒い日で目撃者もなく、発見も遅れたらしく堂島に連絡が来るまで菜々子は保育園でずっと待っていたのだと言う。

 いつまでたっても来ない迎えを、ずっとたった一人で……。

 

「殺されたって菜々子には言えなかった。犯人を捕まえるのが仕事の父親が……足どり一つ掴めねぇって事も。――だが! 俺は必ず犯人を上げる。その為ならプライベートなどない、菜々子だって分かってくれる筈だ」

 

 悠は堂島の言葉を聞いてどう言えば良いか分からなかった。

 

(言い訳だとでも言えばいいのか……)

 

 そう思いがながら悠が悩んでいると、洸夜が口を開く。

 

「……叔父さん。叔父さんの菜々子に対するやり方は間違って無い。――そして正しくも無い」

 

「……」

 

 洸夜の言葉に堂島は黙って聞いている。それだけで内心では堂島自身も同じだと分かる。

 だからこそ、堂島はこんなにも苦しんでいるのだ。

 

「菜々子は知りたがってる、なんで自分には母親がいないのか。叔父さんの表情を見て聞かない様にしているが、本当は母親の事が聞きたいんだ。あの子には知る権利がある……」

 

「だがっ! 菜々子はまだ幼い……言えるのか! 菜々子に自分の母親は自分を迎えに行く途中で殺され、そして刑事の父親は何も手掛かりを掴めて無いとッ!」

 

 堂島は洸夜の言葉に声を上げるが、洸夜は落ち着いて言い返す。

 

「それでも知りたい筈だ……どんなに辛い内容でも、自分の母親の事を知らないままな事に菜々子は苦しんでいる。 叔父さん……叔父さんも苦しんで、菜々子も苦しんでいる。……両方共が苦しむだけで一体、誰の為にしている事なんだ?」

 

「っ!……だがあの子はこの事実に耐えられん! このままが菜々子にとって一番いいんだ ……!」

 

「……菜々子がそう望んだのか?」

 

(兄さんが何か凄い)

 

 堂島と洸夜の会話に入る場所がなく、悠は黙って聞いていた。

そ して、堂島は洸夜の言葉に少しだけ顔を下に向けた。

 

「……今は望まなくとも分かってくれる日が来る。……そう思うしか無いだろう。――すまん、今は一人にしてくれ」

 

 そう言われると一人にしない訳にもいかず、悠と洸夜は立ち上がり部屋に向かおうとすると堂島が口を開く。

 

「洸夜、そして悠……ありがとな」

 

 そう言われて、二人は部屋へと向かった。

 

▼▼▼

 

 とある日、悠はいつも通り居間で堂島と話をしていた。あれから結構、時間が経つが堂島との会話も増えてもいた。

 するとそんな時、菜々子が目を擦りながら居間に来た。

 

「もう寝る……」

 

「ん? ああ、もうそんな時間か……」

 

 時刻を見たら既に11時になりかけている。小さい菜々子にはもう寝る時間。

 悠も堂島と同じ様に考えていたのだが、何故か菜々子はその場から移動しようとしない。それどころか、何故か堂島を不満そうに見詰めている。

 

「む~」

 

「な、何だ……?」

 

 流石に気になったのか堂島が菜々子に聞いた。最初からそうすれば早かったのだが、何となく聞きづらかった様だ。

 

「お父さん……今日、寝る前に本よんでくれるっていったのに……」

 

 菜々子の言葉に堂島の表情が変わった。どうやら、完全に忘れていた様だ。

 

「あ……あぁ、そうだったか。分かった分かった、少しだけだぞ」

 

「やったー!」

 

 根負けした堂島と喜ぶ菜々子。これはこれで、なかなか貴重な絵である。

 だが……。

 

 PiPiPi……!

 

 堂島の携帯から音が響き渡り、悠は少し嫌な予感がした。

 

「すまんが、ちょっと待ってろ……」

 

 そう言ってポケットから電話を取り出し、電話に出る堂島。

 

「はい堂島……市原さん!? はい、はい……そんな……! それじゃあ結局……あの、市原さんの都合さえよければ今からそちらに……はい、分かりました。それじゃあ……」

 

 そう言って電話を切る堂島だが、その表情は魂が抜け掛けている様な表情をしていた。

 

「……お父さん、いっちゃうの?」

 

「……仕事だからな」

 

 悲しそうな菜々子の顔を見て、堂島は自分に言い聞かせる様に呟く。しかし菜々子は諦めきれないらしく、今にも泣きそうな表情で堂島を見た。

 

「でも、今日は読んでくれるって……」

 

「そんなのはいつでも……」

 

「それは、菜々子より大事なことなの?」

 

「!」

 

 悠の言葉に目を開く堂島だったが、その場で溜め息を吐きながら頭を掻き、静かに呟いた。

 

「んな筈ねぇよな……」

 

 そう言って奈々子を見つめる堂島。今、自分の目の前で今にも泣きそうな一人娘に代わるモノ等は無いのだから。

 

「ケンカしてるの? い、行っていいよ……お父さん」

 

「ケンカじゃないさ、菜々子」

 

 悠と堂島のやり取りを見て不安そうな菜々子の肩に、いつの間にか来ていた洸夜が手を置いた。

 そして悠も堂島も、洸夜の突然の登場にも慣れたのか敢えて何も言わない。

 

「本当……?」

 

「ああ、洸夜の言う通りだ。ごめんな菜々子……それより本って、どれだ?」

 

「……いいの?」

 

「約束だからな……ほら行くぞ」

 

 その言葉で菜々子の表情が明るくなる。

 

「うん!」

 

 その笑顔は年相応な笑顔だったが、随分と久しぶりに見た気がする。そう思いながら堂島は菜々子と部屋に向かった。

 

 それから数分後……。

 

「やれやれ、まさか、本一冊を読まされるとはな……」

 

 部屋から出て来た堂島が、苦笑いしながら悠と洸夜の方を向いた。

 そして、堂島は気まずそうにしながら口を開いた。

 

「少し話でもするか?」

 

▼▼▼

 

 現在:堂島宅【庭】

 

 

「さっきの電話な……市原さんって言って俺の元先輩だ。千里のひき逃げの捜査で鑑定やってもらってる。……さっき鑑定結果が出たって電話だった。あの様子じゃあ、警察の調べ以上の事は出なかったんだと思うがな……」

 

 恐らく、その市原さんの鑑定が最後の希望だったのだろう。只でさえ、手懸かりが少ない事件。それもあって、堂島は拳を握り締めていた。

 

「出向いた所で、それが変わる訳じゃないって分かってたんだがな……何もしない訳にも行かなかった。千里を轢いたのは白のセダンで恐らく、でかいアメ車だ。もちろん、この町にそんな車はねぇ。修理も廃車も該当する記録も出て来ない。……下手すりゃもう日本にない可能性もある。――怖ぇんだ、犯人が捕まえられねぇって事が……どうしようも無い気持ちをぶつけるとこがなくて、飲み込むしかねぇって事が……!」

 

「……」

 

「……クッ!」

 

 堂島の言葉に、悠も洸夜もただ黙って聞く事しか出来なかった。今、自分達に出来るのは静かに堂島の苦しみを聞いてやる事だけだからだ。

 だが、洸夜は別の事を考えている様にも思えたが、悠は気付かなかった。

 

「菜々子を見る度に、あいつと似た所を見付ける度……現実を突き付けられてる様な気がしてな……怖ぇんだ」

 

「……」

 

 堂島の話に洸夜は黙って聞いている。今、このタイミングで自分から言える言葉が無いのを知っているからだ。

 

「……まさか、お前等にこんな事を話す事になるとはな……。いつまでもこのままでいい訳がねぇってのは分かってる。洸夜に言われた時は頭をぶん殴られた様な気がしたよ……お前等がいる内に向き合わなきゃならねぇよな」

 

 そう言って堂島は部屋に戻り、庭には悠と洸夜が残った。静かに辺りで鳴く蝉達の鳴き声だけが二人の耳に響く。

 

(このままじゃ……叔父さんが可哀想だ)

 

 これほどまで身を削っている堂島の苦労が実の生らない事に悠は複雑な心境だった。

 そんな悠は、隣で空をずっと眺めていた洸夜に堂島の事について聞こうとした。

 

「兄さん……」

 

「可哀想……とか思うなよ悠」

 

「!」

 

 自分の心を読んだのでは無いかと疑う程、自分の気持ちを言い当てた洸夜の言葉に悠は黙った。

 

「その人の生きて来た人生を聞いて、可哀想とか思うな。自覚があるかないかは関係ない。そう思う事は、その人を見下すと言う行為だ」

 

「……可哀想と思うのは、その人の事を心配しているって事じゃ?」

 

「心配と同情は別物だ……だから俺は、必死で今を戦っている叔父さんの事を可哀想とは思わない。そして……”アイツ等”の事も……」

 

「『アイツ』って?」

 

「……」

 

 それだけ言うと洸夜は悠の質問に答えずに、自分の部屋へと戻って行くが洸夜は部屋の前まで来て立ち止まり、隣の壁を拳で殴り付けた。

 

「何を偉そうな事言ってんだ俺は……」

 

 自分の言葉に何の説得力が無い事に自分自身で怒る洸夜だが、そんな洸夜に声をかけるものはいなかった。

 

 

▼▼▼

 

 現在:堂島宅【居間】

 

 あれからそれなり日数が立ち、あれ以来、堂島の表情も明るくなり菜々子も嬉しそうだ。

 そんなある日、洸夜は暇だから下に降りると悠と堂島が会話をしており、洸夜を見付けると口を開いた。

 

「おぉ洸夜、実は後で皆で散歩に行こうと思うんだがお前も来ないか? 出来れば、お前と悠と菜々子の四人で行きたいからな」

 

「丁度、暇してたから良いよ」

 

「そうか! ――あぁ、後、お前等にこれをやろう」

 

 そう言いながら堂島は洸夜と悠にマグカップを渡した。見た感じは何処にでもある普通のマグカップ。

 しかし、それは堂島家では大切なマグカップなのを洸夜は知っている。

 

「俺と菜々子が使っているのと同じやつだ。これはお前等専用、後で名前書いといてやるからな」

 

 そう言う堂島に悠は苦笑いしていた。

 流石にこの歳にもなって物に名前を書くのは子供っぽく、結構恥ずかしい。

 

「いや、名前はちょっと……」

 

「何言ってんだ、書いとかないと間違うだろう。菜々子のも俺のも、ちゃんと底に書いてるぞ?」

 

「それとも悠、お前は菜々子との間接キスを狙っているのか……!」

 

「悠、年相応になるまで手を出すなよ……」

 

「本人を置いて勝手に話を進めないでくれ……」

 

 洸夜と堂島の冗談に肩を落とす悠だが、堂島の目は笑っていなかった事には敢えて触れないでいる二人だった。

 そして、堂島はそう言うと急に表情を真剣なものにした。

 

「洸夜、悠……俺達は家族だ。だから、お前等のマグカップも菜々子のカップも、いつでも満タンにしてやる……忘れるなよ二人共」

 

「叔父さん……」

 

「なら、期待してるよ」

 

「おう! 任せろ!」

 

 洸夜の台詞に笑いながら堂島が答えた時だった。

 

「お父さん準備できた?」

 

 部屋から身仕度を整えた菜々子が出て来ると堂島に準備を聞き、堂島は時計を見て時間を確認する。

 

「ああ、そろそろ出るか……」

 

「お兄ちゃん達も行こ!」

 

 そう言って洸夜と悠の手を掴む菜々子。その掴む手は、意外に力強いモノである事は洸夜と悠にしか分からなかった。

 

 

▼▼▼

 

 現在:河原

 

 現在、洸夜達が来たのは近所の川だった。ここは良く、洸夜と悠が釣りをする場所でもある。

 

「よるだと、こわーい! でも、お父さんとお兄ちゃん達といっしょでたのしーね!」

 

「はしゃいで落ちるなよ」

 

 満面の笑顔で楽しむ菜々子に堂島は笑いながら言った。だが、実際に落ちたら洒落にはならない為、洸夜も悠も菜々子に注意している。

 

「ねぇ、どうしてここに来たの……?」

 

 菜々子が堂島にそう聞くと言う事は、菜々子自身も此処に来た理由が分からない様だ。

 

「お前、ずっと来たいって言ってただろう? その内、また四人で天気のいい日に弁当でも持って来ような」

 

「なら、弁当係の俺もそん時に備えて頑張らないと……」

 

「うん! やったー!!」

 

「兄さん、頑張り過ぎて倒れない様に……」

 

 そう話している内に少しの間だけ、この静かな川で楽しげな話し声が聞こえていた。

 実は洸夜と悠も家族四人で出掛けた事がない。故に、この他愛もない外出も、かなり新鮮に感じることが出来ていた。

 

「ねぇ、もっと川のそばに行っていい? さかな、寝てるかもしれないよ!」

 

 菜々子の言葉に堂島は「分かった分かった」と笑いながら言い、菜々子は笑顔で頷くと川の方に行った。

 

「あの子のあんな顔、久しぶりに見た気がするな。……悠、洸夜、俺はこれからも千里を轢いた犯人を追うつもりだ」

 

「叔父さん、それは……」

 

 それは菜々子から逃げる理由じゃないかどうか、そう聞こうとした洸夜だが、堂島は静かに首を横に振る。

 

「安心しろ……それはもう、何かから逃げる為じゃない。――俺が”刑事”だからだ」

 

 堂島はそう言って二人へ目を合わせる。

 

「こんな簡単で当たり前の事すら、俺はいつの間にか忘れちまったんだ。大切な事をみんなお前等が思い出させてくれた……本当に感謝してる」

 

「俺はただ、思った事を言っただけ……」

 

「右に同じ……全部、結果さ」

 

 洸夜と悠の台詞に堂島は、笑いながら話を続ける。

 

「この町はな、俺の町だ。菜々子やお前等のいる俺の居場所だ。だから、俺はこれからもここを守って生きて行く。刑事として……そして父親としてだ」

 

 そう言う堂島の顔には既に迷いはもう無かった。その時……。

 

「まてコラーッ!!!」

 

「クソッ! いい加減、マジしつけーんだよ!!」

 

 突然、上の道から若い男性と複数の少年らしき声が聞こえて来た。

 

「何だぁ?……って、あいつは……おーい、どうした?」

 

 堂島叫んでいる内の男を呼ぶと、男は警官だった。どうやら、仕事仲間か何かの様子。

 

「堂島刑事……?。す、すいません、お休み中……」

 

 堂島だと確認すると警官は堂島に頭を下げる。この時点で堂島が署でどれだけ凄いか、何となく分かる。

 

「んなこたぁ気にすんな。それよりあいつ等なんだ?」

 

 そう言って堂島が逃げてる集団を指刺す。そんな間にも、その集団は逃げているが……。

 

「あ、あの、カツアゲグループです。最近ウワサになってる……」

 

「カツアゲだぁ!? ったく、しょっぱい真似しやがって……!」

 

「しょっぱい……?」

 

「お父さん行くの……?」

 

 洸夜が堂島の言葉に疑問を持つ中で、騒ぎを聞き付けた菜々子が堂島に聞き、その言葉に堂島は笑顔で返す。

 

「おう! 悪い奴を捕まえるのが俺の……いや、お父さんの仕事だからな!」

 

 そう言う堂島の顔には、迷い一つない笑顔だ。その表情は正に刑事、そして父親と言うに相応しい凛々しい表情だった。

 

(……叔父さん。あんたは既に立派な父親だよ)

 

 迷いを一つ断ち切った堂島を見てそう言いながら洸夜は、準備体操を始めながら悠に言った。

 

「悠、菜々子を頼む……」

 

「え? 兄さん!?」

 

「何でお前が準備体操してんだ?」

 

「それはもちろん、善良な市民の義務」

 

 洸夜の言葉を聞いて、菜々子は笑顔で堂島と悠は溜め息を吐いていた。

 

「ったく、お前は……仕方ない悠、菜々子を頼むぞ」

 

「――任せろ! 叔父さんも兄さんも頑張れ!」

 

「おうよ! 俺を誰だと思ってる。泣く子も黙る稲羽署の堂島だぞ。だから、お前達は安心して先に帰って寝てろ」

 

 堂島の言葉に二人が頷くのを確認すると同時に洸夜は走りだす。

 

「んじゃ先に行ってるよ。叔父さんは歳だから無理すんな」

 

「なっ!――うるせぇ! 俺はまだまだ現役だ! おるぉああ!! 待てクソガキ共ーッ!!!!!」

 

「何だ!? 何か増えたぞ!?」

 

「後ろ見てる暇あったらもっと早く走れ!」

 

 カツアゲグループが追い掛けて来る洸夜と堂島を見て焦り出す。

 

「お父さん!お兄ちゃん!がんばれー!」

 

 菜々子の声援を聞いては、やらない訳には行かない洸夜と堂島は気合を入れた。

 

「鍛え方が甘いな」

 

 そう言って洸夜はグループの一人にスライディングをして捕まえる。

 

「ぐわぁ!」

 

「一人目終わり……って……」

 

 そう言って前を見ると、既に堂島が他のメンバーは背負い投げをして全員を捕まえていた。

 捕まった少年達も何が起こったか分からず、呆気に囚われている。

 

「どうだ洸夜、俺もまだまだ現役だろ?」

 

 ニッコリ笑う堂島を見て、洸夜は苦笑いしか出なかった。

 

「……お見事」

 

「はははは!」

 

 洸夜の台詞に堂島は大笑いしていた。

 稲羽の堂島刑事。恐らくこれからも堂島は、この町を平和にする為に走り続けるだろう。堂島には守るべき家族と守り続ける約束があるのだから……。

 

「……叔父さん、あんたは最高の父親だ」

 

 それから後に堂島が千里を轢いた犯人を逮捕したニュースでお茶の間を騒がし、皆で千里さんのお墓参りに行って堂島と菜々子に本当の笑顔が戻るのは、もう少し先のお話……。

 

 

END

 

 


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