ダンジョンに創世の魔法使いがいるのはまちがっているだろうか 作:魔法使い
「ヨハンや…お主は魔法使いの中でも特別な存在じゃ」
おばあちゃんは僕によくそう言って聞かせた。
だけれど、当時の僕にはそれがよくわからなかった。
「わしが死んだら、ダンジョンに行くのじゃ。そしてオラリオで暮らしなさい。あそこにはお主が欲しいものが詰まっている」
106歳までいったのだから、よく生きていてくれた方だと思う。
それに病気や怪我で苦しむことなく静かに老衰で息をひきとるのだからなによりだった。
「お主は特別じゃ。知れば困惑するじゃろう。たが、知らないことには始まらない。ヨハン…今のわしにはお主がなんであるかよくわかる。じゃが、それをわしの口から話すことはできん」
「なんで? なんでなの? 」
「ヨハン。外の世界を知り学ぶのじゃ。それがお主が自身を知る一番の近道なのじゃ」
この言葉を最後におばあちゃんは静かに息を引き取った。
そしておばあちゃんからなくなってから1年。
『ヴヴヴォォォォォォォォッ!! 』
拝啓、天国のおばあちゃん。
僕は冒険者になりました。
〜ダンジョンに創世の魔法使いがいるのは間違っているだろうか〜
◆ ◆ ◆
ダンジョンと聞いたらみんなはどんな姿を思い浮かべるだろうか。
いくつもの階層から成り立っている無限の迷宮。
おおよそファンタジーだと思われていた様々な怪物・モンスター。
奥には誰も知らない貴重で豪華な宝が眠っているのだ。
まあ、みんなが思いつきそうなことを要約するとそんなところだろう。
実際にそのことは間違ってはいなくて、このダンジョンと呼ばれる迷宮には貴重なお宝や恐ろしい怪物が存在する。
そんな中に勇敢に挑んでいくのが僕たち冒険者さ。
『ヴヴヴォォォォォォォォッ!! 』
目の前にいる巨大な牛頭のモンスターに杖を向ける。
ミノタウロスと言えば誰にでも通じるであろうその牛頭のモンスターはムキムキの肉体を強調するかのように口を大きく開けて吼えた。
「無駄だよ。僕のボルグはそんな柔らかくないよ」
僕の言葉を無視して突進してきたミノタウロスのその身体が僕に当たる寸前で光の膜のようなものによって弾かれる。
冒険者になる理由は様々だ。
誰も行ったことのない層まで到達して有名になりたい。
誰よりも高いLv.になって最強になりたい。
生活を潤わせるため一攫千金を狙ってダンジョンに行く人だって珍しくない。
ミノタウロスは蹄を僕の真上から叩きつけてくるが、僕のボルグに通じるはずもなく反動で大きく退がった。
「ヨ、ヨハンさんなんでこの層でミノタウロスと出くわすんですか!? 」
「それは僕にもわからないけど、くるよベルくん。構えて! 」
ミノタウロスは僕から隣で怯える少年にターゲットを変え、鼻息を荒くして突進していく。
ミノタウロスの身体に一線が走ったのはそんな時だった。
「?? 」
『ヴォ? 』
そのままミノタウロスの上半身と下半身がずれたかと思うとそのまま声も出さずに離れ離れになった。
崩れおちた上半身から赤黒い血液が水溜りのように溢れると下半身は力を失ってその場に崩れ落ちた。
近くにいた僕とベルくんはミノタウロスの赤い血を見事に被ってしまい青い髪の毛が真っ赤に染まってしまった。
「…大丈夫…ですか? 」
大丈夫だ。
怪我とかは全くもってないし何か失くしたわけでもない。
だから大丈夫なのだけれど、見た目が全くもって大丈夫じゃない。
この見た目ならモンスターに間違われても仕方ないと言い切れる自信が僕にはある。
「うわぁぁぁぁぁぁッ!! 」
しかし、ベルくんは大丈夫じゃなかったらしい。
僕は遥か彼方へと逃げ出していったベル・クラネル…通称ベルくんに苦笑いをして見送る。
ベルくんはこのダンジョンに出会いを求めてやってきたらしく、女の子と出会って仲良くなってハーレムを作るのが願いだと言っていた。
そんなことを聞いたのは初めてだったので思わずもう一度聞いてみたけれど本当らしい。
…それがこの結末というのはなるべくしてなったように思えるけど、初めてモンスターに出会ったら当然恐怖するだろう。
ここは数ある層の中でもまだ5層。
とは言ったものの、こんな層でミノタウロスが出現する可能性は0%だ。
ミノタウロスは本来もう少し上の階層で出現するモンスターでLv.1のベルくんでは到底敵うはずがない。
下層と呼ばれる層でいつも2層を通っているベルくんからすれば5層のモンスターですらいつもより強く感じたはずだ。
「…シャラール、ハルハール」
軽く杖を振って呟くと僕の真上から綺麗な水が降り注ぎ血を洗い流し、暖かな炎が僕の身体を即座に乾かしてくれる。
しかしながら当然そんな直ぐに乾くはずもなく少しばかり髪は湿っている。
「特異点…ヨハン・アルマトラン…!! 」
「やぁ、アイズさん」
長い金髪に綺麗な金の瞳。
特徴的な蒼い装備は聞けば誰もがその人の物と答える超有名人。
ヒューマンという種族の中で最強の一角と歌われるLv.5の少女…【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインさんは大きく目を見開いて若干濡れた僕を見ていた。
…寒い。
「…ハルハール」
火の大きさをもう少しだけ大きくして僕は未だ硬直するアイズさんに手を振ってみた。
「なぜあなたがこの層に…」
「僕はさっき逃げていった彼についてきたんだよ。それにしてもアイズさんこそこんなところでどうしたの?」
「…逃げ出したミノタウロスを追いかけてきました」
「なるほど、彼は下の層からここまで登ってきたんだね。珍しいことがあったものだね」
モンスターが階層を登るというのはあまり聞いたことがないけれど前例はある。
そのときはなにも知らずにダンジョンに入った冒険者たちが危険な目にあったと一時期話題になっていたのを思い出した。
あれはまだ僕がオラリオに来て間もないときだったのでよく覚えてる。
「僕はベルくんを追いかけるからまたねアイズさん」
「…ファミリアに入るつもりは… 」
「ないよ。だってファミリアってノルマとか規則とか大変でしょ。僕は自由気儘に過ごす方が合ってるよ」
「そう」
そう言い残して僕は背中越しに手を振ってその場から去った。
◆ ◆ ◆
迷宮都市オラリオ…そこはダンジョンと呼ばれる巨大な地下迷宮の上に人々によって築き上げられた様々な種族で構成された活気のある巨大都市だ。
「さて、ベルくんはギルドかな」
その中でもダンジョンを管理し、冒険者を募りこのオラリオの中心として存在するのが『ギルド』だ。
ギルドの仕事はダンジョンの管理から始まり冒険者登録、クエストの発注など様々だ。
冒険者とはダンジョンに潜ることによって生計を立てている人のことでもはや職業とすら呼ばれている。
おばあちゃんが死んでから僕はこのオラリオへきた。
当時はわからなかったおばあちゃんの言葉の意味が今の僕にはよくわかる。
僕は魔法に対する探究心、そして何よりも自分自身のことを知るためにこのオラリオにきた。
おばあちゃんと暮らしていたあの場所では会得することができない…理解することすらも出来なかった数々の魔法がここでなら理解できる。
今でも鮮明に覚えているのはおばあちゃんがよく話してくれたオラリオでの鍛錬の話だ。
若い頃のおばあちゃんはそりゃもうヤンチャでよくダンジョンにこもっては魔法の鍛錬をし、家に帰っては魔法の知識を勉強したらしい。
それに…ここには。
「ん。ベルトくんはギルドだね、ありがとみんな」
たくさんのルフがいる。
ルフ。
それは魂の原点であり、この世全ての生きとし生けるものの生命の源。
生まれた生命には魂が宿り、死んだ魂は大いなる流れとしてルフへ帰る。
人は自分と似ているルフを引き寄せる。
善人ならば綺麗な白く光るルフ。
運命を恨むほどの強い怨念をもった悪人ならば黒く光るルフ。
人が、植物が、全ての生命があるがままに生きて前に進んでいく流れを”大いなるルフの導き”と僕たちは呼ぶ。
まあ、こんなことを知っているのは世界にどれくらいいるのかわからないけど。
《ピィ……!!!》
そんな中でギルドの受付の方に向かってたくさんの白く光るルフが飛んでいく。
普通の人にはルフは見えない。
けれど僕にはその流れがみえる。
まるで喜んでいるかのような、興奮しているかのようなそんな感情をルフから感じる。
若干頬を緩めながら僕は受付窓口にいるルフを纏った人物に近づいていく。
どこか楽しそうに時々ガックリと項垂れて、次にまた興奮気味に受付嬢の話を聞くベルくんがそこにはいた。
「やぁ、エイナさん」
「あ、ヨハンさんちょっとベルくんをどうにかしてくださいよ〜」
「あっ!? ヨ、ヨハンさんごめんなさい!! 勝手に置いていったりして…」
僕に気づいたベルくんは驚いたような表情をすると直ぐに反省した表情を浮かべて頭を下げた。
その姿を見る受付嬢ことエイナさんの冷たい目線は気にしないでおく。
「ベルくん…パーティメンバーを置いてまでしてアイズ・ヴァレンシュタイン氏のことを聞きにくるなんて私ちょっと君の神経疑っちゃうなぁ」
「ほ、ほんとに反省してます!! 」
「それにあれだけ口を酸っぱくして不用意に下層へ行っちゃダメって言ったでしょ。ヨハンさんも、どうして止めてくれなかったんですか? 」
「ベルくんが行きたいと行ったからね。それに本当にダメだったら行かせなかったよ。流石にミノタウロスは僕にも予測できないさ」
「むぅ……」
これは本当のことでさっきも考えたけれどありなえない。
もともとミノタウロスというモンスターはLv.2に相当するモンスターで15層より下の層に行かなければ遭遇することはないと呼ばれている。
しかしながらおばあちゃんはよく『ダンジョンは生きている』と言っていた。
モンスターが上の層に登るという行動が、なにかを示しているのかどうかはわからないけどね。
「それで? ヴァレンシュタインさんのことだっけ?」
「そうです! その…好きなこととか趣味とか…」
「ベルくん。流石にギルドの職員が他の冒険者の情報を漏らすわけにはいかないよ。そういうのは自分で探さなきゃ、それこそ本人とお話してね」
「ほ、ほほほ本人とお話!? 」
「そういうことで僕たちは換金を済ませたら帰るよエイナさん」
「わかりました」
ベルくんが妄想にトリップし始めたところで僕はベルくんの手を引いてギルドで今回ダンジョンで潜った分の収穫を確認し、ギルドから出て行く。
ゴブリンやコボルドなどの比較的弱いモンスターにターゲットを絞って入手した『魔石の欠片』。
僕が倒した分が1000ヴァリス。ベルくんが倒した分で1200ヴァリスほどだ。
ベルくんの儲けは1200ヴァリスほどになったわけだが、これだけで生活をするというのは割と厳しい。
1日に1200ヴァリスというとご飯を食べる分にはなんとかなるかもしれないけれどそこに武器の整備やアイテムの補充などを考慮してみれば十分とは言えない。
まあ、僕は杖だし杖がなくてもなんとかなるから大丈夫といえば大丈夫だけれどね。
僕のように杖で戦う冒険者はお金が掛からない。
だけど剣は返り血を浴びて錆びてしまうため整備は重要になってくる。
「それじゃ僕はヘスティア様のところに帰ります! ヨハンさん、今日は本当にごめんなさい! また、よろしくお願いします! 」
「ぜんぜん大丈夫だよ。ここ数日は街をうろついてる予定だから探せば会えると思うよ」
「はい! それじゃ! 」
去っていくベルくんに手を振って僕はベルくんとは逆の方向へ足を進める。
ベルくんはヘスティア様という神様のファミリアに所属しているためヘスティア様のご飯にもお金を払う必要があったりなかったり…。
まあ、ヘスティア様も必死に資金を集めているからベルくんが毎度出すということはないだろうけど。
そうこの世界には比喩や伝説ではなく神様がいる。
人間や亜人、獣人にパルゥム、果てはモンスターといった様々な生命がこの世界に生きる中、全てを超越した存在。
遥か昔に神様は天界からこの世界へと降りてきた。
一体いつからこの世界に降りてきているのかは本人にしかわからないだろう。
『子どもたちと同じ地位かつ同じ能力で、彼等の視点に立つ』
この言葉のもとに下界へ降りてきた神様たちは下界に住み着きファミリアと呼ばれる眷属を作った。
眷属という言葉にすれば堅いイメージがあるが、簡単にいえば1つのグループの構成員だ。
神様のファミリアに入る事によって力を持たない人々は恩恵を授かる。
この恩恵によって人々は様々な能力を発揮し、冒険者となったり特別な仕事を得たりするわけだ。
ベルくんが所属しているのはヘスティアファミリアというヘスティア様の作ったファミリアだ。
構成員はなんとベルくん1人と矮小なわけだが、それはヘスティア様がまだ下界に降りて日が浅いからだ…そう思いたい。
さて、人々はファミリアに所属することでその主人である神様から恩恵授かるわけだが1人だけ特異点がいた。
それが僕、ヨハン・アルマトランだ。
僕は生まれたそのときからすでに恩恵をその身に宿していた。
そのことを知ったのは僕がオラリオに辿り着き恩恵とファミリアのことを理解したときだ。
背中に刻まれた刻印がその証だ。
おばあちゃんがオラリオにいけといった理由はおそらくこのことを理解して欲しかったのだと勝手に考えてしまった。
一時期はわけがわからなくて荒れたときもあったけれど今は自己完結して終わらせている。
主神を持つことなく、人間の身だけで神の恩恵を授かった魔法使い。
それこそ僕が特異点と呼ばれる理由に他ならない。
特異点であることはなんとか理解することができた。
だけれど、僕にはまだ知らないことがたくさんある。
僕は一体、何者なんだろう。
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ヨハン・アルマトラン
Lv.???
力 : Ⅰ 80
耐久 : H 168
器用 : C 740
敏捷 : E 580
魔力 : S 960
《スキル》
【マギ】
・ルフから力を授かることができる。
・魔力上昇
・魔法の威力を倍増
・ルフの使役
【創世の魔法使い】
・杖を持った際魔法の威力を倍増
・杖がなくても魔法の行使が可能
・全ての魔法を読み解く潜在能力
【王の選定者】
・自分が認めた者とパーティーを組んだ際その者は早熟する
・自分が認めたものに対する付与魔法の効果向上