TS少女のラブライブ!   作:水羊羹

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第四十話 小さな勇気は一歩から

「──落ち着いた?」

 

 希先輩の胸の中で、みっともなく泣き喚いた後。

 柔和な笑みを浮かべている希先輩が、俺の涙を拭いながらそう告げた。

 その言葉に頷き、ゆっくりと離れる。

 しかし途中で、先ほどまでの自分の行動を思い返し、思わず赤面してしまう。

 

「あ、あの。ごめんなさい。制服も汚しちゃいましたし」

「ううん、気にしないで。……それにしても、朝陽ちゃん」

「はい?」

「どうしてさっきは男の子みたいな喋り方だったん?」

「……あっ」

 

 やってしまった。

 気が抜けていたのか、取り繕う余裕すらなかったのか。

 いつもの言葉遣いではなく、俺本来の口調で叫んでしまったのだ。

 ……どうしよう。今更気のせいと言える空気ではないし、かと言って上手い言い訳が思いついている訳でもない。

 

「どうして?」

「あー、まあ、あれです。あれは内なる人格が飛び出したという感じです、はい」

「朝陽ちゃん、嘘は駄目や。正直に言わないと、ワシワシするよ?」

「それだけはご勘弁を!」

 

 あの目に、あの手つき。希先輩の言葉は本気だろう。

 不気味な笑顔でにじり寄ってくる彼女に、俺は尻餅を着いて後ずさる。

 が、あえなく背中が壁にぶつかり、退路は閉ざされた。

 

 ……仕方ない、か。

 ここまで醜い姿を見せてしまったし、俺の口調ぐらい今更だろうな。

 ため息を一つ。片膝を立てて腕を乗せ、額を当てる。

 

「朝陽ちゃん?」

「希先輩には話します。誤魔化しようもないでしょうし。……実は、私」

「待った、朝陽ちゃん。せっかくだから、さっきの喋り方でお願い」

「どうしてですか?」

「うーん。その方が、本当の朝陽ちゃんらしいって感じだからかな?」

「……本当の俺らしい、か。わかったよ。希先輩の言う通りにする」

「ありがとう、朝陽ちゃん。じゃあ、横を失礼して」

 

 隣に座った希先輩の気配を感じて、俺は苦笑いを零した。

 気を取り直して一息つき、脳内で伝える事を纏めながら口を開く。

 

「何から話せばいいか。とりあえず、男口調の理由からだろうな。まあ、理由は簡単だよ。その口調なのが一番楽だからってだけだから」

「えーっと。つまり、朝陽ちゃんは男勝りって事?」

「そうじゃなくて……」

「うん?」

 

 これを言ったら、気味悪がられそうで怖い。

 だけど、希先輩が俺のためにあそこまでしてくれたのに、誤魔化そうなんて薄情な事は考えられなかった。

 

 目を瞑って深呼吸を一つ、二つ、三つ。

 逃げようとする感情を捨て去り、自分に立ち向かう勇気を奮い立たせていく。

 臆病な己に負けるな、気をしっかりと持て。

 心で覚悟を決め、目を開けて顔を上げ、希先輩の顔を真っ直ぐ見つめる。

 震える声を抑えつつ、俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「俺……実は、男の意識があるんだ。それも、かなり大きな」

「えっ?」

「だから、女の子を見てドキドキする事もあるし、偶に男子トイレに間違って入りそうな時も……って、これはどうでもいいか。とにかく、俺は男意識の方が強いから、素もこんな喋り方になっているってわけ」

 

 流石に予想外だったのだろう。希先輩は目を見開いて呆然としており、俺の言葉に戸惑っている様子だ。

 無理もない。誰だって突然こんな事を言われれば、理解が追いつかないに決まっている。

 そして、理解すればどう思うのかも──

 

「あれ? それって、朝陽ちゃんはウチ達を厭らしい目で見てるって事?」

「そ、そうなるのか?」

「ほー。朝陽ちゃんは意外とムッツリだったんやね。もしかして、体育の着替えとかコッソリ盗み見ていたりしてるん?」

「その時はトイレに篭って着替えているから……って、違うだろっ!」

「うん?」

 

 思わず立ち上がって、隣の希先輩を見下ろす。

 理解できない表情を浮かべて、身振り手振りを交えて必死に伝えていく。

 

「男だぞ!? 女の身体に男の意識があるんだぞ!? しかも、俺は意識だけじゃなくて前世が男だって記憶まであるんだぞ!? 明らかに、異質じゃないか!」

「へー、記憶まであるんや。あ、それって生まれ変わりって事やん」

 

 一生懸命話すが、希先輩は感心したような面立ちになるのみ。

 何故、彼女はそんな余裕なのだろうか。

 普通ならば、こんな事を聞いても信じないか、あるいは拒絶すると思うのだが。

 理解できない現状に頭を抱えていると、希先輩は穏やかな口調で。

 

「確かに、ウチもびっくりした。朝陽ちゃんにそんな秘密があったなんて思わなかったから」

「だったら!」

「でも、それだけやん? 朝陽ちゃんにどんな秘密があろうと、朝陽ちゃんは朝陽ちゃんで変わらないと思うんよ」

「っ!」

「ウチが知っている朝陽ちゃんはね。誰よりも臆病だけど、それでも誰よりも皆の事を考えている子。皆が笑っていられるように人一倍頑張る、とっても優しい人。朝陽ちゃんが生まれ変わったのも、男の子の意識があるのも関係ない。それ等も全部ひっくるめて、ウチが大好きな朝陽ちゃんだから」

 

 慈愛の微笑みでそう告げた希先輩。

 対して、俺はまさかの全肯定に、力が抜けて壁に身体を寄りかからせた。

 乾いた笑い声を漏らしながら、ズルズルと腰を下ろしていく。

 

「は、はは……なんだよそれ。今まで悩んでいた俺が馬鹿馬鹿しいじゃねーか」

「ウチだけじゃないと思うんよ。きっと、絵里ち達も同じ事を言うはずや」

「いや、流石にこんな荒唐無稽な話を信じるのは、スピリチュアルな希先輩しかいないだろ」

「そんな事ないと思うけど……」

 

 横目で希先輩を一瞥した後、頭を壁に着けて窓の外を見上げる。

 夕日に変わっている太陽に、俺は目を細めて静かに口を開く。

 

「話を戻すけど。二つの記憶がある俺は、精神が不安定だったんだ。そんな時、穂乃果達と絵里に救われた。穂乃果達には生きる活力を、絵里には新たな目標を貰ってな。……でも、失敗した。俺が不甲斐ないばっかりに、絵里を悲しませるような事をしてしまった」

 

 表情を暗くした俺は、そっと目を伏せた。

 希先輩のお蔭で勇気を持てたとはいえ、今更絵里にどの面下げて会えばいいのだろうか。

 恐らく、今度からは本格的に避けられるだろうし。

 

 ……絵里を拉致して、無理矢理話を聞いてくれる状況に持っていくとか?

 いや、流石にそれはないな。それに、話を聞いてくれたとしても、どうすれば絵里が笑ってくれるのかわからない。

 廃校阻止が確実なら、絵里も責任感から解放されると思うのだが。

 しかし、さっきは自暴自棄でどうせ物語は変わらないと言ったが、変わる可能性も充分ある。

 それこそ、俺のせいで絵里がμ'sに加入してくれなくなり、結果としてμ'sが廃校阻止できないという可能性。

 

 ……もう、俺一人の力ではどうにもできない。

 となると、必要なのは協力者。俺が信頼できて、こんな話を信じてくれる都合の良い存在──

 

「朝陽ちゃん?」

「……いたな」

「うん? 何が?」

 

 不思議そうに首を傾げる希先輩を見て、俺は深くため息を漏らした。

 本当は、一人で解決したかったのだが。そんなプライドなんか捨て置け。

 目を瞑って伝える内容を取捨選択。何度も反芻させた後、頬を叩いて気合い注入。

 

 直後には瞳を開けた俺は、希先輩に向き直って居住まいを正す。

 何故か頬を僅かに赤らめた彼女へと、正座をして頭を下げて頼む。

 

「希先輩、お願いします。もう、俺一人の力ではどうにもできません。だから、助けてください!」

「へっ? ……ちょ、ちょっと待った朝陽ちゃん!? なんでいきなり土下座をするん!?」

「音ノ木坂を……μ'sを……絵里を助けてください。どうか、絵里を救ってください!」

「わかったから! ウチにできる事ならなんでもするから! 朝陽ちゃんは早く頭を上げて!」

 

 悲鳴の如き声を上げる希先輩を尻目に、俺は自身の無力さに唇を噛み締めた。

 血が滴るほど拳を強く握り、何もできない悔しさから視界が滲む。

 希先輩の良心に訴える形でしか頼めない、己の矮小さに苛立ちながら。

 もう一度額を地面に押しつけてから、ゆっくりと顔を上げて目元を拭う。

 

「あ、ありがとうございます……!」

「それで、いきなりどうしたん? 絵里ちと仲直りするために、何かウチに手伝って欲しいって事?」

「そうじゃなくて。……そう、ですね。まずは俺の体質から話します」

「体質? というより、朝陽ちゃんまた敬語になってる」

「こちらが頼み込む立場ですから」

 

 そう告げると、希先輩はそっぽを向いた。

 

「じゃあ、朝陽ちゃんのお願いは聞かない」

「えぇ!? なんでですか?」

「だって、せっかく朝陽ちゃんの素が見れたのに、また他人行儀に感じちゃうんよ。だから、朝陽ちゃんが敬語を止めるまで話は聞かないって決めた」

 

 こ、この頑固者……。

 頭を抱えて返答に困るが、希先輩は相変わらず顔を背けたまま。

 暫し悩んでいった結果、このままだと話が進まないと思い。

 

「……あー、もう! わかったよ! これでいいんだろ! これなら満足か!」

 

 やけくそ気味に叫べば、途端に満面の笑みを浮かべた希先輩が頷く。

 

「それでいいんよ」

「なんか疲れたわ……それで、本題に入るぞ?」

「うん。たしか、朝陽ちゃんの体質の話だったよね?」

「ああ。まあ、端的に言うと俺は予知夢が見られる。それも、かなり限定的な」

「予知夢……?」

 

 オウム返しに尋ねてきた希先輩に頷き、俺は虚空を眺めて説明していく。

 

「見られる範囲は、この一年間。……もう、察しがつくと思うが。音ノ木坂の廃校が知らされる日から、μ'sが廃校を阻止するまで。そして、その後の軌跡を夢の中で知る事ができるんだ」

「そ、それってもしかして、この後の未来も朝陽ちゃんは知っているって事?」

「ああ、そうだ」

 

 正座を崩して胡座をかき、肘を立てて両手を組み、額に乗せる。

 愕然とした声を上げた希先輩に、俺は悟られないように息をつく。

 まさか、この世界が二次元の物語だったとは言えない。

 だから予知夢という形で説明したが、とりあえず信じてくれたようだ。

 

「待って。つまり、朝陽ちゃんが介入とか言っていたのは?」

「……その予知夢の中には、俺は存在していなかった。出てきたのは穂乃果達μ'sに、絵里と希先輩の九人。そこに、雨宮朝陽という人物は存在しない。だから、俺は希先輩に介入という言葉を使ったんだ」

「朝陽ちゃん……」

 

 声色に心配の色を滲ませる希先輩。

 恐らく、俺の事を気にかけてくれているのだろう。自分の事を追い詰めていないか、と。

 しかし、今はその事が本題ではない。

 意図的に希先輩の変化に気が付かない振りをしつつ。

 

「予知夢の中で、μ'sは廃校を阻止してくれた。それも、絵里と希先輩が加入する事によって」

「ウチらが?」

「オープンキャンパス。希先輩なら知っているよな? その時に絵里達が加入した九人のμ'sがライブをした結果、ひとまず廃校が見送られる事になったんだ」

「……その関係で、絵里ちと喧嘩したん?」

 

 鋭いその指摘に、俺は思わず苦笑いをした。

 希先輩の方に顔を向けて頷き、自嘲の笑みを浮かべる。

 

「ああ、そうだな。いつもμ'sの事ばかり見て、私を見てない。私はμ'sの付属品なのかって言われたよ」

「えぇと……つまり、絵里ちはμ'sばかり構ってるから拗ねたって事やね」

「はっ?」

 

 目を丸くした俺に呆れた表情を向けた希先輩は、子供に言い聞かせるような口調で口を開く。

 

「だから、あれや。朝陽ちゃんばっかりμ'sと楽しそうにしてるから、絵里ちは羨ましがっているんよ」

「そ、そうなのか?」

「多分、絵里ちもμ'sに入りたいけど、素直に言うのは恥ずかしい。それと、μ'sに朝陽ちゃんを盗られて頼みたくないってのもあるかも?」

「と、盗られたって。そんな子供じゃないだろ、絵里は」

「……朝陽ちゃんって、意外と鈍感なんやね」

「はぁ?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げたが、そんな俺はおかしくないだろう。

 何故、絵里と喧嘩した話から俺が鈍感という話に変わってしまうのか。意味がわからない。

 そんな俺の表情が表れていたのか。呆れた表情のまま、希先輩はそれはもう深いため息をつく。

 

「結局、どっちも子供だったって事や」

「え、俺も子供なのか?」

「うん。朝陽ちゃんって、今まで絵里ちと喧嘩した事ないよね?」

「ま、まあないけど」

「やっぱり。だから、こんなに拗れてしまったんよ」

「……俺にもわかるように説明してくれないか?」

「簡単に言うと、絵里ちは朝陽ちゃんと一緒にいれなくて寂しい。朝陽ちゃんは初めて絵里ちと喧嘩したからどうすれば良いのかわからない。わかった?」

「うん、全然わからん」

 

 眉を寄せて困惑の表情を落とせば、希先輩が処置なしと言わんばかりに肩を竦めた。

 正直、その仕草は非常に傷つくのだが。

 

「まあ、それはいいんよ。とにかく、絵里ちは朝陽ちゃんを嫌ってないって事!」

「いや、だってあの時泣かしちゃったし」

「もー、朝陽ちゃんはグズグズしすぎ! 朝陽ちゃんは男の子の意識があるんでしょ? だったら、もっとドッシリと構えるんや!」

「そうは言ってもな……」

 

 煮え切らない態度の俺を見て、希先輩は悪い笑みを浮かべて手をワキワキと動かす。

 

「とりあえず、ウチが二人の仲を取り持つから。朝陽ちゃんはずっと絵里ちと一緒に過ごせば問題なし! それとも、ワシワシされて無理矢理言う事を聞く?」

「わ、わかった! 希先輩の言う通りにするからその手つきはやめてくれ!」

「うん、わかればいいんや」

 

 満足そうに頷く希先輩を尻目に、俺はひっそりと胸を撫で下ろした。

 危なかった……下手すれば、希先輩のワシワシの餌食になっていたな。

 でもまぁ、彼女のお蔭でようやく気持ちの踏ん切りがついたし、後はどうやって絵里と仲直りするかだろう。

 

「それで、具体的にはどうすればいいんだ? 俺は希先輩のサポートに回ればいいんだよな?」

「うん? さっきも言ったやん。朝陽ちゃんが絵里ちと一緒にいれば解決するって」

「はぁ? だからさ、それだと絵里が困るだろ? お互いに気まずい思いもするだろうし」

「大丈夫! ウチに良い考えがあるから、その通りにしてくれれば全部解決や!」

 

 自信ありげに胸を張った希先輩だったが、やはりどうしても懐疑的になってしまう。

 もちろん、絵里とは仲直りしたい。しかし、今大事なのはμ'sの廃校阻止なのだが……

 

「あれ? いつの間にか論点がズレている気が」

「まずは、朝陽ちゃんが生徒会のお手伝いに来る所から始めようか──」

 

 頭に疑問符を浮かべる俺を尻目に、希先輩は顎に手を添えて自身の計画を話すのだった。


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