本当に寝ちゃった……相当お疲れだったんだなぁ。
八幡さんは、片付けを終えると、いつの間にかソファーで寝息をたてていた。
近くにいって、その寝顔を見てみると、何だかいつもより幼く見えて、これはこれで可愛く見えなくもない。
……そうだ。枕ないみたいだし、膝枕してあげよっかな。ほら、寝違えたりしたら大変だし!
自分自身に言い訳しながら、私はなるべくそっと八幡さんの頭を抱え、自分の膝を滑り込ませた。
「よい、しょっと……ふぅ」
お、重い……よし、何とか起こさずにすんだ……。
すると、八幡さんの体温とクセのある髪の感触が太ももに広がり、なんだか不思議な気持ちになった。
「…………」
「…………」
もしかして私は物凄く大胆な事をしているのでは!?
ま、まあ……でも?膝枕くらい……いや、そんなにしないか。ああ、もうっ!考えるのやめよ。
すると、八幡さんが寝返りをうち、私のお腹側に顔を向けた。
「ひゃうっ」
「…………」
直に太ももに頭を乗っけたせいで、割とくすぐったい。あとなんか恥ずかしい……。
どくん、どくんと胸を高鳴らせていると、「んん……?」と低めの声が響いた。
あっ、これもう起きるやつだ。
八幡さんはうっすらと目を開き、何度かまばたきをした。
「……は?」
「お、おはようございま~す……」
「……っ!!」
八幡さんは数秒寝ぼけていたが、すぐに意識が覚醒し、私の膝から離れた。
と、とりあえず……色々説明しなきゃ。ああ、でも……。
*******
「…………」
「…………」
気まずい沈黙がリビング内を満たしている。外では蝉がけたたましく鳴いているのに、音をたてることすら躊躇われた。
何故雪穂に膝枕されていたかはわかったが、正直リアクションに困る。あと、頭に残った柔らかな感触がやばい。
「あっ、そういえば、ずっとリビングってのもあれだし、八幡さんの部屋行きません?」
「……そ、そうだな」
とりあえず二人とも立ち上がり、階段を上がり始めた。
……何で自然な流れで俺の部屋に向かってるんですかね?
寝ぼけていたという言い訳もできないくらいに、どうしようもない状況になっている気がする。
いつものようにドアノブを回すと、見慣れた光景が目に飛び込んでくる。
「へえ、ここが八幡さんの部屋なんですね」
「……ああ」
雪穂がキョロキョロと視線を動かすのを見ていると、こちらも何だか視線が泳いでしまう。変なもの、出しっぱなしにしてないよな?いや、別にないけどね!
「……じゃあ、そろそろリビングに戻るか」
「まだ入ったばかりですけど!?」
「いや、ほら……散らかってるから、ね?」
「じゃあ、そ、掃除してあげますよ」
雪穂は頬を赤らめながら、ぽしょりと呟いた。大変ありがたい話ではあるが、変なスイッチが入ってるようにも見える。
「いや、ほら……ここ思春期男子の部屋だし」
「もしかして、見られたくない物があるんですか?」
「そう言われると、そうでもないんだが」
まあ部屋に入られたところで、特にやばい物はないし、ラブコメ的なイベントが起こるわけでもないんだが。
すると、雪穂が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あ~、もしかして、エッチな本とかベッドの下に隠してるんですかぁ?」
「いや、ないから。ていうか、今時そんな奴いないから」
「そっかぁ、あっ、パソコン見ていいですか?」
「ああ、別に構わんけど」
文明の利器に感謝。会話が続かなくとも、間を埋められるもんね!
雪穂がパソコンの電源を入れると、スクールアイドルの動画サイトが画面に映し出された。
「あっ、これμ'sだ。八幡さん、観てくれてるんですね!」
「……まあ、一応な」
姉を陰ながら応援していた事が嬉しかったのか、雪穂は笑顔でライブ動画を再生していた。まあ、なんだかんだいって、この子、お姉ちゃん大好きだからな。
すると、雪穂が画面を観ながら「あれ?」と首を傾げた。
「高評価している動画に……東條希さんの動画が……あ、次はA-RISEの優木あんじゅさんだ。他にもプロのアイドルの動画がある……えっと、月岡恋鐘さん、豊川風花さん、三浦あずささん、あっ、さらに地方アイドルまで……フランシュシュのゆうぎりさん……ふぅ~ん」
「…………」
何故だろうか。
悪い事は一切してないし、やましい事もない。むしろ誰かを応援するという俺にしては微笑ましい行いなんだが……とにかくやばい!何がやばいかわからなすぎてやばい!!
「八幡さんって、こういう女の人がタイプなんですね」
「いや、タイプというか……」
「八幡さんって、こういう女の人がタイプなんですね」
どうやら大事なことらしい。だって二回言ったもん!
「胸、おっきなほうがいいんですか?」
「……偶然だ。偶然。たまたま頑張ってるアイドルの動画を高評価して、お気に入りの登録しただけだ」
「それは素敵な偶然ですね~」
「……あ、ああ」
「……あの……もしも、の話ですけど」
「?」
「もしも……私がスクールアイドルとかやったりしたら……高評価して、お気に入り登録してくれるんですかね?」
「…………それは内容による、けど。まあ、再生数には貢献するんじゃないか?」
「そうですか……ふふっ、何聞いてるんだろ、私」
「さあ、な……」
そのやわらかな笑みは、不意打ちのように胸を高鳴らせてくる。
何てことのない夏の昼下がり。
ささやかに響き合う声が、最近見慣れてきた笑顔が、くたびれた心をほんのり癒していくのを感じていた。