【完結】嵐を呼ぶうたわれるものとケツだけ星人(うたわれるもの 二人の白皇×クレヨンしんちゃん)   作:アニッキーブラッザー

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第6話 年貢の納め時だぞ

 ああ、ついに見つかっちまったか。

 自分を探して大陸を奔放するお前を時折見かけ、影からこっそりと様子を伺ったりもしていたが、こうしてお前と会うと……

 

「さて、自分は学習塾の時間故……さらばっ!」

 

 怖いからやっぱり逃げよう! 

 ……と、立ち去ろうとした瞬間、足元に数多の苦無が突き刺さった。

 そして次の瞬間には、炎の壁が自分の行く手を阻んでいた。

 

「もう逃がさないって、言ったかな!」

「私を甘く見るななのです!」

 

 二人は既に自分の前へと回り込んでいた。

 まるで、自分のやろうとしていることなどお見通しだと言わんばかりに。

 

「ぐっ、クオン、ネコネッ!」

 

 逃がさない。そんな意思を涙で潤んだ瞳と共に自分に向けてくる二人。

 思わず怯んだ瞬間、クオンの尻尾が伸び、力強く自分の首を掴んで締め付けた。あっ、でも、なんだか懐かしい……

 

「ご、はっ!」

「ハクとーちゃん! へんたいへんたい、ハクとーちゃんがへんたいだー!」

 

 そ、それを言うなら……たいへんだ……だ、しんのすけ……

 

「どこへ行く……」

 

 締め付けられた首が千切れそうなほどの痛みが襲い掛かり、声すらも出ない。

 そして、自分の首を締め付けるクオンの姿に、誰もが言葉を失って、ただ黙っていた。

 そんな中、クオンからいつもとは違う声が発せられた。

 

「ハク……汝は……我を置き……どこへ行く……」

 

 く……クオン……

 さ、更に首絞めだけじゃなく、空いている拳で腹を、ごふっ! 

 

「我が選んだ漢が……我が惚れた漢が……我の傍ら以外の場所で……何をしておるかァ!」

「ごふっ! ぐぼっ、が、はっが、ごっ、ふごっ!」

 

 ぎ、ギブギブギブギブ! 

 

「ひ、ひいい、は、ハクとーちゃんがー! このおねーさん、ネネちゃんみたいだぞーッ!」

 

 ……しんのすけ、お前の友達に、こんな怖い子が居るのか……

 

「ぐっ、くお……ん……しゃ、しゃれに……ならん……」

「先に洒落では済まないことを我らにした汝が、それをヌカすかァッ!」

 

 内臓が潰される衝撃。

 

「何が伝えるべきことは伝えただ!」

「ぐはっ!」

「何が我の気持ちはもう伝わっているだ!」

「がはっ!」

「我があの時、どれだけ待てと言った……」

「ぐっ、がっ」

「何が楽しかっただ! 何がありがとうだ! 言いたいことを自分だけは言って満足したように……我の前から消え……」

「ッ、ぐっ、クオン……じぶん……は……」

「……伝えきれなかった……伝えたかった想いが……どれだけ……あったと……思って……いるのかな?」

 

 頭蓋骨が破裂したかのような衝撃。

 後頭部から地面に叩きつけられ、神になって以来初めて感じる痛みに思わず呻き声を上げてしまった。

 

「ぐっ、がは、……ッ……クオン……」

 

 容赦ないクオンの攻撃に、自分はただされるがままだった。

 だが、苦痛と共に開けた瞳に写った光景。自分が見上げたクオン、そしてネコネの表情は……

 

「でも……でもッ、ようやく……ようやく追いついたかな……ハクッ! ようやく捕まえたかな、ハクッ!」

「あにさま……ひっぐ、どうして……どうして帰ってきてくれなかったですか……ずっと、待っていたのです……」

 

 その瞳から零れる大粒の涙を前にして、爆発寸前だった場の空気が一瞬で静まり返った。

 クオンとネコネ。二人が見せる大粒の涙は、神になった自分の心を深く抉った。

 でも……

 

「クオン……言ったはずだ……ハクは死んだ……」

「えっ……?」

「ハクは死んだ。オシュトルであった某も死んだ。そして……人間だった自分も死んだ……もう、自分は……」

 

 自分はもう、皆とは完全に異なる存在になってしまった。

 だから……

 

「そんなことない! ハクだよ! ハクなんだから! どうして……、神様になったって変わらない……ハクは、わたくしたちのハクなんだから!」

「そうなのです! 兄様は、私の兄様なのです! たとえ何があっても、兄様はこれからもずっと、大好きな兄様なのです!」

 

 そんな自分の言葉を遮るように、クオンとネコネが叫んだ。

 

「兄様……見てくださいなのです……私、殿学士になったのです……ずっと、兄様に褒めてもらいたくて、エンナカムイで……兄様の故郷で、兄様の帰る場所で、兄様の帰りを待っていたのです! ……それなのに……」

 

 ああ、知っている。心の中で褒めていたさ。心の中で、何度もその頭を撫でてやっていたさ。

 でも自分は……

 

「すまない……クオン……ネコネ……みんなも……でも、自分はもう……」

 

 揺らぎそうになる心を押し殺す。忘れるな、自分の成すべきことを。自分の存在を。

 ヤマトも、トゥスクルも、かつての仲間たち。こころから信頼できる戦友たち。家族。

 人間だったころに紡いだその絆がどれほど愛しく思えても、自分は……

 

 

 

「ずるいぞっ!」

 

「────────ッ!」

 

 

 

 そんな心の中の自分の葛藤を完全否定するかのような声が響いた。

 思わず、肩が大きく震えた。

 誰もがその声に目を見開き、その声を発した人物へと視線を集める。

 それを言ったのは、しんのすけ。

 自分の心の葛藤を、「ずるい」と……

 

 

「なんで、ハクとーちゃんもおじさんもこんなにモテモテなんだ! ずるいぞずるいぞーっ!」

 

 

 ……と、なんかズレたことを言って、不満そうに地面をゴロゴロ寝転んでいるしんのすけ。

 だがしかし、しんのすけはそんなつもりで言ったわけではないものの、しんのすけの「ずるい」という言葉が、どうしても胸を貫いた。

 そして、地面をひたすら転がりまくったしんのすけは、急に立ち上がり、自分の元へと駆け寄って来た。

 

「でも、ハクとーちゃん。モテモテでも女の子を泣かしてばっかだったら、いつか愛想をつかされちゃうぞ?」

「しんのすけ……自分は……」

 

 愛想をつかされるか……いや、その方がいいのかもしれない。自分のことなど忘れて……

 

「男の子は女の子を泣かせたらダメなんだぞ! お兄ちゃんは妹を泣かせたらダメなんだぞ!」

「ッ!」

 

 違うんだ……泣かせたかったわけじゃ……

 

「まだ……子供のしんのすけには難しいかな? でもな、どうしようもないんだ……こればっかりは……」

「……ハクとーちゃん……」

 

 切なくなった気持ちを誤魔化すように笑いながら、しんのすけの頭を撫でた。

 

「理由があるんだ。もう、自分は……みんなと一緒にいることはできないんだ……」

 

 それは、しんのすけだけにではない。クオンやネコネ、皆に向けて言った言葉だ。

 もう自分はみんなと一緒にいることはできないのだと、改めて……

 

「理由があるのか? なら、理由がなければお姉さんたちにも好きっていうし、一緒にいるのか?」

「…………えっ? あ、いや……えっと、その……」

 

 理由がなければ……? もし、自分がただの人間のままだったら……そんなの……当然……

 何の含みもなく純粋に聞いてくるしんのすけの言葉に、思わず言葉がつまった。

 

「し、しかし、だな、……自分には果たすべき役目がある……だから……」

「おっ? だったらお手伝いしてもらえばいいんだぞ。おらのとーちゃんは、家族がいないと何もできないんだぞ? ハクとーちゃんは違うの?」

 

 違わない。自分は一人ではなかった。皆が居たからここまでこれた。

 皆が居たからこそ乗り越えられた。

 でも……

 

「おっ、よ~やく見つけたじゃない!」

「お~、ハク~、いたぞ~」

「兄上ッ! やっぱり、兄上!」

「やれやれ、探しましたよ。全く、あなたという人はどれだけ僕たちを困らせればよいのですか?」

「ああ、ようやく見つけました! クーちゃん、良かったね!」

 

 その時、同じく自分を探していたヤクトワルト、シノノン、キウル、オウギ、フミルイルまでもが駆けつけてきた。

 みな、同じように自分の姿を見ては、喜びの笑みを浮かべてくれる。

 そう、皆の気持ちをこれだけ痛いほどに知っていながら、自分は……でも……

 

「しんのすけ……自分は……」

「おっ?」

 

 どうしてこのとき、自分はしんのすけに聞こうとしたのか分からなかった。

 

「自分も……みんなのことが大好きだ! でも、自分は一緒に居ることができない。自分はやらなければならないことがある! そして何よりも、もう自分はみんなとは違うんだ! 普通じゃないんだ! そんな自分が、どうして皆と一緒に居ることが出来る」

 

 神となった自分が、五歳児に相談と悩みを打ち明ける等考えられないこと。

 でも、無神経に、純粋に、それでいて何故か物事の本質を突いてくるかのようなしんのすけに、気づけば自分は尋ねていた。 

 するとしんのすけは、自分の問いかけに対して、実にキョトンとした顔をしながら……

 

「なんで? 好き同士ならそれでいいんだぞ」

 

 当たり前のように自分に向けて言った。

 貫くどころではない。胸の中にあった、よくわからん意地みたいなものを、粉々に打ち砕いた。

 たとえ、自分がもう「普通」とは違う存在であっても、自分が皆を好きで、そして皆が自分を慕ってくれるのであれば……

 

「ハクとーちゃん、ちょっとしつれい」

「ん? お、おい、しんのすけ」

「くんくん、うっ、足くっさいぞ~~~」

 

 さらに、しんのすけはそのまま屈んで自分の足に顔を寄せてきた。

 クンクンと匂いを嗅ぎ、すぐに気持ち悪そうな顔を浮かべた。

 っておい、なぜ今? 

 しかし、しんのすけは、自分の足の匂いに文句言いながらも……

 

 

「ハクとーちゃん、確かに普通じゃないぞ。足、すっごく臭いぞ。でも、足が臭いのはおらのとーちゃんと同じだぞ」

 

「なにい?」

 

「おらのとーちゃん、足は臭いし家族がいないと何もできないダメダメだけど、おらのとーちゃん、家族がいるから頑張れるって言ってたぞ。家族はいつも一緒なんだぞ?」

 

「ッ!」

 

 

 なんて、そんな当たり前のことを……自分はずっと……意地になって……そんな、五歳の子供にだって分かることを自分は……

 

「そっか……普通じゃないか……でも、そんなのお前のとーちゃんと同じで……家族は一緒じゃないと……」

「おっ?」

「くく……はははは……本当に……そうなんだよな……」

 

 自分の家族。血の繋がった本当の家族は……もう居ない……兄貴は、もう居ない。

 でも、みんなは居る。

 

「クオン……ネコネ……みんな……」

「……ッ、ハクッ……」

 

 顔を上げ、気づいたら自分は皆に問うていた。

 

 

「お前たちは……こんな自分でもいいのか?」

 

 

 その一言に、クオンたちは勢いよく顔を上げた。

 

 

「こんなじゃない! ハクじゃないとダメなの! そんなハクがわたくしたちはいいの!」

 

「いいに決まっているのです! 当たり前なのです! 兄様じゃないと嫌なのです!」

 

「ハクはハクだよ! 何も変わらない。めんどくさがりで、怠け者で、すぐに横着しようとして……だけど……だけど、重いものをいつも一人で背負おうとして……それを、分けてよ……ハク……わたくしも、一緒に背負うから!」

 

「だからもう、置いていかないでほしいのです……ずっと一緒に居て欲しいのです……あにさまが……いてくれたら……わたしはもっと笑うことができますから……」

 

 クオンとネコネの叫び。その二人につられるかのように、他の皆も一斉に声を上げた。

 

「んも~、おに~さんって意外に頭悪いえ~、そんなん、いいに決まっとるやん」

「私も、そんなハク様だからずっとお慕いしているんです!」

「その通りだぞ。ハクともあろう良い男が、そんなことも分からなかったのか?」

「そんな分かりきった愚問を、今更、余に聞くではない!」

「まったく、小生らを侮り過ぎだ」

「くくくくく、皆はそう言っているぞ? 我が友よ」

「はい、そんな兄上に僕たちはこれまでも、そしてこれからもついて行きます!」

「だ、そうですよ? ハクさん」

「当たり前じゃない。旦那だからついていくじゃない」

「おー、ついてくぞー!」

「ええ。クーちゃんが好きになった人に、私たちもついていきます!」

 

 愚問。これほど答えの分かりきった愚問に対する答えを皆はハッキリと答えてくれた。

 ならば、自分は! 

 

 

「この旅は終わりが見えぬ果て無き旅。幾多の苦難や試練があるやもしれぬ。だから皆……力を貸してくれないか?」

 

 

 その瞬間、「応」と答えるまでもなく、皆が一斉に自分に飛びついてきた。

 

「当たり前かな! もう、絶対に離れないし離さないし、逃がさないかな!」

「そうなのです! これ以上、泣かせたら怒るのです!」

「ほな、道中、あ~んなことや、こ~んなことも、いっぱいするえ」

「うむうむ、いくらでも手を貸すぞ! 仲間のためならいくらでも命すらも預ける。それがいい女というものだ!」

「また、そしてこれからも一緒です!」

「うむうむ、これにて一件落着なのじゃ! かーっかっかっか!」

「やれやれ、また聖上自ら……なれば小生も同行させて戴きます」

「くくくく、また騒がしい日々になるな」

「今度こそ、兄上を守って見せます」

「ですが、ヤマトも聖上不在では問題ですね、ならば、僕はいつも通り、ヤクトワルトさんとシノノンと……」

「任せるじゃない。最近は、シノノンもすっかり影武者に慣れてきたじゃない」

「おー、まかせろ。シノノンは、うまくえんじてやるぞ」

「また、楽しくなりますね。よかったね、クーちゃん」

 

 好き同士ならそれでいい……こんな簡単なことでよかったのか……

 自分は普通じゃない。でも、そんな自分でもいいと言ってくれるなら……

 そんな自分たちの様子に、トゥスクル勢は優しく微笑んでいた。

 

「よかったわね、クオン。そして、もう離してはダメよ?」

「ええ、もう逃がさないように、首輪でもつけておきなさいな」

「私たちの娘を宜しく御願いします」

「あなたに言うのも変ですが、息災で。そしてクオンのことをどうか……」

「ねえねえ、アルちゃん、私たちも今度はついていっちゃおうか?」

「いく」

「安心しましたよ、ハク。我等が女皇をよろしく御願いします」

「もう、お嬢を泣かせたら許さねえからよ」

 

 そして……

 

「君の口からそのような言葉が出て、本当に嬉しく思うよ」

 

 そんな自分にハクオロも微笑みを見せた。

 

「クオン……」

「父様……」

「彼と共に、広い世界を見てきなさい。例えどこに居ても、私も、お前のたくさんの母や兄や姉たちも……そして、ユズハも……お前の幸せを祈っている」

 

 旅立とうとする娘であるクオンを抱きしめ、そしてハクオロは再び自分を見て……

 

「娘を……頼む」

 

 まかせろ。自分はそう頷いた。

 でも……これだけで終わったら少しつまらない。

 というか、ハクオロは自分を裏切ったりしてきたし、ここはささやかな復讐……

 

 

「そーだな! まかせろ、ハクオロ! そっちも、クオンが不在で滞るトゥスクルの政務とかは任せたぞ!」

 

「……むっ……」

 

 

 ハクオロの笑顔が固まった。そしてハクオロが何かを言う前に、後ろではベナウィが「当然です」と頷いている。

 さらに……

 

 

「まあ、トゥスクルも皇女不在で何かと不安かもしれないけど、大丈夫だよな? だって、これからはハクオロが頑張って、クオンの妹や弟をたくさん作るんだからな。なあ? エルルゥさん? 皆さん?」

 

「「「「「当然(ニッコリ)」」」」」

 

「……えっ……な、え、いや、ちょ、ですね……あ、あれえ?」

 

 

 顔をサーッと青ざめさせるハクオロに「ざまみろ」と心の中で呟いて、自分は最後にしんのすけの頭に手を置いた。

 

「しんのすけ」

「おっ?」

「ありがとな」

 

 あの日以来、自分は心の底からまた笑った。

 

 

 

 

 これで全てが丸く収まった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……かに見えた。


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