新月は機甲兵を照らすか   作:大空飛男
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悪夢からの目覚め。

―――それは、冬の出来事。年が明けまであと二日と言った時期であった。

人々は喜びの声を上げることはなく、むしろ人を無慈悲に焼き殺した異臭が辺りを立ち込め、絶命間際に残す悲痛な叫びに、対して人ならざる奇声が辺りで木霊していた。

まさに地獄。人々はその出来事に成すすべなく、無残にも阿鼻叫喚の叫びを上げ続けているのだ。

そんな中、彼女は偶然にも両親に庇われ、幸か不幸か助かることができた。しかし、本日五歳となった彼女には、それを受け入れることは容易ではないだろう。彼女は人ではなく、もはやモノとなってしまった両親を、おとうさん、おかあさんと連呼していた。

しかし、その声は別のモノに届いてしまったのだろうか。彼女が住まう町を襲った黒い影が、木々のひしゃげる音を立て、壁を突き破り目の前に現れた。彼女は突然のでき事に思わずへたり込む。

壁を突き破ってきた正体は、禍々しく丸みを帯びた、漆黒の鎧ともいえる鱗を身にまとい、巨大な蒼眼を不気味に輝かせていた。まるで御玉杓子から蛙へ進化をする最中のような、手足が生えた楕円型の生き物である。
それは静止をすると、彼女を蒼眼で捉えた。そして、人々が空腹を満たす際に食事を行う様に、ごくごく当たり前の動作で、軽く丸のみできるだろう大口を開いた。

その出来事に、彼女は手足を小さく動かしながら後ずさる。叫びを上げたがそれは言葉にならない、恐怖から出た高くかすれた声であった。

彼女は同時に、不思議にも理解が追いついていた。ああ、食べられてしまうのだろうと。それはすなわち、死を意味することも。

楕円型のそれは彼女を喰おうと近づいてくる。それは面白いぐらいスローモーションに見え、彼女は刹那的に不思議に思えた。死ぬ間際には、こうやって見えるのかと。

彼女は五歳児ながらの覚悟を決めると、目をつむり、死を受け入れようとした。

―だが、その覚悟は無駄に終わる。彼女が喰われることはなかったからだ。

風切り音が痛く耳に入るより前に、生き物の側面から鉄と鉄がぶつかり合うような、甲高い音が響き、火花が散った。楕円形の生き物はハトが豆鉄砲を食らったかのように、きょとんと食らう動作を止めると、その風切り音の正体を探るべく、体ごと振り返った。

「ガァ」

生き物がうなるようにそう呟いた刹那だった。

「ファアック!―電―不足―のか!」

そう聞こえたと思うと、瓦礫が砕けるような音が響き、生き物の上に何か人影のようなものが着地する。そして、三つの球体のような物体にギザギザとした突起がいくつもついた―掘削用ドリルのような無骨な物体を、その生き物の後頭部へ向け殴りつけるように勢いよく振り下し、押し付け始めた。

刹那、高速に回転するモーター音と、工事現場などで甲高く響く鉄を削るような、聴き心地の悪い音が彼女の耳へと入ってきた。

「グガァアアアアア!!」

生き物に痛覚があるかは不明だが、それは咆哮を上げると暴れ始めた。顔と体が一体化したような姿を、ぐわんぐわんと左右へ振りながら。

だが、頭上で張り付いている人物は、振り落とされない。激音が続いている以上、理解できるであろう。
やがて鉄を削るような音は衰えていき、代わりに肉をミキサーにかけるかのようなねっとりと、血と肉が絡み合うような音へと変化し、青いドロリとした液体が噴き出し始める。それは2mほど離れた彼女の付近にまで、激しく飛び散った。

「ギャァアアアア!グギャアアアアアア!」

生き物は耳の鼓膜が突き破れそうなほど、激しい苦痛の叫びを上げる。だが、人影はまるで聞こえていない様に、ただ掘削ドリルのような物を、目一杯と押しつけ続けていた。

彼女はそんな人影をただ呆然と見ていた。無理もないだろう、五歳になったばかりの彼女にとって、その光景はひどく残酷でえげつなく、その場で失禁をしてしまう程だからだ。

その出来事は数分間に思えたが、事実濃厚な数秒であること彼女が悟る刹那、生き物の叫びはだんだんと力なく衰える。そして、掘削用ドリルの無慈悲な回転音が鳴り止むと同時に、生き物は絶命したのだろう。ずうんと地面に伏せるようにして、蒼眼の光を失い大口を閉じた。

生き物が死に絶えた事を確認すると、その人物は伸ばしきった右腕を、生き物の体から勢いよくずぽりと抜き取る。そして再びドリルを回転させ青い液体をまき散らすと、口を開いた。

「クソ…!死に去らせバケモノめ」

野太く、そして恨みをはらんだ重い声からして、おそらく男であろう。その人物は白い吐息を獣のように漏らすと、生き物の体から降り立った。ガシャンと音を立てるその男が纏うのは、部分的に発光した特殊な装甲であり、日本人にはなじみ深い迷彩色が施してある。

この時、彼女は自分が助かったと飲み込むことができた。そして同時に、両親の死別から今に至るまでを、すべて把握し理解した。

「う…ううう…うわぁ…ぁぁぁあ…あっ…」

彼女は泣き出す。大声で、月に照らされた夜空に響くように。
すると男は、やっと彼女を認識することができたのだろう。男は反射的に、右手に装着した掘削用ドリルのような物をパージすると、信じられないようなものを見るように、ゆっくりと歩み寄ってくる。

「…生存者だ。生存者がいたッ!こちらスパルタン1、生存者を発見!繰り返す生存者を発見した!医療兵!早く来い!」

男が彼女の目の前に着くや否やわなわなと体を動かし、いまだ泣き止まない彼女をまるで精密なガラス細工を包み込むように、優しく丁重に抱きかかえた。

「…本当に…生きていてよかった…。君は…俺たちにとって女神だ…」

先ほどとは別人のように、男は急に涙を流しながら彼女へと語りかけた。

その男から感じる触感は固く無機質なものであったが、それでもなぜか、彼女は暖かい温もりを感じることが、できたのだった。





防空駆逐艦として位置づけされる『秋月型駆逐艦』の四番艦である艦娘、初月は早朝六時に鳴り響く起床ラッパにより目が覚めた。

彼女の所属は、舞鶴鎮守府。京都北部に位置する、歴史ある鎮守府である。第二次世界大戦時ではここで多くの船が建造され、初月の艤装の元になる船もまた、ここで作られた。

「はは…目覚めの悪い夢だな…」

ぼそりとそう呟くと、初月は息を漏らす。体中が汗ばんでいて、ひどく疲労感を感じていた。

だが、初月は体を伸ばし、意識を眠りから覚醒させようとする。そして切り替わりが始まる前から、黒いインナーとタイツを履き、その上から制服に着替えると、いつものように行動を開始した。点呼を取り、室内の掃除を同室している艦娘と行い、朝食を取る。特に初月のような、鎮守府内で主戦力として数えられない艦娘たちにとって、これは当たり前すぎることであった。

ここ舞鶴鎮守府は、本土にある鎮守府だけあって所属する艦娘も多い。その為に第一艦隊、第二艦隊に所属しない艦娘は、基本的に毎日同じような日常を繰り返すだけであるのだ。

朝食後、初月は同室及びチームメイトと共に訓練を行うこととなっている。模擬戦に基礎トレーニング、座学に、射撃訓練など、これもいつもと変わらない。

そして昼食。訓練は17時に終了であり、そこからは自由時間。これを、艦娘たちは楽しみにしていた。

残り時間は、4時間。この昼食で残りの訓練を乗り切るエネルギーを蓄え、自由時間へ向けて気持ちを保つようにしていた。

「でね。私言ってやったのよ。そこは輪形陣だって―」

「あーなるほどぉー」

しかし、昼食時間も立派な休憩時間である、食堂はこのようににぎわい、初月もまた、ルームメイトと他愛ない会話を楽しんでいた。

「初月さぁ…もっと女の子っぽい恰好とかしてみたら?なんかこう、ずっと凛として疲れないの?」

同じルームメイトである、彼女の姉的立ち位置の秋月型駆逐艦のネームシップ―秋月が、初月へと軽く話題を振る。どうやら日頃から凛々しい姿勢を崩さない初月を見て、注意を促しているようだった。

たとえ血のつながりがなくとも、彼女らに宿る艦の御霊は姉妹であり、それを艦娘は自然と受け入れるのである。故に初月にとって、秋月は実の姉のように慕っているのだ。

「僕がかい?そうだな…うん。考えておくよ」

そう、初月は苦い笑いを浮かべて言葉を返すと、考え込むしぐさをした。女性らしい恰好と言っても、彼女の育った経緯的に、考えはつかないのだが。

「そうやってまた話を濁すー。もうちょっと姉の意見を取り入れてほしいなって」

秋月は頬を膨らませてそういうと、ぐるぐるとスープをかきまぜ始める。特に意味はない。彼女の癖のようなものである。

「あ、じゃあ今度一緒にお買いものにいこぉ?きっと初月ちゃんの似合う服、見つけられると思うなー」

そういうのは、秋月型駆逐艦二番艦の照月だった。鈴のなるような綺麗な声であるが、ふわふわとした雰囲気の持ち主で、初月にとってはむしろ保護欲が高まる、花のような姉である。

「いや、いいよ。僕はやっぱり、こうして規則正しい恰好の方が落ち着くんだ。それよりも、午後は模擬戦だよ。僕らはあまり戦果が残せてないし、この時間で作戦を決めないかい?」

そう初月が、女子特融の話を濁そうとしたその時、食堂のテレビから、とあるニュースが流れてきた。

『次のニュースです。先日起こった強盗過失致死の事件ですが、犯人の男が逮捕されました。犯人の名前は永田軍平。警察の発表によると、男は元岬守であることが判明いたしました。犯人は三十代男性に対し暴行を―』

そのニュースを見て、初月は不快感を覚える。なぜなら『岬守』とは、彼女にとって大きな存在であったからだ。

しかし、それはあくまでも彼女が持つ感覚である。現国政の常識的に、岬守は忌み嫌われた存在であり、それは世論でもある。

「まーた岬守が犯罪を犯したのねー。ホント暴力的というか、無能というか…」

「そうね。過去の作戦で何も残せなかったから、仕方ないとおもうなぁ」

現に、初月にとっての姉妹艦である秋月と照月ですら、その名を聞いただけで苦い顔をしている。もっとも、それは無理もないだろう、彼女らは初月の過去―元の名前の過去を、知らないのだから。

「…そ、そんなことよりも、作戦を考えよう。姉さん達」

初月はそういうと、あらかじめ持ってきていた紙とペンを取り出す。しかしいつもであれば、二人は早々に話を切り上げ、話題転換に乗るが、今日というばかりは食い下がらなかった。

「そういえば、初月は岬守をどう思ってるの?今思えば、批判的な意見を聞いたことない気がするね」

「たしかにー。まあ初月ちゃんのことだよ。答える価値もないってわけじゃない?」

秋月と照月は、何も罪悪感なく、ちょっとした好奇心で初月へと質問を投げかける。

初月もそのことはわかっている。だが、それでもうつむき、一つ息を吐いた。そして顔を上げると、無表情でつぶやく。

「どうでも…いいと思ってるよ。僕はね」





舞鶴鎮守府提督、田宮伊久は送られてきた書類を読み終えると、ごま塩頭を掻きながら深く息を吐いた。

最前線基地のひとつである、ラバウル基地に対しての増援願い。それも、対空能力の高い船を優先的に寄越して欲しいといった、注文付である。

「どうしましょうか。提督」

田宮の秘書艦を務める妙高は、彼の顔色をうかがうべく、質問を投げかける。彼女と田宮の付き合いは、もう三年にもなり、良きパートナーであった。

「うーむ、あくまでも大本営を通じての命令だ。背くわけにはいかないだろう。しかしな…」

うなりつつ、田宮はぎしりとキャスター付の椅子へともたれ掛る。ラバウルの司令官は、田宮より階級も低く、地位もない。故に借りを作って今後に生かそうとしても、それは無駄骨に終わるだろう。田宮は再び電報を手に取り、内容に目を通す。

「…ラバウルの環境が、気になりますか」

鋭い妙高の指摘に、田宮は眉毛をぴくりと動かす。確かに、一番の問題はそこであった。階級はともかく、ラバウルの司令官はその立場上、地位がまるでない。ましてや国民にも人気が高く、希望の星となっている艦娘をこれ以上その司令官に預けるのは、得策ではないだろう。田宮は書類を机へ雑に置き、肘をつく。

「ああ、そうだ」

「はい、そうですね。だからこそ、慎重に艦娘を選ぶことが、重要でしょう」

田宮の言葉を先んじて妙高は言うと、彼は「だろうな」と頷いた。どちらにせよ、増援は送らなければならない。ラバウルの増援願いは、大本営から通じた、正規かつ絶対的な命であったからだ。これが指揮官同志のやり取りであればまだはぐらかせたのだが、国のスローガンとして挙げられている、「護国絶対」がある以上、正規命令は従わなければならない。従わなければ目をつけられ、いつ憲兵にしょっぴかれるかわかったものではない。

「まあ、だからこそ一人は調べが済んでいるはずだ。こうした時のためにな」

そう田宮が言うと、妙高は「はい」と答える。彼女は胸元で抱えていたバインダーを表に向けると、挟まる資料を数枚めくり、目的の項目をつらつらと述べた。

「秋月型駆逐艦四番艦初月。彼女は幼少期、旧自衛隊特殊作戦群第一機甲兵小隊に救出をされています。ですので、彼女はまず適役かと。呼び出しますか?」

妙高がそう述べ終えると、田宮は再び「うむ」と頷きを見せ、椅子から立ち上がったのだった。



どうも、はじめましての方は初めまして。久々の方は久々ですね。飛男です。
今回はハードな感じのお話を手掛けてみました。賛否両論あるかもしれませんね。
あらかじめここで記載しますが、この物語は「壊れた提督、一途な月」のリメイク作品です。とはいうもの、投稿していた期間はほんと一瞬でありましたので、覚えていない方は新作と思ってもらって構いません。と、いうか覚えてる人いるの?と、いうかもはや原型ないですかね。

では、今回はこのあたりで。一応ストックはありますので、切れるまでは随時投稿して行きたいと思います。