ダンジョンに創世の魔法使いがいるのはまちがっているだろうか 作:魔法使い
ベルくんがシルバーバックを倒した後は色々なことが一気に起こった。
ベルくんとシルバーバックの戦いを見ていた人々が歓声をあげながら押し寄せてきたり、アイズさんと神であるロキ様がモンスター討伐のために来たり、ヘスティア様が気絶したり。
後はクロエさんが満面の笑みで僕のことを豊穣の女主人に連行したりもした。
というか今がまさにそこである。
「…ということでモンスターが暴走してたわけなんだ」
「ニャるほどニャ〜それもシルバーバックかニャ。確かにあの白髪坊主には早いかもしれニャかったニャ」
「まあ今回はなんとか間に合ったからよかったけど…」
次はないかもしれない。
いや、ベルくんのことだから僕がいなくたってシルバーバックをどうにか出来たかもしれない。
そう考えさせるのはヘスティア様がベルくんに渡した漆黒の短剣があるからだ。
あの短剣。
普通じゃない。
武器製造で有名なヘファイストスファミリアが作ったとしてもああは上手くいかないだろう。
あの神聖な感じ…どことなくルフの感覚と似ていた。
いや、神が冒険者にステータスという恩恵を与えているかのような感覚と言ったほうがいいのか。
そう言えばベルくんは一体どうしたんだろうか。
確か興奮した市民に揉みくちゃにされた後、ヘスティア様が倒れてここに来たようだけれど姿が見えない。
ヘスティア様はどこかの部屋で休んでいるのだとしてベルくんはどこにいるのだろう。
「そう言えばベルくんは?」
「ああ、あの白髪坊主ニャら今お涙頂戴タイムしてるニャ」
「…ああ、そういうこと」
つまりベルくんはヘスティア様が休んでいる部屋にいるわけだ。
でもヘスティア様が気絶した原因って一体なんだろう。
シルバーバックからダメージを受けているみたいではなかったけれどルフから伝わってくる感覚からして無理をしているようだった。
シルバーバックに特殊異常をかける攻撃なんてない。
ストレス?
「それより」
クロエさんは僕の方に向き直ると顔をグッと近づけ鋭い瞳で僕のことを見つめた。
…非常に近い。
とって食われそうなくらいには近いし、瞳孔が怖い。
「約束のこと忘れてニャいニャ?」
「うん、覚えてる、覚えてるよ!」
若干引きながらもクロエさんの言葉に何度も頷くとクロエさんは満足そうに席に座りなおして水を飲んだ。
豊穣の女主人の従業員の姿に戻ったクロエさんを改めて見てみると私服姿というものがどれほどレアなものだったのか理解することができる。
それはクロエさんに限らず、シルさんやアーニャさんも私服姿というのはレアなんだろう。
そんなことを考えているとミアさんの目を盗んで出てきたアーニャさんがクロエさんに向かって囁くように口を開く。
「いつまでサボってるニャ。仕事するニャ」
「ふっ、アーニャはせっせと働くニャ。ニャーは一日オフだニャ」
「カチンときたニャ」
「負け猫の遠吠えニャ」
「表に出るニャ」
最初囁くような声だったのはなんだったのか、エスカレートした2人の声は筒抜けでアーニャさんの後ろには青筋を立てたミアさんの姿。
これは関わらないほうがいいと思い代金をテーブルの上に置いて豊穣の女主人から出て行く。
外に出ると案の定豊穣の女主人からはミアさんの怒声が聞こえてきた。
豊穣の女主人は今日もいつも通りである。
◆ ◆ ◆
その後僕は宿に戻って身支度を整えると宿の主人にまた近いうちに使わせてもらうと話して置いて後にする。
ここの主人には何かと便宜を働いてもらって申し訳なかったが、ここまでしてくれると甘えたくなってしまい迷惑をかけてしまった。
今までの宿の中で一番いい宿だったと断言できる。
こんなこと言うとミアさんの雷が落ちそうだけれど、料理の腕も相当なものでまさに隠れた宿そのものだった。
外に出て大きく伸びをすると浮遊魔法でその場から飛び立つ。
空はまだ暗く、オラリオは怪物祭の終わりとあって盛大な祭が開かれているようで露店にヘスティア様とベルくんがいるのを見つける。
2人で仲良くじゃが丸くんを食べているようだが、病み上がりとしてはそれはどうなんだろうヘスティア様…。
なにはともあれ仲睦まじい2人の様子に微笑むと僕はダンジョンがあるバベルへと向かって飛び立つ。
「待ちや特異点」
どこもかしこもお祭り騒ぎで喧騒のせいで僕が風を切る音すらも聞こえないがこの声だけははっきりと耳に届いた。
でもそれがなぜなのだか僕にははっきりとわかっていた。
僕は空から陸へと降り、声の下方向へと向かう。
「ロキ様」
なぜ僕が声の主の場所まで来れたのか。
それはこの言葉を言った人が神だったからだ。
圧倒的なまでの威圧感、神秘…それらが今の台詞には凝縮されていたと言っていい。
「確か特異点…ヨハンはファミリアには入ってないんやったな」
「うん。僕はファミリアには入ってないですよ」
「ならうちのファミリアには入りや」
「どうしてですか?」
「個人的にキミを気に入ったからや。実力も十分…いや、十分すぎるというか次元が違うわ。なによりうちのアイズたんがキミのこと推薦するんやわ」
ロキ様のファミリアは確かに名声もあって入れるとなれば誰もが歓喜するファミリアだ。
ダンジョンだって
でも僕にとってみれば必要なことではない。
ファミリアに入って得をすることと言えば、その身に恩恵が宿ることだ。
しかし僕にはすでに恩恵が宿っている。
ではなんの得があるのだろうか。
「入る気はないですよ」
そう言うと心底残念そうにロキ様は項垂れたのだけれどそれは一瞬。
すぐに回復してみせた。
「残念や…。そうだヨハン、ちょいと質問させてもらっていいか?」
「うん」
「君の受けているステータスって更新されるん?」
「僕が知らない間に更新されていることが多いです」
確かにそこは誰だって気になるところだ。
結論から言えば、僕にもわからない。
恐らくはルフたちが勝手にやってるんだろうと推測している。
その理由というのも、更新がされるときは決まってルフが騒めくという兆候があるからだ。
「なるほどな…。次が一番聞きたいことや。ロキの名において嘘は許さん。ヨハン・アルマトラン、キミは一体何を求めているんや」
僕が求めているものは自分という存在がなんなのか。
どうして特異点という存在なのか。
生まれたときからその身に恩恵を宿すということがどれほどのことなのかオラリオに来てよくわかった。
それに僕が生まれた場所には村や街と呼べるものはなく、おばあちゃんだけしかいなかった。
さすがに出来すぎていると思わざるを得ない。
確かに魔法の真理を求めてオラリオに来たがそれはこの一年で随分と学ぶことができた。
それこそオラリオの中じゃ一番の魔法使いだってくらいの自信もある。
「僕が求めているのは自分が何者なのか、ただ…それだけ?」
いや、本当にそれだけ?
何か別のこともあるんじゃないのか?
「…ック…クハハハハ!! わかった、わかったでヨハン! ようわかったわ!」
「わかった…?」
「ああ、神の目は誤魔化せへんよ。だからこそ、うちもロキファミリアへ勧誘しよう。それこそ何度だって勧誘するわ」
「…?」
「うちはな。子どもたちが大好きなんや。特にヨハンのような子どもは目が離せへん、こう保護欲がぶわってなるんや」
「保護欲?」
「いや、楽しかったで。またなヨハン」
そういうとロキ様はスキップしながら祭の喧騒がする方へと消えて行った。
その姿は本当に楽しそうで嬉しそうだった。
僕はただ固まるだけでその姿を見送ることしかできなかった。