TS少女のラブライブ!   作:水羊羹

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第十二話 早朝練習と祈祷

「わぁー! この服可愛いよー!」

「な、なんですかこれはぁ!?」

 

 以上がことりの衣装デザインを見た穂乃果達の感想である。

 感嘆の声を上げて瞳を輝かせている穂乃果に対して、海未は愕然とした表情を浮かべている。

 まあ、海未がこういう反応をするとは俺とことりも想定していたけどな。

 

「何って、衣装だよ?」

「……このスカートから出ている物体は?」

「足だよ?」

「そ、それはつまり。こ、この衣装のように素足がそこまで露出するということですか……?」

 

 どうか私の思い違いであって欲しい。

 そんな気持ちが顕になってる海未の表情を見て、ことりは無慈悲に笑顔で告げる。

 

「アイドルだからね〜」

「海未ちゃんなら脚が細いから大丈夫だよ!」

 

 穂乃果がフォローをしてくれているのだが、海未は俯いたまま反応をしない。

 まあ、あれだ。大人しく観念しよう、海未。

 しかし、そんな俺の感想とは裏腹に、海未はまだ諦めていなかったらしい。

 ゆらりと脱力して身体を揺らしていた海未は、穂乃果に衣装の説明をしていたことりの元へ、瞬く間に間合いを詰めたのだ。

 

「ぴぃっ!?」

「海未ちゃんいつの間に!? に、忍者みたい!」

 

 突如として目の前に現れた海未にことりは悲鳴を上げ、穂乃果は何故か意味不明な事を言って再び顔を輝かせはじめた。

 そういえば、海未って時々身体能力が人間離れするよな。なんていうか、火事場の馬鹿力を自由に引きだせるのだろうか。

 俺がそんな事を考えている内に、海未はことりの両肩に手を置く。

 そして、引き攣った表情を浮かべていたことりへと、顔を勢いよく近づける。

 

「ことり」

「は、はい!」

「スカート丈を膝下まで伸ばさなければ、私は履きません」

「え、でも──」

「いいですね?」

「──は、はぃぃ!」

 

 ことりは抵抗する素振りを見せていたが、爽やかな笑顔をしている海未に危機感でも覚えたのか、涙目で何度も頷いていた。

 ことりが承諾したのを確認した海未は、近づけていた顔を離してやりきったという表情を作る。

 そのままかいてもいない汗を拭う仕草をしている海未を見て、珍しく穂乃果が呆れたような眼差しを送っていた。

 

「海未ちゃんって……結構アホ?」

「なっ!? それは聞き捨てなりませんよ穂乃果!」

「だってスカート一つで大袈裟というかなんというか」

「穂乃果は何もわかっていません! そもそも大和撫子たるもの──」

 

 あ。海未が穂乃果にどうでもいい事を言いはじめた。

 海未の変なスイッチを入れて明らかにやっちまった、という表情を浮かべた穂乃果を尻目に、俺は海未が離れて安堵の息を漏らしていることりの元へ向かう。

 

「お疲れ、かな?」

「あはは、流石にびっくりしたよ」

「海未は恥ずかしがり屋だからね」

「そうだね〜」

「でも、スカート丈を直すつもりはないんだろう?」

 

 俺がからかい混じりにそう告げれば、ことりは満面の笑みで頷く。

 いや、満面の笑みというよりは、どこか黒さが篭った笑みだろうか。

 明らかに先ほど海未に驚かされた事を根に持っているな。

 そんな風に俺が思っていると、不意に何かに気が付いたように目を瞬かせることり。

 そして、ことりはじゃれ合っている穂乃果達や俺の注目を集める。

 

「そういえば、グループ名って決まった?」

『……あ』

 

 そう尋ねたことりの言葉に、俺達はお互いの顔を見合わせて、揃って間抜けな声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

「遅れていますよ、穂乃果! ことりも!」

「ま、待ってよ海未ちゃ〜ん!」

 

 後ろを振り向きながら告げた海未の言葉に、息も絶え絶えでことりが返事をした。

 そんなリズムよく走っている三人の様子を見ていた俺は、海未が階段を登りきった瞬間にストップウォッチを止める。

 

「うん。やはり海未は早いね」

「ふぅ……これでも鍛えていますから」

「そうだったね、はい飲み物」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 自分の鞄からタオルを取り出して顔を拭いている海未へと、ほどよく冷えている飲み物を渡すと笑顔でお礼を言った。

 その笑みに俺が手を振って応えている内に、穂乃果とことりが階段を登りきったので、ストップウォッチを再度止める。

 

「はぁ……はぁ……海未ちゃん速いよー」

「ことりもう動けない……」

「全く、二人とも体力がなさすぎます」

「はい、タオルと飲み物」

「ありがと〜」

「くぅー! 運動後の飲み物は旨い!」

 

 座り込んだ姿勢のまま受けとることりに対して、穂乃果は腰に手を当ててオヤジくさい仕草で一気に飲み干す。

 そんな穂乃果の姿を呆れるように見ている海未を尻目に、俺は昨日の事を思い返していた。

 

 

 

 結局、あれからグループ名は中々決まらず色々考えた結果、穂乃果の提案によりグループ名を募集する事となったのだ。

 そんなこんなでひとまずの問題は解決したわけだが……他にも様々な問題がある。

 

 まずは曲。まあ、これは穂乃果にあてがあるとわかったので、とりあえず保留。

 これは恐らく西木野の事だろうが、彼女の場合は俺が出しゃばるとややこしくなると思う。

 というより、目をつけられているので顔を合わせたくないというかなんというか。ま、まあこれは置いておこう。

 

 次に作詞。これはことりのお願い──というよりは半分脅し──により、海未が作ってくれる事になった。

 あの時の海未は涙目で顔を真っ赤にして中々面白……可哀想だったな。

 とまあ、そんな感じで決して順調とはいかないが、ゆっくりとスクールアイドルへの道は進んでいるのだ。

 

 

 

「──では。休憩もした事ですし、ダンスレッスンを始めましょう」

「よーし、やるぞー!」

「まずは柔軟からだね」

 

 腕を上げて気合いを入れている穂乃果。

 そんな穂乃果へと思考を中断した俺が声を掛け、二人一組となって柔軟体操を始める。

 練習メニューは俺と海未で考えており、海未は主に筋肉等の基礎トレーニングを。俺はダンス等に必要なトレーニングをネットで調べているのだ。

 俺の仕入れた知識は、主にネットからなので殆どにわか仕込みだろう。でも、少なくてもやらないよりはましだと思う。

 そんな風に考えている間に柔軟体操は終わり、次にダンスレッスンをする事になった。

 

「これは……?」

「残念だけど、私達には時間が足りない。だから、基礎的なものより実際に踊っている人を見た方がいいと思ってね」

 

 俺が持ってきていたノートパソコンを不思議そうに見ていた穂乃果達は、その言葉に益々不思議に満ちた顔で首を傾げた。

 そんなどこか可愛らしい仕草に笑みが漏れつつ、俺がパソコンに入れたDVDを再生すると、穂乃果達ははっと驚いた表情に変わる。

 まあ、これもやらないよりはマシって感じの気休め程度だろうが。それでもこれは穂乃果達にいい刺激になるだろう。

 

「これってA-RISEのPVだよね?」

「そう。ことりの言う通りA-RISEのPVだよ」

「わぁ! やっぱりA-RISEは凄い!」

「ですが、何故今これを見せたのですか?」

 

 そんな海未の当然の問いかけに対して、俺は笑顔を返す。

 

「海未にわかりやすく言うと、見取り稽古さ」

「……ああ、なるほど」

「どういう事?」

「穂乃果にもわかるように説明すると、だ。A-RISEはスクールアイドルの頂点、つまり彼女達はダンスが凄く上手い。ここまではいいかい?」

「うん、つまりA-RISEが凄いって事だよね!」

 

 本当にわかっているのだろうか?

 まあ、多分大丈夫だろう……大丈夫だよな?

 

「だから、A-RISEのダンスを参考にして踊れば、闇雲に踊るより上達すると思ってね」

「でもいきなりA-RISEを見ても平気かな? A-RISEのダンスにイメージが引っ張られるかもしれないよ?」

「ことりの不安もわかるが、さっきも言った通り私達には時間が足りない。一ヶ月でライブを成功させる必要があるんだ」

 

 改めて俺がそう告げると、穂乃果達は各々が真剣な表情を浮かべた。

 穂乃果達の注目が集まっているのを感じながら、俺は続きの言葉を話す。

 

「A-RISEのダンスをよく観察して、己の血肉とする……これが私の考えだ。きっと、初めはこのダンスが凄く難しく見えると思う。でも、このダンスを見た事は必ず穂乃果達のためになるはず。それに、廃校を阻止するにはこれぐらいできて当然だろう?」

「……うん! これぐらいで躓いてちゃ廃校を阻止できないよ!」

 

 最後に俺が挑発してみれば、穂乃果は決然とした顔で力強く頷く。

 それを見たことりと海未の顔が引き締まった事から、どうやら俺の言葉は彼女達の心に届いたのがわかる。

 まあ、俺が舞台に立つわけではないので、今の言葉に説得力を感じられるかと聞かれても首を傾げてしまうが。

 

「よし、じゃあPVを見る前に……」

「見る前に?」

「──朝から元気やね」

「あ、副会長さん!」

 

 俺が言葉を切って視線を転じると、タイミングよく希先輩が声を掛けてきた。

 巫女服で箒を持った希先輩を見て、穂乃果達は驚いたような声を上げている。

 ま、いきなり生徒副会長が現れればびっくりするよな。しかも巫女服姿だし。

 

「お、おはようございます」

「どうして副会長さんが?」

「はいおはよう。ウチはここの神社でバイトしてるんや。スピリチュアルな気が集まる場所だからね」

「は、はあ……」

 

 指を口許に当ててウィンクする希先輩に対して、海未は戸惑い気味に相槌を打っていた。

 わかる、わかるぞ海未。転生という存在自体がスピリチュアルな俺でも、希先輩の言っている内容は時々理解できない。

 いや、スピリチュアルって意味はわかるけど、そんな気とか感じた事もないし。希先輩は気を感じられるのだろうか?

 

「それはともかく、ここの階段を使わせてもらっているんだし、お参りぐらいしても罰は当たらんと思うんや」

「それもそうですね」

「よーし、皆で願い事だー!」

「待ってよ穂乃果ちゃ〜ん!」

 

 楽しげに走りだす穂乃果に続いて、追いかけることりと海未。

 俺も穂乃果達の後を追おうとしたのだが、希先輩に呼びとめられたので前に踏みだした足を戻す。

 

「どうしました?」

「調子はどうかな?」

「そうですね……なんとかライブができればいいかな、と」

「なるほど……でも、あの子達は本気みたいやね」

 

 神妙そうな顔つきをした希先輩は、そのまま手を合わせて祈っている穂乃果達へ目を向けた。

 そのこちらにまで伝わってくる真剣な姿を見て、不意に希先輩はふっと表情を和らげる。

 

「そういえば、絵里はあれからどうですか?」

「朝陽ちゃんがあの子達の味方をしちゃったから拗ねちゃってるで」

「あー、絵里って子供っぽいですもんね」

「それが絵里ちの可愛い所や」

「確かに」

 

 恐らく俺と希先輩は同じ光景を思い浮かべただろう。口を尖らせて不機嫌そうにしている絵里の姿を。

 思わず顔を見合わせた俺達は、やがてどちらともなく笑いはじめる。

 そんな風に希先輩と笑いあっている間に、祈り終わったのか穂乃果達がこちらへと駆け寄ってきている。

 

「ほな、ウチはそろそろ仕事に戻るな」

「頑張ってください。あと絵里にもよろしくと」

「絵里ちにもしっかり構わなきゃあかんでー」

 

 笑顔で手を振って去っていった希先輩と入れ替わって、穂乃果達が俺の元までたどり着いた。

 すると、穂乃果は俺と遠ざかっていく希先輩を交互に見て、不思議そうな顔をして口を開く。

 

「副会長さんと何を話していたの朝陽ちゃん?」

「ん? ただの世間話さ」

「むむむ……怪しい〜」

 

 ジト目でこちらを見てくることりに苦笑いが漏れつつ、俺は神社の方へと向かっていく。

 それと同時に、この後の予定を告げるべく海未に声を掛ける。

 

「私もお参りしてくるから、その間はDVDを見てほしい」

「わかりました。穂乃果、ことりも練習の再開ですよ!」

「頑張るぞー!」

「は〜い」

「さて……お金を入れてっと」

 

 そのままノートパソコンの方へと向かった穂乃果達を尻目に、俺はお賽銭箱にお金を投げ込む。

 そして、両手を合わせて瞳を閉じた俺は、この平和な時間がいつまでも続く事を深く祈るのだった。


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