TS少女のラブライブ!   作:水羊羹

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第四十一話 絵里と水族館デート

 希先輩と計画を練ってから、数日後。

 現在、俺は駅前広場で希先輩と絵里の二人を待っていた。

 椅子に座りながら、頻りに携帯で時間を確認する。

 

「緊張するな……」

 

 希先輩の作戦によると、俺を入れた三人でぶらぶらと遊びに行く。

 その際、絵里と俺の仲を希先輩が取り持ち、流れで仲直りさせる。

 と、いうような大雑把な内容だ。

 正直、こんなので絵里と仲直りできると思えないのだが。

 しかも、俺達はまだテスト期間中。

 普通に絵里は断るだろう。誘う事に失敗したら希先輩から連絡が来ると聞かされているが……まあ、気長に待っていよう。

 

 鞄から取り出した単語帳で時間を潰す。

 パラパラとページを捲っていくが、やはりと言うべきか。

 内容が全く頭に入ってこず、意味もなく文字の羅列を眺めるしかない。

 

「はぁ……」

 

 ため息を漏らして単語帳を仕舞い、天を仰ぐ。

 今日は雲が多めだが晴れているので、充分にお出かけ日和だろう。

 何も問題が起こっていなかったら、きっと俺もこの天気を素直に喜べただろうに。

 

 いや、今からネガティブな考えをしてどうするんだ。

 俺がするべきなのは、絵里に謝って許して貰う事。

 そして、また絵里と笑顔を交わし合うのを目指す事。

 

 拳を握って気合いを入れていると、遠くから見覚えのある金髪が目に入った。

 鞄を持って立ち上がり、そちらの方へと駆け寄っていく。

 

「絵里!」

「っ……」

「今日はわざわざ来てくれてありがとう。テスト期間中にすまない」

「……別に、私もちょうど気分転換したいと思っていた所だから」

「そ、そうか」

 

 目を合わせず告げる絵里に、俺は僅かに痛む胸に手を添えた。

 数瞬目を瞑って呼吸を整え、絵里と共に椅子の方へと向かう。

 並んで腰を下ろし、俯き気味な彼女に声を掛ける。

 

「待ち合わせまでまだ時間があるけど、早めに来てくれたね」

「……誰かを待たせるのは好きじゃないからよ。そういう貴女こそ、私より早かったじゃない」

「私も同じような感じさ」

「そう……」

「うん……」

 

 会話が続かず、どちらともなく顔を背けた。

 元々目が合っていなかったが、これで余計に互いの表情がわからなくなる。

 視線を彷徨わせながら、俺は絵里になんと言うべきか戸惑っていた。

 

 まさか、ここまで気まずく感じるとは。

 会ったら直ぐに謝ろうと考えていたのだが、ここに来て自身の臆病さが顔を出す。

 たった一言。ごめんなさいという言葉が果てしなく遠い。

 グルグルと思考が駆け巡り、急速に喉が渇いていく。

 

 我ながら酷すぎるだろ。

 初っ端からこんな空気になるとか、花陽じゃなくても誰か助けてと言いたい。

 早く来てくれないかな、希先輩……

 

「きょ、今日は晴れてよかったね」

「そうね。雨よりよほどマシだわ」

 

 やはり、会話が続かない。

 チラリと横目で絵里の様子を窺えば、何故か目が合った。

 直ぐに目を逸らされたが、彼女の方も気まずく感じているようだ。

 まあ、互いの思いが共通しても打開策がないのだが。

 

 どうしようかと内心で頭を抱えていると、ポケットに入れていた携帯が震えはじめる。

 絵里の方も携帯を手に取っており、どうやら同時に受信されたらしい。

 画面を見てみると、希先輩からのチャットのようで。

 

【ごめんなさい。急用ができたので、二人で遊んでください。後でしっかりと感想を聞くから、途中で逃げたらどうなるか……わかるよね?】

「はっ?」

 

 思わず声を発してしまった俺は、何度も目を擦ってチャットを確認する。

 しかし、現実は非情であり、ここに希先輩は来ない。

 絵里の方に視線を転じると、彼女も目を見開いて驚愕した表情だ。

 

 まさか、ここに来て希先輩の裏切り!?

 ……恐らく、二人になって仲直りしろって事だろうな。

 こうして退路を封じて、さっさと絵里と仲直りしろ、と。

 気持ちはわかるけど、希先輩がいないと心細すぎるんだが。

 

「……どうするの?」

 

 絵里の問いかけで我に返り、どうするか思考を巡らせていく。

 乗るか、引くか。どちらにしても、今日を逃したら絵里と二人になる時間が取れるかわからないだろう。次からは、警戒して希先輩の誘いに乗らない可能性があるのだから。

 

 ……いや、最初から選択肢は決まっていた。

 希先輩の気遣いを無駄にするべきではない。後は、俺の勇気一つ。

 

「私達二人で、遊ばない?」

 

 唾を飲み込み、恐る恐る絵里へと提案した。

 すると、彼女は目を泳がせながら、ギュッと膝に揃えた手を握る。

 俯き気味で口許をモゴモゴさせた後、頷いて小さな声で。

 

「……構わないわ」

「ありがとう。じゃあ、早速行きたいんだけど、いいかな?」

「ええ」

 

 俺達は立ち上がり、ゆっくりと足を動かしはじめた。

 二人の距離は空き、間にはどことなく暗い空気が流れる。

 会話もろくに続かず、とても遊びに来ているとは思えない。

 

 とりあえず、第一関門は突破か。

 これで絵里に帰られでもしたら、立ち直れなかっただろうな。

 次は、絵里に謝って遊びを楽しむ事なのだが、その謝罪のハードルがめちゃくちゃ高い。

 

『いい、朝陽ちゃん? 絵里ちがどんな顔をしていても、心の中では凄く喜んでいるはずや。だから、いくら拒絶されても諦めないでね?』

 

 と、希先輩が言っていたが。

 現在の雰囲気からでは、その言葉を素直に信じる事ができない。

 だけど、このままだと希先輩の好意を無駄にする事になってしまう。

 際限なく巡る思考の渦。メトロノームのように正と負の感情が交互に顔を出す。

 できるなら感情を爆発させて叫び、奇声を発して意味もなく駆け回りたい。

 絵里と会えて嬉しい。気まずくて悲しい。一緒に出掛けられて最高。早く謝罪したいのに勇気が出なくて悔しい──

 

「あぁもうっ!」

「ちょ、ちょっとどうしたのよ?」

 

 抑えきれずに頭を抱えると、唐突な叫びに驚いたのか、絵里は肩を震わせた。

 怪訝げな眼差しを送られるが、意に介せず堂々巡りの思考をリセットしていく。

 無駄に考えているのが馬鹿馬鹿しい。遅かれ早かれ絵里との間には決着をつけなければならないし、そもそもせっかく絵里と遊びにきたのだから、思う存分羽を伸ばして遊ばなければ損だ。

 とりあえず、遊ぶ。謝罪その他諸々は今日の帰りまでに考える!

 無理矢理自分の思考を打ち切った後、絵里の手を取って駆けだす。

 

「早く行こう!」

「あっ……」

 

 背後から聞こえる絵里の呟きを無視して、俺は今日中に仲直りできる事を祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達が向かった先は、希先輩に勧められた水族館。

 受付で購入したチケットを使い、入場する。

 

「おぉ……」

 

 視界に広がる光景に、思わず俺は感嘆の息を漏らした。絵里も同様に目を見開いて驚いている様子だ。

 僅かに暗い証明に照らされている、色とりどりの水槽。どうやらここは小魚を展示しているようで、様々な種類の魚が泳いでいた。

 普段ではお目にかかれないモノを見る事ができ、俺はワクワクする気持ちが抑えきれない。

 そんな思いが表情に表れていたのか、絵里がこちらを一瞥した後、手近な水槽へ近づく。

 

「……せっかくだし、一つ一つ見ていきましょ」

「えっ?」

「別に、私も見たいと思っただけだから」

 

 言い訳するようにそう返したが、絵里は俺に気を遣ってくれたのだろう。あまりに俺が目を輝かせていたから、無視して先に進むのが可哀想という感じで。

 絵里の気遣いを申し訳なく思う反面、自分の事を見てくれて嬉しくもある。

 

「ありがとう、絵里」

 

 感謝を示した俺は、絵里の隣に並んで水槽をのぞき込む。

 泳いでいる魚の色合いが綺麗で、どうやら海外で人気のあるペット用の種類らしい。

 説明文を読んで納得していると、不意に絵里の方から視線を感じた。

 

「っ……」

「うん?」

「な、なんでもないわ」

 

 目を向けたと同時に顔を背けられたので、絵里の表情は窺えなかった。

 しかし、微かに上擦る声音から、何やら俺に含む所があるらしく、それが絵里との距離を感じて悲しく思ってしまう。

 微妙な空気になってしまったが、努めて考えないようにしながら、俺は絵里と共に水槽を見回っていく。

 

 こう思うのは不謹慎なのだろうけど、絵里と二人で見て回るのは楽しい。

 魚の説明文を見て話したり、可愛い魚の感想を言ったりと……まあ、俺しか喋っていないんだが。

 会話できないのは寂しいけど、それでも絵里といるだけで俺は満足だ。

 ただ、絵里の方はそう思っていないのだろうが。

 

「よし。次のエリアに行こうか」

「そうね」

「次のエリアは……これかな」

「どれ?」

 

 入場する時に取っておいたパンフレットを開くと、絵里が横からのぞき込んできた。

 思わず硬直した俺を見て、絵里は不思議そうに首を傾げた後、ハッと勢いよく後ずさって身体ごとそっぽを向く。

 

「い、行く場所は貴女に任せるわ! とりあえず早く行きましょう」

「あ、ちょっと待って!」

 

 一方的にそう告げた絵里は、呼び止める俺の声を無視して歩きはじめてしまった。

 慌てて早足の絵里を追いかけながら、俺は今の一連の行動に疑問が溢れてしまう。

 

 先ほどの絵里の対応は、少し前までの気安いものだった。

 直ぐにぎこちない雰囲気に戻ったが、あれは一体どういう事だろうか。

 まさか、絵里の方が気にしていない訳がないだろうし、そもそも今の絵里が俺と一緒にいる事自体奇跡なのだから。

 

 ……俺は、どういう対応を取るのが適切だったんだ?

 驚いて固まらないで、友達のように笑顔を向ければ良かったのか?

 わからない……わからないよ。どうするのが最善なのか、どんな声を掛ければ絵里が喜んでくれるのか、今の俺には何も理解できない。

 情けない事はわかっているけど、やっぱり希先輩に助けてほしい──

 

「わっ!」

「なに?」

「あ、いや。なんか来たみたい。ごめん、ちょっと見てみるね」

 

 内心の思いを押し殺して絵里に追いついた時、おもむろにポケットに入れていた携帯が震えだした。

 絵里に許可を貰って画面を見ると、噂をすればと言うべきか、どうやら希先輩からのチャットのようだ。

 

「誰から?」

「希先輩からみたい……へっ!?」

 

 思わず目を大きく見開き、画面に映るチャットを凝視する。

 瞬きしたり目を擦ったりしても、書いてある内容は当然変わらない。

 いや、まさかそんな訳が……あれ、でも実際に希先輩はここにいないし、だからと言ってこの内容は流石になんと言うか。

 

「希はなんて?」

「うぇ!? あ、えっと。楽しんでるかだって」

「……怪しいわね。何か隠しているんじゃないかしら?」

「そんな事ないよ!」

「声が上擦っているわよ。ちょっとそれ、見せて貰えないかしら?」

 

 ジト目の絵里に迫られ、俺はタジタジになりながら目を逸らす。

 これを絵里に教えるのは駄目だと書かれているのだが、急にそれらしい言い訳が思いつくはずもなく、ここままでは絵里の手に俺の携帯が渡ってしまう。

 しかし、直前に今度は絵里の携帯がメロディーを奏でる。

 

「け、携帯が鳴っているよ? ……あれ、今の曲って」

「もう、せっかく悪事を暴けそうだったのに──」

 

 どこか聞き覚えのある音色に首を傾げる俺を尻目に、絵里はため息をついて携帯を取り出して画面を見た。

 瞬間、絵里の頬が赤らみ、挙動不審気味に口許をマゴマゴさせていく。

 

「絵里?」

「どうして、希は余計な事をするのよ。貴女に言われなくたって……」

「おーい、絵里?」

「はっ! その、なんでもないわなんでも。気にしないで、いいわね?」

「う、うん。わかった」

 

 ずいっと顔を突きだす絵里から妙な迫力を感じた俺は、何度も頷いてこれ以上の詮索をしないと約束した。

 身体を離して満足そうにしている絵里を尻目に、俺はなんとか窮地を脱せた事に胸を撫で下ろし、さり気ない動作で背後に目を向ける。

 すると、野球帽を被った一人の女性が、にこやかに手を振ってきた。

 遠目でもわかる立派な胸部を見て、俺は先ほどの内容が嘘ではないと理解してしまう。

 

「本当にいたよ……」

 

 先ほどの希先輩のチャットには、今後ろに自分がいるという内容が書かれていたのだ。

 絵里に内緒にしろと言うから、なんとかバレないように誤魔化したのだが、正直希先輩と三人でいた方が良かったのでは。

 

 チラリと背後を盗み見ると、俺の考えでも読み取ったのか、希先輩は腕をバッテンマークにして拒否してくる。

 ついで、ニッコリと笑って手をワキワキさせた事から、どうやら絵里に話すとワシワシの刑に処するらしい。

 身震いして大きく頷いた俺を見て、何故かドヤ顔で胸を張る希先輩。

 ……俺には彼女の思考が全く理解できないのだが。

 

「と、とりあえず! 希のためにも早く行きましょう!」

「希先輩のため?」

「あっ、なんでもないわ! それより、次のエリアが楽しみねー」

 

 明らかな棒読みで先に進む絵里に、俺は首を傾げて希先輩の方を見つめた。

 暫し顎に手を添えて考え込む素振りを見せていた彼女は、やがて携帯を取り出して何やら操作していく。

 すると、俺の携帯が再び震え、同時に希先輩がちょいちょいと指で示す。

 

【絵里ちは気にしないで。それより朝陽ちゃんは、さっさと絵里ちと仲直りしよ! ウチがサポートするから!】

 

 思わず携帯から顔を上げると、真剣な表情で頷く希先輩の姿が目に入る。

 俺のためにここまでしてくれて嬉しい反面、我ながら情けなくて泣きそうだ。

 だけど、希先輩にここまでお膳立てされた以上、もはや俺に逃げるという選択肢は消え失せた。

 頬を叩いて気合いを入れ直し、親指を立てて希先輩に向ければ、悪どい表情をした彼女もグッドポーズを返してくる。

 いや、その顔は見ていて不安になってしまうのだが。

 ともかく、希先輩に優しく背中を押された俺は、彼女のサポートを受けて絵里と仲直りするのを、改めて深く決意するのだった。

 

「よし、頑張るぞ!」

「ちょっと、何しているのよ?」

「あ、ごめん! 今行く!」

「……幸先が不安や」


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