それでは今回もよろしくお願いします。
「じゃあ、これを上の棚に直してもらえる?」
「はい」
「これは全部倉庫にお願いね」
「はい」
「あと、床を掃いてきてもらえる?箒はそこにあるから」
「はい…………」
「へえ」
お兄さんの意外な姿に感心してしまった。
お母さんの強引すぎる誘いに応じた事もそうだけど、嫌な顔一つせずに、黙々と仕事している。
掃除を頼まれた時は、「あれ、力仕事だけじゃないの?」って表情だったけど、手早くすませてるし。
「…………どうかしたか?」
気がつけば、じーっと見てしまっていたらしい。
「あら、ごめんねぇ。雪穂ったら、男の子がいるから緊張してるのよ」
「そ、そんな事ないし!」
この母親、何言ってんの!?
厨房でお父さんが餡子を握り潰してしまったのは、スルーしておく。
「違うの?」
「違うよ!」
急いで仕事に戻ろうと思い、駆け足で足を踏み出すと、いきなり速く動いたからか、脚がもつれてしまった。
「わわっ」
転ぶかと思ったが、誰かに受け止められる。
「…………大丈夫か?」
「は、はい…………」
私はお兄さんの胸にすっぽり収まっていた。
さらに、両肩にはお兄さんの手が置かれている。
伝わってくる体温は、こんな季節でも温かいと思えた。鼓動がほんの僅かだけ速く波打つ。
でもすぐに我に返った。それと同時に、亜里沙の顔が脳内にちらついた。
「わ、私、店番してるから!」
顔が熱くなっているのを感じながら、私はその場から逃げるように走り去った。
「ふぅ…………」
私ってば何やってんだか。
「高坂」
「うひゃあ!」
思わず飛び跳ねる。
「ど、どうした?」
私のリアクションに軽く引いているようだ。
「何でもないです何でもないです!」
「そ、そうか…………」
お兄さんはそのままカウンター裏に商品を補充していく。
「…………昨日、亜里沙から電話ありました?」
「いや、ない」
即答された。
そっか。亜里沙、電話しなかったのかー。
そっかぁー。
…………いや、別にどうでもいいんだけどさ。
「それがどうかしたのか?」
「いえ、別に…………」
自分から聞いておいて、会話をざっくり切ってしまった。失礼だったかも。
でも、お兄さんは特に気にした様子もなく、黙々と仕事を続ける。これはこれで腹立つなぁ。私だけが変に意識してるみたいじゃん。
すると扉が開けられ、お客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ-!」
「い、いらっしゃいませ…………」
お兄さんはぼそっと呟いて、中へ逃げていった。
スムーズに会計を済ませ、お客さんが出て行くと、お兄さんは何事もなかったように戻ってきた。
そして、再び作業を始める。
「今、逃げましたね?」
私の言葉にぴくっと反応した。
「な、何の事でしょう…………」
「接客苦手ですか?」
「聞かなくてもわかるだろ…………」
確かに。ただ苦手というより嫌いと言った方が正しいかもしれない。
「じゃ、じゃあ、私が教えてあげます!」
「いや、俺は裏で…………」
「ダメです!お兄さんの将来の為にも、私が接客を教えてあげます!」
「あ、ああ…………」
もはや自分で何を言っているか、わからなかったが、お兄さんは渋々了承してくれた。
ちょうどいいタイミングでお客さんが入ってきそうだ。扉が開き出す。
「じゃあ、私に続いてください。いらっしゃいませ-!」
「いらっしゃいませ-」
「雪穂-!お仕事頑張ってるー?…………比企谷さん?」
そこには、キョトンとした顔の親友・絢瀬亜里沙がいた。
読んでくれた方々、ありがとうございます!