時間が巻き戻ったっぽいので今度は妹と仲良くしてみようと思う。 作:筆休め!
・妹とお喋りした。
※視点が変わる時は、△△△△、時間だけが進んだ時は、ーーーー、で表現しています。
※誤字修正しました。報告してくれた方、感謝です。
俺が通う事になった高校は前回の……逆行する前と同じ高校だった。都内で有数の進学校だし、倍率もかなりのものだったが勉強はしっかりとしていたので入学試験も無事に突破した。
しかし、将来東都工業大学に通う為に前回と同じ文系ではなく理系のコースを選んだ。これが本当にキツかった。自分で選んだ道なので文句は言えないがキツイ。何がキツイって教室の空気がキツイ。授業は普通に生活する上で全く耳にしない言葉が飛び交い、休み時間でも余計な会話などなく自習している者が殆どだった。
そこまで追い込んで勉強しない方が結果的に上手くいく事が多いぞー。人生の先輩としてそうアドバイスの一つでもくれてやりたいところだが、彼らはどれだけ勉強しても全く足りないと思っている。一つの事に熱中するのが青春と言えば聞こえは良いが、貴重な高校生活を勉強だけで終わらせてしまうのは勿体無い気がする。
そんな味気ない勉強ばかりの高校生活を送っていると、テレビのニュースで俺の目的の人物を見かけた。言わずもがな茅場晶彦である。
……高校生でゲーム開発やらで成功を収めて年収数億? しかも卒業したら”アーガス”の開発部長のポストが与えられるのが決まってる? そのまま東都工業大学にストレート入学する? 冷静にとんでもないスペックだ。俺なんかが今から必死に勉強した所で奴に追いつけるのだろうか……そんな不安は頭を振って吹き飛ばす。
やると決めたのは俺であって、ついでにやってみなければ分からない。何事にもポジティブに考えた方が良いに決まっている。SAO事件を阻止する。明日奈も無事に和人君とゴールイン。その為ならどんな苦難にだって耐えてみせるさ。
そうポジティブにーーそんな事を考えていた矢先の家族会議だ。
「明日奈に婚約者ができる」
「ふぁっ!?」
久しぶりに父が早い時間に帰って来たと思ったらこれだ。そう言えばこのくらいの時期だったかと思い出す。
変な声を上げてしまったので俺以外の三人がキョトンとしている。俺は空気を変える意味も兼ねて咳払いをした。
そう、明日奈には小学校二年生の時に婚約者ができるのだ。それも年上の男だ。父の腹心の部下の息子である彼は須郷伸之といった。
父や須郷の親は明日奈との婚約を利用して、将来”レクト”の経営を須郷に任せる腹積りなのだが、
「妖精王オベイロンとその妃ティターニアか……良くもまぁ思い付いたもんだ」
彼は未来にて明日奈を利用してレクトを乗っ取り、技術もろとも売り飛ばそうとした悪党だ。父はもちろん俺も彼の表面に騙されその企みに全く気づく事ができず、結果として和人君とその友人達の手によって明日奈とレクトは救われたわけだ。和人君マジ最強でしょ。
そんなヒーローの様な活躍をした和人君を見てしまった俺から言わせてもらえば、あれ以上の男でなければ明日奈は渡せない。そして須郷がその器であるかと問われれば否と答えざるを得ない。しかしこれじゃ明日奈の兄貴と言うよりも父親になった気持ちだな。
「問題は茅場だけじゃなくて須郷もだったな……すっかり忘れてた」
「お兄ちゃんさっきから何ブツブツ言ってるの?」
「ちょっと考え事をな……っと、そこの計算間違ってるぞ」
「あ、ほんとだ」
間違いを指摘すると計算式を丁寧に消しゴムで消している明日奈はまだ小学校二年目の七歳。まだ婚約者の意味も正しく理解できていないだろう。将来の旦那さんができると聞いてもそれほど動揺していなかったしな。
「学校楽しいか?」
「うーん、まだよく分かんない。クラスも変わっちゃったし」
そっか、と短く返して再び思考する。
考えてみたら須郷の方が何とかしやすそうだった。思い出せば婚約が決まってからそれなりの頻度でウチに顔を出していたし、一緒に食事をした事もある。茅場よりも関わりやすそうというだけでハードルは低いように感じた。
まさかこの時からレクトを乗っ取って売り払おうだなんて考えていないだろう……いないよな? 和人君や明日奈の話を聞く限り相当な狂人だったそうだから考えていてもおかしくないのか?
「須郷さんに会うの、楽しみだな」
「え、私はあんまりかなー」
そうなのか? と聞けば 「婚約者って将来結婚する人の事でしょ? 私はお兄ちゃんと結婚するんだもん」と笑顔で答えた明日奈。皆さん俺の妹はこんなにも可愛いです。例え成長して兄離れする事になったとしてもこの時の思い出があれば俺は頑張れるよ。そう思ったワンシーンでした。
にぱー、と笑う明日奈に『兄妹で結婚はできないんだよ』と今この場でとてもじゃないが言えずに苦笑いしながら頭を撫でてやることしかできなかった。
△△△△
親に決められて自分の将来は既に決まっていた。親の手で敷かれたレールの上を歩くだけの人生。その最たるものが勝手に決められた婚約者だろう。
今時、政略結婚なんて時代錯誤も良いところだと悪態を吐いたとして聞き入れてくれる者などいるはずもなく。自分でも仕方がない事だと半ば諦めていた。
高校生の須郷伸之の婚約者は小学二年生の少女。恋愛感情を向けるなどできるはずもない。しかし喜んで見せなければ親に白い目で見られる。白い目で見たいのはこちらの方だというのに……そう内心で溜息を吐いていた。
その為、婚約の挨拶を兼ねた食事会の為に婚約者の家を訪れるのは気が重くて仕方がなかった。一回り近く歳の離れた少女とどう接すれば良いのか。今の須郷には答えを出せそうにもない。
答えは出ないままに婚約者の実家である結城家に訪れる日がやって来た。
到着した家はかなり立派だった。とても四人家族とは思えないくらいに広い。豪邸と言っても過言ではない。自分も将来、彼女の父から会社を引き継いだらこんな家に住むのだろうかーーそう思うと悪くない縁談なのかもしれないと思えた。
「いらっしゃい須郷君」
家に入って出迎えてくれたのは家主である結城彰三だ。人の良い笑顔で名前を呼ばれたのは須郷ではなく父親の方だ。
「伸之君もいらっしゃい。少し見ないうちに大きくなったね」
「お久しぶりです」
少しだけ身長が伸びましたから、と笑顔で返せば彰三は満足そうに頷いた。挨拶もそこそこに玄関を上がり部屋へと案内される。
大きめの客室には料理が並べられている大きめなテーブルがあり、既に彰三の家族が席に着いていた。
「お久しぶりです京子さん」
「久しぶりね。元気そうで何よりだわ」
素っ気ない態度だが京子はこういう人だと理解しているので特に不快になったりはしない。
「明日奈君も久しぶり」
「お久しぶりです」
許嫁となる明日奈はぺこりと頭を下げて挨拶できる辺り、しっかりと教育されているようだが言葉には刺々しさがあった。どうやら須郷は警戒されているらしい。この歳で仲良くもない男が結婚相手にされたのだ、無理もない。
そして最後の一人が明日奈の兄である男なのだが、
「久しぶり浩一郎君」
「お久しぶりです伸之さん。早速ですが貴方に明日奈をお任せする事はできませんので今日はお引き取り願えませんでしょうか」
「……は?」
義兄となるはずの男ーー結城浩一郎からの言葉が理解できずに須郷は思わず固まってしまった。
浩一郎の予想外の言葉に大人達は絶句、明日奈は特に気にも留めずにその場の様子を見守っているようにじっとしている。
しばらくそんな時間が続いたが、固まってしまった空気を砕いたのもやはり浩一郎だった。
「冗談ですよ。伸之さんも父さん達もそんな顔しないでください」
ジョークじゃないか、と下手人はへらっと笑う。須郷はようやく空気が動くのを感じた。
「浩一郎、伸之君に失礼だろう。冗談でも言って良い事と悪い事がある」
「ははは、僕の事なら大丈夫です。それに浩一郎君の気持ちもよく分かります。こんなに可愛い妹を他人に嫁がせるなんて彼からすれば気が気でないでしょう」
「浩一郎は昔から良く明日奈の面倒を見てくれていてね。ただ少しばかり、その……明日奈を甘やかし過ぎている節があって」
俗に言うシスコンという人種か。そう須郷は結論付けた。そうなれば浩一郎はこの縁談には断固反対の立場だろう。彼一人が反対した所で最早どうにもならない事なのは間違いないが。
「……お互い、思い通りにはいかないものだね」
「はい?」
漏れてしまった愚痴の様な呟き。ああ、どうして世の中とはこんなにも思い通りにはならないものなのか。須郷は嘆かずにはいられなかった。
ともあれ、今日は大事な食事会である。気を取り直すように彰三が開始の挨拶をして全員が料理に手を出し始める。
彰三と須郷の父は酒が進むと共に会話も盛り上がっていった。明日奈と京子は静かに料理を口に運び、浩一郎はそんな空気に気を遣ったのか時折、須郷に話題を振ったりしていた。
「伸之さんは高校二年なんでしたっけ?」
「ああ。そうだけどそれがどうかしたかい?」
「進学先とか考えてます?」
「今の所は東都工業大学を考えているよ。難関と言われる大学だけど、今の調子で勉強を続ければ合格も出来ると思う」
「はー…伸之さんは相変わらず頭が良いんですねぇ」
うんうん、と感心する様に頷いている義弟(予定)だって勉強は得意だと聞いている。須郷とは専門とする分野は違うので一概には比べられないのだが、純粋な高校レベルの勉強で言えば須郷と浩一郎は遜色ない知識を持っているはずだ。
「浩一郎君、高校生活に慣れたかい?」
「はい。でも、クラスの連中が勉強勉強勉強って奴ばっかりで少しつまんないですね。自分で選んだ学校なので文句は言えないんですけど……一緒にゲームでもする友達が少ないのが今の悩みです」
「今は余裕がないだけさ。そのうち打ち解けてくればそういった友人もできる」
自分で言っていて何という皮肉だと須郷は自嘲した。高校二年目になった自分にはそのような友人もいないと言うのに。最も作る気もさらさら無いのだが。
「ゲーム、か」
最後にゲームと呼ばれる類の娯楽に触れたのは何時だったかと須郷が記憶を辿ろうとすると、浩一郎が提案してきた。
「そうだ。伸之さんはゲームとか好きですか?」
「え?」
「折角だから今からやりません? どうせあの二人の話はまだ終わらないし、この後ヒマでしょう?」
そんな提案に須郷はすぐに頷いてしまった。特に理由もなく、本当に何となく。気紛れで頷いてしまったのだ。
「おい浩一郎! これから伸之君の事はお義兄さんと呼ぶんだぞ!」
未だに会話と酒が止まらない彰三達からの戯言を二人は苦笑いで受け流し、ゲームをすべく浩一郎の部屋に向かった。
須郷は後に、この時の自分の気紛れが人生の分岐点だったと思い出す事になる。
人物紹介
浩一郎……下手人。許嫁の前で「妹はやれん」と言い張る。兄貴というよりも最早オトン。
明日奈……順調にブラコンとして成長中。
オベイロン……みんな大好き未来の妖精王。今作のホモ枠(ノンケ)