第二十話 新たな原石
──μ'sのファーストライブを終えてから、暫くして。
俺はある計画を実行するべく、絵里の家へと赴いていた。
「──それで、突然どうしたの?」
自分の部屋に通して俺を座らせた後、絵里は不思議そうに首を傾げて尋ねてきた。
それに対して、俺は鞄からあるものを取り出しつつ口を開く。
「いや、絵里にファーストライブの感想を聞こうと思ってね。まだ聞いていないだろう?」
「感想ね……一言で表すなら、とてもじゃないけど見れるものじゃなかった、という所かしら」
「やっぱり絵里からはそう見えるか」
「朝陽も知っているでしょ? 私が昔バレエをしていたって事」
そう告げると、絵里は僅かに瞳を細めた。
確かに、俺は絵里からバレエをしていたという話を聞いた事がある。
それなのに、俺が絵里にライブの感想を聞いたのが理解できないのだろう。
貴女なら私の感想なんて容易に想像つくでしょう、と。
ともかく、その問いかけに笑みを返した俺は、取り出したものを机の上に置く。
「一応、聞いておきたくてね。……さて、これが何かわかるよね?」
「何って、どこからどう見てもただのビデオよね。それがどうした……まさか」
「そう。このビデオには、μ'sのファーストライブを録画した映像が入っている」
途中で察しがついたのか目を見開いた絵里へと頷けば、彼女は困惑したように眉間に
まあ、突然ビデオを見せられても困るか。
それも、μ'sとあまり良い関係とは言えない自分に見せるとなれば尚更。
と言っても、これにはちゃんとした理由がある。
「それで、そのビデオが何?」
「その前に一つ確認させて欲しい。絵里って、ファーストライブの映像を転載するつもりだよね?」
「……なんの事かしら?」
「嘘は良くないよ、絵里」
その問いにポーカーフェイスを維持していたようだが、絵里と長い付き合いがある俺は騙されない。
そのまま暫く目を逸らさず絵里を見つめていると、やがて彼女は諦めたようにため息をつく。
「はぁ……そうね。私はネットにライブ映像を上げようと思っていたわ」
「やっぱり。絵里の事だから、客観的な意見が欲しかったんだろう?」
「ええ、その通りよ。それにしても、よく私がサイトに上げるってわかったわね」
「絵里の考えている事ならなんとなくわかるさ」
間髪入れずにそう答えれば、絵里はどこか照れくさそうに視線を泳がせていた。
その数瞬後、絵里は自分の羞恥を誤魔化すように咳払いを一つ落とす。
「ん、んん。それで、結局朝陽は何が言いたいの?」
「結論から言うと、サイトに上げるのを私も手伝いたい」
「何故、と聞いても?」
「もちろん。……絵里はμ'sの客観的事実が知りたい。私はμ'sの知名度を上げたい。つまり、このビデオ映像と絵里が撮った映像を組み合わせて、PVを作りたいんだ」
「なるほど。私と利害が一致しているから一緒にやりましょう、という事ね」
「その通り。駄目かな?」
俺の問いに顎に手を添えて悩む仕草をした後、やがて絵里は頷いて笑みを浮かべる。
「いいわよ。PVでどれだけ良く見せようとも、結局酷いものは酷いって感想が来るだけでしょうし」
「ありがとう。じゃあ早速PVを作ろうか」
「ところで、朝陽はPVを作れるの?」
無事に了承を貰えた事に安堵していると、不意に絵里が思い出したように尋ねてきた。
その言葉に、俺は首を横に振る事で応える。
「いや、全くの素人だよ。ただ、そのまま上げるよりはいいかなって」
「そんなものかしら?」
「そんなものだよ、多分」
「……まあ、いいわ。早くPVを作りましょ」
何かを言いたげな顔をしていたが、やがて頭を振ってそう告げた絵里。
それに頷きを返しつつ、俺は鞄からノートパソコンを取り出す。
そして、そのまま俺達は四苦八苦しながらPV製作を始めるのだった。
「──ふわぁ〜」
白いアルパカに抱きつき、頬ずりをしていることり。
そんなアルパカに首ったけなことりの姿を見て、穂乃果と海未は困ったような表情を浮かべている。
俺達は新しいメンバーを集めるためにチラシを配ろうとしていたのだが、ことりがアルパカ小屋から離れないのだ。
「ことりちゃんってそんなにアルパカ好きだったっけ?」
「最近ハマったらしいです」
「まあ、アルパカ可愛いよね」
近づいてことりと一緒に撫でてみると、アルパカは気持ちよさそうな鳴き声を上げた。
それ見たことりは益々頬を緩ませており、アルパカ好きが筋金入りな事がわかる。
それにしても、実際に触ってみるのは初めてだったけど、凄く触り心地が良い。
なんだろう。高級の羽毛に手を埋めているような感触だろうか。
そんな事を考えていると、アルパカはことりの頬に顔を寄せ、舐めた。
「ひゃぁっ!?」
「おっと、大丈夫ことり?」
「あ、ありがとう朝陽ちゃん」
「ことり!? どうしましょう……そうだ、弓で反撃をすれば」
「海未ちゃん……」
咄嗟にことりを抱きかかえ、倒れるのを防ぐ。
思わずといった様子で瞳をギュッと閉じていたことりは、やがて瞳を開いて俺から離れるとお礼を告げた。
そして、そんな俺達の様子を見て、アホな呟きを漏らす海未に、彼女の残念な姿に呆れが篭ったため息をつく穂乃果。
うん、海未のポンコツ化が激しくなっていく件について。どうしてこうなった。
「アルパカさんに嫌われちゃったのかなぁ……」
「その、大丈夫ですよ。楽しいから遊んでいただけだと思いますから」
悲しげに眉尻を下げたことりの呟きに答えたのは、いつの間にかここにいたジャージ姿の小泉だった。
そして、そのまま小泉はいそいそとアルパカの水を取り替えていく。
「アルパカ使いだねー」
「えっと、その、私飼育員ですから」
「へー、飼育員なんだ……あれ、貴女ってライブに来てくれた花陽ちゃん!?」
「駆けつけてくれた一年生の子だよね?」
「そういえば、確かに見覚えがあります」
小泉の側まで近づいていた穂乃果は、驚きの表情を浮かべた。
そんな穂乃果の呟きを聞いて、ことり達も思い当たったように頷いている。
穂乃果達にとっては、小泉は凄く印象に残っているだろう。
観客がいなかった講堂に訪れた初めての生徒だったから。
そんな風に考えていると、不意に穂乃果は小泉の両肩に手を置く。
「ねえ、花陽ちゃん。アイドルやってみない?」
「えっと?」
「いきなりすぎだよ、穂乃果ちゃん」
苦笑いして告げたことりの言葉にも穂乃果は答えず、困惑気味な小泉へと更に顔を近づける。
「君は光っている」
「へ?」
「大丈夫、悪いようにはしないから。さあ、私に全てを任せて!」
「え、えぇ!?」
「なんか、凄い悪人に見えますね」
「あはは……」
そんな穂乃果の様子を見て、海未達は頬を引き攣らせていた。
うん、正直俺も穂乃果の顔が悪どく見えたよ。
詐欺師が言いそうな言葉と表情をしていたし、傍から見たら危ない人だと思われてしまうだろう。
ともかく、俺達の呟きが耳に入っていたのか、穂乃果はこちらに顔を向ける。
「でも、少しぐらい強引にならないとメンバー集まらないよ?」
「それは、そうですが」
「あ、あの」
「どうしたの花陽ちゃん?」
その問いかけに、小泉は穂乃果へと返事をしようとしたのだろう。
しかし、どうやら小泉の声が小さくて、よく聞こえなかったようだ。
それから、聴き直そうとしたのか穂乃果は小泉の方へ耳を寄せ、暫く何かやり取りを交わしていた。
「何を話してるんだろう?」
「まあ、そのうちわかるんじゃないかな?」
「変な事を言っていなければいいんですが」
海未の中での穂乃果の扱いはどうなっているんだろうか。
真っ先に発言を疑われる穂乃果とは一体……。
まあ、穂乃果は失言が多いからな。海未が危惧するのもわからなくはない。
そんな事を考えている間に、どうやら穂乃果達の話は終わったらしい。
小泉へと大きく頷いていた穂乃果は、そのまま笑顔で口を開く。
「そうだよねー! 私も大好きなんだ、あの子の歌!」
「だったら、その子のスカウトに行けばいいんじゃないですか?」
「もちろん行ったよー。でも、絶対やだって言われちゃった」
そのある意味当然な海未の問いかけに、穂乃果はそう告げると残念そうにため息を漏らした。
あの子とは、恐らく西木野の事だろう。
確かに、西木野の性格からしてあっさりと頷く事はしそうにない。
うーん、今の所は穂乃果でも駄目か。後で俺も西木野にメンバー勧誘の話を持ちかけてみよう。
そんな風に考えていると、小泉は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「その、すみません。私、余計な事を」
「ううん。ありがとう」
小泉の手を取り、微笑みを向けた穂乃果。
そんな穂乃果の嬉しそうな笑顔に、小泉は目を見開いて彼女を見つめている。
今の穂乃果の言葉に何か感じ入る事があったのだろう。
そのまま暫し二人が見つめ合っていると、遠くの方から声が聞こえてきた。
「かーよちーん。早くしないと体育始まっちゃうよー」
「あ……その、失礼します」
その声で我に返ったのか、小泉は頭を下げて星空の方へと向かう。
そして、星空と一緒に俺達へと目礼した後、二人は去っていった。
「私達も早く戻りましょう」
「そうだね〜」
「……うん」
海未の言葉にもどこか上の空で答え、穂乃果は遠ざかる小泉達の背中を見つめている。
やがて、穂乃果は俺達の方へと振り返り、笑みを浮かべて口を開く。
「決めた。あの子達をメンバーにする」
「何故と聞いても?」
「あの子達……ううん、花陽ちゃん達が入ってくれれば、μ'sはもっと輝く気がするんだ」
「μ'sが輝く?」
「うん! よーし、これからの事を考えるぞー!」
オウム返しに聞いたことりに、穂乃果は頷いて手を振りあげた。
そんな穂乃果の様子を見て、俺達はお互いの顔を見合わす。
「つまり、次はあの一年生を勧誘するという事かな?」
「穂乃果の言葉からそうでしょう」
「とりあえず、メンバー勧誘は早めにやらなきゃね」
「そうと決まれば早く教室に戻るよ!」
「あ、穂乃果!?」
「……私達も行こうか」
「そうだね〜」
呼びとめる海未の声を無視して、あっという間に穂乃果は走りさっていった。
それに俺達は揃って苦笑いを漏らし、穂乃果を追いかけていくのだった。