あれからそろそろ時間も遅くなったので、俺達は西木野の家をお暇する事にした。
そして現在、俺達は西木野母娘に玄関前まで見送られ、帰りの挨拶を交えている最中だ。
「では、お邪魔しました」
「えと、ありがとうございました!」
「まあ、今日は良い気分転換になったわ」
頭を下げた俺達に、言葉に詰まりながらもそう告げた西木野。
その声に頭を上げてみれば、西木野は照れくさそうにそっぽを向き、指に髪の毛を巻いていた。
すると、相変わらず素直になれないそんな様子を見たからか、小泉はどこか優しげに微笑む。
「私も楽しかったよ」
「そ、そう? ま、まあ私も貴女と色々と話せてその、悪い気はしなかったわよ」
「つまり、小泉との会話が楽しかったという事かな?」
「ち、違うわ──」
「そう、なんだ」
からかい混じりに俺がそう告げると、西木野は反射的といった様子で言葉を返す。
しかし、否定されたからか悲しそうに俯く小泉を目に入れた西木野は、途中で口を閉ざして視線を泳がせていく。
「──ち、違わなくもない事もないわ」
「はっきりしないなあ。結局、どっちなんだい?」
「ぐっ! ……ええ、貴女と話すのは楽しかったわ。凄く楽しめたわよ」
「西木野さん……!」
「ゔぇぇっ!?」
俺をジト目で一瞥した後、腕を組んで小泉へと自分の気持ちを吐露した西木野。
それを聞いて、小泉は感激したように瞳を潤ませて西木野の手を握る。
「また遊びに来てちょうだい」
「わざわざ遅くまですみませんでした」
「いいのよ。あの子の楽しそうな笑顔も見られたから」
「それは、小泉と西木野の相性が良かったのでしょう。きっと二人は良い友達になれると思いますよ」
「まあ! それはいい事を聞いたわ、近いうちにお赤飯を炊かなきゃ」
「ちょっとそこは何を話しているのよ!」
小泉達を尻目に西木野母と会話をしていると、眉尻を吊り上げた西木野がこちらに指を突きつけた。
このまま西木野の怒りを買うのは面倒……怖いので、目を白黒させている小泉の手を取り、西木野母へと口を開く。
「ははは。では、そろそろこの辺で失礼します。行こうか、小泉」
「え、えぇっ!?」
「またいらっしゃいー」
「ま、待ちなさい! また私から逃げるつもり──」
小泉の手を引っ張り、西木野の家を後にする。
途中で西木野の叫びが聴こえた気がするが、恐らく気のせいだろう。
うん、明日西木野に何か言われたら上手くはぐらかなきゃな。
ともかく、暫くしてから歩いていた足を止め、小泉へと向き直って頭を下げる。
「すまない、いきなり連れていくような事をして」
「その、私は気にしていないから大丈夫です」
「ありがとう」
改めて小泉にお礼を告げてから、俺達は再び足を動かしていく。
ふと天を仰げば、日が沈む直前で辺りに茜色の光が降り注いでいた。
幾らかの星達も顔を覗かせており、自分を淡く光らせている。
「あの、雨宮先輩?」
「ん? なんだい?」
「雨宮先輩はμ'sのお手伝いをしているんですよね?」
「まあ、そうだね。それがどうしたのかな?」
「その、どうして雨宮先輩はステージに立たなかったんですか?」
「──」
「私は雨宮先輩も輝けると思うんです! 雨宮先輩ならスクールアイドルとして凄く……雨宮先輩?」
心配そうな声色で尋ねられ、我に返る。
そして、不思議そうに首を傾げている小泉に、俺はゆっくりと深呼吸してから笑みを向ける。
「……すまない、突然な事で少しびっくりしていた。それで、私がμ'sに入らない理由だったね。それには理由があるんだ」
「理由、ですか?」
「うん、理由……いや、正確には私のエゴかな」
「エゴ?」
うん。これは俺の自分勝手な思いだろう。
まあ、穂乃果達にとっては意味がわからないだろうが、俺がμ'sに入る事は万が一にもありえない。そういう結論に至った。
今更だけど、小泉のような質問が来る事を想定しておくべきだったな。
ともかく、益々困惑気味な表情を浮かべている小泉に、俺は首を横に振って口を開く。
「とりあえず、私がμ'sに入る事はないと思ってくれて良いよ。それより、私としては小泉がμ'sに入ってくれると嬉しい」
「わ、私ですかぁ!? 私なんて無理ですよぉ」
「そんな事ないよ。小泉は可愛い顔立ちだし、スタイルも良い。声だって凄く綺麗だからアイドルに向いていると思う」
「あわわわわ……」
勢いよく首を振って否定の声を上げる小泉。
そのまま俺が小泉の良い所を挙げていけば、よほど恥ずかしかったのだろうか。
小泉は耳まで真っ赤にして目を回しはじめ、口から言葉にならない声を漏らす。
うーん、少し急ぎすぎたな。小泉がオーバーヒートを起こしたロボットみたいな表情になっている。
「まずは落ち着こう。ほら、深呼吸」
「は、はぃ……ひっひっふー。ひっひっふー」
「それは違う深呼吸だと思うけど」
お約束のボケをしてくれたのが、それほど小泉は混乱していたのだろう。
ともかく、今の深呼吸である程度落ち着いたようで、小泉は頬を赤らめたまま俺の方へと顔を向ける。
「も、もう大丈夫でしゅ」
「でしゅ?」
「……あ、あそこに和菓子屋がありますよ! お母さんのお土産に買っていきますね!」
噛んだ事実をなかった事にしたいのか、小泉は再び顔を赤面させると、いつの間にか近くにあった穂むらを指差す。
そして、驚くほど素早い動作で店の中に入っていく。
「なんか、今の小泉を見てると和むな。まあいいや、俺も店に行こう」
小泉の愛らしい行動に思わず笑みが漏れつつ、俺も彼女の後を追うべく穂むらへと入店するのだった。
あの後、穂むらが穂乃果の家だった事に小泉が驚いたり、海未が一人でライブの練習をしているのを目撃してしまったり。
色々とあったが、穂乃果達に改めてスクールアイドルの勧誘をされて、小泉はどこか迷うような表情を浮かべていた。
そんな出来事があった次の日。
現在、俺は学校の廊下で星空と偶然にも出会っていた。
「こんにちは、雨宮先輩!」
「こんにちは。今日は小泉と一緒じゃないみたいだね」
「あ、そうだった! かよちんを探しているんだった」
「小泉をか……ふむ、私も小泉を探すのを手伝ってもいいだろうか?」
「え? 別にいいですけど、なんで先輩が?」
不思議そうに問いかけてくる星空に、俺は苦笑いを返す。
「小泉には少し用があってね。それより、星空は本当に小泉と仲が良いな」
「当然にゃ! 凛はかよちんと一番仲良しだよ!」
「にゃ?」
「あっ……」
満面の笑みで頷いていた星空は、自分が猫の語尾を言った事に気が付いたようで、思わずといった様子で口許に両手を当てる。
それから頬をやや紅潮させ、どこか窺うように俺を見上げる星空。
そんな彼女の可愛らしい動作に笑みが浮かびつつ、俺は星空へと返事をするために口を開く。
「そんなに堅苦しくしなくてもいいよ。私は先輩とか気にしていないから」
「よ、良かったー。怒られるんじゃないかって不安だったにゃ」
「流石に言葉遣いだけで私は怒らないさ。とりあえず、小泉を探しに行こうか」
「じゃあ、まずは中庭に行ってみましょう!」
そう告げると星空は俺の手を引っ張り、軽快な足取りで駆けだした。
突然腕を引かれて脚がもつれそうになるが、なんとかバランスを取って俺も続いて足を進めていく。
「おっとと……それで、どうして初めは中庭に行こうと?」
「えっ? うーん、かよちんがそこにいるような気がしたんです」
「なるほど、小泉が中庭にか」
中庭……中庭か。
物語の中で、中庭で何か大事な場面があったような気がしなくもない。
あれから昨日に記憶を掘り返したりした結果、物語の知識は殆ど忘れている事がわかったのだ。
今まで覚えていた事がおかしいのは理解しているが、これで本格的に手探りでμ'sのサポートをする事になるだろう。
まあ、ことりの留学等といった重要な場面は大まかに覚えているので、その事は不幸中の幸いだった。
そんな事を考えつつ、俺は星空と言葉を交えていく。
「そういえば、雨宮先輩ってスクールアイドルのお手伝いをしているんですよね?」
「そうだよ。星空も加入するかい? 私は大歓迎だけど」
「えっ!? むむむ無理ですよ凛がスクールアイドルになるなんて!」
「どうして?」
「だって凛は可愛くないし、髪だって短いし……」
「星空……」
足を止めた星空の方へと顔を向ければ、彼女は俯き気味に目を伏せていた。
そして、星空は諦観が充分に篭った笑みを俺へと向ける。
「雨宮先輩だってそう思いますよね? 凛にアイドルは似合わないって。それに、凛じゃなくてかよちんがアイドルに──」
「そんな事ない!」
「──えっ?」
俺が大声を出したからか、素っ頓狂な声を上げた星空。
そのまま不思議そうな顔でこちらを見つめる星空に、俺は彼女の元へ近づいて両肩に手を乗せる。
「そんな事ないよ、星空。君はとても魅力的だ」
「そんな嘘を言わないでください」
「嘘じゃない。星空はとっても可愛いし、髪の短さだって君の明るいイメージと凄く合っている」
「う、うぅ……」
「君の笑顔は見ているこっちまで笑顔にしてくれるし、一つ一つの仕草が凄く可愛らしい。君と知り合って間もない私ですらそう思ったんだ。だから君は可愛い、少なくとも私はそう思う」
そう告げてからゆっくりと離れると、動揺するように視線を揺らしていた星空は、やがて俺へと目を向けて口を開く。
「本当に……本当に、凛が可愛いと思ってるんですか?」
「思ってる」
「でも……でも、やっぱり信じられないよ!」
「何度だって言うよ。星空、君はとても可愛い」
俺の言葉を聞いて、星空は迷うように目を泳がせた。
その様子を黙って見守っていると、やがて星空は
「ありがとうございます、雨宮先輩。少し自信がつきました」
「星空……」
「さあ、早くかよちんを探しましょう!」
そう一方的に告げ、俺の横を駆け抜けていく星空。
それに慌てて振り向けば、離れた場所で星空が俺へと手招きしていた。
「どうにかして星空達もμ'sに入ってくれないだろうか」
今後の展開に憂い、思わずため息をついてしまう。
先ほど話した時に思ったのだが、やはり星空はμ'sに必要なメンバーだ。
星空なら……いや、西木野や小泉達一年生なら、今のμ'sを更に輝かせてくれるはず。そう俺は確信した。
まあ、俺が何もしなくても穂乃果達がなんとかしそうだけど、星空達をμ'sにいれるために足掻いてみよう。
そんな事を考えつつ、俺は星空の元へ駆け寄っていくのだった。