魔法少女なんてガラじゃない!   作:行雲流水

4 / 22
第四話:記憶がない!

「おい、起きろ」

 

何時もの声色でクロが私を呼ぶ。

一度覚めた意識が日差しを感じ取り、次第に頭がクリアになっていく。

 

「…っ。あれ?」

 

そうしてハタと気づく。

今、何時だろう?

 

――午前八時四十五分

 

「…遅刻じゃん」

 

時間を見た瞬間、急ぐという選択肢は一瞬で霧散した。

確実に始業のチャイムには間に合わない。

これなら、遅れる旨の連絡を学校に入れてゆっくりと登校した方がマシだろう。

 

「クロっ! なんで起こしてくれなかったの!」

 

何時なら勝手に目が覚めるのだけれど今日は覚めなかった。

そしてそんな日に限って、保険で毎日掛けている目覚ましを忘れていたのだ。

完全に自業自得なんだけれど、目の前のクロに文句を言わずには居られない。

 

「起こせと言われていないしな。腹が減ったから貴様を起こしたまでだ」

 

悪びれた様子もなく、そしていつもの調子で言い放った。

 

「はぁ」

 

大きなため息を吐きながら、ベッドから立ち上がる。

その瞬間、私の視界が揺れる。

 

「大丈夫か?」

 

「うん」

 

立ちくらみを起こして、床に手を付いた。

一体なんだろう?

倒れる理由なんて無い筈だ。

一昨日夜更かしながらもなんとか起きて学校に行って。

アリサとすずかが土曜日にお茶会をしようと誘ってくれて。

何時もの授業を受けて、放課後を迎え、アルバイトに行った。

 

――その後は?

 

アルバイトが終わるまでの記憶はある。

そこから先。家に帰るまでの記憶がすっぽりと抜け落ちている。

もう一度、昨日起きた出来事を順に思い出す。

学校、アルバイト、それこからは?

靄がかかったように、ひどく頭が重い。まるで思い出すことを拒否するかように。

そうして、私は記憶を思い出すことを諦めて朝食と学校に登校する準備を始めた。

 

朝食の用意が終わると、見計らったようにクロがキッチンに現れた。

けれども昨日まで人の姿だったのに、どうしてだか猫の姿に戻っていた。

 

「起きた時に何も思わなかった私も私だけど、クロはどうして猫に戻ってるの?」

 

「ああ、少し事情があってな。また魔力を消費してしまった」

 

「どうして?」

 

「まぁ、な」

 

問いをはぐらかし答えないクロに、これ以上無理強いしても答えないだろうと見切りをつけて、朝食を取る。

人から猫に戻ったクロは流石に人の食事の量は食べられないらしい。

クロの分にと作った朝食のほとんどが無駄になってしまった。

勿体ないので、夜にでも自分が食べればいいかとラップを掛けて冷蔵庫へ仕舞っておいた。

 

「もう、学び舎に行くのか?」

 

冷蔵庫の前。私の足元へと近づいたクロが声を掛けてきた。

 

「うん、遅刻だけどね。単位足りなくなって進級出来ないなんて笑えないから」

 

単位云々は冗談だ。

病気にでもならない限り、学校を休むつもりなんて毛頭ない。

兄に学費を出してもらっている手前、ズルして休むなんて事も考えていないのだから。

 

「そうか。ではこれを」

 

そう言って手渡されたのが、黒い麻糸で作られた捻じり編みのミサンガ。

 

「クロ、これは?」

 

「ん?」 

 

「どうしてコレを?」

 

「日頃の感謝の意味も込めてな。それと、お守りのようなものだ。

魔法を使って作ったものだ。それなりに効果はあるぞ」

 

ふふん、と自慢げに私を見上げる青い瞳。

猫になっているから表情は解らないが、きっとそうだ。

何時の間にそんな事をしていたのか。

そんなそぶりは全然解らなかったし、おそらく私が外に出ている間に編んだのだろうけど。

猫の姿で編んでるとすれば、かなりシュールな光景だと思う。

鶴の恩返し、ならぬ猫の恩返し…のつもりなのだろうか。

 

「それと、貴様に何かあればソレを引きちぎれ。

直ぐに駆けつけてやる」

 

何時もの大仰な口調。けれど何故かその時、クロの言葉は嘘じゃないと感じた。

 

「わかった。ありがとう」

 

「ああ、感謝しろ。折角作ってやったんだ」

 

クロの狭い眉間に人差し指で軽く押す。

どうやら、苦手だったようで怪訝な様子で私を見つめた。

 

「また偉そうな事言ってると、ご飯抜きになるよ?」

 

「それは勘弁してくれ」

 

そんな冗談を言い合いながら、私はクロから貰った黒色のミサンガを左手首に着けた。

身に着けた感触を確かめる。麻糸で出来ているから金属の様な重さも無い。

それに貴金属なら校則違反になるだろうけど、これなら大丈夫そうだ。

目立たない様に、少し上にずらしておけば教師の眼にもはいらないだろう。

そうして、学校へと歩を進める。

入学早々の大遅刻。おそらく、アリサあたりが突っ込んでくるのだろうと苦笑をしながら、

通学路を行く。言い訳をしようにも、唯の寝過ごしだ。

明日も遅刻すれば目も当てられない。

今日は少し早く寝るかと思った矢先、学校へとたどり着いた。

かなり遅くなってしまったが、今なら四限目に間に合う。

そうして、担任の教師に登校したことを報告する為に、職員室へと私は急いだ。

 

 

 

 

「アンタ、何で遅刻なんてしたの!?」

 

四限目前の休み時間。

教室に入るなり早々、アリサが私を見つけ少し強い口調で聞いてきた。

 

「おはよう、アリサ。寝過ごしただけだよ」

 

「おはよう。ずいぶんとゆっくりとしたものね。

もうすぐお昼じゃない!」

 

案の定、怒っているアリサ。

予想道理の行動に笑うしかない。

 

「一応、遅れる連絡は入れておいたんだけどね。

先生から聞いてない、か」

 

「まぁまぁアリサちゃん。上総ちゃんにも事情があるんだろうし、その辺で」

 

助け船を出してくれたすずかには感謝しかない。

アリサの怒りを鎮める手段を私は持っていなからだ。

 

「ありがと。すずか」

 

「アリサちゃんにも悪気は無いから…」

 

「知ってる。ソレが無いとアリサじゃないよ」

 

アリサに聞こえない声ですずかと話す。

アリサの性格を熟知しているすずかには敵わない。

 

「ねぇ、上総ちゃん?」

 

「うん?」

 

「顔色悪い気がするけど大丈夫?」

 

「あぁ、うん。寝不足かな。あんまり頭回ってないかも」

 

未だに、ハッキリとしない頭。

普段より体が重い。

けれど、学校を休むほどでもない。

いっそのこと動けない方が良かったのかもしれない。

 

「無理しないでね?」

 

「しないよ。それに、今日の時間割に体育とか無いから平気」

 

そう、今日は体を動かす授業は無い。

座っているだけなら、問題無い筈だ。それに最悪ではあるが授業中寝るという手段もある。

 

「そろそろ席に戻りましょ。授業が始まるわ」

 

教室の時計を見て、アリサがそう言った。

私達はそれぞれの席に戻って、次の授業の準備を始めた。

 

 

――さて、今日も頑張って授業を受けますか。

 

 

 

 

 

 

――みつけた。

 

彼女を最初に見た瞬間、そう直感が走った。

何故、と問われても解らない。ただこの人間だ、と私の造り物の心が歓喜した。

不覚を取ったのは、本当に久方ぶりだった。

ただの興味本位。まさか、管理外世界であんな魔導書が存在していたなど。

 

私という存在。

教義を記した一冊の本。

長き時間を経て変わり、やがて世界の理を求めた。

飽くなき欲求。尽きる事のない探究。それは、終わりの無い旅路。

そうして求めたものは煩雑になり、困り果てた何代目かの契約者―マスター―が私を造りあげた。

『名も無き教典』を総べる為に。

契約者が『名も無き教典』を十全に使いこなす為に。

時折、私の存在理由を逸脱して使用する契約者も居たが。

それに刃向う事など私に出来はしなかった。

それから数百年、『名も無き教典』に契約者が現れることは無かった。

 

私にとって契約者は居ても居なくても良い存在だった。

契約者が居なくとも、単独で動ける私に必要性は殆ど無いからだ。

私の本質、とでも言えばいいか。

世界の理を求める事は私だけで事足りるのだから。

 

だけれど、見つけてしまった。

私の契約者に相応しい人間を。

奇跡なのかもしれない。あまねく次元世界の中でたった一人。

 

魔力が尽き果て、動くこともままならなかった私を助けた彼女。

 

『よかった。生きてる』

 

そう言って私を優しく抱き上げた彼女の暖かな腕の中。

もう限界だと言わんばかりに私の意識はそこで落ちた。

次に目が覚めたのは、恐らく私を助けてくれた彼女の自宅であろう。

小さなバスケットに敷かれたクッションの上に私は寝かされていた。

 

「よかった気が付いた」

 

そういって私の頭を撫でる手。

それは、私が初めて味合う人間の手の温もり。

 

――心地いいな。

 

こんな事、一度も無かった。

歴代の契約者たちは私を道具としてでしか見ていなかった。

こんな事をしてくる契約者は一人としていなかった。

 

「少し待ってて。何か持ってくるから」

 

そう言って部屋を出て行った彼女。

私を見る瞳は慈愛に満ちていた。

 

「はい。どうぞ」

 

そう言って差し出したのは、小さな皿に白い液体を入れたものだった。

 

「本当はちゃんとした猫用の方がいいんだろうけど、

間に合わせでゴメン」

 

すんすんと匂いを嗅いでみる。

正直、生物として生きていない私は本来食事は必要ない。

私の中に存在する疑似リンカーコアに魔力が精製されていればそれで生きていける。

ただ、私に与えてくれたものとして飲まない訳にもいかなかった。

一口含んではみたが、口に合うものでは無かった。

 

「まずい」

 

そう口に出てしまった。

キョロキョロと部屋を見回す彼女。

 

「え…」

 

きょとんとした顔。信じられない目で私を見つめている。

 

「ね、猫が喋った…」

 

――嗚呼、失敗した。

 

この第九十七管理外世界には魔法が周知されていない。

その事を失念していた私は、魔力を失い猫の姿になっていたことも忘れ、つい言葉を発してしまったのだから。

あまり魔法の事を吹聴しては、面倒な連中が現れてしまう。

だが、バレてしまったのなら仕方ない。

 

「猫が喋って何が悪い」

 

「嘘、本当に喋ってる…」

 

「貴様の常識には、猫が喋る事は無いのか。

では、考えを改めろ。猫が喋る事もある」

 

「う。すごく不遜な態度だ」

 

怪訝な顔でこちらを見る。

不遜だと言われようとも、元からこうなのだから仕方がない。

そうして、彼女との奇妙な同居が始まった。

 

魔力を失った私は、回復に専念していた。

私の身体の中にある疑似リンカーコアも弱っていたので回復にはしばらく時間がかかる。

何もできない事で、時間を持て余し『暇だ』と始終呟いていた。

そうして困り顔の彼女が、外に出られない事を気にして『ぱそこん』なるものを教えてくれた。

とても興味深いものだった。

魔法世界にもあるにはあるが、魔法が周知されてない世界で、

これだけの機械文明とでも言えばいいか、発展しているのは稀有な例だ。

魔力炉からの魔力供給で動くあちらの世界の道具が、

此方の世界では『電気』なるもので動いている。

世界が違えば、こうも違ってしまう進化。

私はぱそこんを使い、この地球と言う星の歴史、文化、はては質量兵器まで調べ上げていた。

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

このやり取りを何度か経た翌日。

大分魔力の回復を得られた私は元の姿に戻ることを決めた。

けれどこの決断が、私の正体を彼女に告げる事になる。

また私は此処が管理外世界だという事を失念していた。

だが、知られた所で何が変わる訳でもないだろうが。

管理世界の人間ならば、喜んで私と契約しただろう。

世界の理と知識。素質と訓練を必要とするが、どんな魔法でも使えるようになるのだから。

しかし彼女は管理外世界の人間だ。

私の存在を聞いてもあまり理解していない様子で、興味も無いようだった。

 

――まぁ、それでいいさ。

 

私は契約者を必要としていない。

彼女がそれを望めば喜ばしい事だが、別段困ることも無いのだから。

だが、困った事と言えば、私が食事の味を覚えてしまった事だろう。

これまで必要としていなかったのだが、一度覚えてしまうとどうにも止まらなかった。

ある程度時間が経てば、腹が空き始める。

これまで感じた事も無かったものだ。

腹が鳴り、その音を聞いて笑いながら作る彼女の飯は上手い。

一度、こんびにべんとうとやらを食べたが如何せん妙な味がするのだ。

困ったものだ。

私にこんな事をしてくれる契約者などいなかった。

奇妙な感情に囚われながら、それも悪くないと感じている私がそこに居た。

 

そうして事が起きたのは、友人の家に遊びに行くから私も来いと言われた数日後の夜だった。

 

「遅いな」

 

何時もなら彼女が帰ってくる時間。

流石に腹も減り、そろそろ我慢の限界である。

彼女から行動制限は受けていないが、身分証明も持っていないのだから余り外をうろうろするなと言われている。

確かに一理ある。この世界の治安を守る部隊にでも見つかれば、面倒なことになるだろう。

だが、背に腹は代えられない。仕方がない、仕方がないのだ。

 

「まったく世話のかかる」

 

そう呟いて、彼女の兄の服を借り私は外へと繰り出した。

さて、どう彼女を探したものか。ここいら一体の地理は把握していない。

彼女の学び舎も、働き先も知らない。

そして契約もしていないのだから、私と彼女のリンカーコアはリンクしていない。

 

「手詰まりか?」

 

当てもなく道を歩き、はたと不快感。

見覚えのある感覚。

そう遠くない距離で結界魔法を誰かが使用した様だ。

管理外世界で無茶をするものだ。

誰が張ったかは知らないが、リンカーコアを持つ彼女が巻き込まれている可能性がある。

 

「面倒なことにならなければ良いが…」

 

呆れた声で飛行魔法を発動させ、その場所へと急いだ。

もちろん、他の人間に私の存在がばれてしまわない様に、別の魔法も掛けてある。

 

見つけた結界魔法を破るのは簡単だった。

この世界に魔法が周知されていない事を理解しているのだろう。

複雑な魔法式を使用したものではなかった。

そうして結界の中心で、目的の彼女を見つける。

 

「私の大事な飯の提供者に何をしてくれる?」

 

彼女の傍へと降りた私は、自分でも驚くほどの冷めた声をあげた。

数メートル先の魔導士であろう、知らない誰か。

認識阻害魔法を使用しているのか、姿が歪んで見える。

さて、これから魔法戦となれば酷な状況になる。

助けるべき彼女は気絶している。

その彼女を守りながらの戦闘は、魔力が完全回復していない私には酷な事だった。

 

――逃げる方が良いか。

 

そう決めた矢先。

 

「    」

 

短い魔法を詠唱して、目の前の人物は私達の前から消えた。

相手の魔導士が張った結界も消え元へと戻る。

張りつめた緊張感も消え、私の気も削がれた。

倒れた彼女を見つめ、やれやれと頭を掻く。

何が目的だったのか。何故彼女を襲ったのか。皆目見当もつかなかった。

考えても仕方がないと、頭を振りしゃがみ込む。

 

「さて、帰るか」

 

気絶した彼女を抱き上げ暫くした後、腕に違和感。

服越しにだんだんとハッキリとし始める感触。

 

「ん? 漏らしたか。仕方のない奴だ」

 

恐らく、味わった事の無い恐怖にでも襲われたのだろう。

そうして、更に魔法を使い漏らした痕跡とその時の記憶を消しておいた。

余り使用するべき魔法では無いが、漏らしたと知ればいい思いはしないだろうし、

恐怖を味わったのなら尚更だ。

家に戻り彼女を寝かせる。

ひと段落したところで、また主張し始める空腹。

 

「…飯は諦めるか」

 

起こしてしまうのは忍びなかった。

顔に掛かった後れ毛を直す。少し歪んだ顏に少しばかりの罪悪感を覚える。

このまま朝になってしまった方が彼女の為か。

そうして彼女の部屋を後にして、リビングへと進む。

 

「さて、面倒だがやるか」

 

一つ息を零して、作業に掛かる。

地味で単調ではあるが、明日彼女に渡すために気合をいれねばならない。

そうして取り掛かれば、あっと言う間だった。

黒色の麻糸で編んだミサンガ。

これには私の魔力を練り込んで置いた。

身に着けておけば、彼女のリンカーコアの存在を隠せる。

それともう一つ、緊急用の呼び鈴の様なものだ。

引き千切れば、私が感知できる様になっている。

これを彼女に渡さなければ。

 

登り始めた、日差しを感じ私は仮眠を取った。

腹が減っている私は、いくらも寝ていなかった。

大分、登った太陽を見ながら、彼女を起こすかと部屋に行く。

 

「おい、起きろ」

 

部屋に入ると、彼女はまだ眠っていた。

 

「…っ。あれ?」

 

そうして暫く、ベッドの中で寝返りを打っていた彼女がむくりと起きた。

枕元の時計に腕を伸ばして、ぎょっとする。

 

「…遅刻じゃん」

 

がくり、と項垂れて私に文句を言ってきた。

そんな事を言われても、私は人間ではない。

人間の理の中で生きていないのだから、そんな事を言われても困るのだ。

彼女が契約者で命令でもされていれば別の話だが。

 

そうして彼女が朝食を作り、食べ終わった後。

昨晩作っておいた、黒色の麻糸で編んだミサンガを彼女に渡した。

少し驚いた表情であったが、笑って受け取っていた。

そうして、学び舎へと行く彼女を見送る。

ここ最近の、決まった行動だった。

彼女が居なくなり、少し寂しさが漂い始めたこの家。

私は彼女の部屋へと入りぱそこんを起動させる。

 

 

――さて、今日もこの世界を求めよう。

 

 

 




少し遅くなりましたが四話です。
余り話が進んでない・・・次話でなのはさんたち三人登場です。
地力が無いのに、あの人数捌けるか不安・・・

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。