『……『彼』を何で助けてくれなかったんですか!』
『あんたは何がしたかったんすか!』
『お前は何も変わらない。力があろうが無かろうが、何も変わらない』
『お父様はもういない……』
『やはり、君も我々と同じだ……』
『結局、お前もそう言う奴なんや』
“……またか、またこの悪夢が俺を支配するのか”
二年前の一件から、度々見る様になったこの悪夢。記憶に覚えのある者達が現実とは関係なく、好き勝手に言ってくる夢。
稲羽に来てからは余り見なくなったのだが、今日は悪い意味で特別な様だった。
『やっぱり、僕を殺した方が正解だったかい?』
『所詮はてめぇも俺と同じで、ペルソナを誰かを傷付ける道具にしか出来ねんだ……』
『私は死んだ……美鶴の目の前で、君が無力だったからだ』
『君は私と同じだ。自分の欲望の為に何でもする』
何度も何度も繰り返される悪夢。そして、決まって最後は必ず『彼』が出る。
『先輩……』
“……”
『先輩のワイルドは何も示さない。先輩のユニバースは何もない。だって先輩は……“黒”だから』
“黒……?”
『真っ黒だ。どれだけの色と混ざっても、何をしようが変わらない。何も変わらない存在だ……』
“……俺は黒?”
『『『『『『『『『真っ黒だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!』』』』』』』』』』
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5月28日(土)曇→雨
現在:堂島宅(深夜)
「――ハッ!……ハァ……ハァ……ハァ……!……また、あの悪夢か。この頃は見なかった。……何かの予兆じゃなきゃ良いが」
そう言ってうなされたせいでかいた汗を拭きながら、窓の外で降っている雨をずっと眺め続けた。
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5月29日(日)晴
現在:堂島宅
家にいるのは洸夜と菜々子だけ。堂島は仕事で、悠は完二達と遊びに行くと行って留守にしている。
どうやら、すっかり完二も皆と仲良くなった様だが、それでもたまには洸夜に会いに来るがどちらにしろ洸夜にしては変わらない日常だった。
そんな今日……。
「お兄ちゃ~ん!お兄ちゃんにお手紙とどいてるよ」
「手紙……? 誰からか分かるか?」
「う~ん、良く分からない」
菜々子は少し困った様子で封筒を渡し、洸夜はそれを受けとった。ただでさえ手紙は珍しいが、封筒に書かれている文字を見て洸夜は驚愕してしまう。
何故なら、そこに書かれていたのは……。
「果たし状……?」
大きな文字で『果たし状』と書かれていたのだ。もちろん、洸夜に心当たり等は無い。
洸夜はありもしない恨みを思い出しながらも差出人の名前を確認すると、再び驚愕した。
差出人の名前の所には……。
差出人:絵里座部酢
「誰だ……」
絶対に一度見れば忘れない名前にも心当たりがない。このままでは埒外開かないと判断し、洸夜は手紙の中身を読む事にした。
内容を見れば、少しは謎が解けるだろうと思ったが、その考えは呆気無く崩れた。
『突然、この様なお手紙をお許し下さい。実は貴方様に前から伝えたい事があります。……今日の12時に、近くの神社の前で待って下ります』
「……何故、果たし状なのに中身はラブレター風なんだ?」
余りの訳の分からない手紙に頭を抑える。そして、少し悩んだ洸夜の出した結論は……。
「イタズラだ。こう言うのは無視するのに限る」
洸夜が手紙を丸めようとした時だった。
――PiPiPiPiPiPi
「あっ! お兄ちゃん、でんわだよ」
「今度は電話? 一体、なんだ……」
変な手紙のあとの突然の電話。しかも、相手の名前を見ようとしたがディスプレイに映し出されているのは『非通知』の文字。
変な手紙の後の非通知着信に息を飲むと、ゆっくりとボタンを押す。
――Pi……!
「もしもし……」
『来ない殿方にはメギドラオンでございます。ブツッ! プー!プー!……でございます』
「……」
それだけ言われて、切られた電話。本来ならば悪戯電話なのだろうが、今の電話の声と言葉遣いに聞き覚えがあった。
洸 夜は再度先程の手紙の差出人の名前を見た。
「……先程の声。そして、この宛名といかにも付け焼き刃の知識で作った的な果たし状。……まさか」
そう言うと、洸夜はすぐさま携帯電話と財布をポケットに入れて、出掛ける準備をする。
「菜々子、俺は少し出掛けて来る。大丈夫だとは思うが、何かあったら電話しなさい」
「お兄ちゃん、何処に行くの?」
その言葉に少し微笑みながら菜々子の方を振り向き、洸夜はこう告げた。
「少し友人に会ってくるだけだよ……」
「お兄ちゃんのお友達 ?どんな人?」
洸夜の友人が気になるのか菜々子は、興味津々で聞いてくる。その様子を見た洸夜は、菜々子の頭を撫でながら口を開いた。
「世界“最凶”の……“エレベーターガール”だ」
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現在:神社
あの電話の後、少し急ぎ気味で神社に向かった洸夜は神社に到着した。遅れたら何をされるか分かったものじゃないからだ。
また、ここの商店街の神社は周りを見る限りそれ程に綺麗では無く、ハッキリ言ってボロい。しかし、不思議と心が落ち着く場所の様に感じた。
近頃、また見始めた悪夢のせいで静かな場所が恋しいのだろう。それとも、二年前の戦いを知る数少ない友人と久しぶりに会話出来るのが嬉しいからなのか。この頃、余り見せなくなった笑顔で洸夜は神社の階段を上り始めた。すると……。
――ちゃりーん……!――パン……パン……!
(昔見たいに賽銭箱に財布をひっくり返すマネは、もうしないか)
そう思いながらも目に入ったのは見たのは明らかに場違いで、周りからも浮いた感じの青い服装を完璧に着こなしている銀髪の女性が神社の前でお参りをしている光景。
そして、自分の気配に気付いたのか銀髪の女性は洸夜の方を向き、その姿を見て微笑んだ。
その女性の微笑みはミステリアスだが、確かな嬉しさと優しさがあったが、それは洸夜も同じ事だった。
「……二年ぶりの再会だな。また会えたな……“エリザベス”」
そう言って笑顔でエリザベスに語りかけ、洸夜はエリザベスに手を差し伸べる。
「突然、御呼び立てして申し訳有りません。……ですが、変わりない様で安心致しました……洸夜様」
そう言ってエリザベスは洸夜から差し出された手の上に、自らの手を添える。
神社の中の光景にしては異質だが、その光景に誰も文句を言わないだろう。二人の表情はとても幸せそうなのだから。
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現在:ジュネス近くのステーキハウス
再会した二人だったが、エリザベスが空腹を訴えた為にジュネス近くのステーキハウスへと足を運んでいた。
別にジュネスでも良かったのだが、万が一に悠達に見付かると面倒だと思った結果だった。
そして、洸夜はエリザベスと共に注文した料理を口にしながら話をしていた。
「それにしても……一体何なんだ、あの果たし状は?」
「古来より、誰かを呼び出す時にはその手紙を使うのが正しいとばかり思っていたのですが?」
そう言って注文したお肉を口に運ぶエリザベス。口にお肉を含んだその姿はまるでリスの様で可愛いが、今はその姿で和む暇は無い。
既に三皿平らげていては尚の事。
「別に呼び出す事自体は間違っていない。だが……それにしたって、差出人の所の名前は何だ? 電話が来なかったらお前だって気付かなかったぞ?」
「あの方が見栄えが良かったので」
「お前は、漢字を嘗めている」
「辞書を引いて頑張りました」
「そんな事より常識を学んでくれ……」
胸を張るエリザベスに洸夜は頭痛を訴えた頭を抑えた。
「それに何だあの内容は? あんな内容で本当に決闘だったら、体育館裏が血の海だぞ……」
そう言って洸夜もエリザベス同様に注文した肉を口に運んだ。
「殿方の方は、あの様な内容の手紙が届くと嬉しがると思っていたのですが?」
「別に男に限った事じゃない。そもそも、二十歳であんな内容の手紙を貰った所で何にも感じない」
呆れた感じで洸夜は食事を続けるが、それに対してエリザベスは間違った内容とは言え、自分が書いた手紙に全く興味を示さない態度が惜に触ったらしく洸夜を少し睨む。
「……」
伊達に最強クラスのペルソナ使いであり、力を司る者と言われるだけあって眼力が尋常では無かった。
そのあまりの眼力でジッと見詰められた洸夜に冷や汗が流れ始めた。
「……俺が悪かったからもう睨むな」
「最初からそうおっしゃれば良かったのです。せっかくの再会ですのに、女性の心を傷付ける酷い殿方……シクシク」
そう言って嘘泣きをするエリザベスだが、片手はしっかりと肉を捕らえていた。
(この二年で一体、何を学んだんだ……)
そう思いながらエリザベスの行動に洸夜は再度頭痛を起こす。最近は頭痛が結構起きている。
理由は単純、悠達が危なげな行動と軽率な行動でヒヤヒヤしているからだ。だからと言って別に苦とは思ってはいないからある意味で質が悪い。
そんな状態だが、洸夜は頭から手をし、エリザベスに視線を向けた。
「全く、お前は俺の事を何だと思っている?」
「この様なか弱い私を二人掛かりで襲う様な殿方なのでは?」
「……戦いの事を言っているんだよな?」
洸夜は苦笑するが表情は引きつっており、その様子にクスクスと笑うエリザベス。
どうやら、先程の仕返しのつもりの様だ。その様子に洸夜も気付き。周りを確認して誰も聞いていないい事に安心するとエリザベスのオデコに指をグリグリと押し付けた。
「暇有ればメギドラオンとかばっかりするお前の何処がか弱いんだ……! それにあの時は『アイツ』と俺の二人掛かりで挑めって言ったのはお前だろ……!」
「も、申し訳ありません! じょ、冗談、あっ!痛いです、痛いです! オデコが凹んでしまいます!?」
エリザベスが謝った為、デコから指を離すと窓から外の景色を見始めた。オデコを抑えながら自分に抗議の視線を送るエリザベスの視線には気付かないまま洸夜は口を開いた。
「……あれから二年か」
その言葉にエリザベスは、デコから手を離すと小さく、そうですね……と相槌をうち、洸夜の事を悲しそうな目で見つめた。
「確かにあれから二年です……ですが、私にはつい昨日の様に感じてなりません」
「お前は前に進む事を選んだからだ。……だが、前に進む所か二年前から時が止まった俺にはこの二年は長すぎたよ……」
洸夜は力を抜く様にその場の椅子に座り直し、ゆっくりとエリザベスの方を向いたのだが目には涙が流れていた。
しかし、無意識から来るモノなのか自身では自分が涙を流している事には気付いておらず、そのままの状態で話を続ける。
「……『アイツ』は凄いな。ニュクスもシャドウ達も皆、人間の愚かさが招いた事だったが……『アイツ』は自分の命を賭けて終わらせた。アイツも、もっと生きたかった筈なのに……いや、生きて欲しかった……!」
「……洸夜様」
「!……泣いていたか」
そう言って自分の涙に気付き、洸夜は顔を隠しながら話すその姿に、エリザベスはただじっと黙って聞き続ける。
エリザベスは洸夜の身に何があったのかは知らない。だが何か、自分には分からない苦しみが洸夜を襲った事だけは理解できた。
そして洸夜が喋り終わるのを確認すると同時に口を開き、語り始めた。
「私は『彼』を救う術を探す為に旅に出ました。……ですが、その方法は疎か、手掛かりすら未だ見付かりません」
「……イゴール達から聞いた。だが、やはりニュクスも『ユニバース』の力も甘くは無い。そんな方法自体があるかどうか……」
その言葉に顔を俯かせるエリザベス。恐らく、エリザベス自身も内心では多少なりともそう思っているのだろう。
だが、エリザベスはすぐに顔を上げた。
「それでも私は前に進む事に致しました。洸夜様も、今こうしていると言う事は前に進む事を選んだからなのではありませんか?」
「分からない。俺はちゃんと前に進んでいるのかどうか……グッ!」
自分はちゃんと前に進んでいるのかが分からず、エリザベスにその事を聞こうとした瞬間に洸夜の頭に痛みが走る。
「どうしましたか? 何処か、お怪我でも?」
「いや、何でも無いさ。ただの頭痛だ……」
そう言って、大丈夫の合図の為に手をブラブラと降る。
だが、その様子にエリザベスは少し心配そうに見るがそれに気付いた為、話を変えた。
「そう言えば、何でお前は稲羽に来た? ここの事件と二年前との関連性でも探しにきたか?」
「ここの事件……? 少し、お待ち下さいませ」
その言葉にエリザベスは意外にも、何も知らないと言った感じだった。そしてエリザベスはそう言うと、静かに目を閉じて何かに集中し始めた。
(……本当に何も知らないんだな)
そう思いながらエリザベスの様子を見守っていると、5分もしない内にエリザベスは目を開いた。
「お待たせ致しました。確かに、この町から少し不思議な力を感じます……もしや、主様関係ですか?」
「当たりだ。相変わらず、お前には隠し事は出来ないか。……だが、お前が何も知らなかったの意外だった。……マーガレットとかに何も聞いていないのか?」
「只今、絶賛職務放棄中でございます」
「ああ、そうかい……」
洸夜の言葉にエリザベスは機嫌を悪くしたように表情を鋭くした。マーガレット辺りが止めたのだろう。それ故にエリザベスの行動は家出同然だと洸夜は察する事が出来た。
「まあ……あまり姉に心配は掛けてやるな」
「明日から本気を出させて頂きます」
その言葉に無理だと洸夜は判断すると、諦めてエリザベスに今回の事件の説明等の会話をする事にするのだった。
▼▼▼
「……何て言ってるか聞こえるか?」
「ビミョーっス。席も遠いし、周りの客も煩くて」
「あー!もう!少し黙っててよ! 全然聞こえないじゃん!」
「頼むから静かにしてくれ……」
などと会話しながら悠達が見ていたのは、自分の兄である洸夜、そしてその洸夜と楽しそうに食事をしている金髪の女性(エリザベス)の姿。
本来の拠点がジュネスである悠達が何故、こんな事をしているのかと言うと。
完二のシャドウとの戦いの特訓が終わった。
↓
すると、皆が空腹を訴えだした。
↓
たまには別の所で食べようと言う話になる。
↓
ならば、ジュネスの近くのステーキハウスへ。
↓
ステーキハウス到着。
↓
「あれ? あそこにいるのって洸夜さんと……誰?」
↓
現在に至る。
以上のの経緯から悠達は、洸夜とエリザベスから少し離れた席から様子を眺めているのだ。
「ね、ねえ……やっぱり止めましょうよ、覗き見なんて……」
暫く前に洸夜に相談を受けて貰った雪子は罪悪感を覚え、覗き見をしている千枝達を説得したが……。
「とか何とか言っちゃって、本当は雪子も気になるんでしょ?」
「ち、ちがっ! 私は別に洸夜さんの事は……」
「誰も兄さんについて言ってないんだが……」
「!!!」
悠の言葉が止めとなり、雪子は顔を真っ赤に染めたまま沈黙した。
「まあ、天城先輩のカミングアウトは置いといて……本当に何を話してんスかね?」
「確かに良く分かんねえけど、一つ分かる事は……美人だよな」
「た、確かに……」
陽介の言うとおり、確かに、ミステリアスな雰囲気を纏っているが、エリザベスは女性の中でも美人の分類に入る事は間違い無い。
しかし、悠は陽介の言葉よりも女性の姿に何故か見覚えがあった。
(……見た目や服といい、雰囲気といい。ベルベットルームのマーガレットにそっくりだ……偶然なのか?)
偶然とは言え、マーガレットとそっくりの女性と自分の兄である洸夜が一緒にいる理由が分からない悠は、後ろで勝手に盛り上がっている陽介達の事は頭に入らず、周りの音に気をつけながら洸夜達の話に集中する事にした。
「それでは、今回の一件は二年前の事とは関係無いのですね?」
「ああ、元々タルタロスにいた“奴ら”はニュクスの一部であり、僕みたいなモノだった。それに引き換え、今回の奴らは何かが違う」
「???」
二年前・ニュクス・タルタロス等の悠達にとって謎の単語が二人の会話を飛び交う。
洸夜達の話に出て来る単語の意味が分からない悠は既に戦意を削がれたが、もう少しだけ二人の話に耳を傾ける事にした。
「……それにしても、二年もたったのにお前は全く変わらないな」
「俗に言う若さの力と言うモノです」
「何が若さだ……お前は今、何歳だ? 本当は外見詐欺でいい歳……」
――シュッ!
洸夜がそう言った瞬間、何かが洸夜の顔を摩った。不意に洸夜は隣を見ると……。
「ッ!?」
そこには、ペルソナカードが椅子に刺さっていた。
そして、顔を何かがつたる感覚を覚えた洸夜は恐る恐る手で頬を触れると、触れた指先には赤い液体が流れていた。
洸夜はようやく自分の頬が微かに斬れている事に気付いた。そして、洸夜はゆっくりと怪我をさせた張本人であるエリザベスの方を冷や汗をかきながら向くと……。
「女性に年齢を聞くのは言わゆるタブーと言うやつでございます。……しかも、冗談でも許し難い事を……口を閉じる事をオススメ致します」
顔はいつもの笑顔だが、目は全く笑っていなかった。隣で刺さっていたペルソナカードもエリザベスの手元に戻り、第二射がいつ来てもおかしくはない。
それを確認した洸夜はしずかに頷いて頭を下げた。
「……す、すまなかった。お前は綺麗なままのエリザベスでいてくれ……」
「……これが噂の命乞い……でありますか?」
(間違っていないが何かが違う……!)
エリザベスの言葉に、洸夜は己の命の危機を感じていたが、その恐怖の元凶であるエリザベスから殺気が無くなった。
「……まあ、反省していらっしゃっているご様子でありますし……今回は許して差し上げます」
言葉だけ聞けば許してくれている様に聞こえるが、目をみると次は無いと語っていた。
「ああ……すまなかった」
洸夜も今は謝る事が最善だと思い、素直に何度も謝り続ける事で少しでも話題を離そうと試みる光景は、悠達にとっては奇妙な光景としか思えなかった。
「何だろう……今度は謝ってるよ」
「何か殺気みたいなもんも感じたっスよ……」
「相棒、何て言ってたか聞こえたか?」
「皆が騒いでたから余り聞こえなかった……」
洸夜達の奇妙な様子に不思議がる陽介達、悠も二人の会話に興味があったが陽介達の声がうるさく、後半は余り聞くことは出来なかった。
そして、悠は再度耳を傾けようとしてしたが……。
「さて、そろそろ出るか?」
「そう致しましょう。ちなみにお会計は……」
「俺が払ってやるよ……やれやれ、一人で五皿も肉を食ったのか……」
そう言ってブツブツ言いながら請求書をレジに持って行く洸夜とその様子を見てニコニコしているエリザベスの様子から洸夜達の話は既に終わって終わっていた。
だが、悠は洸夜とエリザベスの前半の会話がどうも引っ掛かって仕方ない様子だ。
「一体誰だったんだ? さっきの女の人は……」
そう言って考え込む悠だが……。
「いや! あれは別れ話じゃないのか!」
「違くない? 逆に寄りを戻そうとしてるんじゃ?」
「……ハァ」
既にいない洸夜と女性の話に盛り上がっている陽介達の姿にため息を吐くしか出来なかった。
▼▼▼
現在:商店街
「そう言えば、先程の店で私達の事を見ていた方々がいらっしゃいましたね」
「……弟と、愉快な仲間達だ」
「気付いてらしたのですか……」
「あんな人数で騒いでいたら嫌でも気付く。それに、話を聞かれていたとしても……シャドウの名前は出していないし、ニュクスの事も意味が分からない筈だ」
そんな会話をしながら洸夜とエリザベスは商店街の道を歩き続け、やがて洸夜は何かを思い出した様に口を開いた。
「……ところでエリザベス、お前はこの後ベルベットルームに帰るのか?」
「そうですね。この町に興味が沸きました。……故にこの町に滞在する事を兼ねて、主様やお姉様にちゃんと話をしないといけません」
(職務放棄中なのにか……?)
家出している割には律儀だと洸夜は思ったが、口に出すことはしない。災いの元凶は大抵が口からだと自覚しているからだ。
それに洸夜にはエリザベスに頼みたいこともあった。
「……だったら悪いんだが、悠がベルベットルームに来たら俺の事は上手く誤魔化しといてくれ? まだ悠達に俺がペルソナ使いである事を知られる訳には行かない」
真剣な表情で伝える洸夜。それはエリザベスにも真剣さが伝わったらしく静かに頷いた。
「畏まりました。弟様が来た際には上手く伝えておきます」
「すまない……」
本当ならば自分が悠達に正体を教えれば手っ取り早いのかも知れない。だが、それでも洸夜は正体を晒したくはないのだ。
成長の妨げやらはそれを正当化する為の口実に過ぎない。本当の理由は別にあるのだ。
(もう……あんな想いを誰かにさせる訳にはいかない。それによって……己の仮面から報いを求められる事になってもな……)
「……洸夜様?」
「!……どうした……?」
「……いえ、少しお辛そうな様子でしたので」
「!?……いや、気のせいだ」
エリザベスの言葉に我に帰った洸夜は、エリザベスの質問にそう答えた。彼女にすら余計な不安を抱かせたくないのだ。
『彼』を救うという覚悟共に前に進んでいるエリザベス。自分と『彼』との思い出を共通できる数少ない仲間である彼女を洸夜は巻き込みたくない。
「そうですか……」
洸夜の答えにエリザベスはそう言ったが、表情はどこか悲しそうだ。
すると、エリザベスは何を思ったのか足を止めた。
「……洸夜様。貴方様に来て頂きたい所があるのですが?」
「来て頂きたい場所? 何処だそこは?」
「すぐに御理解頂けます」
エリザベスはそう言うと同時に手を翳すと、その場所から空間が裂けて入口となった。
だが、その様子に町の人は誰一人気にした様子も無く、普通に歩いている所を見ると入口が見えているのは洸夜とエリザベスだけの様だ。
「一体、俺を何処に連れて行く気だ?」
出現した入口に戸惑いながらも、洸夜はエリザベスに問い掛ける。
その問いに対して、エリザベスはいつもも通りの表情でニコッと笑い……。
「誰にも迷惑の掛からない場所でございます。そこで……私とお手合わせ願います」
エリザベスではなく……『力を司る者』として洸夜に立ち塞がった。
END