TS少女のラブライブ!   作:水羊羹

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第三十六話 小さな亀裂

「最後はこれよ」

 

 俺が手に入れたクッションを抱えたにこ先輩は、口許をにやけさせながらそう告げた。

 現在、俺達は秋葉原の駅前におり、どうやらこれからチラシ配りをするらしい。

 なんでもリーダーとして必要なオーラがあるのなら、チラシ配りを素早く終わらせられるであろうとか。

 にしても、先ほどからにこ先輩は随分と嬉しそうだ。

 結局、あの時の宣言通りにトリプルAを取ったので、お小遣いを溶かして手に入れたクッションを渡したのだ。

 ……今月のお小遣いはどうするかなぁ。

 

「またチラシ配りですか?」

「凄く嫌そうな顔をしているね、海未は」

「はい。正直、リーダーの座をかけた挑戦権は要らないので、もう辞退したいです。こ、こんな人が沢山いる所でチラシ配りなんてできるわけがありませんし」

「大丈夫だよ、海未ちゃん。この前のリベンジだと思って。ファイトだよ!」

 

 ニコニコとガッツポーズをした穂乃果を見て、海未はそれはもう盛大にため息をついた。

 

「わかってます。今後大勢でライブをする時が来るかもしれませんし、ここで躓くわけにはいかないでしょう。……本当は、今すぐ家に帰りたいのですが」

「と、いう事で。朝陽、あれを出しなさい」

「はい、どうぞ」

 

 あらかじめ持ってきておいた、俺とにこ先輩合作のμ'sのチラシ。

 デフォルメされた可愛らしいμ'sの絵や、ホームページサイトに繋がるアドレスなど。わかりやすくμ'sについてまとめたのだ。結構上手くできた自信がある一品である。

 ともかく、俺にクッションを預けたにこ先輩は、そのチラシを穂乃果達に配りながら口を開く。

 

「いい? 歌も下手、ダンスも駄目。でも目が離せない。そんなアイドルが中にはいるわ。何故目が離せないのか……それはずばり、オーラよ! 見ていると応援したくなる不思議な魅力を持つアイドル。それを調べる事が今回の主旨よ」

「あ、なんかそれわかりますっ! 不思議と応援したくなるんですよね」

「わかってくれたのなら話は早いわ。私達の中で誰が一番オーラがあるか。このチラシ配りをする事でわかるはずだわ」

「わかるとは思えないんだけど」

 

 バッサリと切る真姫の言葉を聞いて、にこ先輩はやれやれと肩を竦めた。

 どこか腹立たしいその態度に、真姫は頬をひくつかせている。

 

「全く、わかってないわねぇ。いい? チラシを自然と受け取らせる。そんな事ができるのは、オーラがあるアイドルだけよ!」

「そういうものなの?」

「そういうものなのよ。とにかく、今から一時間でチラシをどれぐらい配れるかの競争ね。という事で、よーいスタート!」

 

 にこ先輩の合図を皮切りに、μ'sの皆はバラバラにチラシ配りを始めた。

 対して、俺はノートを手にその様子を眺める。

 

「お、お願いします……」

「あ、あの、これを、その」

 

 海未と花陽は恥ずかしいのか、頬を赤らめながら苦戦していた。

 上手く声を出せず、通行人に見てもらえない。しかしなんとか受け取ってもらえたら、ぱあっと顔を輝かせる。

 そんなどこか可愛らしい二人の仕草を見て、通行人達が海未達の元へ集まっていく。

 見ている限りだと、海未達に大きな問題はなさそうだな。

 

「よろしくお願いしまーす!」

「しまーす!」

 

 穂乃果と凛は元気な掛け声で、通行人達にチラシを配っていた。

 天真爛漫な笑顔で人を惹きつけ、予想以上のスピードで捌いていく。

 穂乃果達なら大丈夫だと思っていたが、やはり俺の考えは間違っていなかったか。

 

「お願いします……ふぅ」

「にっこにっこにー! 皆のアイドルのにこに──ちょ、ちょっと待ってくださいー!?」

 

 意外と真面目にチラシを配っている真姫。この中では無難なペースと言えるだろう。

 対して、にこ先輩は例のポーズをしているせいか、通行人達が明らかに引いた様子で逃げていく。

 ……にこ先輩らしいというか、ある意味美味しい位置取りというか。

 

「ありがとうごさいま〜す」

 

 そして、本命であることり。

 流石ことりと言うべきだろう。その柔らかな雰囲気と愛らしい微笑みに、通行人達は花に群がる蜂のように引き寄せられていた。

 さり気ない仕草で内容の説明をしていき、μ'sの印象を植えつけた上でチラシを渡す。

 恐らく、ことりから受け取った人達はμ'sのファンになっただろう。主にことりの。

 

「それは例のアレをしていたから?」

「ふぅ……あ、朝陽ちゃん。うん、そうだよ。結構チラシ配りとかをしていたから、それで慣れちゃったというのもあるかな」

「なるほど。……ことりのアレ、見てみたくなってきたよ。今度見にいってもいい?」

「えぇ!? それはちょっと恥ずかしいよぉ」

 

 ことりは照れくさそうに頬を赤らめ、目を逸らした。

 残念ながら、俺に見られるのは恥ずかしいらしい。ことりのメイド服姿や働いている様子を見てみたかったな。

 まあ、いつかは見られるだろうし、その時まで楽しみにしておこう。

 

「おー、ことりちゃん全部なくなってる!」

「意外でした。ことりにそのような特技があったとは」

「あはは。気づいたらなくなっちゃってたんだ〜」

 

 ことりのチラシが全て捌かれ、それを知った穂乃果達が感心した声を上げた。

 真姫達も俺達の元へ駆け寄り、皆でことりを褒めている。

 賞賛の嵐に珍しくわかりやすく照れていることりを尻目に、俺はチラシを手に持ったまま固まるにこ先輩に近づく。

 

「それで、にこ先輩はどうでしたか?」

「……朝陽。時代が変わったのね」

「いきなり何をのたまっているんですか?」

 

 呆れた表情を向けた俺に、にこ先輩はやるせない様子で俯く。

 堪えるように肩を震わせ、次に天を仰ぐ。そして寂しげに目を細めて。

 

「私がチラシ配りのバイトをしていた時と反応が違うの。だからきっと、今は昔のような配り方じゃ貰ってくれないのね。悲しいわ……こうして、また一つの時代が終わった」

「はい。にこ先輩の結果はチラシ五枚ですね。じゃあ、帰りましょうか」

「ちょっとぉ! せっかくノスタルジックな雰囲気を出していたんだから、そこは暖かく見守りなさいよ!」

「みんなー。一旦学校に戻るよー」

「話を聞きなさーい!」

 

 背後から聴こえてくる抗議の声を無視して、俺は穂乃果達の元へ駆け寄るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──さて。無事に全ての勝負が終わったわけだけど」

 

 部室に戻ってきた俺達。

 にこ先輩が告げた通り、μ'sは三つの工程を終わらせた。

 で、机に置かれたノートにその結果が書いてあるのだが……

 

「飛び抜けて優れている人がいないわね」

「ダンスの得点が低めの花陽は歌の点数が高いですし、歌の点数が低めのことりはチラシ配りが断トツで一位です」

「みんな同じぐらいなのかな?」

 

 結局、首を傾げた穂乃果の言葉に要約されてしまう。

 リーダーに相応しいほど優れた人はいないが、代わりに全員が高水準でまとまっている。

 まあ逆説的に考えると、μ'sの全員がリーダーに相応しいという事だろうな。

 

「にこ先輩も流石です! 一番最後にμ'sに入ったのに、もう皆と同じぐらいの点数になるなんて!」

「ま、まあ。にこは三年生だしぃ? これぐらいチョロいわよ」

「全然練習もしてなかったのに凄いにゃ!」

「うっ!」

 

 無垢な笑顔の凛の言葉を聞いて、にこ先輩は辛そうに胸を抑えた。

 凛の目線からすれば、にこ先輩は短期間で自分達と肩を並べている事になる。

 しかし、にこ先輩の目線では独りだったとは言え、二年間を掛けて凛達と同じ技量しかない事になる。

 改めてそれを突きつけられ、内心で傷ついたのだろう。しかも、小賢しい手を使っての同点数。

 まあ正直、独学でここまで技術を伸ばした事が凄いとは思うが。独りだといずれ限界が訪れてしまうだろうし。

 

「それで、結局リーダーは誰になるの?」

「やっぱり上級生の人がリーダーの方が……」

「ま、ここまで拮抗するなら仕方ないわ。μ'sの中で一番上級生の! もっとも歳上のにこがリーダーになってあげても──」

「凛は海未先輩を推すよ!」

「私は誰でもいいわ。興味ないし」

「──どうしてそうなるのかしら……あんた達ブレなさすぎよ」

 

 頬を緩めたにこ先輩の言葉を遮り、凛は海未を推薦した。

 また、真姫は退屈そうに頬杖をついていて、にこ先輩の言葉を無視している。

 そんな彼女達の様子に、にこ先輩は目元をひくつかせてため息をつく。

 

「わ、私は無理ですって! やはり、ここはことりがリーダーになりましょう!」

「私はリーダーに向いてないよぉ。穂乃果ちゃんがリーダーでいいんじゃないかな?」

「あ、あのぉ。にこ先輩がリーダーじゃ駄目なんですか?」

「ナイスよ花陽! そう、やっぱりにこがリーダーになるべき──」

「えー。にこ先輩より海未先輩がいいにゃ」

「──ねぇ。私、泣いていい?」

 

 涙目になるにこ先輩を含め、ワイワイとリーダー議論を交わしていくμ's。

 徐々に盛り上がっている中、先ほどから黙っていた穂乃果が不意に呟く。

 

「思うんだけど、リーダーはいなくてもいいんじゃないかな?」

 

 あっけらかんとしたその言葉に、穂乃果以外の人は目を大きく見開いた。

 特に花陽とにこ先輩はその動きが顕著で、口も半開きにして酷く驚愕した様子だ。

 誰もが二の句を告げないようなので、代表して傍観者の立場の俺が穂乃果に尋ねる。

 

「それはどういう意味なんだい?」

「だって、リーダーがいなくても皆は一緒でしょ? 歌の練習とかもリーダーを意識してたわけじゃないし」

「それは、そうですが」

「リーダーがいないグループなんて聞いた事ないわよ?」

 

 戸惑い気味に言葉を滑らせる海未に、腕を組んで瞳に困惑の色を宿したにこ先輩。

 他の面々も疑問等の感情を見せており、穂乃果の話を測れないでいるようだ。

 にこ先輩の言う通り、リーダーがいないグループなんて聞いた事がない。

 アイドルに限らずグループを組むなら、普通は誰かしら上に立つ者がいる。

 リーダーと呼ばれるその人を中心として、その他のメンバーはまとまるのだ。

 しかし、穂乃果はグループの核とも言えるリーダーはいなくても良いと言う。グループのまとまりがバラけてしまう可能性もあるのに。

 それにリーダーがいないという事は、もう一つ重大な問題があり……

 

「リーダーがいないと、誰がセンターになるの? センターって、普通リーダーがするものでしょ?」

「そうですっ! センターがないアイドルなんて、お茶碗に盛られていないご飯ぐらいありえないですっ!」

「そ、その例えはちょっとわからないかな〜」

「だったら、皆で歌うってのはどうかな?」

『皆で歌う?』

 

 異口同音で尋ねたμ'sの面々を見回し、穂乃果は朗らかに笑う。

 

「うん。家でアイドルの動画を見ていて思ったんだ。皆がセンターになって順番に歌えたら素敵だなーって。皆が主役の歌を創れないかなって」

 

 その言葉を聞いて、作詞担当の海未は顎に手を添えて思案する素振りを見せる。

 また、作曲担当の真姫も髪を触りながら記憶を掘り返すように虚空を眺める。

 

「そう、ですね。可能か不可能かで言うなら、不可能ではないと思います。初めての試みなので、可能と断言はできませんが」

「私も考えてみたけど、そういう曲もなくはないわね。多分、できなくはないと思うわよ」

 

 二人からの手応えを感じたのか、穂乃果は笑顔のままことりに視線を転じた。

 

「ダンスの方も大丈夫かな?」

「う〜ん……うん。今は七人いるし、できると思うよ。だよね、朝陽ちゃん?」

「そうだね。七人もいれば一人一人が主役の歌や振りつけも創れると思う」

「じゃあ決定だね! 次の曲は皆がセンターだよ!」

 

 既存の枠組みに捕われず、誰よりも自由に突き進む。誰もが思いつかないような考えを見せつけ、躓いてしまう人達を引っ張っていく。

 こんな事ができるのは、穂乃果しかいない。

 だからこそ、皆は穂乃果という太陽に照らされ、暖かみに包まれる事で惹かれるのだろう。

 実際、先ほどまで揉めていた皆は、どこか眩しそうに穂乃果を見つめているのだから。

 

「しょーがないわねぇ。いい? 私のパートはカッコよくしなさいよ?」

「いつも穂乃果は突拍子のない事を思いつきますね」

「だけど、それが穂乃果ちゃんらしいでしょ?」

「全く、変な事を考えるわね」

「皆がセンター……とっても素敵だと思いますっ」

「凄く楽しそうな曲になりそうだにゃー」

 

 漏らした呟きの内容はそれぞれ違ったが、全員の面立ちは同じで穏やかだった。

 

「よーっし。次の曲のコンセプトが決まった事だし、早速練習にいこー!」

 

 穂乃果は拳を振り上げ、一足先に部室を退室していった。

 残った俺達も席を立ち上がりながら、言葉を交えていく。

 

「でも、本当にリーダーはなくていいのかなぁ?」

「それなら大丈夫ですよ」

「不本意だけど、彼女しかいないでしょ」

「ま、穂乃果から初めたグループだし、妥当と言えば妥当なのかもね」

 

 部室を後にしていた俺達は、階段を登る。

 途中で肩を竦めたにこ先輩がそう告げ、上から俺達を手招きしている穂乃果に目を向ける。

 

「早く早くー!」

 

 屋上の扉の窓から降り注ぐ光。

 穂乃果と一緒に埃が照らされ、彼女の笑顔を中心にキラキラと煌めく。

 本来なら汚いはずのその輝きは、何故か幻想的に映った。

 

「朝陽ちゃん?」

「ん? どうしたんだい?」

「ううん。なんか凄く楽しそうに笑ってたから」

 

 ことりに言われて、自分が無意識に微笑んでいた事に気が付く。

 どうやら、穂乃果の凄さを再認識している間に笑っていたらしい。

 頬を緩めたまま、俺はことりから穂乃果に視線を転じる。

 

「やっぱり、穂乃果は凄いなって思ってね」

「うん。穂乃果ちゃんは本当に凄い。私達を引っ張ってくれて、見ているだけで元気を貰えて」

「ほらほらー! 早くおいでよー!」

 

 急かされるように告げられ、俺とことりは思わず顔を見合わす。

 数瞬して今度は笑みを零し合い、足早に階段を登っていく。

 

「……いつか、絵里もあんな風に笑ってくれるだろうか」

「朝陽ちゃん?」

「ん、なんでもない」

 

 首を横に振った後、俺は最近笑わなくなった絵里を思い、内心でため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──これからのSomeday。

 

 皆がセンターというコンセプトで創られた曲だ。

 無事にPV撮影が終わり、現在俺は撮影に使った校舎の後片付けをしていた。

 撮影直後の穂乃果達は疲れていると思ったので、理事長に頼んで貸切にした校舎の飾りつけは、俺一人でなんとかしようと考えたのだ。

 

「それにしても、良かったな」

 

 ダンボール箱に飾りを詰めながら、今日のPVを思い出す。

 皆が一人一人歌う場面があり、最後に集まって踊る。

 服装も可愛らしく、終始にやけっぱなしだった。

 生で見るμ'sのPVは、本当に最高だ。

 そんな事を考えていると、不意に近くにあった扉が開く。

 

「あっ……」

「絵里? そういえば、ここは生徒会室だったっけ」

 

 恐らく、ずっと中に篭っていたのだろう。

 今回のPVでは生徒会室の中まで使わなかったので、それで気が付かなかったのか。

 ともかく、脚立から降りて絵里に挨拶をしようとするのだが、何故か彼女の表情が強ばっていた。

 

「……これは?」

「μ'sのPV撮影だよ。一応、生徒の皆にも説明していたはずだけど」

「そう、だったわね」

「それより、大丈夫? 顔色が悪いけど……」

 

 心配になって駆け寄ると、絵里は顔を歪めた。そして俺から後ずさり、顔を背ける。

 

「え、絵里?」

「ごめんなさい。私はもう行くわね。さようなら」

「あっ……」

 

 思わず手を伸ばすも、当然絵里には届かず。早口でそう告げた絵里は、足早にこの場を去っていった。

 拒絶感が滲みでる唐突なその様子に、俺は痛みで胸を抑える。

 

 今の絵里……一度も俺と目を合わせてくれなかった。

 どうして、そんな態度を取ったのか。

 いや、わかっている。今の絵里からは本当に余裕を感じられない。

 それなのに、μ'sと一緒にいる俺を許せなかったのだろう。

 自分はこんなに頑張っているのに、俺だけ楽しくPVなんて撮るなんて、と。

 

「ふぅ……ふぅ……いつかはわかっていた事だ」

 

 過呼吸気味になる息を整え、自身に言い聞かせる。

 絵里がμ'sに加入するまで、対立するのは知っていた事だ。

 だから、μ's側にいる俺も良い顔されないのもわかっていた。

 ……でも、やっぱり現実を突きつけられると辛い。

 

「大丈夫。きっと、μ'sに入ってくれれば絵里とも仲直りできるはず」

 

 零れそうになる涙を拭いつつ、俺は後片付けの再開をするのだった。


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