新月は機甲兵を照らすか   作:大空飛男
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※暴力的なシーンがあります。ご注意を


運命の悪戯

先ほど言われた通り、コンテナ群を抜け港の関所を通過すると、初月はそのまま庁舎へと向かい、歩き続けた。

秋月、照月はと言うと、やはり初月との同行を拒み、むしろ初月に向かう事をやめろと促してきた。だが、初月は以前彼女らに言った、「どうでもいい」という内容を思い出させると、その真意は岬守が受けている評価に対しての事だと暴露をした。それを聞いた秋月と照月は何かを言いかけたが、初月は耳に入れず、彼女らを置いて庁舎へと歩を進めたのだった。

さて、それから初月は、庁舎へ到着した。男の言う言葉通り、中央をしばらく進み、右をまがったその先に立地していた。

しかし、言葉を聞けばすぐそこのように感じるだろうが、実際初月は庁舎までたどり着くのに、三〇分ほども時間を費やしている。道中に迷いもしたが、それもそのはず。男の案内は言うまでもなく大雑把で、その距離を明確には伝えていなかったのだ。

途中、初月は基地内で整備された道路を走る軍用車やバイクなどを見かけており、ここは小さな町のように広いのだろうと把握した。つまり本来であれば、輸送船の停泊する港から庁舎までは、自動車などを使うのだ。むしろ、この基地内部の移動手段が基本、自動車や二輪車などのエンジンのついた車。ないしは自転車などの軽車両を使うのだろう。もっとも、初月が車を運転できるわけもなく、ましてや自転車などがどこに駐輪してあるかもわからない故に、結局は徒歩となったのだが。

さて、初月はいよいよ庁舎内に入ると、その眼に映る光景に再び驚きを抱く事になる。いや、予測はしていたが事実本当にこうだとは思わず、的中した事での驚きであった。

内部は見る限りに寂れ、人の気配がしなかったのだ。言うなれば廃ビルのようで、まるで其処だけこの基地とは無縁に感じるほどの場所であった。ロビーには椅子が整頓されるどころか統一性を持たず無造作に置かれ、ちらほらと足が折れているのか、倒れている物もある。また窓も埃っぽく曇っており、電気は一応通っているようだが、ビビビと蛍光灯は内部を照らそうとする意図を見ることができず、奥に通路が続けば続くほど、薄暗かった。

「ここは…本当に庁舎なのか?」

この情景を見れば、誰もがこう言うだろう。庁舎とは鎮守府や基地を動かす重要施設であり、このように寂れていい場所な訳がないのだ。初月はふと、もしやここ此処に提督はいないのではないだろうかと疑ったが、あの初めて会った男の言葉は、蔑みを含む分、少なくとも嘘を言ってないように見えた。故に初月は奥へと進み、寧ろ確かめなければと、使命感を抱いた。

しばらく内部を歩き提督の捜索をしている初月であったが、その途中様々な考えが頭の中によぎっていた。

まず、此処までされてもなおここに居続ける岬守の提督は、一体どんな人物なのだろうか。また、何故岬守であるのに、提督をやっているのだろうか。更には、その岬守は自分と面識のある人物なのだろうか。

多くの考えが渦巻く中、初月はまず会う必要があると結論を下した。たとえどんな人物であろうと、岬守は国を守るために身を捧げた愛国者であることに、間違いはないはず。ならばそれを支え、共に国を守護する者と過去にそうだった者同士、協力し合う必要があるはずだろう。それが、初月の持論であった。

ここで協力し合い、そして結果を出していけば、世論も再び動くかもしれない。その功績を湛えて国政も、岬守の見方を変えるかもしれない。ならばこそ、自分はその結果を残させる、先駆けにならなければならない。

だからこそ、初月は歩みを止めなかった。部屋名を確認し続け、その提督がいるだろう執務室を、只々使命感で探し続けた。今度は、自分が彼らを救う番なのだと。

初月が三階に登り、五部屋目を確認し終えた時だった。正面から見て、右側の部屋から、微かに煙草の臭いを感じた。古く染み付いた臭いではなく、他の部屋などと比較しても真新しい臭いだ。 おそらく、あそこにいるのだろう。その提督は此処で一人、孤独に椅子に座っているのだ。秘書艦などはおらず、作戦報告などもしに来ることもない、孤独な部屋に。

初月は急ぎ足でそこへと向かう。駆け出すことはなくとも、その一歩一歩が次第に早足となっていく。

そして、ついにその扉が目の前に立ちふさがった。扉はどこか大きく仰々しく見えたが、初月は一つ大きく息を吸うと、きちんと三回、軍令に即したやり方でノックをする。

ノックをしてしばらく沈黙が続いたが、唐突に「入れ」と男の声が耳に入る。それは低く、しゃがれた声であった。

「失礼します!」

初月はそう、凛々しく透き通った声で言うと、執務室へと続く扉を開いたのだった。





室内に入った初月をまず襲ったのは、立ち込める煙草に臭いと、仄かに感じるアルコール類の臭いであった。その双方が入り混じった臭いはまさに異臭さながらで、田宮がいたような執務室の感覚を抱いていた初月は、思わず「うッ!?」と言葉を漏らし、綺麗に整った鼻と唇と片手で抑え込んだ。

次に初月の目に飛び込んできたのは、薄暗いというにはあまりにも暗い、室内そのものであった。かろうじて薄暗さを作り出しているのは、閉じられたカーテンから、風により靡くことで差し込める、わずかな光だけである。カーテンの閉じた隙間から漏れる光は提督が使用しているだろう机に向かい、わずかながら卓上を照らしていた。

「何の用だ」

初月がその情景をぼうっと見ていると、ふと机の方から聞こえるしゃがれた男の声により、我に返る。その人物の容姿は薄暗くわからないが、机に行儀悪く足を乗せているらしく、軍用のブーツのような靴が、差し込める光により見えていた。

「あっ…。はっ!秋月型駆逐艦四番艦初月。本日付を持ってラバウル基地へ着任いたします!」

数刻、初月は戸惑いも見せるも、瞬時に綺麗な敬礼を見せ、威勢よく言い放つ。男はそれを見たからか、足を机から降ろすと、暗闇からぎしりと椅子の軋む音を鳴らした。

「新人…?貴様、何も聞いていないのか?俺に報告せずとも、あの女に報告すればいいと」

その声からどのような感情を抱いているかはわからない。男の声は、それほどにまで静かに重い声であった。それは例えるのであれば、感情の起伏や生気を感じられない、まるで廃人のような声量である。

「はい。聞きました。ですが、ここの提督は貴方です。故、軍令に従い、挨拶をしに参りました」

「なるほどな。いいだろう」

そういうと、男は黙り込む。それを期に会話に間が生じ、沈黙が始まった。
重い空気が漂う中、その沈黙を破ったのは以外にも男の方であった。

「どうした?報告はし終えた。下がれ。それと…今回ばかりは忠告で終わらせておく。二度とここに来るな」

男は徐々に声にドスを利かせ、怒りを含んだ声でそう言い放った。その時、初月は初めて理解をした。自分は歓迎されてはいない。むしろ、この領域に入ったこと自体が、男にとっては怒りの対象であったのだと。

だが、初月はそれでも引かなかった。いや、むしろ対抗意識が燃え、口を開く。

「いえ、まだ終わってはいません。僕は、提督の…いや、あなたの名前を聞いてはいません。着任時には、必ず提督側は名乗り、着任の承認が必要になるはずです。ですから…」

そう、初月が言葉をつなげようとした刹那だった。一瞬初月は頬に風を感じたかと思うと、扉の方で何かガラスの割れるような、甲高い音が室内に響いた。その唐突な出来事に、初月は振り返らず姿勢こそ崩さなくとも、目を見開き驚いた。

「ふざけてるのか?俺が岬守なのは知っているんだろう?」

そういうと男はぬっと椅子から立ち上がり、大声で怒鳴りつけるように言葉をつづけた。

「ああそうだ、俺は岬守だ。先の作戦をことごとく失敗させ、国務を果たせなかった役立たずでクズ以下のなッ!そもそも、軍令がそう決まりを定めていたとしても、ここはここだ。
俺は所詮、軍事顧問と作戦顧問しか果たさない、名ばかりの提督なんだよッ!それに対し、あの女は何でも熟す、いわば名を持たない提督だ。ではどちらが本質的な提督かは、艦娘でなくともわかるはずだろう。
それを貴様…何が軍令に準じてだ?貴様は俺をあざ笑いに来ただけなんだろう?貴様も同じはずだ…マーメイド艦隊や予備の艦娘達のようになッ!いいか、もう一度いうぞ?痛めつけられたくなければ出ていけ、俺の前に二度と現れるなッ!」

男の声には純粋なる憤怒しかなく、ましてや岬守であるはずの自分までも否定していた。それは、初月の抱いていた岬守とは程遠い、自己嫌悪と自暴自棄の塊のような存在であった。

その時、初月はこれまで溜まり続けていた怒りが、ふとした拍子で溢れてしまう。

初月は許せなかったのだ。自ら志願し、そして国を守るために戦い続けた岬守を侮辱する意見を、まさか岬守からじきじきに言うとは思わなかったのである。それに加え、そんな岬守を擁護し続けていた初月自身を、むしろ岬守を否定しあざ笑う側だと見られたことに、感情の線が緩んでしまった。

「…僕は!僕はそんなこと思ってない!それにあざ笑いに来た?そんなわけないだろう!お前はあの誇り高い岬守じゃないのか!自らの行いを否定するなんて、それでも岬守なのか!そこで腐ることに、お前は恥を感じないのか!」

「なっ…貴様ッ!」

はっと、初月は自分が言ってしまったことを認識すると同時に、薄暗闇から初月の目の前にぬっと、燻した銀色の何かが抵抗するまもなく首元を掴んできて、彼女を宙へと浮かせた。

「ぐっ…!」

そう鈍い声を漏らすと初月は、もがきつつも両手でその首元を掴んでいる物体を、懸命に引きはがそうとする。それは固く、そしてゴツゴツと優しさを感じない、無骨な鉄塊のような感触であった。

「貴様が…岬守を語るだと?艦娘の貴様がか?調子に乗るのも大概にしたらどうだッ!」

初月は掴んでいる物体を懸命に引きはがそうとしても、それは一向に動く気配はなく、むしろ次第にギリギリと力強くなっていく。もはや初月は、ただもがくのを激しくすることしか、できなかった。

初月の意識が朦朧とし始めたその時、ふと微塵な光しか差し込まなかった窓から、ぶわっと突風が吹き込み、カーテンが強く煽られた。そこから日の光がふんだんに室内へ差し込み、ぱっと明るくなる。

そして同時に、初月を掴んでいるもの、それに男の全貌が明らかになった。

「あっ…」

苦しい表情をしつつも、初月は一瞬意識がはっきりし、目に映った事に驚きを隠し切れなくなった。

まず、初月の襟元を掴んでいたのは、無骨な鉄でできた機械式の義手。日の光により鈍く輝くその義手は、五本の指が備わり、人の腕となんら変わらない形をしていた。
だがそれよりも初月が驚いたのは、男の顔である。

男の顔は堀が深く、そして鼻も高い。オールバックでひげ面だが、それをすべて恐怖へと変えるような、傷だらけの顔。そしてほかの傷とは比べ物にならない、頬に大きくくっきり浮き出た、横線のような縫合の痕。そして戦争の中でしか生きることが許されない、狼のように鋭い目つき。

そのすべてを、初月は確かに見たことがあった。忘れもしない、彼女を瓦礫と死人が無造作に散らばる地獄助け出し、そして彼女が岬守を尊敬するきっかけとなった人物。その男は―

「とし…くん…」

そう初月は呟いたと同時に、意識が遠のいていく。どこからか「なに…?」と声が聞こえたが、ふと首元の苦しみが無くなると彼女は地面に力なく落ち、そのまま意識を失ったのだった。



どうも、飛男です。そろそろ本編でもいろいろと記載したので、あらすじを明確に書かせていただきました。ちなみにストックは、あと一話くらいでしょうかね…。

さて、今回の中に一つだけ迷った描写があります。それは言わずと、初月が首を絞められるシーンです。
正直「艦娘にこんなひどいことするな!」とかいう方もいるでしょうけど、そこんところ許していただけると幸いですかね…初月ファンのみなさんには申し訳ない…。見せ方ゆえのことなんです…。

今回はこんなところでしょうか。また次回お会いしましょう。