怪物   作:E G

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プロローグ

 

 自分が他と違う存在だと気づいたのは中学の部活の時だった。

 

 気づけばボールを触り毎日の様に兄と父の1ON1に加えて、元選手の両親のDNAを受け継いでいる自分が上手いという自負は確かにあった。

 

 それでも自分は()()()()()()()()()()、まさか初めての試合(入部テスト)()()()()()()()()()()

 

 自分は兄に勝ち越されていたし兄はそんなに上手くないとよく言っていたからなのか自分は大した事がないと思っていた。

 

 何より初めて家族以外とのバスケをするのは初めてで楽しくやるついでに兄よりも上手い人がいればいいな、それ位の軽い気持ちの期待だった。

 

 だかそんな期待はゼッケンを着てコートに立つとすぐに疑念に変わった。

 

 兄や父から感じる圧力(プレッシャー)や獣の様な雰囲気は微塵もなく、体格も自分に比べると一回りは小さく弱々しく見えたからだ。

 

 それでも父から胸を借りるつもりで本気でやって来いと言われた自分は気を引き締め開始の笛が鳴ると先輩方からのボールで始まった。

 

 ジャンプボール飛んでみたかったな等と考えていると自分のマークマンにボールが渡る時に何か違和感があった。

 

 何か分からぬ違和感に不思議に思いながらディフェンスをしていると違和感の正体にすぐに気づいた。

 

 ドリブルが下手。フェイントが下手。スピードがない。フィジカルが弱い。(スキル)が拙い。

 

 ありとあらゆる面で先輩は自分よりも下手だと思う。期待していた分少し残念に思ったがこの人が下手なんだと思う事にした。

 

 ボールをカットしそのままリングにボールを叩き込む。少しどよめきが起きたけどそんな事は気にも留めずディフェンスに戻る。

 

 少しでも気を抜けばカウンターに対応出来なくなるし、何より初めての試合で少し緊張していた。

 

 試合が始まり3分が経つ頃には試合の空気にも慣れていた。自分のマークについている先輩はもう心が折れかけていたが手は緩めない。

 

 試合は自分達の圧勝だった。ほぼ自分が点を取りコート中を駆け回ったと思う。結局自分より上手い人はいなかったが兄との1ON1やシューティングばかりの自分にとって試合はもの凄く楽しかった。

 

 部活が終わったら兄と1ON1をしよう、そう思いついた時に顧問の先生に名を呼ばれた。返事をし少し駆け足で向かい先生に促され部室に入る。

 

 部室に置いてあるパイプ椅子に向かい合うように座る。10分程無言の時間が流れそろそろ口を開こうとした時に部室の扉が開いた。部室に入ってきたのは母だった。

 

 180の身長に細身ながらもしっかりとついた筋肉。肩口までに切り揃えられた艶やかな黒髪に自分の母ながら整った顔立ちをしている。

 

 母が自分の隣に座ると先生は、自分と母に向かって頭を下げた。曰く自分の入部は止めて欲しいと。

 

 自分が入部するのはとても魅力的だがチームに不和が生じる、普通の公立でありあくまで部活動は教育だから、自分ほど上手いなら強豪の中学に行くべきだと言われた。

 

 最初は何を言っているのか分からなかった。自分はそこまで評価されるほどの選手ではない、ましてや拒否されるなど微塵も考えていなかったからだ。

 

 確かに自分より上手い選手はいないし、先輩後輩の上下関係や妬みや嫉妬があるのも今日の試合後の周りの反応を見れば分かる。

 

 それでも自分が何故だと声を荒げる程に納得がいかなかった。それに対して先生はより深く頭を下げるだけだった。

 

 母は一言分かりました、と返事をして自分を連れて家に帰った。

 

 荷物を置きリビングにあるソファーに座りただ庭にあるコートを眺めていると、気づけば自分はドリブルをつきシュートを打っていた。

 

 何故自分だけダメなのか。ただ上手い選手と勝負をして上手くなりたかっただけなのに、みんなと一緒に試合をして楽しみたかっただけなのに。

 

 こんな時ですらシュートを打つ自分に苦笑しながらやけに汗を掻くな、と空を見上げればぼんやりと黒に染められ父が買ってくれたコートを照らすライトがついていた。

 

 最後にシュートを打とうとして自分の視界がボヤけていることに気づいた。

 

 頬を伝う水の感触、汗と勘違いしていたものは全て涙だった。

 

 思わず顔に手をあてると顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

 

 気づいてしまえば涙は止まらなかった。嗚咽を隠しきれなかった。

 

 何でみんなとバスケが出来ないのか、させてもらえないのか。一回試合というものを経験した自分にとって庭にあるコートはやけに広く見えた。

 

 ひたすらに泣いてコートに座りこみ気づけば母が自分を抱きしめ、兄が背をさすり、父が頭を撫でてくれていた。

 

 何時もの母からは想像出来ない程に母は優しくて泣いていた。何故か兄は怒りに震え、何時もは騒がしい父は頼もしく見えた。

 

 今思えばとても幼稚な事で泣いたと思うが現在(いま)の自分があるのはあの日があったからだと思う。

 

 良きライバルに出会えて、嫌いになりかけたバスケをより好きになれた。チームメイトにも恵まれた。

 

 

 もう二度と約束を破る事はない、自分は誰にも負けない。

 

 

 

 

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 陽泉高校バスケットボール部監督荒木雅子は大神(おおかみ)中学の教室に居た。大神中学校と言えば今やバスケ関係者で知らぬ者はいない中学であり、僅かバスケットボール部創立二年目にして全中準優勝を果たした新進気鋭の中学である。

 

 そして今年の全中決勝戦においてキセキの世代を後一歩まで()()()()()怪物渡辺海斗がいる中学である。

 

 荒木雅子はそんな怪物を求め大神中学に訪れていた。キセキの世代や全国で活躍した選手が進路を決める中、怪物はどこの誘いにも首を縦に振らなかったという。

 

 事実荒木の数人の知り合いの誘いを断った事からどこか進路を固めているのは分かっている。陽泉はキセキの世代の一人紫原敦を獲得した事もあり獲得には消極的だったが、まだ決めていないなら話は別だ。来てくれれば儲け物位に考えていた。

 

 ノックが聞こえ入ってきたのは二人。

 

 渡辺信一郎。怪物の父親。元全日本代表にして大神中学バスケ部を準優勝にまで導いた監督であり、荒木雅子が尊敬する女性の旦那である。

 

 そして渡辺海斗。準優勝の立役者であり8点差までキセキの世代を追い詰めた大神のエースである。決勝での活躍でついた渾名は怪物。インパクト共にスタッツでも怪物ぶりを見せた中学NO.1プレイヤーの呼び声高い選手だ。

 

 高い身長に制服の上からでも分かる体格の良さ。短く切り揃えられた黒髪に母親似の整った顔。父親とは違って息子の事は好きになれそうだと荒木は思った。

 

「お久しぶりです渡辺監督。そして初めまして渡辺海斗君。今日は場を設けて頂きありがとうございます」

 

「久しぶりだね荒木ちゃん。堅苦しいのは無しにしてさ、今日はどうしたの?」

 

「…っ!……単刀直入に海斗君を陽泉(ウチ)が預かりたい」

 

 その瞬間信一郎の変化を荒木は感じた。先ほどまでの飄々とした雰囲気は消え去り、刺すような空気が荒木を襲う。こちらを見定めるように信一郎は荒木を見ていた。

 

 だがそれでも荒木は目をそらさない。ここまで来たからには絶対に来てもらうという気持ちに変わっていた。どれ程睨み合っていたのか折れたのは信一郎だ。

 

「さすが楓の後輩ってところかな。……海斗君どうかな?お父さんは賛成だしママの太鼓判付きだよ。どうしたい?」

 

 少し汗ばんだ手をスーツのパンツで拭きながら、荒木は海斗の方を向く。海斗は手を膝に乗せ目を閉じていて、短くない時間を待つと海斗は目を開けた。

 

「母が太鼓判を押し父が認めた方なら自分は陽泉に行きたいと思います。…ただ一つだけ条件があります」

 

 思わず立ち上がりかける足を押さえ、隠しきれていない笑み浮かべながら荒木は先を促した。

 

「陽泉のバスケは楽しいですか?」

 

 聞かれ荒木は海斗のいる陽泉のイメージが頭に浮かんだ。キャプテン岡村を始めとした堅いDFに加えて最強の盾たる紫原がいる。そこにオールラウンダーであり最強の矛とも言える海斗が加わる姿は荒木をして思わず小躍りしてしまいそうだった。

 

 故に荒木雅子は最強たるチームになる事を確信し言う。

 

「あぁ、楽しいぞ」

 

 

 

 

 陽泉は最強の矛盾である渡辺海斗、紫原敦を獲得し全国制覇にスタートダッシュを切った。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 陽泉高校の寮に入寮まで一週間を切りそろそろ身支度を整えるかという時に携帯が鳴った。

 

 シンプルなベルの音が聞こえ携帯を取りディスプレイに名前が表示される。

 

 ---青峰 大輝---

 

 意外な名前に少し驚いたが海斗は少し慣れない手つきで電話に出た。

 

「もしも」

 

『何ですぐにでねーんだよ!ってか何回もメール送っただろうが!』

 

 久しぶりに声を聞けばこれである。今も愚痴る青峰を無視し海斗は少し耳から携帯をそっと離した。

 

『っておい、聞いてんのか海斗!』

 

「分かったから少し黙れ。…それで何の用だ」

 

『ッチ…お前今何してんだよ?』

 

 何をしているかと言われれば何もしていない、が。

 

「そうだな今は家族で外食をしている。それだけか?そうか、ではまたな」

 

『って待て待て待て!絶対嘘だろそれ!…ったく普通勝手に電話切ろうとするかよ』

 

 青峰は少し面倒くさい奴だと海斗は思う。全中決勝の後から何故かメールが来ていつの間にか電話までかけてくる始末。

 

 やれどこの高校に行くんだ、俺と1ON1しよう、お前には絶対負けねえ等呪文の様に言うのだそれは無視するに決まっている。

 

 だが面倒くさいと思うなら電話に出なければ良い話なのだが海斗は青峰の事を面倒くさい奴だとは思えど嫌いではなく、むしろ好ましく思っていた。

 

「それで何の用だ?」

 

『てめぇ相変わらずだな…。聞いたぜお前陽泉に行くんだって?』

 

「あぁ向こうの監督が母の後輩に当たるらしくてな、その縁なのか誘いをかけてもらい受ける事にした」

 

『ふぅーん。それで桐皇(ウチ)を蹴ってまで何で陽泉行ったんだ?やっぱりお前も俺と敵同士でやりあいてーからな』

 

「母や父が良いと言ったのもあるが、やはり秋田には美味しい食べ物が山ほどあるからな。きりたんぽに始まりホルモン焼きそば、しょっつる焼きそばに十文字ラーメン。さらに秋田かやきにだまっこ鍋。これだけでも十分に魅力的と言えるな。さらにだなまだまだ秋田には」

 

 暫く海斗の話を聞いていた青峰はもう二度と食べ物の話を海斗に振らない事に決めた。

 

「まぁこれが主な理由だな。青峰?」

 

『分かった…もう分かったから…頼むもうやめろ』

 

「ん?そう言うのならやめるが、用件はそれだけか?」

 

 少し話しすぎたと自重した海斗はそろそろ通話を終えるために青峰に言う。

 

『あぁ最後に一言、首洗って待っとけ』

 

 それに対し青峰はいつも言い慣れてる様な口調でそして好敵手(ライバル)に向けて宣戦布告をし終了のボタンを押した。

 

「ふっぬかせ」

 

 海斗は自分でも不思議と自然に笑みを浮かべた。

 

 初めて気を使わずバスケを楽しむ事の出来た青峰達キセキの世代(ライバル)に負けぬためにも今日も練習をしよう。

 

 今日は久しぶりに熱くなりそうだった。

 

 





やっちまった感がすごいです。

黒バス全然覚えてないので誰か教えてくれ〜。

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