第一話:霧の町
現在:稲羽駅行き電車【車内】
『
電車内に流れる女性の声の機械音。親の声よりも聴いたが、親の声よりは印象に残らない音声を聞きながら二人の人物が電車から降りた。
灰色の髪、似たような顔付。二人に類似する点が多いことから兄弟である事が分かる。
灰色の長髪、年齢に合わない冷静過ぎる雰囲気を持った青年。二人の関係では兄となる鳴上 洸夜と言う名前だ。
灰色の短髪、年齢に合わない感情がないような雰囲気を持った少年。弟となる鳴上 悠と言う名前の少年だ。
「叔父さんは駅の外にいる。事前連絡ではそう言っていた……」
「兄さんがこの町に最後に来たのはいつ頃か覚えてる?」
悠は隣を見ながら聞いた。
物心ついた時には来ていない、悠はそう呟きながら洸夜の答えを待っている。
「……物心がついて間もなくの時に一回だけだ。叔父さんは年賀状はくれたが、写真はついてなかったから今は顔までは覚えてない」
洸夜は大きめのスポーツバッグ、そして竹刀でも入れている様な袋を背負いながら答え、歩き出した。
悠もその後を追うように歩き始めた。
▼▼▼
現在:八十稲羽駅【入口】
洸夜と悠が駅から出ると、思わず後ろを振り返った。
自分達しか駅から出て来なかったからだ。都会ではまずありえない光景。これが都会から来た二人に対する田舎の洗礼とすら思える。
「……事故かと思ってしまった」
「ここが終着駅の筈なんだけど……」
駅の入口で棒立ちの二人が都会と田舎のギャップの違いに困惑していると、駅の入口の方から二人に呼びかける声が届く。
「おーい! こっちだ!」
二人は声の方を向くと、一人の男性と一人の女の子が立っていた。
男性の方は貫禄のある人物で内なる迫力も感じる。
女の子は小学低学年位の子だろう。人見知りなのか、男性のズボンを掴んだまま後ろから出て来ない。
「写真よりも色男だな。……俺は
「
互いに挨拶を交わしながら洸夜と堂島はお互いの手を取る。
「洸夜か……こんなに大きくなってるとはな。時間の流れを感じちまうな」
互いに最後に直接会ったのは洸夜が物心ついて間もなくの一回だけ。
懐かしそうな表情の堂島は洸夜と最後に会った時を覚えていてくれている様だが、それ故に目の前の成長した洸夜の姿を見て感傷に浸ってしまいそうになる。
だが、それはまだもう一人との挨拶を済ませてからだ。
「と言う事は……お前が悠だな?」
「はい。初めまして……鳴上 悠です」
そう言って互いに手を取る二人だが、悠の言葉に堂島は苦笑した。
「はは……初めましてか。オムツを替えてやったこともあるんだがな」
堂島はそういうと手を放し、今度は自分の後ろから動かない娘の頭を撫でる。
「ほら菜々子。最後はお前だぞ?」
「……菜々子です。……お願いします……」
小さな声で菜々子はそう言うと再び顔を赤くしながら堂島の後ろに隠れてしまった。
「……」
チラリと、洸夜と悠の顔を見るがすぐにぷいっと隠れてしまう。
恥かしさからだというのは二人にもすぐに分かり、洸夜と悠は見守るように小さく笑う。
「はは、お前恥ずかしがってんな? 昨日まではお兄ちゃんができるって喜んでたじゃねえか?」
「!?」
図星であったらしく、菜々子は顔を更に赤くしながら堂島の足を思いっきり叩いた。完全な照れ隠しだった。
イテっと堂島も言うが、それは反射的なもので実際は痛がってる様子もなく、寧ろ笑っていた。
「やれやれ。……じゃあ、そろそろ行くとするか」
そう言って堂島は二人の方に振り返ると、顔の目の前に金色の鈴とピンク色の鈴を洸夜が差し出していた。
「これ叔父さんと菜々子ちゃんにあげるよ」
「鈴……?」
何故に鈴と思いながらも条件反射で受け取ってしまった堂島は、ピンク色の鈴の方を菜々子へと手渡した。
「わぁ……!」
女の子らしい色で手の中で小さく鳴る鈴を見て、菜々子はすっかり気にいってしまっていた。
そんな娘の喜ぶ姿。堂島には鈴よりもそっちの方がまさかのプレゼントだ。
「はは、何なのか分からんがありがたく貰う事にしよう」
「一応、気に入った人にしかあげてないから。そう思ってもらえればこっちも嬉しく思えるよ」
「はは、どうやらお眼鏡には叶えられた様だな」
互いに冗談を言い終え、四人は車に乗って出発した。
これから一年間を過ごす事になる新たな居場所に……。
▼▼▼
少し走らせた後、車は途中のガソリンスタンドで停車した。
菜々子が花摘みしたくなり、ならばついでにガソリン入れるかという理由だ。
車はそのままスタンドへと入り、それに気づいた店員の元気の良い挨拶がスタンドに響いた。
「らっしゃーせー!!」
停車した車から菜々子が飛び出すと、そのままトイレへと向かおうとする。
「あっトイレ分かる? 左の方にあるから。お箸を持たない方ね」
「むっ……菜々子、こどもじゃないよ!」
気付いた店員の親切心だったがあまりにも優しすぎた為、逆に菜々子は怒ってしまった。
まだ小さいが故に少し背伸びをしたい年頃の少女の姿に、その場にいた者達は優しい表情で笑っていた。
「……今日はお出掛けで?」
店員が堂島の方を向き直して問いかけた。
「ああいや、今日はこいつ等を迎えにな。都会から越してきたばかりだ」
中々にフレンドリー過ぎる問いだったが、堂島は特に気にした様子もなく返答する。
都会ではスタンド店員とここまで会話する事はない。更に言えばセルフで済むので会話すらしないだろう。
洸夜と悠はその光景に未だに慣れないギャップの数々に苦笑するしかなかった。
「へぇ……都会からね」
堂島の言葉を聞いて興味を持ったのか、店員は洸夜と悠の方へ近付く。
「都会と違ってここ何もないっしょ? 君は学生の様だし、良かったらうちでもバイト募集してるから」
店員はそう言って悠へ握手を求めるように手を差し出し、悠もそれに応えた。
「よろしく……」
「こちらこそ!」
悠と店員はしっかりと握手を交わすと、店員は今度は洸夜の方を向いて手を差し出した。
「お兄さんの方もよろしくね!」
「こちらこそ頼む」
洸夜は店員と握手を交わした。店員の肌が想像以上に肌白かった事を除けば特に気になることもないものだった。
しかし、洸夜と握手を交わした瞬間だった。店員に異変が起こる。
「!?」
突如、店員は目を大きく開くと洸夜の瞳を射抜くかの様に真剣な表情で見つめた。
「君は……!」
「?……どうした?」
様子が変わった店員に洸夜は戸惑うが、店員の表情はすぐに収まった。
「……いや、大丈夫。気のせいだったよ。――さて、僕はそろそろ仕事に戻ることにするよ」
店員はそう言ってそそくさとその場を後にするが、洸夜は何かが引っ掛かり、店員を追おうとした時だった。
隣に立っていた悠が頭を抑えながらその場に膝をついたのだ。
「悠?……おい、大丈夫か?」
洸夜もすぐにしゃがんで声を掛けると、悠はゆっくり頷きながら立ち上がるがユラユラと体が揺れており大丈夫そうではなかった。
「具合わるいの……?」
いつの間にか戻っていた菜々子も悠を心配して見上げていた。
洸夜が悠の体を支えるが、悠の顔色は良くない。
「どうした?」
一服していた堂島も戻り、菜々子が事情を説明した。
「具合わるいみたい……」
「なに?……確かに顔色が悪いな」
堂島から見ても悠の顔色は悪いと見えた。
稲羽までくるだけでも電車を幾つも乗り継いでおり、その疲れが出てしまったのかも知れない。
「帰ったらすぐに寝た方が良いかもしれんな」
「……すみません」
来て早々に迷惑を掛けてしまった事に悠は申し訳なさそうにする。
悠の生き方、それは他者とは一定の距離を保つこと。遠からず近からずだったが、今の状態ではそれは無理そうだ。
すると、その言葉を聞いた堂島は悠に対して首を横に振った。
「悠……確かに一年だけだが、俺達は家族になる。家族ならそんな事は気にしなくて良い。子供なら尚更だ。子供が大人に気を使う事はないんだぞ?」
「……はい」
堂島の言葉に悠は頷くが、その表情はどこか暗いものであり、すぐには全てを受け入れられる事は出来なさそうだった。
環境、人付き合い、それが全てまた変わる。昔から体験してきた生き方。
今回もそれは同じだと言う悠の想いを知ることなく、一同は自宅へ向かうのだった。
▼▼▼
現在:堂島宅
静かな住宅の中に堂島宅はあった。
瓦屋根にそれなりに長い歴史をもつ一軒家。今日から一年間、二人はここに住まわせてもらうことになる。
荷物もあり、悠も体調不良である事からすぐに家に入りたかったが堂島宅の前には一人の男と、トラックが停まっていた。
作業着の男、人受けの良さそうな当たり障りのないマークが入ったトラック。どうやら宅配便の様だ。
「何だ? 宅配便が来るなんて聞いてないが……? おい! 家に何か用か?」
堂島は車から降り、急いでいる事もあって若干イライラしながら宅配の業者に声を掛けた。
すると、声を掛けられ気付いた業者の方も不安そうな表情から安心した顔になっていた。
「ああ、良かった。留守かと思いましたよ……宅配便です。ハンコかサインを貰えますか?」
業者がそう言って堂島は家の前に置いてある、大きな二つのダンボール箱を見て驚いている。
「おいおい、何だこの荷物は!? まあ、いいか……すまんな、サインでも良いか?」
「構いませんよ」
そう言って堂島は書類にサインし、それを配達員が受け取ると頭を下げながらトラックを走らせて行く。
「おーい洸夜。スマンが、この荷物を入れるのを手伝ってくれ!」
それなりに大きな二つの荷物。それを堂島が荷物を入れる為に洸夜を呼ぶ。
「今、行くよ」
そう言って寝ている悠と菜々子を起こさない様に車から降りた洸夜は二つの荷物に目を向けた。
見た感じ二つともテレビの様だ。しかも、今流行りの大型テレビ。
「大型テレビが二台? 一体誰から?」
「少し待て、手紙が付いていたな……え~と、名前は……姉さん達からだ」
「母さんから?」
何故、堂島の姉であり、自分と悠の母親からテレビが二台も送ってくるのか洸夜も堂島も分からない。
そして、堂島は手紙の封を切って中身を見る。
そこに書かれていたのは少し早いお礼替わりの様に書かれており、堂島の事だからテレビも買い換えてないだろうと判断したとも書かれていた。
贈り物としては確かに嬉しいが、突然すぎて嫌がらせの類ともとれる。
「らしいと言えば仕事人間の姉さん達らしいな……」
自分さえ理解していればそれで良い。まさにそんな性格の仕事人間。
堂島の言葉に息子である洸夜も苦笑しかできなかった。
「……とりあえず入れようか」
目の前の大型二台を入れなければ自分達が入れない。
まさか、この町最初の仕事がテレビ運びとは。洸夜の苦笑が消える事はなかった。
▼▼▼
現在:堂島宅【洸夜自室】
堂島と起きた悠達と話し合った結果、一台は居間に置く事になり。もう一台は、洸夜の部屋に置く事になった。
そして現在、悠は向かいの自室で休んでおり、洸夜は自分の部屋で段ボールに囲まれながらテレビをセッティングし終えていた。
(……こんなもんか)
洸夜は自室を見渡した。
堂島が用意してくれた本棚に参考書等はしまい終えたが、段ボールからはそれ以外の本が顔を出している。
今日中にはまず終わらない。洸夜は段ボールから幾つかの小物を出して今日の作業を終わらせることにし、一つの段ボールから二つの写真立てを取り出した。
衝撃吸収材を取り、写真立てを机の上に置くとその写真を眺めながら目を閉じて呟く。
「あれから二年か……」
二つの写真立て、その内の一つには三人の少年と一人の赤い髪の少女が写っていた。
それはまだ高校生だった洸夜とその友人達が写っている。
二枚目には、成長した洸夜とその友人達。そして新たな仲間達の姿があった。
そして最後、段ボールもう一つだけ洸夜は写真立てを取り出して机においた
「……」
黙って見つめる三つ目の写真立て。そこには洸夜は写っていなかった。
だが代りではないが、一人の男性が写っていた。眼帯をした一人の男性が……。
洸夜はその写真を見終えると、一息入れながらジャージに着替えて事前に敷いといた布団に潜り込んだ。
(……また仮面の力か)
そう心の中で呟く洸夜が隣を向くと、そこには一冊の分厚い本が置いてあった。
内なる仮面の寝床。そこにはペルソナと呼ばれる存在の名が刻まれている。
夢の住人に渡された本――『ペルソナ全書』と呼ばれた本。
洸夜の中の仮面達がおり、言わば”洸夜のペルソナ全書”だ。この町で起こるであろう未知の事件。それの解決には仮面の力が不可欠だと洸夜は分かっていた。
そうでなければイゴールが出て来る訳がないからだ。
「……眠ろう」
自分に言い聞かせる様に呟き、洸夜はペルソナ全書を撫でながらその目を閉じた。
END
鳴上 洸夜(男性・20才)
灰色の長髪の青年。
嘗て、己に目覚めたワイルド・ペルソナ能力と共に非現実な巨大な事件を仲間と共に生き抜いている。
その事件でイゴール達から特殊なペルソナ全書、タルタロスでシャドウの力を弱める特殊な刀を得た。
しかし、事件の後は姿を消している(その為、フェスは未参加)
また両親の都合や精神面での問題で二年間はバイトで生計を経てている。(今年に大学受験予定)
少しずつだが平凡な日常に戻りつつ、ペルソナ能力からも遠ざかっていた洸夜だったが、イゴールからの招きによって状況が変わる。
新たな事件の予兆、それに弟が巻き込まれるのを悟り、再び仮面を手にした洸夜は新たな舞台である霧の町、稲羽へと向かう。
変更ペルソナ
前作:オシリス→アイテル(アイテール)
前作:ワイト→ヘメラ(ヘーメラー)
アイテル(アイテール) アルカナ:愚者
黒い長髪が目立つ洸夜本来のペルソナ。姿はどことなくメサイアに似ており、一言で現すならば黒いメサイア。
特殊、尚且つ強大な力を持つペルソナ。
専用技『上天の光明』は全ての敵に万物属性のダメージを与える。