時間が巻き戻ったっぽいので今度は妹と仲良くしてみようと思う。   作:筆休め!

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前回のあらすじ!

・妹に許嫁が出来た。
・妖精王と仲良くゲームをした。

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妹の愛が重すぎて嬉しい(錯乱)

 須郷家との食事会が無事に終わり、俺も須郷とある程度交流するという目的も果たせた。

 

 須郷との久しぶりの再会の感想は、率直に言って相変わらず『良い人』だった。それに尽きる。

 

 人の良さそうな笑顔を浮かべているし、物腰もあの歳にしては穏やかだ。今の俺とは比べ物にならない程に大人びているように感じた。将来の目的も明確で、親の言う事をしっかりと聞き、その期待にも見事応える……正しく理想の息子と言うに相応しかった。

 

 しかし、あれでは不満も多いだろうと俺は思っていた。一緒にゲームをして話を進めているうちにそれを確信した。

 

 加えてあの感じでは彼が狂っても不思議ではないとも思った。

 

 自分がやりたい事も碌にできず、一緒に遊ぶ友人も少なく、加えて愚痴を聞いてくれる人間も周りには存在しない。あの若さで天才と呼ばれる頭脳を持っていながら、同じ分野の頂点には茅場晶彦が絶対的な存在として君臨し彼と比較される事も多い。それに加えて自分が好きでもない一回り近く歳の離れた明日奈を婚約者にされてしまうときたか。

 

 明日奈は確かに可愛いし天使ではあるのだが、須郷が明日奈に恋愛感情を向けられるかはまた別問題なのだ。

 

 須郷とゲームをしながら何度か愚痴の様なものを彼の口から聞く事ができた。これは前回の俺は当然だが経験しなかった出来事だ。多少は俺に対して心を開いてくれたのは須郷の凶行を阻止する上で最初の一歩と言えるだろう。

 

 何より、また今度一緒にゲームをする約束までする事ができた。更に須郷と仲を深める口実を作る事ができて少しだけホッとした。

 

 ホッとしたのだが……

 

「お兄ちゃん次はね、あのお店が見たい」

 

 須郷と仲良くなる為に、明日奈を犠牲にしてしまった。それが不味かった。

 

 まぁ、あれだ。犠牲にしたというのは流石に言い過ぎで単にあの食事会の日、須郷とゲームをしようとした時に明日奈も一緒にやりたいと言ってきたのだが、俺はそれを断ったのだ。

 

 明日奈がいたら須郷から本音を聞く事はできないだろうと考えての苦渋の選択だった。しかし明日奈は自分だけ仲間外れにされたと感じてしまい、すっかり機嫌を悪くしてしまったというわけだ。

 

『お兄ちゃんは私より須郷さんの方が好きなんだ』

『そんな事ないぞ。明日奈が一番に決まってる』

『私の事仲間外れにしたのに? ああ、きっと男の人同士の話し合いは楽しかったよね。女の子がいたら邪魔なんだもんねそうだもんね』

『……今度、二人でどっかに出かけるか』

『ほんと!? 私、色々欲しい物あったからお買い物に行きたいな♪』

『よし、行くなら今度の休みだな』

 

 こんな感じのやり取りを経て、俺は明日奈のお買い物に付き合わされているというわけだ。正確に言えばもう少し修羅場っぽかったが大体あんな感じのやり取りだった。

 

 今の俺は明日奈に腕を引かれる形なのだが、何だか周囲の視線が擽ったい。確かに高校生くらいの男と小学生くらいの女の子が仲良さそうにしているのを見たらほとんどの人間は仲の良い兄妹だと思うだろう。やましい気持ちなど全くなくても、前回の俺は明日奈とこんな風に歩いた事はないから少しだけ気恥ずかしい。

 

「まだ買うのか? 結構買ったけど」

 

「うん。最近身長伸びてきたから新しい服とか靴とか揃えなきゃいけなくて……あ! これとか可愛いと思わない?」

 

 水色のワンピースを手に取って俺に見せてくる明日奈に「可愛いよ」なんて適当とも言える返事をする。そうやって嬉しそうに笑ってるお前の方が可愛いよなんて思う俺はもう末期だろう。いつからこんなにシスコンを拗らせてしまったのだろうか。考えてみても分からない。

 

 明日奈が選んだ衣服の会計を済ませて時計を見ると、そろそろ昼食に丁度良い時間になっていた。

 

「もうお昼になるけど何食べる? 食べたい物とかあるか?」

 

「うーん。特にないかなぁ」

 

「今日は明日奈の為にこうやって来たんだから少しくらい我儘言っても良いんだぞ」

 

「それじゃあね、私あれが食べたい」

 

 明日奈が指差したのは洋食中心のメニューを揃えたファミレスだった。中に入ると店員さんに何も言わなくても禁煙席に案内される。二人共どう見ても未成年だもんな、当たり前だが。

 

 メニュー表と睨めっこしながら何を食べるか考えている明日奈。俺は彼女がこんなに表情豊かだという事を知らなかった。

 

 良く笑い、良く怒り、良く泣く。

 

 そんな当たり前の事なのに俺は知らなかった。前回の時、妹は基本的に無表情だった。俺を含めた家族の前では感情を押し殺していたのだろう。周囲からの重圧から耐える為に。

 

「お兄ちゃん?」

 

 明日奈の声で思考を中断する。いかんいかん、変に記憶があるせいで余計な事まで考えてしまいがちなのは悪い癖だ。

 

「決まったよ。このハンバーグのセットにする。お兄ちゃんは?」

 

「俺はこっちのナポリタンかな。デザートは良かったのか?」

 

「うーん、食べたいけどそんなに食べきれないと思うし……」

 

「だったら俺と半分ずつ食べようか。実は、このケーキ食べてみたーー」

 

「だったら私はチョコレートのパフェが食べたい!」

 

「……じゃあ、それで決定だな」

 

 俺の意見が速攻で却下され、明日奈は備え付けの呼び出しボタンを押した。

 

 やって来た店員さんに注文し、しばらくして料理が届けられ俺達は食べ始める。

 

 向かいに座っている明日奈は美味しそうにハンバーグを頬張っている。あんな顔も、前回の俺は見た記憶が無かった。

 

 確実に前回とは違った点が存在する。一番大きいのは須郷、明日奈との関係。次は俺が高校で文系ではなく理系のコースを選んだ事か。

 

 この様に未来は変えられる。知っているのだから違う道を選んで変えられるのは当然かもしれないが、

 

ーー未来とは、安易に変えてしまっても良いものなのだろうか?

 

 俺が前回とは違う選択肢を取る事で何らかの不利益を生む可能性もあるはずだ。むしろその可能性は大いにあると言っても良い。それに対して不安が無いと言えば嘘になってしまう。

 

 それでも、やるしかない。悲劇が起こるのを知っていて、それを止められるのは自分しかいないのだ。そんな小難しい事を考えるのは全てが終わってからで良い。

 

「伸之さんと仲良く出来そうか?」

 

「んー、無理かなぁ」

 

「な、なんでだ? 俺から見たら悪い人じゃなさそうだけど」

 

「良く分からないけど。きっとあれ、お母さんがたまに言ってる『生理的に無理』って奴だと思う」

 

「伸之さん……」

 

 哀れ須郷。仮に未来が変わっても明日奈が彼のお嫁さんになる事は無さそうだ。

 

 というか生理的に無理とまで言うか。小学生なのにえげつない事を仰られる……我が妹ながらその将来が末恐ろしい。パフェを食べたせいで明日奈の口の横についていたクリームをナプキンで拭ってやりながら、俺はそんな事を思った。

 

 

 

 

 

 

△△△△

 

 

 

 

 

 

 結城明日奈にとって、浩一郎は特別な存在だった。

 

 血の繋がった兄というだけでなく仕事の都合で家にいる事の少ない両親に代わって自分の世話を焼いてくれていた。文字通り彼は明日奈の親代わりだったのである。

 

 両親はーー特に母親である京子はーー明日奈に対して厳しかった。結城家の一員として恥ずかしくない人物であるようにと。兄も立派に頑張っているのだからお前もしっかりやれ、と。勉強やら習い事やらを幼い頃から強要された。

 

 通っていた幼稚園にいる他の子達は自分の様に習い事や勉強を強要されている子は少なかった。いたにはいたが、明日奈と同程度のノルマがある子供などいなかったのだ。幼い明日奈は、どうして自分だけ、と不満に思ったものだ。

 

 それでも親には文句など言わなかったし、言われた通りに課せられたノルマをこなした。両親が自分の為を思っての行動なのだと理解はしていたからだ。その為、親が求める結城家にふさわしい良い子でいられるように必死に努力した。

 

 そんな年齢に不相応な生活を送る彼女の数少ない安らぎの時間が、兄と戯れる時間だった。

 

 習い事と勉強のせいで同世代の子供と遊ぶ時間が中々取れなかった。その為、それらが終わった後に兄に遊んでもらったり物語を聞く時間が明日奈にとって子供らしくいられる時間だったのである。

 

 浩一郎は遊んでくれるだけでなく、勉強も教えてくれていた。両親は当初、明日奈に専属の家庭教師を雇う予定だったのだが浩一郎が勉強を教えてやると言い出し、結果として明日奈の学力も向上したのでそのまま彼女の勉強を見る事に落ち着いたのだ。

 

 彼は特別教えるのが上手という訳ではなかったが、明日奈のやる気を引き出す事に関して言えば彼以上の適役はいなかった。

 

 伊達に生まれてからずっと面倒を見てくれていた訳ではないという事だろう。浩一郎は妹のやる気のツボの様なものを心得ていた。

 

 ちなみに浩一郎は明日奈の、というより他人をやる気にさせたり乗せるのが上手い節があった。とても高校生とは思えない口達者だと父親は苦笑を混ぜてそう評していたくらいだ。

 

 少々長くなってしまったが何が言いたいかと言えば結城明日奈はお兄ちゃんっ子に育ってしまったのである。これは浩一郎が意図してそう育てた訳ではなく、目に入れても痛くない程に可愛がってきた言わば当然の結果である。

 

 そんなブラコンの明日奈がとある休日に浩一郎の買い物に着いて行く。予定が合えばこうして兄と何処かに出かけるのも彼女の楽しみの一つだ。

 

 ショッピングモールで昼食を終え、明日奈がトイレに行って戻って来た時、浩一郎は数人の少年少女達と談笑していた。明日奈が戻って来た事に気付いた彼は手招く。何となく嫌な空間だと感じたが兄に逆らうような事はせず素直に従って明日奈は駆け足で近寄った。

 

「この子が俺の妹の明日奈。ほら、挨拶して」

 

 兄に促されて挨拶をして頭を下げた。途端に知らない人達に囲まれる。思わず身構えるが、

 

「この子が結城が溺愛してるって噂の明日奈ちゃんかー」

 

「うわー! ちっちゃい! 可愛い!」

 

 小学二年生の明日奈は言うほど小さくはない。しかし二人の女子高生に揉みくちゃにされているから普段より小さく見えるのは間違いなかった。

 

「結城君が溺愛してるのも分かるわ~」

 

「しっかし、あんまり結城に似てないな」

 

「俺に似てないからこんなに可愛いんだろ?」

 

 ドヤ顔で言い放つ浩一郎に友人達は若干引いているようだ。その隙を突いて明日奈は、さっと女子高生の腕の中から抜け出して浩一郎の背後に隠れた。

 

「あー。逃げられちゃった」

 

「お前らが玩具みたいに撫で回したからだろ……明日奈ちゃんごめんねー?」

 

 眼鏡を掛けた男子高校生が目線を合わせるようにしゃがんで言った。

 

「お前が明日奈の名前を呼ぶな変態」

 

「お前にだけは変態とか言われたくねーからこのシスコン野郎!!」

 

 浩一郎はぎゃいぎゃいと楽しそうに友人とじゃれ合っている。

 

 彼のそんな表情を明日奈は見た事がなかった。その瞬間に明日奈は、

 

ーー面白くないーー

 

「ん、どうしたんだ明日奈」

 

 ぐいぐいと兄の腕を強く引っ張る。この場所から離れようと催促する。

 

ーー彼らから離れないと、兄を取られてしまうかもしれないーー

 

「おっと、皆ごめんな。そろそろ行くわ」

 

 まさかそんな歪んだ感情で自身の腕を引いているとは夢にも思わない浩一郎は適当に挨拶をして友人達から離れた。

 

 しばらく明日奈が浩一郎の腕を引っ張って歩いたところで、

 

「……どうした明日奈。何かあったのか?」

 

 浩一郎は明日奈の機嫌が悪い事に気が付いた。しかし心当たりはないらしく首を傾げている。

 

「別に何でもないよ」

 

 明日奈が拗ねている理由が分からず困惑する浩一郎。

 

 明日奈は急かすようにどんどん進む。浩一郎の腕をぐいぐい引っ張って進む。

 

 行き先など考えていない。ただあの居心地の悪い空間から離れたい。その一心で明日奈は歩いた。

 

「大丈夫だよ」

 

 歩きながらそう言われた。その声色は、とにかく優しい。

 

「俺は明日奈を置いて何処かへ行ったりしないから」

 

 前を向いているので明日奈から浩一郎の顔は見えない。

 

 見えなくても彼が笑顔でそう言っているのだと分かった。

 

 兄は両親や親戚からよく大人びていると評されているが、全くもってその通りだと思う。何と言うか、自分に対する言動が世間一般で言う父親の様に思えるのだ。(これを聞いたら実の父親である彰三は泣いてしまうかもしれないが)

 

 加えて浩一郎は非常に優秀だ。父や母の付き合いで歳上の人間と話す時も立派に受け答えする事ができるし、勉強面では通っている学校でもトップクラス、全国模試でも上位に入れる位には優秀だった。

 

 対して自分はどうだろうか?

 

 勉強面では同じ年齢であった時の結果にも歯が立たず、知らない大人と話す機会があっても上手く受け答えする事が出来ない。優秀な兄と不出来な妹が自然と比べられてしまうのも良くある事だった。

 

 何より、先程の様に兄が知らない人と楽しそうにしているだけで嫌な気持ちになる。その優しい笑顔を自分にだけ向けていてほしいと思ってしまう……何と幼稚な事だろうか。

 

「おっと…」

 

 湧き上がる何かを抑えられなくなり明日奈は浩一郎に抱き付いた。彼の腹の辺りに顔を埋めて自分の顔を見られない様にした。とてもじゃないがこんな醜い顔を大好きな兄に見せられなかった。

 

「全く、明日奈は何時まで経っても甘えん坊だな」

 

 大きな手が明日奈の頭を撫でる。彼がこうやって優しく撫でてくれるのは大好きだったが、今だけはその優しさが少し辛かった。

 

 いつかは俺から離れていくんだろうな、と小さく呟かれた言葉を胸に刻む。

 

 この優しさに甘え続けていては何時まで経っても強くなれない。学力とか目に見えるものだけでなく、心も。

 

 大きな人だからこそ、その背中を超えて行きたい。

 

 大好きだからこそ負けたくない。

 

 明日奈は密かに兄離れしようと決意を固め、それに比例するように腰に回していた腕の力が無意識のうちに強くなっていた。

 

「なあ明日奈」

 

「……なに?」

 

「今日久しぶりに一緒に寝るか」

 

「……うん」

 

 一瞬だけ悩んだが明日奈はその提案を飲んだ。残念ながらまだまだ兄離れは遠そうである。

 

 

 

 

 

 

 




人物紹介

浩一郎……シスコン。無自覚のうちに妹に成長を促している。良い意味でも悪い意味でも。

明日奈……ブラコンを拗らせつつある。許嫁のはずの妖精王には全く興味がない模様。

モブ……圧倒的モブ。浩一郎の高校での数少ない友人達だが、今後の登場予定はない。モブだから仕方ないね。

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