ダンジョンに創世の魔法使いがいるのはまちがっているだろうか 作:魔法使い
僕の家…と呼べるものはどこにもない。
オラリオに来てから様々なところを転々としているうちに自信を持って自分の拠点だと言える場所がわからなくなってしまったのだ。
普通の冒険者で考えるならば、その拠点はファミリアのホームであることは間違いない。
ダンジョンに潜る全ての人たちがステータスを有しているわけだから、当然その日の夜に困ることはない。
では、家がない僕はどうするのかというと宿に泊まるのである。
ダンジョンで稼いだヴァリスは基本的に食事や宿に使用する。
アイテムの補充は基本的に使用するまでは行わないし、なによりも節約することでその出費を抑えている。
ベルくんのようにお金に困っているというほどではないが、人よりも多く食事に使ってしまう僕はどうにもこうしないとやっていけない。
というわけで当然宿に関しても最安値の宿に寝泊まりするわけだ。
しかし安い宿と言っても侮ってはいけない。
穴場は探せば、風呂や食事がついてとても安い宿が多数存在する。
僕が泊まるのはそんな知る人ぞ知る裏道にある宿だ。
宿屋の優しい夫婦と軽い会話を交わしながら朝食を取り、身支度を済ませる。
ここの宿は泊まる人が滅多にいないことから最近は僕の活動拠点としていたのだけれど、おそらくは今日泊まれば最後だろう。
そのあとはまた暫くの間ダンジョンに籠ることになるが、どの層で活動するかどうかは決めていない。
そのまま宿屋を後にした僕が向かう先はクロエさんと待ち合わせをした豊饒の女主人の前だ。
今日は怪物祭当日ということだけあって多くの人たちが東のメインストリートに向かっているのだろう。
やや興奮したような感情を乗せたルフたちが東のメインストリートの方向へと一斉に飛び立っている。
このルフの状況からして東のメインストリート、または怪物祭の会場付近は人だかりでいっぱいなのかもしれない。
「お、来たニャ」
「待ったかな?」
「ニャーも今身支度終えたところニャ」
いつもの服とは違って私服を来たクロエさんはどこか新鮮な気がする。
ドキドキしないかといえば嘘になるけれど、いまいちよくわからない。
そんな自分でもよくわからない気持ちと戦っている中、クロエさんは面白い玩具を見つけたかのように目を細くして口元を吊り上げる。
そんなクロエさんを見て隣に立っていたアーニャさんは不機嫌そうに口を開く。
「ニャ〜いいニャ〜クロエはヨハンとサボりニャ〜」
「サボりじゃないニャ、休みとったニャ」
「ニャ〜も誰かとイチャコラしたいニャ」
「ふっ、アーニャにはまだ早いニャ〜」
「ぶっ殺してやるニャ」
「かかってくるニャ」
文字通りキャットファイトが始まりそうで苦笑い。
どうやらクロエさんと違ってアーニャさんは今日も仕事が入っているらしい。
まあ、豊饒の女主人は結構人気のある酒場なのだから人員不足になると大変なのだろう。
そう考えるとクロエさんが今日休みを取れたのはすごいこと…というより、ミアさんが休みを許可してくれたのは結構凄いことなのかもしれない。
「行くならとっとといきな。じゃなきゃヨハンも見せ手伝わせるよ」
そこへミアさんがひょっこり顔を出して呆れた顔をしてそう言った。
顔は呆れた顔をしているが、目が嘘を言っていない。
この人、これ以上グスグスしてるなら僕も働かせるつもりである…理不尽だ。
「じゃあ行ってくるニャ。怪物祭のこの日にアーニャは頑張って働くニャ」
「マジでぶっ殺してやるニャ」
「かかってくるニャ」
「いい加減にしな!!! 」
そこからクロエさんとアーニャさんがミアさんにどつかれたのは言うまでもない。
◆ ◆ ◆
大きな歓声とともに1匹のモンスターが視線の先に佇む女性に向かって突き進む。先に待っていたその女性は短い髪をなびかせると美しいとも思える洗練された動きでモンスターの突進を避ける。観客はその様子にさらに大きな歓声をあげて煽る。
ここは都市の東部に存在する円形闘技場。
怪物祭。
ガネーシャ・ファミリアが主催しているその祭りでは異質なもので、ダンジョンでモンスターを捕獲し、そのモンスターを観客の前で調教するということをメインイベントとして催している。
ガネーシャ・ファミリアが主催とは言っているが、その裏にはギルドが協力を約束していることから単なる神の酔狂というわけではなあ。
ギルドの上層部のこの怪物祭に何かを見出しているのだろう。
ご覧の通り、その人気は絶大なもので観客たちはモンスターの凶暴性や調教師の華麗な動きに惹かれているのだろう。
「ニャー、そこニャ、今ニャ、やるニャぁぁぁ! 」
「…あ、あはは…」
隣にいるクロエさんもその観客の1人である。
初めて見たときと全く変わらないクロエさんの熱気に苦笑いしながら僕も闘技場の真ん中で華麗に舞う女性とモンスターを見守る。
こういう催しで興奮するあたり、やっぱり猫の闘争本能というか…キャットピープルっぽい。
やがて女性が猪型のモンスター…バトルボアを完全に手なづけると観客のボルテージは絶頂。
割れんばかりの歓声が闘技場を包んだ。
「ふぅ…面白かったニャ〜」
「クロエさんが相変わらず楽しそうでよかったよ」
「ヨハンは去年と違ってあんまり驚いてなかったニャ」
「そりゃ前にも見たからね。それでもここの熱気はすごいね」
「まあ、怪物祭を心待ちにしてるからニャ〜」
一通りの区切りがついたところで僕とクロエさんは闘技場を後にして道に並ぶ露店を回り始める。
やっぱり僕はああいう戦うような催しよりもこういう露店を回ったりしながら何かを食べる方が圧倒的に好きだ。
だけれどこのオラリオに住むみんなはどちらかと言えばこういう催しを楽しみにしているようで闘技場の観客席からは溢れんばかりのルフたちが音を立てて飛び立っていた。
その先には闘技場の中心にいたあの調教師の女性。
現に今こうして出店を回っているわけだけれど、明らかに闘技場へと向かっていく人の方が多い。
出店に寄る人達も闘技場で見ながら食べたり、ちょっと立ち寄るくらいの気持ちなんだろう。
手に持った肉まんをパクリと食べてやっぱり僕はこういう祭りが好きなんだと自覚する。
「それはヨハンが食いしん坊だからニャ」
「…」
言葉にしてないというのにボソリと核心をついてきたクロエさんをジト目で見てから別の手に持った肉の串にかぶりつく。
なんの肉はわからないけど焼きたてということもあって噛んだ途端に肉汁が溢れ出て口の中を満たす。
まさに幸せである。
「ヨハンって食べるとき本当に幸せそうニャ」
「だって美味しいんだもん」
「こんニャんがオラリアを騒つかせてる特異点だニャんて誰も信じニャいニャ」
「…こんなん…」
「ま、だからこそヨハンニャんだけどニャ〜」
どこか満足そうなクロエさんも手に持った肉に向かってカブリと齧り付く。
釈然とはしないがここで文句を言ったところで取り合ってくれないだろうと溜息を吐いて落ち着くと僕は別の屋台を見つけて近づいていく。
「前から思ってたけどその細身のどこにその量が入るニャ…」
「燃費が悪い…のかな?」
確かに僕の身体はちょっとおかしい。
どうしてあの量の食事が身体に入るのか僕にも理解できていない。
ただ1つわかっているのはお腹が空くのはたくさん魔法を使ったときに限る。
魔法を使わない日に至っては普通の人と同じくらいの量しか食べられない。
なのに魔法を使った日はいつもの3倍は詰め込まなくちゃ腹8分目すらもままならない。
「で、次はどこに行くニャ? 」
「ん〜クロエさんが行きたいとこ…『闘技場』…だと思ったよ…」
凄まじい速さで食いついたクロエさんに苦笑しながら元来た道を戻り始めた。
このとき、すでに事件が起こっているとも知らずに…。