TS少女のラブライブ!   作:水羊羹

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第三十五話 新たなリーダーの座は誰が手に?

「──まずはこれよ!」

 

 にこ先輩に連れられた俺達は、現在カラオケ店にいた。

 気合い十分な様子を見せるにこ先輩。どうやら、今からカラオケの点数でリーダーを決めるつもりなのだろうが。

 皆は興味深そうに室内を見回しており、残念ながらにこ先輩の話を聞いていない。

 

「カラオケ来るの久しぶりだなー」

「へぇ、この店にはトマトジュースがあるのね」

「ラーメン屋に行けなかったから、ここで食べようかな」

「海未ちゃんは何を歌う?」

「カラオケはあまり好きでないんですが。そうですね、演歌はどうでしょうか?」

 

 思い思いに寛ぎはじめる彼女達。

 対して、にこ先輩は頬をひくつかせた後にため息をつく。

 

「あんたら緊張感なさすぎ……まあ、いいわ。今の内にマークしておいた曲を入れちゃおうっと。これでリーダーの座は貰った!」

 

 クックックと邪悪な笑みを零したにこ先輩は、欲望ダダ漏れの内容を呟いた。

 しかし、俺の呆れた視線に気が付いたのか、笑顔のまま固まる。

 

「にこ先輩……」

「ち、違うわよ? あらかじめ高得点が出やすい曲を調べておいて、本番で良い点数を取ろうなんて思ってないわよ?」

「あの、自爆していますよ」

 

 にこ先輩って、誤魔化し方が下手だからな。

 前にも嘘をつく時挙動不審だったり、わかりやすいほど目を泳がせていたり。

 というより、現時点でのμ'sのメンバーで嘘が上手い人が少ないと思う。

 海未や凛に穂乃果は顔に出そうだし、そもそも花陽は嘘をつきそうにない。

 この中だとことりが一番マシだろうが、彼女もメイドのやり取りで墓穴を掘っていた。

 今はメンバーではない希先輩が、最も嘘をつくのが上手いだろうな。

 そんな事を考えていると、にこ先輩が両手を合わせて頼み込んでくる。

 

「お願い! 今日はにこの先輩としての威厳を見せなきゃいけないの。だから、今のは見なかった事にしておいて」

「まあ、いいですけど」

「恩に着るわ! ……さて、まずはどの曲を入れようかしら。やっぱり無難な曲から? いやでも、初っ端から切り札を見せてプレッシャーをかけるのも──」

「一番、高坂穂乃果! 歌います!」

「──ぬぁんですって!?」

 

 いつの間にか、穂乃果が曲を入れていたらしい。

 愕然とした声を上げたにこ先輩を尻目に、彼女は楽しげに歌いはじめるのだった。

 

 

 

 

 

 あれから、μ'sの皆は何曲か歌ったりしていき。

 とりあえず、全員の最高得点が決定した。

 全員が九十点以上で凄かったが、その中でも真姫と花陽が群を抜いて高得点だ。

 なお、残念ながらにこ先輩が一位ではなかった。

 

「ぐぬぬ……こいつら上手すぎるわ」

「やっぱり、カラオケは楽しい!」

「ちゃんと歌が上手になってて良かった〜」

「かよちんも真姫ちゃんも凄い! 真姫ちゃんなんて、もう少しで満点だったにゃ!」

「あ、ありがとう凛ちゃん。でも、凛ちゃんの歌も凄く良かったよ?」

「ま、まあ当然でしょ? 誰がμ'sの作曲をしていると思ってるの?」

 

 澄ました口調に反して、真姫の口許はにやけていた。

 頻りに髪の毛をクルクルしており、満更でもない様子だ。

 対して、花陽は頬を赤らめながらも、凛を褒めていた。

 まあ花陽の場合、自分が褒められる事に慣れていないのだろう。

 

「こうなったら、次のプランに移るべきね。次の対決でにこがリーダーに相応しい所を見せてやるわよ」

「……そんなにリーダーになりたいんですか」

「ねぇ、朝陽ちゃんは歌わないの?」

「私?」

 

 真剣な表情で考え込むにこ先輩を見ていると、おもむろに穂乃果がそう尋ねてきた。

 ことり達もそういえばといった様子で、俺の方に顔を向ける。

 

「私も朝陽ちゃんの歌が聴きたいな」

「せっかくですし、歌ってみてはどうでしょうか?」

「うーん、まあいいけど」

 

 渋々と海未からマイクを受け取りながらも、内心では非常に緊張していた。

 そもそも、俺は歌が得意ではない。

 せいぜいが音痴ではない程度であり、決して誇れるような物ではないのだ。

 ただ、μ'sのボイストレーニングを自分でもこっそりと毎日していたので、その成果を確かめる意味と考えれば良いかな。

 

「朝陽先輩がんばれー!」

「お手並み拝見といこうかしら」

「メモの準備はできています!」

 

 凛達からの声援……声援? 花陽のは違う気がする。

 ともかく、皆から見つめられながら、俺は入力した曲を歌いはじめる。

 声が震えないように意識して、なおかつ音程も外さないように。

 真姫に習った通りに声を張り、皆から見つめられる事に緊張しつつ、滑らかに音を紡いでいく。

 

「へぇ」

 

 面白げな面立ちでこちらを見つめる真姫に、思わず俺は音程を外しかけてしまう。

 ボイストレーニングをしていた身からすれば、俺の中で彼女は師匠なのだ。

 そんな人から審査されるのは、正直心臓に悪い。

 改めて曲に集中していき、やがて曲は佳境に入る。

 

 歌に感情が乗るように、穂乃果達に伝わるように。

 マイクを握る手に力を込め、最後まで意識して歌う。

 そして、俺は無事に歌い終える事ができたのだった。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 どうにか曲を歌い終え、思わず安堵の息をつく。

 

「おー! 朝陽ちゃんも上手だったよ!」

「はい、朝陽らしくて良かったですよ」

「あ、点数が出たね。八十六点だって」

「九十点以上にはならなかったか」

 

 それも当然だろう。

 穂乃果達のような高得点を取れるはずがない。

 むしろ、八十六点も取った事が素直に驚嘆に値する。

 

「歌う時は音程が下がるのね。まあまあじゃない?」

「かっこいい声だったにゃー!」

「朝陽先輩に合うアイドル曲は……」

 

 瞳を光らせて調べている花陽は置いておいて。

 凛達にも褒められ、なんだか恥ずかしい。

 まさかここまでベタ褒めされるとは想定していなかったので、思わず頬が熱くなっていく。

 

「あ、ありがとう」

「ふふふっ、朝陽ちゃんが照れてる〜」

「て、照れてない!」

「そんなにムキになると余計怪しいよ?」

 

 楽しげに微笑むことりに、俺は言葉に詰まって目を逸らした。

 確かにことりが告げた通り、予想外の展開に照れている。

 正直、中途半端な点数で微妙な雰囲気になるのかと思っていたが。

 俺の予想に反して、穂乃果達は笑顔で拍手してくれた。

 個人的には大満足の結果だ。

 

「くっ……ここに来てダークホースね」

「いやいや、私の一番点数が低いんですけど」

「甘いわっ! あんたの場合、伸び代が多そうで油断できないのよ」

「は、はあ」

 

 何やらにこ先輩が俺に対抗意識を燃やしている。

 μ'sの雑用係である俺を意識しても、特に意味がないと思うのだが。

 それより、ライバルにするのなら真姫や花陽ではないだろうか。

 そんな事を考えていると、考え込む様子で俯いていたことりが顔を上げる。

 

「朝陽ちゃん」

「ん? どうしたんだい、ことり?」

「一緒に歌ってみない?」

「えっ?」

 

 もしかして、デュエットというやつだろうか。

 複数の人数で同じ曲を歌うという行為。

 カラオケ自体来た事があまりないので、デュエットをした記憶はない。

 ことりとデュエット……なんだろう。少し緊張してしまう。

 

「おお! ことりちゃんいい事を考えたね!」

「朝陽先輩達二人で歌うの?」

「何を歌おうっか?」

「あれ、私とことりのデュエットは決定事項?」

 

 思わず問いかけた俺に、ことりはにっこりと微笑む。

 

「もちろん」

「ことり先輩! 二人に合う曲はこれなんかどうでしょうかっ!」

「ありがとう、花陽ちゃん。……うん、じゃあこれを歌ってみよ? 朝陽ちゃんも知ってたよね、この曲」

「ま、まあ知っているけど。それより、デュエットをするのは──」

「なら安心だね。えいっ」

「──ちょちょちょっと!」

 

 抗議の声を上げるのだが、ことりは暖簾に腕押し。

 俺を引っ張って皆の前に移動する。

 期待の眼差しを送ってくるμ'sを尻目に、彼女は隣で小さく呟く。

 

「本当は、私も朝陽ちゃんとステージに立ちたかった」

「……えっ?」

「でも、朝陽ちゃんはどうしても駄目な理由があるんでしょ? だから、せめて一緒に歌う楽しみだけを感じたくて」

 

 思わずことりに顔を向けると、彼女は寂しげに微笑んでいた。

 だがそれも数瞬の事で、直ぐに柔らかい笑みを浮かべ、俺の腕に自身の腕を絡める。

 

「こ、これで高得点が出たら立ち直れないわ」

「皆にことり達の歌を見せつけるぞ〜!」

「次は穂乃果ともやろー、朝陽ちゃん!」

「凛もやりたい!」

「二人共、はしゃぎすぎですよ」

「少しは落ち着いたらどう?」

「頑張ってください!」

 

 僅かに頬を引き攣らせているにこ先輩に、ワクワクした雰囲気を醸しだす穂乃果達。

 対して、海未と真姫は呆れた様子で注意を促す。

 花陽は拳を握って俺達を応援しており、どうやら歌わないという選択肢は取れなくなったらしい。

 

「そろそろ、始まるよ」

「……うん。ことり」

「朝陽ちゃん?」

「ありがとう」

 

 そう告げると、ことりは驚いたように目を見開く。

 これは俺の正直な気持ちだ。

 μ'sの皆と歌ったり踊ったりはできないと思っていたが、こうして擬似的にことりと歌う事ができる。

 憧れた人とデュエット。嬉しくない訳がない。

 である以上、改めてことりにお礼の言葉を告げたのだ。

 そんな俺の思いが伝わったのではないだろうが、ことりは嬉しそうな笑顔で頷く。

 

「──どういたしまして」

 

 直後に曲が始まり、俺達は音色を響かせていく。

 俺から腕を離して甘く歌詞を紡いでいることりに、俺は内心で深く感謝しながら歌に集中するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、μ'sの皆と一回ずつデュエットをした。

 まるでμ'sと一緒にライブをしているかのような気持ち。

 恥ずかしがる花陽と歌い、俺をリードしてくれた真姫に感謝し、元気に楽しむ穂乃果と笑い合い……。

 他にも海未や凛、にこ先輩とも一緒に歌った。

 俺にとって今日の思い出は、きっと忘れられない宝物になっただろう。

 ……皆とステージに立てたら、きっとこれ以上の充実感が──

 

「次はこれよ!」

 

 にこ先輩の声を聞いて、俺は意識を現実に引き戻した。

 現在、俺達はカラオケ店を後にしてゲームセンターへと赴いている。

 どうやら、にこ先輩の目の前にあるダンスゲームの得点でリーダーの座を決めるらしい。

 彼女の話を真面目に聞いている海未達を尻目に、俺は花陽とクレーンゲームをしていた。

 

「これで……あ、や、やりました! 取れました朝陽先輩っ!」

「お、やったじゃないか。このクッションが欲しかったんだよね?」

「はいっ」

 

 手に入れた景品を胸に抱え、花陽は本当に嬉しそうに微笑んだ。

 俺達が挑戦していたクレーンゲームは、A-RISEの絵が描かれたクッションだ。

 このゲームセンター限定品のようで、これを狙うために花陽と遊んでいた。

 

「おぉ! ことりちゃんうまーい!」

「えへへ。私だってやればできるんですっ」

 

 穂乃果達も隣でクレーンゲームをしており、ことりは自慢げに取ったぬいぐるみを見せてきた。

 ふんすっ、と可愛らしいその仕草はことりらしい。

 にしても、ことりはぬいぐるみが好きだよな。普通の女子高生なら好きなのかもしれないが。意外と真姫もぬいぐるみが好きだったりして。

 暫くワイワイと皆で盛り上がっていると。

 

「あんた達早く来なさい! 全く、緊張感がなさすぎるのよ……あら。花陽、それってもしかして」

「あ、はい。あそこのクレーンゲームで取った景品です」

「ああっ!? 私が持ってないクッションもあるじゃない!」

 

 ガラスにへばりついたにこ先輩は、思わずといった様子で財布を取り出した。

 流れるような手つきで硬貨を投入し、鋭い目でクレーンのアームを睨みつける。

 

「にこ先輩。勝負はどうするんですか?」

「先にやってて。にこはやらなければならない事ができたから。よし、後はあの輪っかに引っかかれば……あ!? どうしてそこで落ちるのよ! もう一回──」

「とりあえず、先に始めてようか」

「そうだね〜」

 

 再び硬貨を入れるにこ先輩を捨て置き、俺達は海未達の元へ向かう。

 

「あれ、にこ先輩は?」

「先にやっててだってさ。それで、誰からやるんだい?」

「じゃあ凛からやってみるー」

「難易度はこの長ったらしい変なのだって」

「凛ちゃん頑張って!」

「任せるにゃー!」

 

 それから、凛達はダンスゲームに挑戦していく。

 ノートを手に彼女達の記録をメモしていておると、隣に意気消沈したにこ先輩が現れる。

 

「おかえりなさい。どうしました?」

「……察しなさい。で、記録はどうなの? ま、あんた達はやった事ないだろうし? カラオケでは遅れを取ったけど、今回は私の勝ちね!」

「おー! 海未ちゃんもAランク。穂乃果とお揃いだね」

「中々難しかったですね」

「……うっそぉ」

 

 ハンドタオルで汗を拭っている海未が出した記録を見て、にこ先輩は口許をひくつかせていた。

 残念だけど、にこ先輩の悪巧みは失敗だろう。まあ彼女は普通に実力があるのだから、こんな手を使わなくても良いと思うが。

 

「ちなみに、一位は凛のAAですね」

「あ、にこ先輩! 凛じゃトリプルAを取れなかったんで、代わりに取ってください!」

「穂乃果もにこ先輩の得点が楽しみです! さっきやった事あるって言っていたし、穂乃果達より凄い点数を取れそうだよね!」

「頑張ってくださいっ!」

 

 キラキラとした眼差しを送る凛に穂乃果に、花陽。

 

「ほ、穂乃果? あまりハードルを上げるのはいけませんよ?」

「あはは……」

「ま、自業自得ね」

 

 対して、海未達はにこ先輩の魂胆を見抜いていたのか、フォローをしたり苦笑いをしたりしている。

 

「どうするんです? そもそも、にこ先輩はトリプルAを取った事あるんですか?」

「一度だけあるけど……」

「一回だけじゃ、トリプルAは無理そうですね。素直に穂乃果達にトリプルAは取れないと言った方がいいのでは?」

 

 俺の問いに、にこ先輩は顎に手を添えて暫し悩む素振りを見せる。

 やがて、彼女は咳払いを落として。

 

「コホン。後輩達に無様な姿は見せられないわ。だから、ぶっつけ本番でトリプルAを取ってやろうじゃない!」

「声が震えていますよ、にこ先輩」

「う、うるさいわね!」

 

 しかし、このままだとにこ先輩がトリプルAを取れない可能性の方が高い。

 トリプルAを取るには、一番高い難易度を殆ど完璧にやらなければならないのだ。

 となると……よし。

 

「にこ先輩。もし、貴女がトリプルAを取る事ができたら、貴女が取り逃したクレーンゲームの商品を私が取ってあげます」

「え、本当!? 朝陽があの商品を取ってくれるの!?」

「はい。ですから、後輩達に格好良い姿を見せてくださいね?」

「よーっし、にこに任せなさい! ……今の内にクレーンゲームの所に行ってなさい。私も直ぐに追いつくから」

 

 不敵な笑みを浮かべたにこ先輩は、重苦しい威圧感を漂わせて足を進めていく。

 その変化を感じ取ったのか、穂乃果達は目を見開いて自然と道を開ける。

 やがて、にこ先輩は筐体の元へたどり着き。

 

「にこ先輩……?」

「あんた達に見せてあげるわ。アイドルとはなんなのかをね」

 

 準備運動を始めたにこ先輩を見て、穂乃果達は不思議そうに首を傾げた。

 まあ、気持ちはわかる。たかがダンスゲームに気合いを入れすぎだからな。

 花陽だけは目を輝かせてにこ先輩を見ているが。

 ともかく、あの様子ならトリプルAのスコアを叩きだすかもしれない。

 

「さて、にこ先輩のために一肌脱ぎますか」

 

 思わず苦笑いを漏らしつつ、俺はクレーンゲームの元へ向かうのだった。

 


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