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少し厄介な事になったと海斗は思う。部室の前で勝負を申し込まれた海斗は今体育館で福井と向かい合っている。
部員全員が見守り顧問の荒木が審判をする事が決まり5本先取の1ON1。
まるで初めから仕組まれたような流れの良さには驚きを隠せなかったが、海斗の目の前にいる福井は気合い十分であった。
「怪物だか何だか知らねーけどな、俺にも意地があんだよ」
荒木の合図と共に福井はドリブルをつきドライブの体勢にはいろうとしたところで気づく。
ボールは既に自分の手にはなく、海斗がこちらを見てボールを差し出していた。
「意地、ですか。福井先輩、意地なら自分にだってありますよ」
視線一つ。右への視線一つのフェイクで海斗は福井をその場に置き去りにし楽々とレイアップを決めた。
福井は動くこともできず急ぎ後ろを振り返ればもうそこにはレイアップを打つ海斗がいた。
福井だけでなく見守る部員全員が思う。次元が違う。勝てるわけが無い。あれはやはり怪物だ、と。
それでも福井は諦めることはしない。
「らぁぁぁ!」
手加減をされているのか、それとも実力でシュートまでいけたのか。前者だと分かってはいるがそれでも負けたくは無かった。
「今度こそ…っ!」
後輩の前で醜態を晒すのは嫌だ。それでも入ったばかりの新入生に負けたくなかった。
「くっそおお!!」
勝てる見込みが無いのは分かっていた。それでも蜘蛛の糸ほどの可能性があるならそれに縋りたかった。
「…負けねぇ」
一年との試合で自分のやってきたバスケを全部否定されたような感じがした。どれほど努力をしても越えられない壁があるのは分かっている。
「まだまだぁ!!」
それでもあのような負け方をしたのは屈辱的だった。勝ち逃げをされたように負けた事ではない。
何もさせてもらえなかった事にでもなければ、なめているようなディフェンスをされた事でもない。
「…っ!…っくそお!!」
強豪陽泉の副主将であり正PGを務める自分が、二つ下の二人に対して無意識に勝てないと思ってしまった事に苛立ちを隠せなかった。
「最後だけは、最後の一本だけは決める!」
だから、だから。この最後の一本だけでも奪ってやる。
その気迫を海斗はいつもあまり笑わない顔を動かし笑った。そして福井との1ON1で
素早いドリブルでゴールに向かいレイアップを放つ福井に海斗は、止める気もなかったシュートをブロックした。
最後は先輩に花をもたせてやるか。それ位の軽い気持ちだったが福井のそれは海斗を喜ばせた。
ブロックをしたボールを海斗は福井に渡す。
海斗は才能の無いものや自分よりも劣っていようがどうでも良いと思っていた。
海斗の中でバスケは楽しければいい、とまでは言わないが楽しいというのが前提にある。
だがそれはあまりにも突出した実力をもった海斗には難しいものであった。
唯一全力で楽しめる相手はキセキの世代しかおらず、他の者は挑みすらしない。
海斗との実力差に自信をなくしバスケをやめた者もいる。海斗についていけずやる気をなくした者もいる。
だからあの日から手加減を覚えた。それでも諦めず向かってくる者は皆無に等しい。
手を抜いていてもやはり海斗やキセキの世代は次元が違う上手さだからだ。
だが福井は諦めなど微塵も感じさせなかった。壁を
一度もシュートを決める事もできず、触れる事すら出来なかった相手に魅せたその諦めない姿勢が海斗を刺激した。
最初から諦め、一度戦っただけでやる気をなくす有象無象とは違うと思った。
「故に、魅せよう」
福井は自分でも分からないが笑みを浮かべた。
明らかに海斗の纏う空気が変わった。福井は強豪陽泉で副主将を務めるほどだ、決して下手ではなく上手い部類に入る。
それだけに海斗から感じる圧倒的存在感、獰猛な獣の様な空気を敏感に感じとった。
それは海斗が自分に本気を出しているという証左であった。それは海斗に認められた事を意味していた。故に福井は笑った。
海斗の体がブレたように福井は見えた。福井は海斗に触れる事も出来ずに尻をついた。
だが福井はそれでもどうだ、見たかと言わんばかりに拳を握った。
俺は他の奴らとは違う。あの怪物に本気を出させてやったぞ、と。
これでやっと前に進める。
だけど、だけど今だけはこみ上げてくるものを我慢できなかった。
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「よくやった」
荒木は福井にただ一言、そう言った。
他の部員に肩を抱かれ部室に向かう福井は顔を手で覆い頷いた。
諦めず何度も立ち向かい全く敵わない姿を荒木は褒めた。圧倒的な実力差を無視し立ち向かうその姿を荒木は嬉しく思った。
怪物に本気を出させたその気持ち、意地全てにおいての賞賛であった。
「監督」
海斗は1ON1後だというのに呼吸を乱す事もなく荒木の前にいた。
部室に向かう福井の姿を切れ長の目を細め、頬を緩めるその姿に荒木は少し見惚れていた。
「んっ!…何だ」
「
あぁ、とだけ返事をした荒木はその言葉にやはり笑みを隠せなかった。なぜなら今日の1ON1を組んだのは荒木であった。
頭では分かっているが感情で割り切るのは難しい。それはプロ選手も同様で、それを多感情な高校生にやれというのが無理な話だ。
それでも荒木は岡村と福井に言った。
「お前達は一生あいつらには敵わんだろう。このチームはもうあの二人のモノだ」
その時の二人は頭では分かっていてもやはり感情がそれを許してくれなかった。
だが荒木は続けた。
「それでもあいつらを本気にしてみせろ。あいつらに自分の存在を認めさせろ。お前達ならできる、主将と副主将の意地をみせろ」
それに二人は力強く返事をした。
ずっと気にかけていた事だけに福井の試合の後少し楽になったが、一番の壁があった。
「紫原、ですか」
「そうだ。しっかりやってくれるといいんだが」
荒木は一番の壁は紫原だと考えていた。圧倒的な力を持つがためにどこか相手をバカにする態度は丸くなったと聞いたが、やはりそれはチームに不和をもたらすものであった。
「渡辺、紫原はどうすればいいと思う?」
「どうするとは?」
「どうすればチームに馴染むか、どうすればあいつはバスケに楽しみを覚えるのかでいい」
そう言われ海斗は悩んだ。紫原とは元々中学も違えばそれほど喋る仲でもなかったからだ。
「あまり紫原の事は知りません。ただあいつには何か一本芯がありません」
「芯がない?」
「はい。例えば先ほどの福井先輩は自分に負けたくない、自分に本気を出させてやるという一本の芯がありました。自分は楽しいバスケをしたい、です。自分の友人には自分を倒すという芯があります。それが紫原にはありません」
一息いれ、コートに立つ紫原と岡村を一瞥をすると海斗は荒木を見た。
「紫原に聞かれた事があります。なぜバスケをするのか、と。自分は楽しいからと答えました。今度は自分が紫原に聞くと、楽しさや面白さは分からない、勝つのは好きだし向いてるから。これだけでした」
「全中の決勝で自分に追い詰められた事は悔しいと思ってはいますが、それだけです。結果帝光は勝ちましたし他の四人ほど響かなかったのだと思います。Cというポジションで相手がいない紫原はバスケに多少の興味はあれど何の感情も向いていません」
荒木はただ海斗の発する言葉に耳を傾け、
「紫原は楽しめますかね」
海斗の問いに答える事ができなかった。
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