ダンジョンに創世の魔法使いがいるのはまちがっているだろうか   作:魔法使い

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第2話

ダンジョンを誰がどのような目的をもって作ったのか詳しく知ってる者はまずいないだろう。

…というのもダンジョンという巨大な迷宮は現代よりも遥か昔から存在していたからだ。

それこそ神様たちが天界から降りてくる前からあったというのだから驚きだ。

 

神様が天界から降りてくる前ということは人間たちは神の恩恵を有していない…つまり自分たちの持ち得る力を尽くして迷宮に蔓延るモンスターと戦ったのだと考えられる。

遥か昔の先人である彼等が一体どれほどの層までたどり着けたのかはわからないが、それなりの階層までは行ったのかもしれない。

 

そう考えると人間ってすごいんだな〜と感心する他ないわけだ。

 

そんな彼等が神の恩恵を手にしたとしたらLv.はきっと5を軽く越すのではないだろうか。

現在オラリオの冒険者で一番Lv.が高いのは7。

 

それこそこのオラリオの中でも唯1人だけだ。

 

どういう理由でLv.が上がるのか、どうしたらスキルを発現できるのか、それは誰にもわからないが一番手早いのがやはり戦闘経験を積むことだろう。

 

みんなが目指しているのは一体なんなのだろうか。

 

オラリオで一番Lv.が高い冒険者?

それともベルくんのように英雄になってハーレムをつくること?

 

…ベルくんは特別かな。

 

こんなことを考えながら僕は今現在やることもなく『豊饒の女主人』という酒場でボーッとしていた。

 

「それにしても、ヨハンがここにくるニャんて久しぶりニャ。…っていつぶりニャ? 」

 

「2ヶ月と6日ぶりニャ」

 

「おー、さすがクロエニャ」

 

「2人とも仕事はいいの? 」

 

僕はなんてことはない思考から現実に帰ってくると、目の前に座っている2人のキャットピープルの店員に語りかけた。

ちなみにこの2人のキャットピープル…アーニャさんとクロエさんは僕がオラリオに来たときからの知り合いである。

 

「仕事って今ニャん時だと思ってるニャ? まだ夕方にもニャってニャいニャ。やることニャくて暇を持て余してるに決まってるニャ」

 

「またミアさんに怒られるよ」

 

クロエさんはお調子者でよくこの酒場の女将さんであるミアさんにこっ酷く折檻されている。

まあ、実際のところクロエさんは時折口が悪くなったりするし仕事中にサボったりするから仕方がないとは思う。

 

「今ミア母さんは外出中だからサボっても問題ニャい…抜かりはニャいニャ」

 

ドヤ顔をしながらサムズアップをしてくるのがアーニャだ。

アーニャさんはなんというか…少し頭が悪い。

少しというか普通に頭が悪い。

勘違いで派手な行動を起こしてミアさんや同じ従業員のエルフ…リューさんに一撃を喰らっているのを偶にみる。

 

そんな中、入り口の扉が開きカラカラと鐘の音が響くと1人のドワーフが店の中に入ってきた。

 

「アタシがなんだってそこの猫」

 

「げっ…」

 

この酒場の主、ミアさんである。

怪しく口元を吊り上げたミアさんのその表情にアーニャさんは顔を真っ青にして静かにその場から去ろうと試みるがミアさんがそれを許すはずがない。

 

クロエさんは自分は関係ないとでも言うかのようにそっぽを向きながら僕が食べ終えたお皿を小さな音を立てながら重ねていく。

 

「少しお話しが必要みたいだね…クロエ、ヨハンは大事な客だ。丁重にもてなして数ヶ月分の金落とさせな」

 

「久しぶり、ミアさん」

 

「数ヶ月もほっつきて歩いてどこ行ってたんだい。あんたが来ないとうちの馬鹿猫どもは暇そうにしてんだ偶には顔出しな」

 

「あ、あはは…うん」

 

「さてアーニャは少しお話しといこうかね」

 

「ちょ、待つニャ! ちょっと暇だっただけニャ!? 他意はニャいニャ! ヨハンもクロエも見てないで助けるニャぁぁぁぁぁ…」

 

「ほぅ…仕事中に暇だったのかい」

 

「墓穴掘ったニャ」

 

裏へ引きずられていくアーニャさんは縋るように僕たちに涙目を向けていたが、自分が墓穴を掘ったことに気づいて諦めたのかニコニコしながら暗闇へと消えていった。

 

こんな感じでアーニャさんはボロを出しては裏へと連れて行かれるのだ。

 

数秒後に聞こえてきた声は気にしないでおこう。

 

「それにしてもヨハンはいつもどこにいるニャ? 気がついたらいニャくニャって、しばらくしたらここに帰ってきて猫みたいニャ」

 

「それこそぶらーっとしてるだけだよ。大抵はダンジョンにこもってる」

 

「それをぶらーっていうのはおかしいとニャーは思うニャ…」

 

そんな呆れた目で見つめられても困るというものだけれど、別にどこまではぶらーっとする定義なのか決まってはいないじゃないか。

 

うん、屁理屈だ。

 

「そんニャにダンジョンにこもってたら性格まで暗くニャりそうニャ。ミア母さんの言う通り偶には顔出すニャ」

 

「そうニャ。ぶらぶらして暇ニャらマブダチのニャーの話あいてにニャるニャ」

 

なんだか不満そうなクロエさんに付け足すかのように裏から這いつくばって姿を現したアーニャさんが言う。

マブダチとはおそらくアーニャさん自身のことを言っているのだろうが、マブダチってもう死後のような気がするのは僕だけだろうか。

 

そしてついでに言うならば、アーニャさん…その姿はなかなかにホラーだ。

 

「ほらもうすぐ酒に飢えた冒険者はわんさか来るよ! それに今日は団体客の予約も入ってんだ、忙しくなるから仕事しな! ヨハンももう注文しないってんならお代払いな」

 

「あぁ、僕はもうちょっと食べていくことにするよ」

 

「そうかい、腕によりをかけて作ってやるから待っときな」

 

再び姿を見せたミアさんは不敵に笑みを浮かべるとアーニャさんを立たせて裏へと消えていった。

今回は単に仕事をさせるためだから折檻されているわけではないんだろう。

 

その証拠に消え入るような叫び声が聞こえない。

 

ミアさんは口はちょっと悪いけれど根はとてもいい人でとにかく優しい人だ。

 

「そろそろ仕事に戻るニャ。ゆっくりしていくニャ」

 

「頑張ってね」

 

クロエさんが仕事に戻るのと同時にガラガラと入り口の扉の上に設置された鐘の音が響く。

それを始めとして1日の探索を終えた冒険者たちが次々と『豊饒の女主人』へと入ってくる。

外が暗くなることろにはすでにほとんどの席は埋まっていて、適度なは酔った冒険者たちが賑やかに酒の入ったジョッキを呷る。

僕はそんな楽しそうな冒険者を見ながら頼んだ食事をゆっくりと口に運んでいく。

 

これは今日のオススメというメニューで値段はなんと850ヴァリスとお高いが味は確かだ。

 

「1名様ご案内〜!! 」

 

店はすでに予約席を除いていっぱいになろうとしているが酒場を訪れる冒険者は後を絶たない。

今度はどんな冒険者が来たのだろうか、そう思って視線を向けると何やらオドオドと挙動不審になりながら席へ案内されているベルくんがいた。

 

「あ、ヨハンさん」

 

僕に気づいたベルくんは案内をしていたシルさんに一言なにか話すと小走りでやっきては僕の隣の席へ座った。

どこか安心したような表情を浮かべるベルくんはクロエさんからお冷を受け取るとゆっくりと飲み干した。

 

「やあベルくん。ベルくんもここにはよく来るのかい? 」

 

「い、いえ、今日が初めてです。その言い方だとヨハンさんは常連さんですか」

 

「常連っていっても数ヶ月に一度くらいしか顔をださニャいけどニャ」

 

まだ根に持ってるんだね…。

 

「…だからこれからはちゃんと来るって。そういえば今日はどうしてきたの? 」

 

「そうそう、聞いてくださいよヨハンさん…」

 

そこからベルくんは溜まっていたものを吐き出すかのように様々な愚痴を僕にぶつけてきた。

ヘスティア様が何故だか機嫌が悪くて理由を聞いても教えてくれないだとか、コボルドの群れに遭遇してようやく倒したと思ったら別の群れに遭遇して死ぬかと思ったとかベルくんは冒険者として成長を続けているらしい。

 

ヘスティア様が怒っていることについては全く見当がつかないが、コボルドの群れか…。

 

「群れ…ね」

 

「そう、群れです」

 

ベルくんと2人で小首を傾げて思考の海へと耽る。

 

コボルドとは狼を模したようなモンスターだが、ダンジョン内を徘徊している彼らはまず群れをなすことはない。

1匹や2匹といった少数での行動を好むのだ。

 

だからコボルドが群れで行動しているなんて異例。

 

まったくもって最近のダンジョンは物騒極まりない。

最近といっても1週間ほど前はこんなことはなかったけどね。

 

「ミノタウロスといいベルくんの悪運は凄まじいみたいだね」

 

「おかげで一日に一回は死にかけてますよ」

 

「…そんなのごめんだね」

 

「でしょう」

 

若干の憐れみを感じてしまった僕はベルくんに気づかれないようにクロエさんにそっとジュースを頼んだ。

それからも僕とベルくんはここ数日の他愛のない馬鹿話や面白かった話、驚いた話を語り続けた。

それこそ時間や周りの冒険者たちの喧騒すら忘れてしまうほどに有意義な時間を僕たちは過ごしていた。

 

だが、それは唐突に終わりを告げる。

 

『…おい』

 

『あのエンブレム、ロキファミリアだぜ』

 

『ロキファミリアといや、あの巨人殺しの…』

 

『うおっ、じゃああの一番後ろの上玉が剣姫か』

 

どうやら空席であった席に予約していたであろう冒険者たちが酒場の中へ足を踏み込むと今までの喧騒は急に静かになりヒソヒソと静かに喋りはじめる。

噂をしている通り、彼らは相当な実力を持っているロキファミリアの冒険者たちだ。

 

なんとなく予想はしていたけれど、隣に座っているベルくんは一番後ろを無言で歩くアイズさんに夢中だ。

それこそ一目見た途端に顔が真っ赤になるほどわかりやすい。

 

「みんな! ダンジョン遠征ご苦労さん! 宴や飲めぇ!! 」

 

ファミリアの主である神ロキ様が音頭をとると席に着いた冒険者たちはジョッキをぶつけ合い、他の冒険者たちと同じように騒ぎ出した。

団体様が入ったこともあって今までよりも全体的な声のボリュームは大きくなり、クロエさんやアーニャさんたちも先ほどよりも忙しなく働きはじめた。

 

「僕もはじめて同席したけれど、彼らはここの常連さんらしいよ」

 

「じゃ、じゃあここに通えるようになればヴァレンシュタインさんとも…」

 

「まあ、可能性は否定しないでおくけど」

 

表情の変わり方が先ほどからおかしいベルくんは嬉しがったと思ったら肩をガックリと落としたりとクロエさんたちに負けないほど忙しいようだ。

 

「そういやよ昨日の帰る途中、面白ぇガキがいたよなアイズ! 」

 

「…誰?」

 

「おら、あいつだよ。お前が叩っ斬ったミノタウロスの血を頭から被って逃げ帰っていったトマト野郎! ありゃ傑作だぜ」

 

それはあまりにも覚えがありすぎる話だった。

昨日、ミノタウロス、血。

それだけでもう僕にはその状況、そしてその場にいた人物がわかってしまった。

僕だけじゃない…多分もうベルくんも気づいている。

 

これから獣人の青年によって話されるであろう内容に心当たりがありすぎるベルくんは俯いてその手を握りしめた。

 

「もう1人帰り血被った奴はいたけどそいつは逃げなかったらしいな。あとでアイズから聞いたときは抱腹だったぜ」

 

「つまりあれか!? うちのアイズたんは助けた相手に怯え逃げられたっちゅーわけか!? 」

 

神ロキが笑いはじめたところで他の団員たちも我慢が出来なくなったからしく堪えていた声を出して笑った。

その中でも笑わなかったのは本当にごく僅かだった。

 

「…ミノタウロスを逃したのは私たちの責任」

 

アイズさんの言葉を鼻で笑うと獣人の冒険者は心底うんざりした顔で口を更に開く。

 

「はっ、泣き叫ぶほどの弱え奴なら冒険者なんかやるんじゃねえ。ああいう奴がいるから俺たちの評判が下がるんだ。胸糞悪ぃぜ」

 

「恥を知れベート。ミノタウロスの件は明らかにこちらの不手際だ。笑うどころか謝罪せねばならんところだ」

 

この会話を聞いている僕でさえエルフの人やアイズさんのおかげでなんとか怒りを抑えている状態なのだ。

きっとベルくんはもっと酷い心境にあるに違いない。

 

「けっ、エルフ様は誇り高いこって…なぁ、アイズお前だってあんな弱くて情けねぇ奴が冒険者なんて認めねぇだろ」

 

「……ベート、君、酔ってるの?」

 

「雑魚じゃアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

「…ッ!! 」

 

「ベルくん!! 」

 

その辺りで我慢が出来なくなったベルくんは大きな音を立てて椅子から立ち上がり、店を飛び出していった。

馬鹿にされ、貶され、目標の人物さえも否定されたベルくんは一体どんな気持ちだったのだろうか。

 

急いで僕も追いかけようと外に出てみるけれど、そこにベルくんの姿はなかった。

 

僕ももう限界だった。

 

ルフが少しずつ僕の周りをユラユラと飛び始める。

 

豊饒の女主人の扉をゆっくりと開けて中に入り、大笑いしているロキファミリアの前に立った。

僕に気づいたロキファミリアの冒険者たちが笑いを止めて不思議そうに僕のことを見つめている。

他の冒険者たちもロキファミリアが入ってきたときのように騒ぐことをやめて静かに見守っているように思えた。

 

「僕を笑うのはいい」

 

「あ? んだてめぇ? 」

 

獣人の冒険者が席に座ったまま面倒くさそうに僕のことを睨みつけるが僕は気にしない。

 

それほどまでに僕は怒っていた。

こんなに怒るのは随分と久しぶりのことだった。

 

僕を笑うことはぜんぜん構わない。

ベルくんのことだって少し笑うくらいなら多分店を出て行くほどにはならなかったんだ。

きっと悪気はなかったんだろう。

 

でも、それで気持ちが落ち着くほど僕は大人じゃない。

 

「だけど、僕の友達を馬鹿にすることだけは許さない」

 

《 《ピィィィィィィィィッ》 》

 

爆発した僕の気持ちに呼応するかのようにみんなにも可視化するほどの白く光るルフたちが一斉に僕の周りに集まってくる。

 

「だから誰だって…聞いてんだよ」

 

イラついた獣人の冒険者は大きな音を立てて椅子を退ける。

その勢いで近くにあった酒のジョッキが落ち、中から液体が溢れていく。

結構な音がしたらしく、中からクロエさんやアーニャさんといった働いている人たちも何事かと様子を見にくる。

 

「騒ぐんなら外でやんな他の客の邪魔だ!! 」

 

ミアさんも例外なく様子を見にきて僕と獣人の冒険者を見たミアさんは諦めたようにため息を吐いた後、声を荒げてそういった。

 

「やめときベート!! 他の神から噂は聞いとるよ、ヨハン・アルマトラン。あかん、あかんでベート…こいつ、化け物や」

 

声を荒げてベートという獣人の冒険者を制すと、細い眼を大きく見開いてあり得ないものでも見るかのように僕のことを見つめた。

それがどんな感情なのか正確にはわからない…だけれど、いろんな感情が混ざり合っているように思える。

 

恐怖、喜び、興奮…?

 

僕に向けられているのはまるで新しい玩具でも見つけたかのような感覚だった。

 

「人の身で身につけられるものやないでそのオーラ、その周りに飛んでるなにかも。うちらのものとも少し違うな。言葉にするならうちらよりも範囲が広いけれど小さい…下界にしかない…この世界の流れそのもの? はっ、なんやほんま。あり得ないで何者や? 」

 

神ロキは見開いていた眼を再び細くすると今度は顎に手を当ててなにやらぶつぶつと呟きはじめる。

 

辛うじて聞こえたのが、最後の部分だけだ。

だが、何者と問われても今の僕に答える術はない。

 

「そんなの僕が知りたいことさ」

 

「嘘やないみたいやな…。まあ、今日のところはうちらが悪かったわまさか本人が同じ酒場にいるとは思わなかったんや堪忍してや」

 

「それについてはこちらからも謝罪する。あのミノタウロスについては確実にこちらの不手際だ。ベートの発言の件も含めて申し訳なかった」

 

神ロキとエルフの人が謝罪を聞いたそのとき、頭に上っていた血が引いていくのを感じ、同時に酷く惨めな気分に襲われる。

 

「謝るのは、本人にしてください。僕も少し冷静じゃなかった。僕はベルくん探してきます。ミアさんお代明日まとめて払います」

 

謝るのは本人にしてと言いながらもただ謝られただけで頭に上った血が引いていくなんてただの自己満足もいいところだ。

 

結局僕はベルくんが貶されたとかそういうことじゃなくて、ただ自分に不都合なことに対して怒っていただけなんじゃないか?

 

やめよう、今僕がするべきことはこの人たちに怒ることでも自分自信を責めることでもなんでもない。

 

「…明日必ずあの坊主も連れといで」

 

「はい」

 

結局は自己満足で片付けてしまう自分の惨めさを感じながら、僕は酒場を浮遊魔法で飛び出していった。


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