TS少女のラブライブ!   作:水羊羹

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第十八話 脱・海未の人見知り克服計画

「海未ちゃん、大丈夫?」

「無理です……」

「どうしよう……」

 

 心配そうに尋ねてくる穂乃果へと、海未は体育座りのまま緩やかに首を横に振った。

 また、どこか不安げな海未の様子を見て、ことりは困ったように頬に手を当てている。

 そんな穂乃果達の姿を尻目に、俺はここ数日の出来事を思い返していた。

 

 

 

 

 

 海未がファーストライブで歌う曲名を告げた後。

 初めてμ'sに票が入って喜びを交わしあったり、朝練の様子を見にきた西木野に穂乃果達の歌を聴かせたり。

 色々と順調に日々を過ごしていたのだが、チラシ配りをしている今朝方に問題が発生してしまったのだ。

 

 登校時に教室で見てもらうために、俺達は朝早く学校へと来てチラシを配っていた。

 とりあえず、生徒達がチラシを受けとってくれて手応えを感じていたのだが……

 

『ねえねえ、今ここでダンスを見せてよ』

『いいですよ! お客さんにはおまけしてあげますね』

『ライブに来てくれるなら、さらにもう少しおまけします〜』

『行く行く!』

 

 チラシを受けとった上級生がそう尋ねると、穂乃果達はにっこり微笑んで踊る体勢になる。

 そしていざ踊ろうとしたのだが、いつの間にか海未がいなくなっていたのだ。

 

『あれ、海未ちゃんは?』

『朝陽ちゃん、海未ちゃんがどこに消えたかわかる?』

『海未なら学校に入っていったよ』

『えー!?』

 

 そう告げて学校を指差せば、穂乃果達は驚愕した声を上げた。

 そのまま穂乃果達は呆気にとられた様子を見せる上級生達を置いて、海未を追うために学校へと入っていく。

 

『え、えぇと?』

『すみません。もう一人のメンバーは用事があったみたいで、先輩方にダンスを見せられませんでした』

『そうなの?』

『申し訳ありません。楽しみはライブ当日まで取っておく、という事で納得していただけないでしょうか?』

『ま、まあ他の人達も行っちゃったしねぇ』

『ありがとうございます。では、私もこれで失礼します』

 

 頭を下げてから、俺も穂乃果達を追う。

 海未が行きそうな場所を考えた結果、屋上へと赴くと案の定そこにいた。

 そして現状に至る、と。

 

 

 

 

 

「──もしかして、ライブまでの日が近づいてきて緊張しちゃった?」

 

 俺が思考から離れると同時に、ことりが心配そうな面立ちでそう尋ねた。

 その言葉に海未はコクリと頷き、そのまま膝に顔を埋める。

 

「海未ちゃんって、チラシ配りもあまりできていなかったもんね」

「すみません……」

「どうしよう、朝陽ちゃん」

「うーん、穂乃果は何か思いつかないかい?」

 

 俺がそう水を向けてみれば、穂乃果は顎に手を添えて悩む素振りを見せる。

 暫くすると何かを閃いたのか、穂乃果は顔色を明るくして海未へと笑いかけた。

 

「海未ちゃん、皆を野菜だと思えばいいんだよ!」

「野菜、ですか?」

「そうそう!」

 

 海未は穂乃果の提案を頭に思い浮かべてみたのだろう。

 暫し虚空を眺めていた海未だったが、やがて薄らと頬を赤らめて涙目になっていく。

 

「わ、私に一人でライブをしろと言うのですか!?」

「えぇ!? なんでそうなるの!?」

「あはは……」

 

 悲痛な叫びで伝える海未に、穂乃果は驚愕した声を上げた。

 そんな二人の様子を見て、ことりは苦笑いを浮かべている。

 うん、俺も海未が何を言っているのか理解できない。

 いや、海未がどうしてそういう結論に至ったのかはわかる。

 だが、いくらなんでも突拍子すぎるだろ。

 

「やはり私には無理だったんです。すみません、穂乃果。どうやら私はここまでのようです」

「海未は何わけのわからない事を言っているんだい?」

「うーん……よし、特訓だ!」

「特訓?」

 

 拳を突きあげてそう宣言した穂乃果。

 その言葉にことりがオウム返しに尋ねると、穂乃果は大きく頷き笑みを浮かべる。

 

「穂乃果の虹色の頭脳に任せれば大丈夫!」

「に、虹色の頭脳?」

 

 なんだその気色悪い脳みそは。

 もしかして、穂乃果は灰色の脳細胞とでも言いたいのだろうか。

 ……うん、ありえそうだ。

 ともかく、穂乃果はそのまま口許を緩ませながら、俺達を見回していく。

 

「名付けて脱・海未ちゃんの人見知り克服計画!」

「えっと、その計画の内容は?」

「ふっふっふ。まあ、とりあえずは名探偵穂乃果に任せたまえ。って事で、皆は放課後を楽しみにしててね!」

 

 意味深な笑い声を零した穂乃果は、上機嫌な足取りで屋上から去っていった。

 そんな穂乃果を見送った俺達は、お互いの顔を見合わして首を傾げる。

 

「穂乃果ちゃんどうしたんだろう?」

「名前から私に関する事のようですが」

「とりあえず、私達も行こうか」

 

 その言葉にことり達が頷いたのを確認してから、俺達も穂乃果の後を追うべく屋上を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──さあ、ここなら思う存分練習できるよ!」

 

 チラシを手に持つ穂乃果がそう告げ、満面の笑みを浮かべた。

 それに対して、海未は頬を引き攣らせながら目を回している。

 うん、まあなんとなく予想は着いていたよ。

 

 現在、俺達は秋葉原の駅前にいた。

 今日の授業が終わるまでずっとニヤニヤしていた穂乃果に、海未達が胡乱げな眼差しを送っていたのは記憶に新しい。

 そして、授業が終了するのと同時に穂乃果に連れられ、俺達は秋葉原へと赴いたというわけだ。

 

「よし、海未ちゃん。ファイトだよ!」

「ほ、穂乃果。人が沢山います!」

「当たり前だよ! これは海未ちゃんの人見知りを治すための作戦なんだから! このチラシを配り終われば、ライブの時も緊張しなくなるよね?」

「し、しかし……」

 

 穂乃果にそう促されるが、海未は戸惑った様子で辺りを見回している。

 そんな海未の姿を見て、穂乃果は眉尻を上げてことりの方を指差す。

 

「もう、海未ちゃんしっかりして! ことりちゃんを見てみてよ」

「お願いしま〜す」

「なっ!?」

 

 柔らかい笑顔で通行人へと手早く渡していることりに、海未は目を剥いて驚愕した声を上げた。

 それにしても、ことりは凄いな。あっという間にことりのチラシの数が減っていく。

 通行人達にさり気なくチラシを配るその手腕は、もはやことりの才能といってもいいだろう。

 いや、才能というよりことりの努力の成果か。

 そんな風に考えている間にも、穂乃果達は会話を続けていく。

 

「ほら、海未ちゃんも挑戦してみて? 皆は野菜なんだから大丈夫だよ!」

「な、なるほど。……あれは野菜あれは野菜あれは野菜あれは野菜──」

 

 穂乃果の言葉に頷いた後、海未はブツブツと同じ言葉を反芻しはじめた。

 そんなどこか不気味な海未の様子を見て、穂乃果は呆れたような表情を浮かべる。

 

「海未ちゃんって、最近はアホっぽいね」

「──あれは野菜あれは野菜あれは野菜……はっ! 園田海未、行きます!」

 

 穂乃果の呟きは耳に入らなかったのか、海未は目を見開くとキリリとした面立ちになる。

 そして、そのまま素早い動作で海未は人混みの中へ消えていった。

 それを見て、穂乃果は俺の方へと顔を向けて首を捻る。

 

「海未ちゃんが行っちゃったけど、問題ないのかな?」

「まあ、海未の顔からして大丈夫だろう。多分」

「うん、海未ちゃんなら大丈夫だよね。よーし、穂乃果達も頑張るぞー!」

 

 それから、俺達は笑顔を意識しながら通行人にチラシを配っていく。

 早めにチラシを配り終わったことりに手伝ってもらい、俺達は無事に手元のチラシを消費する事ができた。

 

「お疲れー」

「チラシを配る時の笑顔はライブでの練習になったかな?」

「うん、ライブではいつも笑顔じゃなきゃいけないもんね」

「ところで、海未ちゃんは大丈夫だったのかな?」

 

 心配そうに呟きを漏らした穂乃果。

 その言葉に、俺とことりは自然と海未の姿を探す。

 結局、あれからチラシを配っている時に海未を見つけられなったのだ。

 海未もしっかりとチラシを配っていたら良いのだが……

 

「あ、あそこ!」

 

 ことりがそう声を上げてある方向を指差す。

 その指の先を追った俺の視界に入ったのは、ガチャガチャの前でしゃがみ込む海未の背中だった。

 そのどこか哀愁漂う様子に、俺達はお互いの顔を見合わせてから近づく。

 

「ふ、ふふ……私にはやはり無理でした。野菜が喋るという超常現象には対応できませんでした……あ、レア物ゲットです」

『……はぁ』

 

 ガチャガチャのカプセルを開き、海未は嬉しそうに呟きを漏らした。

 ……うん、駄目だったんだな。

 結果を聞かなくてもわかってしまう海未の様子を見て、俺達は揃ってため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──今度は大丈夫なはず!」

 

 ガチャガチャに小銭を投資していく海未を慰めた次の日の放課後。

 俺達は現在、音ノ木坂の門の前にいた。

 

 あれから、穂乃果が第二プランとして提案した作戦が、ここで生徒達にチラシを配るという事だ。

 元々早朝から生徒達に配っていたので、海未にとってもやりやすいという判断だろう。

 まあ、今まで海未がまともにチラシを渡せた事等なかったが。

 ともかく、そう告げて気合い十分な様子を見せる穂乃果に対して、海未はどこか不安げに俺達を見つめている。

 

「あ、あの。本当に大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だよ海未ちゃん。ここなら知り合いもいるから渡しやすいでしょ?」

「それは、そうですが」

「ほら、もうことりちゃんはチラシを配っているよ?」

「私達μ'sのファーストライブです。新入生歓迎会の日には、ぜひ見にきてください〜」

 

 流石ことりと言うべきか。

 昨日の時より、チラシを配る手腕が上達している。

 相手を不快に思わせない距離感で声を掛け、さり気なくチラシを配る。

 俺では絶対にできないであろうそんなことりを見て、海未は不安げに揺らしていた瞳に決意の色を宿す。

 

「お、お願いします! μ'sのファーストライブに来てください!」

 

 近くを通りがかった生徒へと、海未は若干声が上擦りつつも無事にチラシを渡す事に成功した。

 それで勢いづいてきたのか、海未は徐々に自然な笑顔でチラシを配っていく。

 そんな海未の背中を穂乃果は優しい顔で見つめ、頬を緩ませる。

 

「これで海未ちゃんは大丈夫そうだね、朝陽ちゃん」

「そうだね。さて、私達もチラシを配らなきゃ」

「うん、そうだね。……新入生歓迎会の日にμ'sのファーストライブをやりまーす! ぜひ見にきてくださいー!」

 

 元気な声を上げてチラシを配りにいった穂乃果を尻目に、俺は近くを通りががった上級生……というより、矢澤先輩にチラシを突きだす。

 

「どうぞ、矢澤先輩」

「……あのねぇ。そのチラシは前に貰ったばかりじゃない。それに、あっちの人にも貰ったし」

「まあまあ、いいじゃないですか。コレクションだと思って受けとってください」

「意味わからないわよ! 大体コレクションって何?」

「保存用、観賞用、布教用です」

「なんでチラシを保存すんのよ! しかも観賞用って……まあ、布教用ならなんとなく意味はわかるけど」

「という事で、どうぞ」

「あんた私の話を聞いてた?」

 

 流石に冗談が過ぎたか。

 ジト目でこちらを見つめている矢澤先輩に、俺は手元にチラシを戻してから口を開く。

 

「一応、念押しです。矢澤先輩に限って約束を破る事はしないと思いますが、ファーストライブにちゃんと来てくださいね」

「……わかってるわ」

「席に隠れたりしないでちゃんと座ってライブを見てくださいね」

「……わ、わかってるわ」

 

 隠れながらライブを見ようとしていたな、絶対。

 気まずそうに視線を逸らしている矢澤先輩を見ると、そう思わざるをえない。

 まあここで釘を刺しておいたので、当日はちゃんと椅子に座ってライブを見てくれるだろう。

 ともかく、そんな矢澤先輩へと頭を下げてから踵を返す。

 

「では、チラシ配りがあるので私はこの辺りで」

「はいはい。ま、せいぜい無様な姿を見せない事ね」

「さようなら、矢澤先輩」

 

 俺の挨拶に手を上げて応えた矢澤先輩は、そのまま去っていった。

 その遠ざかっていく背中を見送った後、俺は生徒達にチラシを配りながら穂乃果達を探す。

 

「あ、あの! 絶対にライブ、見にいきます!」

「おお、本当に!? ありがとう!」

「では、貴女には一枚二枚と言わずこのチラシ全部を」

「海未ちゃん……」

「す、すみません」

 

 穂乃果達を見つけた時には、小泉へと海未が手元にあるチラシを全て渡そうとしている所だった。

 それを見て穂乃果は呆れたような表情を浮かべ、小泉はアワアワと手を振って恐縮そうに横に首を振っている。

 

 うん、とりあえず穂乃果達は大丈夫そうだな。

 海未もチラシを配れるようになっているし、後はライブに来てくれるかどうか、か。

 ……いや、穂乃果達の頑張りを信じよう。

 胸中に渦巻く不安な感情に蓋をしつつ、俺も穂乃果達に負けじとチラシ配りを再開するのだった。

 


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