時間が巻き戻ったっぽいので今度は妹と仲良くしてみようと思う。 作:筆休め!
感想、誤字報告感謝です。
俺が倉橋先生に神代さんを紹介して以降、研究が凄いペースで進んでいるらしい。先日、先生に会った時に喜々とした様子でそう語ってくれた。俺には医療の専門用語だらけであまり理解できなかったが、少しは役に立ったようで何よりである。
何かもうね、骨髄バンクに登録するとかそういうのどうでも良くなる位に倉橋先生に気に入られている件。それどころか、医者を目指してみないかと誘われるまでだ。俺には医者を目指す理由も何もないので丁重にお断りしたが。医者ってそんな簡単にホイホイなれるような職業じゃないから俺に対する社交辞令の様なものだったのかもしれない。
「ただいまー」
玄関の方から明日奈の声がして、俺は出迎える為に立ち上がった。今日の様な平日に明日奈が俺より遅くに帰って来るというのは珍しい。
「おかえり。今日は遅かったな?」
「うん、色々あって遅くなっちゃったの」
「何があったんだ?」
可愛い妹が何だか元気がない様子だ。これは兄として元気づけてあげなければなるまい。
「俺には言えないような悩みか?」
「そうじゃないんだけど……ちょっと待ってて」
明日奈は自分の部屋に向かった。荷物を置き、部屋着に着替える為だろう。言われた通りに待っていると、少ししてから明日奈は戻ってきた。
「ちゃんと手は洗ってきたか?」
「勿論洗ってきたよ。だけどお兄ちゃん、私もう子供じゃないんだからそんな事言われなくても分かってるよ」
ぷぅ、と不満気に頬を膨らませる様子は非常に可愛らしい。俺の隣に腰を下ろした彼女の頭を撫でて機嫌を取ろうとする。すると、すぐに表情を崩した。可愛いが我が妹ながら単純すぎて将来が心配になるな。
「それで、何があったんだ?」
「あ、うん。私、クラスの男の子に告白されたの」
コクハク? コクハクってあれか。気になる人に好意を伝えるって意味の告白か?
そうかそうか、明日奈はこんなにも可愛いもんな。いくら小学生でも他人を好きになったりするもんな。こんなに可愛い明日奈を好きになる男子が出てきても不思議じゃないよな。ウチの妹は天使だもんな。
「お兄ちゃん?」
明日奈は怪訝そうに俺を見上げている。いかんいかん、動揺し過ぎて少し何処かへトリップしてしまっていたようだ。
如何に子供同士の恋愛とはいえ、こういう時は兄としてどっしりと構えていなければいけないと思い、背筋を伸ばして尋ねる。
「そうか。それで、なんて返事したんだ?」
「ごめんなさいって言ったよ。その子の事は嫌いじゃなかったけど好きでもなかったし」
玉砕ッ! 名も知らぬ少年は犠牲になったのだ……ウチの妹はどうやらと言うかやはりと言うか、難攻不落のようである。
「それでね、実は告白されたの、その子で四人目なの」
やだ、俺の妹ってばモテまくり? 小学生の恋愛事情はよく分からないが、四人に告白されるとなるとかなりものだろう。小学生なので興味半分という事もあるだろうが、それを踏まえても異性から人気があるのは兄として喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか微妙な所だ。
だが他人から人気がある、というのは悪い事ではないと思う。嫉妬を買ってしまう事もあるかもしれないが、明日奈の様子を見るにクラスでそんな事は今のところないみたいだしな。
「良かったじゃないか」
「え?」
「普通、小学生のうちにそんなに告白なんて中々されないもんだよ」
「お兄ちゃんもそうだったの? 告白とかされた?」
「俺はそういうのとは無縁だったなぁ」
自分の小学校時代を思い返す。前回の記憶を思い出すまでは友達も少なく、休み時間は図書室で読書か教室で自習ばかりしていたからな。クラスの女の子達から人気など出るはずもなかった。正しく黒歴史ですね本当にありがとうございました。
「へー、そうなんだ。ふーん」
俺の黒歴史を聞いた妹は何故か嬉しそうにニコニコしている。そんなに俺がモテない事が嬉しいのか、解せぬ。
「まぁ、あれだ。お兄ちゃんは明日奈と違ってモテないからな。アドバイスとかはしてあげられないかもなぁ」
小学生の妹よりもモテない高校生の兄がいるらしい。まあ言わずもがな俺の事だけどな。何という自虐ネタ。
自嘲気味に声を出して笑っていると、明日奈がジト目でこちらを睨んでいる事に気付いた。
「でもお兄ちゃんだってこの前のバレンタインの時にチョコレート一杯もらってきてたじゃない」
「ああ、あれは義理だよ義理」
「ギリ?」
「友達にあげるチョコレートって意味さ」
言っていて少しだけ悲しくなったのは明日奈には内緒だ。
今は生徒会長という学校で目立つポジションにいるので、去年までと違ってかなりの数のチョコをもらう事ができた。前回の人生を含めてもあれだけの数のチョコをもらった事はなかったので素直に嬉しかったなぁ。
思い出してニヤニヤしそうになるのを必死で堪えていると、
「……じゃあ手紙が付いてたチョコレートは何だったの?」
やだ、この子ったらどうしてその事を知っているのかしら。誰にも言っていないし見られた記憶もないんだけど。
しかも明日奈の目が怖い。いつも通り可愛らしい笑顔のはずなのに目だけが笑ってないので不気味なまである。なんだこの浮気が発覚して妻に問い詰められているかのような空気は。俺と明日奈は兄妹なんだからそんな空気が発生するはずもないのだが、その表現が一番ふさわしいと思う。
タイトル、ウチの妹がこんなにも怖可愛いわけがない。駄目だ、絶対に売れないよこんな語呂の悪いタイトルのラノベ。
「お兄ちゃん? 私には言えない事なの?」
分かった。答えるからその目が笑っていない笑顔は止めてくれ。俺の心臓に良くないから。
「こんな俺の事を好きだって言ってくれた子がいたんだよ。この何もかも電子化されている時代にわざわざ手紙でね」
「それでそれで?」
「もちろんお断りしたよ」
「どうして?」
「どうしてって言われると難しいな」
恋愛に対する価値感覚など個人差があって当たり前のものだし、もちろん絶対的な答えなどないものだ。
故に俺はこう答えた。
「明日奈と一緒さ」
その子の事が嫌いだったわけではない。しかし顔も知らない相手からの告白など普通は断るだろう。性欲が野獣と呼ばれてもおかしくない男子高校生の言葉とは思われないかもしれないが、生憎と俺の人生は二週目だ。大抵の
「明日奈もこれから色々な事を経験するだろうけどな、変な男には引っかかるんじゃないぞ? ノブさんがいるとはいえ「須郷さんは嫌」……そうか」
ふい、とそっぽを向いたまま言い放った。
二人だけで話をしている事も増えてきたし、少しは仲良くなったと思ったんだけどな。まだまだ二人の溝は埋まりそうにないっぽい。
「世の中には変な男も一杯いるから明日奈がそういう連中に誑かされないかお兄ちゃんは心配だよ」
明日奈は賢くて可愛いけど変な所で単純、もといチョロいからな。
少し茶化すような口調でそう言うと、明日奈は何故か胸を張って自信満々といった感じで言った。
「大丈夫だよ。だって私はお兄ちゃんと結婚するもん。そんな心配いらないよ」
「え」
まじか? いやいや嬉しいよ? 嬉しいけどね? 流石に明日奈の今の年齢になってまで兄と結婚したいと思っているのは不味くないか?
どうしてこうなった。俺はどこの光源氏だよ。現代日本でやろうもんなら俺が死ぬ。勿論社会の目といった意味で。
「……もう、冗談よ。流石にもう分かってるもん。兄妹じゃ結婚はできないって」
じょ、冗談か。良かったような悲しいような……全く、お兄ちゃん心は複雑だなあ。そこら辺の乙女よりは複雑だという自信はある。何という無駄な自信だと自嘲してみたり……うん、本当に無駄だから考えるのを止めよう。
まぁ嫌われてるよりは良いか……良いよね?
「しかし、明日奈も恋やら愛やら悩むようになったのか」
「悩むというかそもそも他人を好きになるっていうのがよく分からないの。そういう気持ちってお兄ちゃんを好きっていう気持ちとは違うんでしょ?」
明日奈が言っているのは家族愛の事だ。明日奈が分からない、知りたい感情とは全く別物だろう。
そんなもの知りたいと思って知れるものでもない。そのうち勝手に知っていくだろう。その感情を知った時には明日奈は俺から離れて行ってしまうかもしれないが……まぁ、その時はその時だ。
俺は明日奈の頭の上に手を乗せたまま、こう言ってやった。
「きっともう少し大きくなったら分かるさ。俺達家族とは違う、別の意味で他人を好きになるって事が」
△△△△
休日のある日、明日奈は須郷が暮らしているマンションに来ていた。
両親は仕事、兄は学校で講習、お手伝いさんも今日は用事があるとの事でお休み。家には明日奈以外誰もいないという状態をよろしくないと考えての処置だった。ちなみに発案者は父の彰三である。
最初は須郷と二人きりなど断固拒否の姿勢を崩さなかった明日奈だが、兄に諭され折れる事になったのだ。夕方になる前には兄が迎えに来てくれると言ったのでそれまでの我慢だと自身に言い聞かせながらこの場にいる。
適当にくつろいでくれ、と言われたので一応、遠慮しながらも部屋の中を見回してみる。難しそうな本や高そうな機械が沢山ある、明日奈に言わせれば全く面白みのない部屋だ。
須郷本人もパソコンで何か作業をしている。手元にある紙の束とパソコンの画面を交互に見比べたりしていて忙しそうだ。
――暇だ。
明日奈は暇だった。別に勉強をしたい気分でもないし、習い事の自主練をしようにも此処には道具などない。
何をして時間を潰そうか、と思考しながら本棚を眺めていたら、ふと一冊の本が明日奈の目に留まる。
『夏の夜の夢』
そのタイトルの本を何となく手に取り、パラパラとめくりながら目を通す。その登場人物の名前の一つが何故か気になった。
「ティターニア……」
「ティターニアがどうかしたのかい?」
いつの間にか須郷が作業を止めて明日奈の近くにやって来ていた。須郷の接近に気付かなかった明日奈は驚いて一歩下がった。
「ううん、特に。ただ何となく気になっただけで」
「夏の夜の夢なんて読んでいるのか。だけどこれは少し明日奈君には早いんじゃないかな」
「む、そんな事ないです」
子供扱いされた明日奈は抗議の視線を送る。それを受けた須郷は苦笑して明日奈にティターニアについて語り始めた。
「ティターニアは妖精の女王でね。夫であるオベロンと同等の強大な力を持っているんだ」
「へー、妖精の女王様なのに全然可愛くないんですね」
「こういった小説の挿絵だから明日奈君からすれば可愛くないだろうね。ただ作中では美しい存在として描かれているんだ」
それから須郷が丁寧に『夏の夜の夢』という作品について説明してくれたおかげで、どのような作品なのか大体理解できた明日奈だったが、一つだけ気になる事があった。
「オベロンとティターニアは夫婦なんですよね。だったらどうして喧嘩なんてしちゃったんですか?」
「それは先程も説明した通りーー」
「二人が子供を取り合って喧嘩しちゃった事は分かりました。そうじゃなくて、好きな人同士だったら最初から喧嘩なんてしないべきだと思うんです」
明日奈からすれば、結婚までしているのだからそんなくだらない事で喧嘩などするべきではないと思ったのだ。真面目に聞いた明日奈だったが、須郷は声を出して笑い始めた。
「……ふふふ。そうかそうか、賢い君でも分からない事はあるんだね。何だか安心したよ」
そんな言い方をされれば自然と腹が立つ。特に気に入らない相手から言われたのだから尚更だ。
「もういいです。須郷さんに聞いた私が馬鹿でした」
「ああ、ごめんごめん。僕が悪かったから怒らないでくれ。せっかくの可愛い顔が台無しだ」
「そういうの良いですから」
「……一割でも良いから浩一郎君に対する優しさを分けてもらいたいな」
それは無理な相談である。大好きな兄と須郷では比べるまでもない。そもそも明日奈は未だに須郷が苦手なのだ。何故苦手なのかは明日奈自身にもよく分かっていないが。
理不尽極まりない扱いの須郷が再び苦笑しながら手に持っていた『夏の夜の夢』の本を棚に戻す。
「さっきの質問だけどね。夫婦という関係だからこそ、くだらない理由で喧嘩をしたのだと僕は思うよ」
その言葉の意味が分からず明日奈は首を傾げた。須郷は諭すように優しく言う。
「夫婦というのは最初から家族じゃない。血の繋がりという分かりやすい絆も存在しない、赤の他人が結婚して家族になるのが夫婦なんだ。互いを良く理解し、信頼し合っているからこそ夫婦として上手く機能するんだ」
勿論例外も沢山あるだろうけどね、と須郷は笑った。
「くだらない事で喧嘩ができる、その後しっかりと仲直りができる。僕は素晴らしい関係だと思うよ」
須郷さんがまともっぽい事を言っている、と明日奈は驚きで目を真ん丸にした。
「何か失礼な事を考えていないかい?」
気のせいです、と明日奈は目を逸らした。
須郷がまともな恋愛の価値観を持っている事に驚いた明日奈だったが、それで以前の兄との会話で気になっていた事があったのを思い出した。
「須郷さん、人を好きになるって何ですか? 前にお兄ちゃんに聞いたんですけど、結局分からなくて」
「これまた答え辛い質問だな……ちなみに浩一郎君は何て言っていた?」
「私がもう少し大人になったら分かるって。家族とは違った意味で人を好きになる事だって言ってました」
「なるほどね。それは浩一郎君らしい答えだ」
それは一体どういう意味なのだろうか。一人納得している様子の須郷は特に説明もせず、僕なりの答えで申し訳ないが、と前置きしてから質問に返答した。
「その人が自分にとっての特別だと感じればそれはもう一種の恋なんじゃないかな」
「特別……?」
「ああ。誰よりも一緒にいたい。自分の隣で笑っていて欲しい。楽しい事も辛い事も共有したい。そんな想いを他人に抱くようになったらそれは恋だと呼んでも良いだろうし、突然理由も分からないまま説明もできないのにどうしようもなく他人を好きになってしまう事だってある」
「須郷さんもそういう経験があるんですか?」
「生憎と僕には可愛い許嫁が既にいるからね。知識として知っているというだけでそういった経験は「そういうの良いですから」……兄妹揃って辛辣な事だよ、全く」
須郷さんが思ってもいない事ばかり言うからでしょう、と明日奈は呆れていた。対照的に須郷は楽しそうに言葉を続ける。
「さっきも言ったけれど人を好きになるというのは人それぞれの価値観があるから一概にこれ、という答えはない。明日奈君はこれからゆっくりと自分の答えを見つけていけば良いと僕は思うよ」
不意に頭の上に優しく乗せられた手に、思わず大好きな兄の姿を重ねそうになるがそれはいけない事だと須郷の手を払い除けた。
払い除けられた手を見つめながら須郷は本日何度目か分からない苦笑を浮かべた。
「まあ、とにかくだ。明日奈君が可愛いというのは本当だし、もう少し大人になったら君の事を守ってくれる王子様でも現れてくれるさ」
王子様。
お姫様の危機に颯爽と駆けつけ、どんな時でも味方になってくれて命を懸けて守ってくれる。そんな素晴らしい存在だ。
その単語の意味する所を思い浮かべ、少しだけ考えてから明日奈はきっぱりとした様子で言い放った。
「嫌です」
「え?」
今度は須郷が驚きで目を大きく開く番だった。
「どうしてだい? 王子様っていうのは女の子からすれば一度は憧れるものじゃないかと思うんだけどな」
「私は嫌なんです。お姫様になんてなりたくない」
可愛くて、か弱くて、守られているだけのお姫様。そんなものに明日奈は憧れない。
「私は王子様を守ってあげたい。守られるだけじゃ嫌なんです。私は大切な人を守って、支えて、助けてあげられる様になりたい」
「……君は大した女の子だよ」
あと何年か早く生まれてくれていたらなぁ、と須郷は困ったように言った。
「それじゃあ、これからもっと頑張らないとね。大切な人達を守ってあげられる様に。そんな素晴らしい心を持った大人になる為に」
再び明日奈の頭の上に須郷の手が乗せられる。今度は、払い除けたりしなかった。明日奈はそっぽを向いたまま小さい声で、
「……仕方がないから、ついでに須郷さんも私が守ってあげます」
「これは頼もしいお姫様……いや、ナイト様かな? 僕も将来の旦那として恥ずかしくないように頑張っていくよ」
「ほんと、そういうの良いですから」
彼女がデレたのは一瞬だけであった。兄妹揃って本当に手厳しいと須郷は落胆した。
「ちなみに僕は誰のついでに守ってもらえるのかな?」
「勿論、お兄ちゃんです。兄妹で結婚はできないけど、ずっと一緒にいるくらいはできますよね?」
えへん、と胸を張って即答した明日奈に、浩一郎と明日奈は取り返しのつかない所まで来てしまっているのではないかと須郷は割とガチで思った。
「夏の夜の夢」の中身はウィキペディアより引用しただけので、実際のものとかなり違うと思いますがご容赦を…