穂乃果達を探した結果、俺達の教室に全員揃っていた。
どうやら、希先輩から矢澤先輩の事は聞き終わったようで、穂乃果達はどこか理解したような表情を浮かべている。
「や、遅れてすまない」
「あ、朝陽ちゃん。ううん、大丈夫だよ」
「それで、どういう状況かな?」
「ついさっきまで、希先輩からにこ先輩の話を聞いていたんだ〜」
「まさか、にこ先輩にそのような事情があったとは思いませんでした」
「あの人は、私達も遅かれ早かれスクールアイドルを辞めると思っているのでしょうね」
髪の毛をクルクルしながら、呟きを落とした真姫。
不満げな色が宿っているその言葉を聞いて、凛も納得がいかない様子で頬を膨らませる。
「凛達は一生懸命アイドルをやっているよ! それに、スクールアイドルを辞めるつもりなんかないし」
「でも、私達の言葉を先輩が受け入れるかは別でしょ?」
「それは、そうだけど」
「難しい問題だよぉ……」
花陽達は頭を抱えたり、顎に手を添えて目を伏せたり、各々が考え悩んでいるようだ。
特に、海未と真姫はお手上げ状態だと言いたいのか、諦めの表情でゆるりと首を横に振っている。
「穂乃果。にこ先輩を勧誘するのは諦めましょう。私達には、にこ先輩を説得するような実績がありません。ですから、あの人の信用を勝ち取る事はできないと思います。ここは素直に部室を使わせていただけるように話し合いを──」
「まだ、諦めるには早いよ」
「──穂乃果?」
首を傾げた海未を一瞥した後、穂乃果は真剣な表情で俺達を見回していく。
「先に確認したいんだけど、朝陽ちゃんもにこ先輩の事情は知っていたんだよね?」
「そうだね。一応、前に矢澤先輩に教えてもらったよ」
「うん、なら大丈夫だね」
「何が大丈夫なの?」
「えっとね、皆に聞いてみたいんだ。希先輩からにこ先輩の話を聞いた時、どう思ったか」
穂乃果の言葉に、俺達は互いの顔を見合わす。
何故、今更俺達の感想を穂乃果は知りたいのだろうか。
俺達が考えるべき事は、どうやって矢澤先輩をμ'sに加入して貰うかだと思うのだが。
俺以外の皆もそう思っていたようで、自然と穂乃果に困惑気味の視線を送っている。
「その、私達の感想を聞いてなんの意味があるのでしょうか?」
「うーん、なんとなく穂乃果が聞きたいと思っただけだから、特に意味はないかも」
「何それ、意味わからない」
「お、真姫の口癖が出た」
「こ、こんな時にからかわないでよ!」
頬を赤らめて肩を怒らせた真姫に謝罪しつつ、俺は穂乃果の考えを読もうと思考を巡らせていく。
今しがた穂乃果が言った通り、その提案には意味がないのかもしれない。
しかし、少なくとも俺は穂乃果の提案に一定のメリットがあると思う。
矢澤先輩の話の感想を言い合う事で、互いの共感を深め、μ'sの結束力を高め、改めて矢澤先輩を誘うという意見を一致させる。
パッと思いつくのでも、これぐらいのメリットがあるだろう。
とまあ、無駄に理屈っぽく考えを纏めてしまったが、要は穂乃果の提案は決して無駄ではないと言いたいのだ。
そう考えた俺は、手を叩いて皆の注目を集めてから口を開く。
「とりあえず、やるだけやってもいいんじゃないかな? 皆の意見を聞いた結果、何か良い考えを思いつくかもしれないし」
「……ま、お互いの認識を擦り合わせるという事で納得しておくわ」
「そういうものでしょうか?」
「海未ちゃんは真面目すぎるんだよ〜」
「じゃあ、賛成した私から感想を言わせてもらうよ。私から言える事は、やっぱり矢澤先輩にはμ'sに加入して欲しい、という一言だけだね」
小さく笑みを落としてそう告げると、穂乃果と花陽、それにことりが追随するように頷いた。
「うん、穂乃果も朝陽ちゃんの話に賛成」
「私もにこ先輩にはμ'sに来てほしいです」
「だけど、にこ先輩の意思は固いよね?」
「そうなんだよねぇ……海未ちゃん達はどう思ってるの?」
腕を組んでいた穂乃果に水を向けられ、表情に難しい表情を張りつけた海未。
真姫も海未のような表情を浮かべており、対して凛は戸惑い気味に眉を寄せている。
「私は、そっとしておいた方がいいと思います。にこ先輩にはにこ先輩の事情があるので、安易に彼女の心へと踏み込むのは良くない事かと」
「海未先輩に賛成。無理してμ'sに入れる必要はないわ」
「うーん、凛はよくわかんないや。にこ先輩の気持ち次第じゃないかな?」
ポツリと呟いた凛の声が、教室中へとするりと駆け抜けた。
その言葉に、俺達は思わず顔を見合わす。
すると、俺達の反応が予想外だったのか、凛は慌てたように視線を飛ばしていく。
「え、え? 凛、何か変な事を言った?」
「ううん、凛ちゃんの言う通りだよ! 穂乃果達が色々と考えても、にこ先輩の気持ちがはっきりしないと意味ないよね」
「ですが、穂乃果。にこ先輩は、私達μ'sを敵視しているではありませんか」
「それは違うと思うなぁ」
否定の声を上げた海未。
しかし、ことりがその言葉に異を唱え、自然と全員の視線が彼女に集まる。
俺達に見つめられても気にする様子を見せず、ことりは意味ありげに海未を一瞥した後、穂乃果に目配せをした。
すると、ことりの視線の意味に気が付いたのか、穂乃果はポンと掌を叩いて得心がいったように何度も頷く。
「なるほど! だったら、にこ先輩もμ'sに入ってくれるかも」
「うん、あとは私達が説得するだけだよね〜」
「あの、二人共。二人で納得されても、私達は理解できないんですが」
困惑気味に眉を潜めている海未に声を掛けられると、穂乃果とことりは揃って彼女へと暖かな眼差しを送りはじめた。
対して、海未は益々理解できないように首を傾げており、真姫達も不思議そうな表情を浮かべている。
一体、穂乃果はことりの目配せから何に気が付いたのだろうか。
穂乃果達の表情から、海未に関係しているというのはわかるのだが。
……待てよ。矢澤先輩の対応は、どちらからと言えばツンデレに近い。
本当は興味があるのに、自分はなんとも思っていないような振りをして。
つまり、海未も矢澤先輩のようにツンデレ的な対応をした事があるというわけで……
「あ、なるほど」
「朝陽もわかったんですか?」
「多分ね。……穂乃果はこのまま矢澤先輩にアタックを続けたいって事だよね?」
「うん。穂乃果達の真剣な想いをぶつければ、きっとにこ先輩もわかってくれると思うんだ」
「……あ、凛もわかった」
「私も、なんとなく理解したかもしれません」
暫くすると、凛と花陽も顔色を明るくして頷き、真姫へと顔を向ける。
しかし、真姫はいまだにわかっていないようで、どこか不機嫌な様子で腕を組んでいる。
また、海未も答えに行きついていないからか、不満げな表情でことりに問い詰めている。
「もったいぶらずに教えたください、ことり」
「えー、どうしよっかなぁ」
「凛達も教えなさいよ」
「もー、仕方ないなー。つまり、真姫ちゃんとにこ先輩は似てるって事だよ!」
「なによそれっ!?」
ガヤガヤと場が騒然としはじめたが、穂乃果が声を上げて俺達の注目を集めた。
全員が黙って自分に目を向けたのを確認した穂乃果は、朗らかな笑顔で海未達に視線を転じていく。
「にこ先輩の拒絶が実は本心じゃなかったら、海未ちゃん達もμ'sに誘うのは賛成なんだよね?」
「まあ、にこ先輩が拒絶をしないならば、私もμ'sに勧誘するのは異論はないですが」
「だけど、本当にあの拒絶は本心じゃないのかしら?」
「それは大丈夫だと思うよ。だって、穂乃果達に興味がなかったらあんなに指摘できないもん」
「それに、わざわざことり達を観察する必要もないよね?」
穂乃果とことりの話を聞いて、海未達はようやく思い至った様子で頷いた。
しかし、直ぐに穂乃果達の視線の意味を悟ったのか、揃って頬に桜を散らす。
「ほ、穂乃果! つまり、それは私がいつも素直ではないと言いたいのですか!?」
「だって海未ちゃんが小さい時、遊びに入りたいのに素直になれないで隠れてたじゃん」
「うんうん。ことりのぬいぐるみに興味があるのに、澄ました顔で興味がない素振りもしていたし」
「あ、あれは……!」
ニヤニヤしている穂乃果達に詰め寄っていく海未。
対して、真姫も頬を赤らめたまま凛達へと追求していた。
「私が捻くれているって言いたいの?」
「真姫ちゃんって素直じゃないよねーって思っただけだよ」
「くっ……は、花陽はどう思っているの」
「え、えっと。その、そんな真姫ちゃんも好きだよ?」
「な、なんでいきなり好きとか言われなきゃいけないのよ」
困った様子で微笑んだ花陽の言葉に、真姫は目を逸らして髪の毛をクルクルしていた。
どうやら、真姫は花陽に褒められて照れてしまったらしい。
まあ、真姫のそういう反応が凛達にツンデレだと言われる原因だと思うが。
ともかく、これで俺達の意見は一致したと見て良いだろう。
「そういう理由で、μ'sに矢澤先輩を誘う事に異論はないね?」
「微妙に納得がいかない理由でしたが、まあ異論はないです」
「ええ。凄く複雑だけど、私も特に反論はないわよ」
「では、早速だけどどうやって矢澤先輩を説得するか決めよう」
俺がそう告げると、穂乃果が元気よく手を挙げた。
「はいはい、それなら穂乃果に良い考えがあるよ!」
「どんな考えなの、穂乃果ちゃん?」
「それはね──」
ことりに話を促された穂乃果は、楽しげに俺達を見回しながら、己の計画を話していくのだった。
穂乃果の計画が明らかになってから、暫く経ち。
現在、俺はアイドル研究部の扉へと身体を寄りかからせていた。
何故、穂乃果達と別行動をとっているのかと言うと……
「なっ……」
「どうも。待っていましたよ、矢澤先輩」
「……アイドルの雑談をしに来たわけではなさそうね」
「はい。矢澤先輩には、是非とも来ていただきたい場所があるんです」
「言ったでしょ。あんた達のグループに入る気はないって」
気まずげに目を伏せ、拒絶の言葉を落とした矢澤先輩。
もう放っておいてくれ、と身体で告げるその様子に、俺は笑みを返して口を開く。
「言いましたね。ですが、あえて言わせてもらいます。その言葉に私は嫌だと答えます」
「……もう、もう何もかもが遅いのよ。終わったの、全て──」
「矢澤先輩!」
「──な、なに?」
思わず叫べば、矢澤先輩はビクリと肩を震わせる。
大きな孤独感を抱えているその小さな肩に手を置き、瞳に深い諦観の色を宿している矢澤先輩へと言葉を紡ぐ。
「本当に、本心からそう思っていますか?」
「お、思ってるわよ。あんた達のような駄目なアイドルグループになんか入りたくないわ」
「こんなに、μ'sの皆が矢澤先輩に加入して欲しいと懇願しても?」
「…………よ」
「はい?」
思わず問い返すと、矢澤先輩は俺の手を振り払い、涙目でこちらを強く睨みつける。
そして、剥きだしの本音をさらけ出していく。
「怖いのよ! あんた達が本気でアイドルをしてるって事ぐらいわかってるけど、それでも凄く怖いの! あの時のように皆が辞めるんじゃないか、また私独りになっちゃうんじゃないかって、考えちゃうの! 頭ではわかっていても、心がいつも囁いてくるのよ! 期待するな、どうせ裏切られる、また見捨てられる、お前には無理だってっ!」
途中で縋るように俺の裾を掴んでいた矢澤先輩は、やがて思わずといった様子でヨロヨロと後ずさろうとした。
しかし、俺が咄嗟に矢澤先輩の手を掴み、逃げようとするその足を止めさせる。
涙を流しながらこちらを見つめる矢澤先輩の顔を見返し、
「やっと、やっと本心を言ってくれましたね」
「雨宮……?」
「ついてきてください。屋上で穂乃果達が待っています」
「ちょ、ちょっとっ!?」
慌てたような声を上げる矢澤先輩の手を引き、俺は屋上へと向かっていく。
途中で逃げるのを諦めたのか静かになった矢澤先輩を連れ、閉じられた屋上の扉を開け放つ。
「待ってたよ、朝陽ちゃん」
「遅くなってすまない。さあ、矢澤先輩」
「な、なによ?」
「矢澤先輩は言いましたよね、怖いって」
「だからそれがなんなのっ!」
苛立つように鋭く叫ぶ矢澤先輩へと微笑み、
「その考えが杞憂だと、穂乃果達が証明してくれます」
「えっ?」
「大丈夫です。だから、しっかりとその目で見てください……穂乃果」
戸惑い気味の様子の矢澤先輩を一瞥してから、穂乃果達へとバトンタッチした。
力強く頷いた穂乃果は、後ろで待機しているμ'sの面々を見回し、最後に矢澤先輩で目を止める。
「私達はにこ先輩の昔の事を聞きました」
「……希からね」
「はい。私達には、当時のにこ先輩の気持ちを察する事ができません。きっと、私達の想像以上に辛い思いをしたと思うから」
「もう過去の事よ」
なんでもないように告げるも、矢澤先輩の声色は僅かに震えていた。
当然、穂乃果もその変化に気が付いたようで、矢澤先輩を見据えている瞳の力強さが増している。
「……どうして、私達の事をいつも見ていたんですか?」
「そ、それはあんた達がアイドルを汚していたから──」
「本当は、まだ引きずっているんじゃないですか?」
「──っ!」
穂乃果に言葉を突きつけられ、矢澤先輩は目を大きく見開く。
しかし、直ぐに顔を俯かせると、そのまま微動だにしなくなった。
「あの時の事を引きずっているから、スクールアイドルになった私達を見ていたんじゃないですか?」
「…………のよ」
「え?」
「あんたに……あんたに何がわかるって言うのよッ!」
突然怒鳴られて目を白黒している穂乃果が目に入っていないのか、矢澤先輩は心の底から絞りだすように言葉をぶちまけていく。
「そう、そうよ! あんたの言う通り、 私はあの時の事を引きずっているわ! いまだにあの日の事が夢にも出てくるぐらい忘れられないのよ! 私はこんな辛い気持ちを味わったのに、あんた達はいつも楽しそうにアイドルをして! ……私はあんた達に嫉妬してたの! 毎日アイドルの事を考えて、歌を創って、ダンスの振り付けを話し合って、皆で一つの目標に走っているあんた達が羨ましかったのよ!」
肩を大きく上下させ、酷く息を乱している矢澤先輩。
暫くすると、自分が何を口走ったのか理解したようで、矢澤先輩は表情に怯えの色を宿す。
しかし、穂乃果は微塵も気にした様子を見せず、穏やかな面立ちで矢澤先輩を見つめている。
「にこ先輩」
「あっ……こ、これは違うの」
「にこ先輩は前にアイドルはお客さんを意識しろって言いましたよね」
「えっ?」
「突然ですが、私達のダンスを見てください」
「あんた達の、ダンスを?」
脈絡のない穂乃果の言葉に、矢澤先輩は困惑気味に目をさまよわせていた。
暫し悩むように目を泳がせていた矢澤先輩は、やがてゆっくりと頷く。
矢澤先輩が了承した事を確認した後、穂乃果は黙って待機していたμ'sの面々を見回し、皆でダンスをする体勢を整えていく。
「にこ先輩には、言葉よりダンスの方が私達の気持ちが伝わると思いました。だから、見てください。私達の
穂乃果言葉を合図に、μ'sは前に矢澤先輩に見せたダンスを踊りはじめた。
初めは呆然と穂乃果達を見ていた矢澤先輩だったが、やがて惹き込まれるように目を見開いていく。
辺りにはステップを刻む音と、穂乃果達の息遣いのみが響いていた。
──ダンスが終わり、μ'sは動きを止めた。
穂乃果達は一様に息を乱しており、疲労した様子が垣間見える。
暫くして息を整えた穂乃果は、目を見開いたままの矢澤先輩に声を掛ける。
「どうでしたか?」
その問いかけにも答えず、矢澤先輩は静かに瞳を閉じた。
固唾を呑んだ様子で穂乃果達が見守り、辺りに重苦しい沈黙が舞い降りていく。
やがて、矢澤先輩は瞳を開き、晴れやかな表情を浮かべる。
「なによ、その下手くそな踊りは。あれから全然成長していないじゃない……でも、あんた達の想い、しっかりと伝わったわ」
「にこ先輩!」
「その気持ちを忘れなければ、あんた達は大丈夫。きっと、アイドルとしてやっていけるわ」
そこで言葉を区切り、矢澤先輩は表情に自嘲の笑みを落とす。
「滑稽ね。目の前で一つのアイドルの旅立ちを見せつけられるなんて」
「何を言っているんですか? これはお客さんのためじゃなくて、にこ先輩のために踊ったんですよ?」
「えっ……?」
「私達には、まだまだお客さんへの意識とか足りないものが多いです。だから、これからはμ'sの一員として私達に色々と教えてください!」
『お願いします!』
穂乃果に続いて頭を下げたμ'sに、矢澤先輩は信じられないような顔を向けた。
何度も首を横に振り、どこか不安げな様子で矢澤先輩は声を震わせる。
「な、んで……どうして、そんなに私を誘うの?」
「にこ先輩と一緒に輝きたいからです! にこ先輩がμ'sに入れば、μ'sが輝いてもっともっとアイドルを好きになれると思うんです!」
穂乃果にそう返され、矢澤先輩は二の句を告げないようだ。
わかっているのだろう。穂乃果は本気で自分を勧誘しているという事を。
矢澤先輩はμ'sのダンスを通して、言葉では表せない深い感情を肌で感じたはず。
実際、矢澤先輩の瞳には僅かだが、希望の色が灯りはじめている。
……もう少し、後少しで矢澤先輩はμ'sに入ってくれると思う。
そう考えている間にも、両者の会話は続いていく。
「あ、あんた達には酷い事をしたわ」
「酷い事だと思っていません!」
「解散しろとも言った」
「にこ先輩と一緒にアイドルをやりたいから、μ'sは解散しません!」
「…………前に、あんたの勧誘は断ったわ」
「何度だってにこ先輩を誘います!」
「っ!」
「だから、もう一度言います──」
──私達と一緒にスクールアイドルをやりましょう、にこ先輩!
手を差し伸べ、満面の笑みを向けた穂乃果。
穂乃果の後ろでは、他のμ'sメンバーも微笑んでいる。
蒼天の元で輝くその笑顔は、満開の花を咲き誇らせていた。
「あん、たは……!」
そんな笑みを向けられた矢澤先輩は、大きく身を震わせ──
「にっこにっこにー!」
──目元を拭って両手を掲げ、表情を煌めかせた。
「えっ?」
「さっさとやるっ! はい、にっこにっこにー!」
「に、にっにっこにー?」
戸惑い気味に矢澤先輩と同じポーズ取る穂乃果だったが、矢澤先輩にビシッと指を突きつけられて駄目出しをされる。
「手の形が甘い! 後ろのあんた達もやりなさい! にっこにっこにー!」
『に、にっこにっこにー』
「声が小さい! もう一度!」
『にっこにっこにー』
「もっと大きな声で! そんなんじゃあ、お客さんを笑顔にできないわよ!」
『にっこにっこにー!』
矢澤先輩の指示に従っている内に何かを察したのか、穂乃果達は嬉しそうな笑みを浮かべていく。
対して、矢澤先輩は泣き笑いのような表情でにっこにっこにーをしている。
その笑顔は、蕾が花開くような儚くも魅力溢れる笑みだった。
「ふぅ……」
どうやら、無事に矢澤先輩はμ'sに入ってくれるらしい。
一時はどうなるかと思ったが、なんとか丸く収まったようで良かった。
だが、安心するわけにはいかない。次の問題がすぐそこまで迫っているのだから。
「雨宮もこっちに来てやりなさい!」
矢澤先輩に声を掛けられ、現実へと意識を戻した。
とりあえず、今だけはこの喜びに浸りたい。
それぐらいなら、俺にも享受する権利はあると思う。
軽くお腹を撫でつつ、俺は矢澤先輩達の元へ駆け寄るのだった。