怪物   作:E G

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2Q

 

 

「今日はこの辺にしといてやるが、次はないぞ」

 

 もう練習は始まりランニングを開始している中、自分と紫原の前には竹刀を肩にあてる荒木がいる。

 

 急いで向かうも時すでに遅し。入るやいなや頭に竹刀をもらい説教を受けていた。

 

「はい。すいませんでした」

 

「ごめんなさーい」

 

 次は絶対に遅刻をしないようにしなければ、と頭を下げる。紫原はしきりに叩かれた頭を押さえていたが。

 

「分かればいい。…集合!」

 

 荒木が集合をかけるとランニングを終えたのかストレッチに入ろうとしていた部員が返事をし荒木を中心に集まった。

 

 そこから一年生と上級生に別れる。改めて見ると本当に高さがあるチームだと思う。

 

「では自己紹介をしろ。岡村からだ」

 

 と前に出てきたのは大木のような力強さを感じる体格に、もみあげを伸ばし顎が割れている少し濃い顔をした男だった。

 

「ワシが主将(キャプテン)の岡村健一じゃ、何か分からない事があれば聞いてくれ。これからよろしく頼むぞ!」

 

 よく通る野太い声に熱血漢な男で少し好感が持てるが、ガハハと大笑いしているのが少し五月蝿かった。

 

 次に前に出たのはお世辞にも身長は高くなく金髪の少しチャラそうな男だ。

 

「隣のゴリラは無視していいぞー。俺が副主将(副キャプテン)の福井健介だ。こんなゴリラが主将のチームだが、よろしく」

 

「ちょっとワシの扱い酷くない?!」

 

 自己紹介をした後も主将にうるせえゴリラ、とコントのようなやり取りをしている。

 

 少し可哀想だとも思ったが何故か主将が少し嬉しそうな顔をしていたのは記憶から消した。

 

 未だ主将と副主将のやり取りが続く中、三年生が終わり二年生の自己紹介になった。

 

「あのゴリラは無視していいアル。二年の劉偉アル。よろしくアル。」

 

 岡村ほどの体格はないが岡村よりも少し背が高く目が少し細い。何故か語尾にアルをつけているのが不思議に思ったが次の先輩の自己紹介に耳を向ける。

 

 先輩達の自己紹介も終わり他の一年も終わる頃には主将たちは静かになり、自分と紫原の方を見ていた。

 

「じゃあオレからー、帝光中出身の紫原敦でーす。よろしくー」

 

「あれが紫原!」

 

「すげーでけぇーぞ!」

 

 周りがざわつく中、荒木がそれを制した。やはりキセキの世代の知名度は抜群だ。

 

 騒いでしまうのは無理もないと思う。それ位キセキの世代はバスケに関わっている者達にとって話題の中心だった。

 

 紫原が終わったという事は次は自分か、紫原の後ろから前に出る。

 

「大神中学出身の渡辺海斗です。非才の身でありますがよろしくお願いします」

 

「か、怪物」

 

「…渡辺海斗」

 

 少し緊張はしたがしっかりと出来た筈だ。だが少し先ほどと空気がおかしい、何故だ?

 

「お前達には内緒にしていたんだ。どうだ?私のサプライズは」

 

「ちょっと監督!ワシ主将なのに何も聞いてないんですけど?!」

 

「監督が言ってたサプライズってーのはこれか。こりゃすげーわ、てかうるせぇゴリラ」

 

「さすがにこれは驚きアル。ゴリラは黙るアル」

 

 自分が来ることを内緒にしていたのか。それはみな驚くのもしょうがないかもしれない。

 

 帝光に負けたとはいえ自分もそこそこ活躍できていた筈だ。

 

「誘いを運良く受けてくれてな、お前達には内緒にしていたんだ。初顔合わせついでに、どうだ一年対二、三年で試合でもするか」

 

「えーめんどくさー」

 

「監督ー。紫原や渡辺が上手いのは分かりますけどさすがにまだ中坊なやつとやるんすか?相手になんないすよ。な、ゴリラ」

 

「そうアル。さすがに可哀想アル。な、ゴリラアル」

 

 福井先輩と劉先輩が言うと紫原の肩が少し揺れた。額に青筋を浮かせ少しヒクヒクしている。

 

「はぁー?負けるわけないじゃん。余裕で勝つし」

 

「キセキの世代だか何だか知らねーけど、あんまり先輩舐めんなよ」

 

 福井先輩が紫原の前に出て睨み合う形になっている。というか何故挑発に乗るんだコイツは。

 

「てかワシの扱い本当に酷くない?!」

 

「黙れ」

 

「待って、今初対面の先輩に黙れって言ったよね?!」

 

 いかんいかん、つい言ってしまった。その間も紫原は先輩と睨み合っているし大丈夫かこの部は。

 

 結局監督が場を収めるまで続き試合をする事になった。白と紫のゼッケンを自分達一年が、先輩達が紫のゼッケンをつけている。

 

「ところで紫原。お前オフェンスは参加するのか?」

 

「うーん、最初だけ行く」

 

「分かった。ディフェンスはお前に任せる、オフェンスは俺に任せろ」

 

「了解ー」

 

「みんなもそれでいいか?」

 

 紫原と大体の方針を決め、他のチームメイトに確認しコートに入る。

 

 コートに入ると先輩はもう整列していて、先ほどのふざけている空気は無くなり強豪校らしい雰囲気があった。

 

「ふん、泣いても知らねーぞ」

 

「泣くのはそっちでしょ」

 

「紫原集中しろ、始まるぞ」

 

 福井先輩が相変わらず煽ってくるが試合は真剣にやらせてもらう。紫原に一言いれるとホイッスルが鳴った。

 

 ジャンプボールに紫原と主将が飛びボールはマイボールになった、が。

 

 福井先輩がドリブルをしようとしていた一年のボールをスティールしそのまま加速していきゴールに向かい跳んだ。

 

「だから言っただろ…っ!…」

 

「残念でしたー」

 

 レイアップに行った福井先輩の後ろから巨体が飛ぶ。ジャンプボール後から追いついた紫原は楽々とボールを掴みブロックした。

 

「…てめぇ!」

 

「だから言ったじゃんー。てか海ちん今ブロックいけたでしょ、しっかりしてよ」

 

「あぁ、すまない」

 

 言いながらこちらにパスをしてくる。周りを確認すれば驚きの余り少し動きが固くなっていた。

 

「切り替えろ!来るぞ!」

 

 主将が声を出すも遅い。一人目を単純なスピードで抜き去り二人目をロールして抜いて行く。

 

「やらせんわ!」

 

「やらせないアル!」

 

 あらかじめ後方にいた主将と劉先輩が台形の中でゴールを守るようにして立っている。

 

 サイドにいる味方にパスを出すか、それとも紫原を待つか。否だここは押し通る。

 

「なっ、舐めるなぁ!」

 

 右足を大きく突き出しボールを右手で保護しながら、左足で飛ぶと主将も跳んだ。

 

「舐めるなアル!」

 

 正面には主将が横には劉先輩がいる。シュートコースも潰しパスコースも潰すディフェンスは確かに高校トップクラスだろう。

 

「だが、弱い」

 

 正面から接触してくる主将と横からくる劉先輩を純粋なパワーで逆に吹き飛ばしながらボールをリングに叩き込む。

 

 着地し先輩達を見ればこちらを見ていた。顔に浮かぶのは驚きと少しの恐怖だ。

 

「おいゴリラ、劉!しっかりしろ!行くぞ!」

 

 福井先輩の声に我に返ったのか先輩達は動き出した。福井先輩をPGに先輩二人はインサイドでポジションをとった。

 

「おい怪物さんよ、さすがにこれはふざけすぎじゃねーか?」

 

「ん?何がですか?」

 

 自分は福井先輩につき、紫原はゴール下に立ち紫原以外の三人は一人の先輩にダブルチームとマンツーマンでついている。

 

 自分の発言に怒りを覚えたのか福井先輩は顔を歪めた。

 

「あんまりバカにするな、よ!行けゴリラ!」

 

「応!ってゴリラって言うな!」

 

 福井先輩から主将にパスが入る。劉先輩が紫原にスクリーンをかけローからハイポストに上がったところにパスをいれた。

 

 なるほど、しっかりとゲームを組み立てる事が出来て何よりパスがいい。

 

「もらった!」

 

 そのままジャンプシュートを放った主将の前には手をあげる紫原がいる。

 

 スクリーンを受けたにも関わらず一歩で間合いを詰めるその身体能力はさすがで、紫原の手にはボールが収められていた。

 

「行けー海ちん」

 

 紫原からのパスを受けそのまま走り出す。前には誰もおらずダンクに行こうとした、が。

 

「もうやらせないアル!」

 

 後ろから劉先輩が迫っていた。そこまでゆっくり走ったつもりは無いが結果は変わらない。

 

 リングに向かって伸ばしていたボールをそのまま後方空中に向かって放る。

 

「なっ!パス?!」

 

「ナイスパス海ちんー」

 

 そこには紫原が走っており紫原はそのまま空中にあるボールをリングに叩き込み、そのままリングを手に掴んでいた。

 

「なっ!ありえんじゃろ…」

 

「マジかよ…。さすがにヤベーだろ」

 

 先輩達だけでなく自分以外時が止まったかの様に紫原を見ている。

 

 速攻に参加できる走力に高校生離れした跳躍力にパワー、それを活かした紫原のダンクは相手の心を折るには十分だった。

 

 そんな紫原はリングを指で回し遊んでいるが、少し待て。

 

「おい紫原、何やっているんだお前は」

 

「えーちゃんとやってるじゃん」

 

「違う、加減をしろという事だ。お前が本気でダンクに行けば壊れる事位分かるだろうに」

 

「うーん少しムカついてたし。それで監督ー、どうするのー?」

 

「壊した張本人が言うんじゃない。試合はここまでだが紫原と渡辺は私について来い。岡村後は頼むぞ」

 

 主将は返事をしたがその返事は小さかった。他の先輩も同様で顔を俯かせている。

 

 紫原と監督について行くが足がいつも通りに動かない。心臓の鼓動が聞こえるほどに緊張していた。

 

 バスケ部と書かれた札のある部室に入る。それぞれのロッカーと椅子がある部室は意外にも綺麗だ。

 

 監督が椅子に座り自分と紫原は立ったまま監督の言葉を待つ。

 

 一つため息を吐くと監督はやれやれといった呆れにも似た口調で言う。

 

「あそこまでのプレーを見せられればしょうがないか。呼んだのはなんて事はない。ただあいつらに整理する時間とお前らにはもっと本気でやってもらうためだ」

 

「本気で、ですか?」

 

 思わず聞き返してしまった自分に監督は短くそうだ、とだけ答えた。少し昔の事がよぎったが少し安心が出来た。

 

「あいつらにはお前達二人に慣れてもらわないといけない。それを遠慮したままでは元も子もないからな。だから本気でやれ、特に紫原」

 

「えー、めんどくさいじゃん」

 

「先ほどのようにリングを壊すまでとは言わないが、ある程度やれ。でなければお前の部屋のお菓子は没取だ」

 

 何だかんだ悩んだ紫原は考えとくーとだけ伝え出て行った。あいつは本当に何を考えているのかが分からないやつだ。

 

「ところで渡辺。チームはお前と紫原を中心に組むが何か要望はあるか?」

 

「要望、ですか?」

 

「そうだ。何かあるなら参考にでもしようと思ってな」

 

「そうですね。あの時の条件さえ守っていただければ特には」

 

 言うと監督は笑みを浮かべた。初めて会った時にも今と同じ様な顔をしていたのだが、こちらを睨む様にして笑う監督はやはり少し怖かった。

 

「一度言った言葉は撤回はしない。今はまだ無理だが次第にそうなっていくだろう」

 

「分かりました。楽しみにしておきます」

 

 失礼しますと言い部室を後にして寮に戻る事にする。

 

 良いスタートとは言えないが陽泉でのバスケ生活がスタートした。

 

 






紫原って兄弟いるんですね。

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